そのアニメの原作者、僕です。   作:ぷに凝

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そのギャルの推し作品

あぁ、まずいことになった。

 

「ねぇ、“天地”の最新話見た!? ね、ヤバくない!?」

「スト様カッコ良すぎてマジ鳥肌立ったわ……」

「ウチ、実写とかやるならスト様は絶対まっつんにやって欲しいわ」

 

落ち着かない。

 

「“天地”はマジで見た方がいい。めっちゃおもろい。今期の覇権よこれ確実に」

「マジかー。そんなおもろいならネトフリで今日見るわ」

 

高校生というのは流行に敏感なもので、皆がその話題に夢中になっている。

 

クラスの女子も男子も、まるで全員に噂されているような感覚。

 

スマホのゲーム画面を見ているはずなのに、ゲームそっちのけで聞き耳を立ててしまっている。

 

だけどそれも仕方ないだろう。

 

“作者”としては、この場で平静を保つなんて無理だ。

 

「……」

 

僕は席を立って、出入り口に向かった。

 

「見て、もうアクスタ買ったわ」

「うっわ!? いいなー! この前アニメイト行っても売り切れてたよ!?」

「マジ? 一番近いとこの店山積みされてたよ?」

「えーじゃあ放課後一緒に……」

「あの……」

 

出入り口を塞いでる、我が3-2組の1軍女子の集団。

 

普段なら半径1m以内に近づきもしないが、今日はなぜだか身近な存在に感じて、勇気を出して声をかけた。

 

サインをねだられちゃったりして……。

 

「そこ、ドア」

「は? あぁ……ごめん」

「えっ、あっちのドアから出れば良くない……?」

「しっ、いいでしょ里穂別に」

「……すいません」

 

そんなわけなかった。

 

そうだ。例え“僕の作品”を褒めてくれていたって、それが僕自身への扱いに繋がるわけがない。当たり前のことだ。

 

……ダメだな、今日は頭が回らない。

 

僕は教室を出て、足早に歩く。

 

廊下に出ても、周りの人間が何を話しているのか気になって仕方ない。いつもは毛ほども他人に興味を抱くことなんてないのに。

 

このままじゃいつかボロが出る。落ち着ける場所へ向かわないといけない。

 

いつもの“聖地”へと。

 

 

「……ふぅ」

 

“図書室”。

 

やっぱり、ここは落ち着く。

 

静かで、本に囲まれていて、時間がゆっくり流れている。将来独り暮らしをするなら図書室に住みたいくらいだ。

 

「……むっ」

 

と思ったら、その聖地に僕の心をかき乱す“異物”があった。

 

入り口から入ってすぐ、目立ちやすい場所に設置された特別コーナー。“今週のおすすめ”と題されたPOPの下にいくつか積まれた、かわいらしいイラストが表紙のライトノベル。

 

“ノーススターノベルズ”から出版されているその作品のタイトルは、『天国と地国』…… 通称“天地”。

 

今期の春アニメで映像化され、第3話まで放送中。

 

魅力的なキャラクター、予想できない展開、引き込まれる設定などが評価され、書籍化前のWeb時代から累計ランキング1位に躍り出るや否や、現在まで1位をキープし続けているのだとか。

 

イラストを担当する“すのこ”氏の素晴らしい立ち絵もあって……というか、ラノベが流行においてはそれがほぼ9割の要因なのだが、ともかくそれなりに人気を博している。

 

作者は“東風面太”。

 

「豆腐メンタル」からもじった、センスのかけらもないペンネームを使用する、まだまだ技量が未熟のラノベ作家だ。

 

というか僕だ。

 

そう。『天国と地国』は、僕……七家(ななかまど)俳人(はいと)の作品だ。

 

「こんな所まで入り込むなよ……」

 

初めて表紙を見た時は、その華やかさに泣くほど感動したものだが……こうまで日常生活で見るようになってしまってはむしろ鬱陶しさを覚える。

 

いや、すのこ氏のイラストは何も悪くないのだ。全ては僕の実力不足……そしてゴミみたいな性格が災いしているだけのこと。

 

“天地”の書籍を手に取り、溜息を吐く。

 

もしこの作品の原作者が僕だと周囲に知られればどんな反応が返ってくるか、想像に難くない。

 

『うっわ、あのキモオタが書いたのこれ? もう読まんわ』

『うげ、道理でセリフがくせぇと思った。本人も臭けりゃキャラも臭ぇのかよ』

『オタクくんラノベ書いてんの? めっちゃ似合ってんじゃん笑笑』

 

地獄ッッッ

 

そう、間違ってもそんなことにならないために、僕は最も注目度が高くなるアニメ第1期が放送を終えるまで……。

 

なんとしても、正体を隠さなければ。

 

「あっ、七っちそれ”天地“じゃん。七っちも読んでんの?」

 

……。

 

「さてはアニメ勢だろー? ウチはWeb時代から追いかけてんだからね。ウチの方が先輩だから、そこんとこよろしく」

 

……ギギギ、と油を差していないロボのように首を動かす。

 

「でも、アニメ見て原作も読もうってのは良い心がけじゃん? みんなそれで満足しちゃって、ウチみたいに円盤買ったり保管用と観賞用とで三冊も買うような子は少ないんだけどねー」

 

そこに立っていたのは……3-2の一軍女子。その中でもカースト、トップオブザトップの女子生徒。

 

「……って、ウチめっちゃオタク語りしちゃった。ごめん、うざかった?」

 

村崎彩芽(むらさきあやめ)

 

金髪。バチバチに決めたピアス。濃すぎない程度に施されたメイク。恵まれたスタイルと制服の上からでもわかるプロポーション。そして何より明るい性格と卓越したトークスキルに、豊富なオタ知識。

 

この世における最強の存在。

 

オタクに優しいギャルを体現した女だ。

 

その女が、両手を合わせて小首をかしげるというおよそ現実では成り立たないあざとすぎるアクションを嫌味にならない程度に成り立たせていた。

 

その仕草だけでもう一枚のイラストとして完成している破壊力。

 

美少女とは、最強というルビを振ることができる存在のことだ。

 

「い、いや、別に」

 

当然、1面の歩くザコ同然の僕などでは太刀打ちできない存在である。

 

「マジ?良かった! え、てか、もしかして“天地”、アニメ化前から好きだったりする? 結構詳しい?」

「……詳しい方、かな」

「マジ!? えっ、原作どこまで読んだ? 最新話見た?」

 

ずずいっ、と村崎が身を乗り出し、その2倍の距離を僕がのけぞる。

 

最新話のその次の話を書いている途中……などとは嘘でも言い出せない雰囲気だった。

 

引き起こされる結果は正気を疑われるか、僕の作品のファンが一人減るか、僕が二度と外を出歩けなくなるか、あるいはその全部だ。

 

「今めっちゃ今面白いよねっ、“天地”!! 多分アニメだと3章までやると思うけど、その先から面白くなってくんだよね〜……! あー、早く2期やんないかな〜」

「……まだ3話だけど」

「そうだけどさぁ〜、やっぱ先の展開知ってると、あのシーン早くアニメで見たい! ってなるんだよね〜。ラノベ原作だと動く絵が想像できないから余計それが楽しみっていうか。ってか“天地”の制作会社めっちゃ神くね?? 神作画で有名なとこじゃん!」

「……まぁ確かに、結構ちゃんと作ってくれる所ではあるかな」

「そうっしょ、そうっしょ!? うっわ、七っちやっぱわかってんじゃんおもろ!」

 

バンバン、と背中を強めに叩かれる。

 

……親戚のおじさんでも相手にしてる気分だ。

 

僕が殆ど喋ってないのによくここまで話を広げられるものだと感心してしまう。この人、密室に一人きりの状況でも一日中喋ってるんじゃないだろうか。

 

受付カウンターに座っている図書委員会の女子から向けられる刺々しい目線さえ無視すれば、完璧な会話術。

 

「“天地”、アニメでは見てても原作見てるって人少なくてさ〜! 語れる友達クラスにいんのマジで助かるわ〜。あっ、そうだ里帆と一緒に食べる約束してんだった。食堂行かないと! またね!」

「あぁ、うん」

 

そうして言うべきことを言い切ってしまった村崎は、現れた時と同様に忽然と去っていった。

 

……というか。

 

「……友達?」

 

……こうしてこの日、僕には5分以下しか会話していない友達ができたのだった。

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