「……」
もっきゅもっきゅとハムスターのように口の中に弁当を突っ込む男が一人。
言わずもがな僕である。
『ごめん! ウチら宿題忘れててさ! 昼飯行けない!』
『無念』
昼休みが始まるや否や村崎と天華寺にそう言われ、僕はこんな見窄らしい姿にされてしまった。
……そもそも、僕は村崎達と昼食を共にできるような身分ではないんだが。
だが、ここ最近は身分違いな豪華な昼食タイムを送ることが当たり前のようになっていた感はある。感覚が麻痺してた。
それも二人に見放されればこの通りだ。
……今朝の村崎との一幕を見られたせいで、いよいよ僕と村崎との関係が広まってきてしまった。
広まってきたと言っても、やましいことなど何一つないんだが。そう、あるはずがないんだ。僕にそんなこと……うっうっ。
なので教室の中で食べるのは憚られる。飯田のような男にいつ絡まれるかわかったものではない。
実際、僕に向けられる視線の中にはそういう敵意に満ちたものもたくさん見受けられるのだ。
かと言ってお手本のような便所飯を敢行できるほど強靭なメンタルを持っているわけでもなく、誰かに話しかけて二人以上で食べようにも何故か友達が見当たらない。
「……はぁ」
結果、屋上に来てしまったとさ。
本当に青春アニメのようなことをしているが、校内から追い立てられて居場所を無くした末でのここだと思うと妙に哀愁も漂う。
「天気良いなぁ」
そんな僕の心情も知らず、空は憎たらしいほどの快晴を見せていた。
いつまでも空を見上げていても仕方ない、と風呂敷を広げて取り出した弁当箱。
中には冷凍のからあげとエビシューマイ。コロッケ。ウィンナーにブロッコリーに白米。
……なぜか量は多めにある。
「こんなに食えへんよ〜」
別に、このお弁当を誰かと囲んで食べることができるなんて期待をしていたわけじゃないが。
それでも多めに量がある弁当を一人もそもそとつまんでいるこの光景。もはや一枚の絵画になりそうなほど美しいんじゃなかろうか。
タイトルは“孤毒”で……。
「……ん?」
「ぼほぁ!」
とかなんとか言ってたら突然入ってきたドアが開き僕は思い切り肩を跳ね上げさせた。
か、からあげが……気道に……!!
「この前の……え、誰? 怖いんだけど」
屋上で蹲る僕を見て、とても冷たい目をしているその女子は……以前屋上の前の階段で出会った女子生徒で、彼女は簡単に言えば“不良生徒です”と言わんばかりの格好をしていた。
インナーカラーがピンクのショートヘア。随所につけたトゲトゲの装飾……腕輪やネックレスといったアクセサリーはとても攻撃力が高そうで触れただけでダメージを喰らいそうだ。
パンクでロックな印象を受けるその少女は、確か軽音部に所属していた記憶がある。
文化祭の発表の時、歌唱力もギターの腕前も一人だけ飛び抜けていた。だからより印象的に記憶に残る。
名前は確か……“黒瀬”。
「……ここ、屋上って一応立ち入り禁止だよ? 何してんの」
「お、お弁当を……」
「なんだ、ぼっち飯か」
そうだけど!!
初対面なのに、言葉のダメージすごいことになってる!!
「じゃあ勝手に食べてて。私も勝手にしてるから。お互い話しかけないようにしよ」
ずんずんと歩いて、黒瀬さんは僕と人間五人分ほどの距離を空けて座った。
……話しかけるなと言われたので、静かにしておこう。
「あのさ」
と思ったら思い切り黒瀬さんに話しかけられた。
前言はどこかに行ってしまったらしい。
「これ、どう思う?」
チラリと見ると、黒瀬さんはどうやらこちらにスマホの画面を見せてきている。
……何か、イラストのようなものが表示されているが、これだけ離れてるとよく見えないな。
「……そっち、詰めて良い?」
「は? 良いよ」
良いんかい。
なんで“は?”って言ったんだよ。
ケツを移動させて、黒瀬さんとの距離を近づける。
そのスマホ画面に映し出されていたのは、やはりイラスト。それもかなり達者な絵。
まるでプロのような議長で、女の子の下半身をドアップにして、その肉感の再現に以上なほどの心血と情熱が支えられている、今まで何度も見てきたイラスト。
“すのこ”氏じゃねーか。
「これ、すのこさんの絵?」
僕は黒瀬さんが見せてきた絵に素直にそう返した。
「……し、知ってんの?」
そう答えると、黒瀬さんは目を丸くしてパチクリと瞼を瞬かせた。
「まぁ、ファンだし」
「へ、へぇ……ふぅん……そう……」
黒瀬さんはどういうわけか、いきなり髪をかきあげたかと思うとそれを下すというよくわからない動作をして目を泳がせていた。
なんなんだ、この違和感のある反応は。
「なんでこの絵を……?」
「いや、なんていうか、オタクっぽかったから、どう思うかなんとなく感動聞きたくて……知られてるとは思わなかったけど」
黒瀬さんは恥ずかしげにしつつそう言った。
……なるほど、要するに黒瀬さんはこういうイラストを見るのが好きだけど、それを周囲に言うとオタクだと思われるから避けたい。だから最初っからオタクっぽい僕に見せたと。
賢いじゃないか……それは正しい選択だよ。
僕なら黒瀬さんがオタ趣味持ってても言いふらさないしね。言う相手がいないし。
「で……その、どう思う? この絵、どういうとこが良いと思う?」
相変わらず目は泳ぎながらも、黒瀬さんの質問は続く。
……僕にすのこ氏の絵がどう良いか語らせろっっていうのか? いくら時間があっても足りないぞ……。
「まず一番は構図かな。毎度毎度天才的で、この前のなんか上からのアングルなのに何故か足が大きく映し出されるっていう意味わからん構成になってて……」
◆
「わ、わかったから! もうわかったから!」
かれこれ数十分。
僕が止まらないすのこ氏を賛美するトークで場を支配していると、顔を真っ赤にした黒瀬さんによって強制終了させられた。
なんでぇ、これからがいいところなのに。
「どこが好きなのかは、もう十分わかったから……もういっての……あー、恥ず……」
黒瀬さんは自分の手で自分の顔を煽いでいる。
「すごいね、君……あ、名前なんだっけ」
「あ……七家です。七家杯人」
「七家くんね。私、
奏石。珍しい名前だな。
「“すのこ”にあんだけ熱弁奮ってくれたの、君が初めてだよ。みんな大体知らないか、絵は見たことあっても作者の名前知らないってのが殆どだから」
僕はその話を聞いて、内心“そうだろうな”と思っていた。
絵だけを見て、その絵を描いた絵師が誰なのかまで正確に言い当てるような猛者は中々存在しない。まぁ漫画家とかだったらその限りでもないと思うが。
「私さ、最近画風変えようかなってちょっと思ってたんだ。でもさ……」
黒瀬さんは僅かに目を伏せた後、ニコリと微笑んだ。
「君みたいな熱心なファンがいるなら、今の方向性でもう少しだけ続けてみる」
そう言って、黒瀬さんは仰向けに寝転がり──。
「……」
え。
「あの、今なんて言いました?」
「え? なにが?」
いや、“なにが?”じゃなく……。
「“続けてみる”って……なんでそんな、自分事みたいに……」
そう、そうだ。そうなんだ。
あまりにもあっさりしすぎていて触れられなかったが、おかしいのだ。
だって、そんなわけがないだろう。
「……あぁ」
あんなに素晴らしい絵を描いていて、男心を隅から隅まで理解し切っていて、才能が溢れまくっていて。
そんな人が。
「“すのこ”って、私のことだよ」
……同じ学校の、女子生徒だったなんて。
………。
それはそれでアリな気もしてきた!