「……村崎さん、聞きたいことがあるんだけど」
「“彩芽”」
「……彩芽さん、聞きたいことがあるのですが」
「うーん、まぁいっか」
通学途中。
例によって村崎と並んで歩く僕は距離が近すぎる彼女に最大限の抵抗を図っていた。
苗字を呼ぶことすらおこがましいのに、名前を敬称略でとか全然無理だ。僕がさん付けしていないのなんてそれこそ家族くらいだ。
「黒瀬さんって、知ってる?」
「え? カナっち? 仲良いよ?」
流石、コミュ力モンスター。
ますます僕なんかと話してるのか理解できない。
「え、なに。もしかして知り合いとか……?」
「いや、そうじゃなくて……まぁ、趣味の話とかはしたりしたけど」
「なぁんだ、よかった〜」
「……よかった?」
「う、ううん!? なんでもないよ!?」
……僕に知り合いが少ないのがそんなに嬉しいだろうか。
だとしたら、その点に関しては村崎を大喜びさせられる自信はあるが。
「それで、カナっちがどうしたの?」
「うん、黒瀬さんって……絵、上手かったりする?」
「え? 歌は上手いけど……絵は見たことないなぁ」
うん、歌は僕も知っている。
彼女がボーカルを担当すれば、ビジュアル系ロックバンドとして大成間違いなし……いや、音楽業界もそんなに簡単じゃないだろう。
トップに上り詰めるというのがどれほど果てしないことか、僕は知っている。
だけど……歌だけじゃなくて絵も上手いんだよなぁ。しかもプロ並み。というかプロ。
正直、高校生の時点で自分の作品が映像化されてる僕は、かなりの天才なんじゃないかと考えていた時期がなかったと言えば嘘になるが。
それも彼女のような二物も三物も持っている人間を前にしたら霞んで消える自信だ。
天才はいる。悲しいことだが。
「なに、カナっちって絵上手いの? 初耳なんだけど」
「う、うーん……まぁまぁ?」
「まぁまぁか〜」
プロ並み。と事実を言っても良いのだが。
村崎は黒瀬さんと仲がいいという話だ。それなのにプロのイラストレーターをやっていることを話していないということは、やはり言い触らされたくはないのだろう。
僕がそんな彼女の努力を台無しにしてしまうわけにはいかない。
「……七っちはさ、カナっちみたいなのがタイプ?」
「う、うん?」
と思ったら突然話が思わぬ方向に飛んで村崎を二度見した。
「な、なんでそういう話に……?」
「い、いや。だってカナっちめっちゃビジュ強いし……スタイルいいし……」
お前がそれを言うか村崎彩芽。
今の台詞を全校生徒、特に女子の前で言って欲しい。総ツッコミが入るだろうから。
……しかし、タイプと来たか。
女子の好み……当然僕にもあるが、この場でいきなり性癖を暴露し始めるのは典型的オタクでキモ度が増してしまう。
ここは無難に受け流そう。
「僕に好きなタイプとかはないよ」
「えっ……本当に?」
村崎がパチクリと目を瞬かせているが、これは当然だ。
そもそも女子に相手にされていないのだから。
だが、好きな人物はいる。
「強いて言えば、“天地”のファンになってくれた人かな」
「へっ!? ぶぇっ!」
驚愕してこちらを振り向いた村崎が電柱に激突した。
◆
「ふぅ……」
休み時間。
登校中に滑らせた口は、直後自分が言ったことの意味に気づいて早急に訂正したが、その後村崎がなぜか大泣きの末、僕とあまり目を合わせてくれなくなって死んだ。
そりゃそうだ。作者だと知らなければ自分の好きな作品のファンを好きになるとか完全にオタクの思考。キモがられて当然。
『あいつ、ラノベ好きな女子好きなんだって笑』
『うっわ、それっぽい笑』
あぁ、最近は聞こえなくなってきていたのに幻聴が。
「アイツさ、マジで……」
「ね、最悪……」
……いや、これは幻聴じゃないな。
そう、僕と村崎が最近何やら頻繁に会っていることは、先の校門前合流事件でも証明済み。人が少ない道を通っているとはいえ、通学中の僕と村崎の姿も少なくない生徒に目撃されているだろう。
そんな最中に、僕と話していた村崎が突如泣き出し目も合わせてくれなくなった。
この状況なら、誰だって七家杯人を疑うだろう。
いや、疑うどころかすでに彼らの中では、僕は完全な“黒”だ。
今はまだ遠巻きに見られ、噂話を立てられる程度。だが、今後の村崎の態度次第ではいよいよ、僕はこの教室で本当の意味の孤立をすることになるかもしれない。
どうしたものか……。
「なぁ、昨日の“天地”見た?」
「見た! めっちゃ作画良かったわ!」
と、わりとシリアスめな悩みを抱えていたところにそんなことがどうでも良くなる会話が聞こえて僕の耳が一気にそちらに向いた。
リサーチは常に怠るべきではない。
「あー、“天地”ね。これ言うか〜……言っちゃうか〜……?」
と思ったら、クラス内でも“ウザキャラ”としての地位を不動のものにしている男、
広山が過度に目立ってくれてるおかげで、僕は安全な陰で暮らすことができているという事実はある。
しかし今はお前なんかのくだらん与太話を聞いてる場合では……。
「“天地”の作者、俺なんだよね」
ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー!?
「あーはいはい、すげーな」
「へー」
「反応薄すぎだろ!」
それはそうだわ。
こちとら心臓飛び出るかと思ったぞ。
あまりにも堂々と嘘つくから一瞬本当にそうなのかと思っちゃっただろ。
まぁ話してる二人の方は全く信じてないようだが……。
「高校生がアニメ化したラノベの作者な訳ねぇだろ……どんな天才だよ」
「ラノベの作者って声優と付き合ったりすんだろ? お前もそうなん?」
しないよ??
どこのガセ情報掴まされてんだ。
「あー、笹倉絢音と付き合ってるわ」
嘘しか言わんこいつ!!
「うわ、ヤベー」
「イラストレーターの人ってかわいいんだろ? もうヤった?」
「毎晩すげぇことになってるわ」
頼むから黙っててほしい
しかも部分的に事実だし。
「まぁでも、ぶっちゃけラノベ書くのってクソ簡単よ? 誰でも書けるしな。あんなんで金貰えるとかマジでチョロいし、お前らもやれば?」
もうこいつ階段から転げ落ちて死なねぇかな……。
言っとくが考えてる以上に大変だからな執筆作業は。お前がどれほどこの苦労を……。
「アンタみたいなのに書けるわけねぇだろ」
いよいよ僕が立ち上がって直談判しようかと思ったその時。
広山の背後に、今までに見たことない表情をした村崎が立っていた。
「うおっ!? む、村崎……!?」
「そこどいてくんない。 邪魔」
「あ、お、おう……」
村崎は珍しく、非常に苛立った様子で教室に入ってきた:
飯田関連以外ではいつも笑顔の彼女がここまで不機嫌な理由……。
思い当たる節しかない!!
「……」
そしてそれは的中していたらしく、僕の机の前に村崎が仁王立ちで立ち塞がった。
あぁ、僕の命もここで終わりか。
見上げると、村崎は眦を吊り上げ、僅かに目に涙を溜めていた。
「……ちょっと来て」
そして、強引に手首を掴まれ立たせられる……。
「……ちょ、ちょっと」
前に、僕は抵抗して椅子にへばりついた。
フルーツバスケットで最後の椅子の取り合いをするかのように。
「……ごめん、村崎さん」
「……っ!」
僕が目を逸らしてそう言うと、村崎は見ているこっちが痛々しくなるほど痛切な顔をした。
だが、これが一番の最適解だ。
今朝の出来事は良い機会だった。
ここで僕と村崎の仲が完全に断絶されたことにしておけば、お互いこれ以上相手の評判を落とすことはない。
だから、これが最善──。
「ウチのこと、好きなんじゃなかったの!?」
さい、ぜ……。
……。
「ん?」