僕がメンタルクソ雑魚のナメクジ野郎だってことは、もはやわざわざ言うまでもない。
滲み出てるからね、そういうオーラが。
しかしオーラと言ってもそれは存在感を発揮するものや、威厳を見せつけるようなものでない。
あえて言うなら体臭のようなもので、他の人間が発するオーラには簡単に屈してしまうものだ。
陽キャのオーラ。負のオーラ。同調圧力のオーラ。
僕のオーラは、他人が隣に立っただけでかき消えてしまうようなか弱いものだ。
つまり、だ。
「……」
教室に入った瞬間に感じたこの“濃厚な”オーラに対しては、まさに風前の灯ということで、煽られただけで吹き飛んでしまうのだ。
この濃厚な……“怒りのオーラ”に関しては。
窓側の僕の席の前には、一人の女子生徒が仁王立ちしている。
長い黒髪、感情を感じさせない切長の瞳。感情はいつもと同じような無表情なのに、彼女がこの上なく怒っていることは肌で感じ取れる。
そう、天華寺美穂はキレていた。
恐らくは僕に対して。
つまり、オワオワリというわけだ。
「……」
あっ、こっち見た。
「七家」
ずんずんずん、と天華寺が近づいてきて、僕の手首を掴んだ。
「待ってた。面貸せ」
昭和のヤンキーでも言わんそんなこと……。
そして釈明の余地もなく、僕は天華寺に引っ張られていくことになったのだった。
あっ、骨は拾っておいてください。
◆
ダンッ!!
「話がある」
2階へと通じる階段。
その裏には、机と椅子が積まれた暗い物置がある。
覗き込むと、たまに男女のカップルが口の細菌を交換していたり床に謎のねばついた液体が飛び散ったりしている穴場スポットなのだが、どうやら今日飛び散ることになるのは僕の流血らしい。
天華寺に壁ドンされながら、僕は冷静にそんなことを思っていた。
「今日、彩芽来てないの知ってる?」
「……いや」
「なんで知らないの」
天華寺の怒りのオーラが強くなった。
さっき学校に来たからです!!!
「最近、毎日彩芽と登校してたでしょ」
天華寺にそう言われて、僕は首を捻った。
確かに最近村崎と一緒に登校することは多かったが、毎日というわけでは……。
……いや、思い返したら毎日いたな。
とは言っても、ここ一週間程度のものだが……。
「なんで彩芽が来てないの」
「し、知りません……」
「なんで」
いや“なんで”と言われても……!
「む、村崎のことは天華寺の方が詳しいんじゃ……」
「彩芽から返信がこないの。昨日からずっと」
「えっ……」
そ、それは……まずいんじゃ……?
「家には帰ってるって彩芽ママ言ってた。けど部屋から出てこないって」
「そ、そっか……良かった……」
「なにが良かったの?」
無事で良かったという意味でして!!
……何を言っても墓穴を掘ってる気がする。
「それで、何が起きたのかと思って色々聞いて回ったら、七家が原因だって聞いた」
「……」
……そうだな。
きっと、そうなんだろう。
「けど、それは違うって分かってる。それでも話だけは聞いておこうと思って……」
「違くないよ」
「え」
僕は天華寺を見上げてはっきりと言った。
「村崎に何かが起きたんだとしたら……その原因は、僕だと思う」
昨日の昼休みの後。
村崎は早退してしまった。
とんでもなく鈍い天華寺以外の全員から、僕に非難の目が注がれた。
それを僕は甘んじて受け入れた。
だって事実だ。僕が村崎を酷く傷つけたらしいことも、そのせいで村崎が塞ぎ込んでしまったことも。
「……本気?」
天華寺の目が、すっと細められる。
あまり、見たことない目だ。
「冗談でこんなこと言わないよ」
そんな彼女の目を、僕は真っ向から見返す。
「……っ!」
パシン、と乾いた音がして。
「いたい……」
天華寺の手が赤くなっていた。
……天華寺の右手が、どうやら僕の頬に負けてしまったらしい。
しかし僕の方も、それなりにダメージだ。
だがこれも受け入れるべき痛みだ。全ては僕が悪いのだから……。
「はい」
「……え?」
だが気づくと、目の前に天華寺の頬があった。
わざわざ膝を折って、僕の高さに合わせている。
「ぶって」
なぜ……?
「なぜ……?」
「私も彩芽がおかしいことに気づけなかったから。これでおあいこ」
「いや、それは天華寺が悪いことじゃ……な……」
……でもHRがあの雰囲気で爆睡するかな普通。
「言い切られないと、ちょっと傷つくかも」
「……じゃあ、ぶつね」
「あっ、やるんだ……」
「うん」
「……痛くしないで?」
「わ、わかった」
僕は……そっと、天華寺の頬に手のひらを置いた。
もちっ
「……」
「……」
……天華寺の頬に手を添える僕と、そんな僕を見つめる天華寺。
なんだこれ。
「は、はい、終わり」
そのまま数秒見つめ終わったのちに、天華寺が若干焦ったような様子で離れた。
「それじゃ、放課後ね」
「……え?」
そんな天下寺の様子に首を傾げていると、彼女はいきなりそんなことを……。
放課後って一体……。
「放課後、彩芽の家行くよ」
「……えっ」
えっ。
えっ……。
……え?
◆
ピンポーン
「ごめんください」
「えぇ……」
放課後。
僕と天華寺は、あるマンションの一室の前に立っていた。
サウスベイ横浜。
6階建てでエレベーター完備。外観はかなり綺麗で、掃除が行き届いていることが伺える。
401号室。
それが“村崎”とかけられたネームプレートの部屋の番号だった。
「か、勝手にお邪魔していいの……?」
「私はよく来てるし。ママとも仲良いよ」
「いや、僕は会ったことないし……村崎も僕には会いたくないんじゃ……」
「……」
そう言うと、天華寺はポカンと口を開けた。
おい、まさか何も考えてなかったのかこやつ。
「……どっかに隠れられる?」
「え!? ど、どこに隠れれば……!」
「はーい、美穂ちゃんいらっしゃい!」
「あっ」
「えっ?」
「あっ……」
咄嗟に隠れようとして、近くに置いてあったゴミバケツの蓋を取った体勢で固まった僕と、目が合う村崎のお母様。
「こんにちは」
呑気にお辞儀する天華寺。
「……あ、あなたは……彩芽のお友達?」
村崎ママが、僕に怪訝な表情を見せる。
そ、それはそうだ。決して怪しい者ではないと言わなければ。
僕は村崎の……友達? ではないな。クラスメイト? いや彼女の言う“クラス”に僕は入っていないだろう。知り合い……というほど無関係でもなく……。
……そうだ。
「オ、オタ友です」
そう。この言い方だ。
きっとこれなら──!!
「へ、へぇ〜……?」
アッ!
明らかにお母様の顔が曇った。対戦ありがとうございました。
じゃあ俺、家の前の掃き掃除して帰るから……。
「──七っち!?」
と、背を向けようとした途端。
家の中から飛び出してきたのは薄着の女神だった。
フード付きのパーカー。長い足が際立つホットパンツ。
そして…… そして……!
「な、七っち……きてくれたの……?」
眼鏡属性ッッッッ
本当のことを言えば、今すぐ後方に錐揉み回転しながら吹っ飛びたい。それくらいの衝撃が村崎の姿にはあった。
学校で見るいっそテンプレ的なギャルファッションの村崎とは明らかに違う、オフの姿。
だがそのギャップがより大きく彼女の魅力を引き立たせており、彼女本来の素材の良さをそのまま味わえるようになっている。
簡単に言えば。
「好きだなぁ……(オフ眼鏡属性)」
という感想だ。
「あっ」
「えっ?」
「!!?!!?!?!!?!?」
そして僕が目を開けると。
「あ、彩芽ちゃん!?」
「あーあー、彩芽ー」
口をあんぐりと開け、呆気に取られている村崎ママと、全く危機感を感じさせない天華寺。
その二人の視線の先で、なぜか村崎が後ろの棚に突っ込んで盛大にその上のインテリアを落としていた。
……いや、君がやるんかい。