「……」
扉を開けると、その向こうには。
「……村崎」
布団にくるまった村崎がいた。
……懐かしいな。僕も前はああいう風にしてたっけ。
ただ、それの村崎verが見れるとは思わなかった。
「ねぇ七っち」
「ん、うん?」
どうやって声をかけようかと悩んでいると、向こうの方から声がかかってきた。
……そしてその声色は、いつも聞いていたような声とは違う気がした。
「こっち来てよ」
「え……」
「はやく」
……室内は薄暗い。
布団にくるまって、こちらに背を向けている誰かがいるということだけはわかるが、内装は判然としない。
そんな中で、闇の中から村崎の声だけが響いてくる。
「……」
僕はゆっくりと近づいた。
「えっ」
その瞬間。
バサっ、という音と共に視界が闇に覆われた。
それだけじゃなく、体が何か、温かいものに包まれている。
布団だ。恐らくは村崎がかぶっていた布団、それが僕に被さったのだと気づいた。
いや、違う。それだけじゃなくて……。
「つかまえたぁ〜……」
足、腕、体、腰。
あらゆる身体の部位が密着している。
僕は村崎に、布団の中に閉じ込められた。
その瞬間僕は目を閉じ、脳裏に思い浮かべたのは小学生の頃の苦いエピソード。
絵を一回褒められたというそれだけのことで調子に乗り、漫画家になると豪語したその翌日にクラスメイトがノートに描いたマンガを見てあまりのレベルの違いに閉口した記憶。
もう名前も覚えていないが、あいつは元気にしているだろうか。
今思えば僕が創作に向ける情熱というのはあの出来事に端を発しているのかもしれない。
なったのは漫画家じゃなく、ラノベ作家なんだが。
ともかくこの記憶を掘り起こすと僕は不思議と冷静になれた。どんな時でも、自分の過信とか増長とか、そういうものを抑えてくれる記憶だった。
じゃあなんで今その記憶は必要になったかって?
下半身に血流が集まりすぎてるからだよ!!!
「七っち、ちっちゃくてかわいいねぇ」
布団の中で村崎に抱きしめられる。
村崎は身長が174cmほどあり、その辺の男子よりデカい。対して僕の身長は165前後。10cm近くの身長差。
そんな僕が村崎に抱きしめられたらどうなると思う?
僕の体は、すっぽりと村崎の中に収まってしまうのだ。
具体的には頭が胸の位置で、股間が太ももの位置で。村崎の匂いに包み込まれるのだ。
勃起しないワケがありゃしませんのよ。
誤解がないように言っておくが僕にもちゃんと性欲はある。というか多分人より多いんじゃないだろうか。
日夜溜まるものは溜まるし、そういうもので発散するし、普通に変態なのだ。
だからそう、この体勢は非常にまずい。息をするだけでまずい。
ぐりぐりと押し付けらている太ももの柔らかさが、途轍もなくまずいことになっている。
くそっ、なんでこんなに柔らかいんだ!!
ってか何やってんだこいつは!? 男を布団の中に閉じ込めるとか正気じゃない。
僕だから良かったものの、こんなの起きることが起きても仕方ないぞ。
……きっと村崎は熱で思考力が低下しているんだ。呂律も回ってないし、そうに決まってる。
なら僕はすぐさまこの布団から脱出するべきだ。
「だぁめ」
「うっ」
「なんで逃げようとするの?」
「そりゃ、逃げるでしょ……!」
こんなの、村崎のお母さんに見られたらその場で僕は断頭されかねない。ヤンデレソードで一発だ。
「ウチのこと、嫌いだから?」
「……」
ピタリ、と動きを止める。
「ウチは七っちが家に来てくれて、嬉しかったよ? 心配してくれたんだなーって。そう考えたら、胸がね? ぽかぽかしてね? だからこうやって閉じ込めちゃったの」
「……村崎」
「でも、七っちがウチのこと嫌いなら、ここから出てっても追わないよ。もう話しかけない。七っちに迷惑は、かけたくない」
「……迷惑なわけないよ」
「……本当?」
「本当に」
そう、村崎のことが本当に迷惑なら、とっくに……。
「じゃあ、一緒に“天地”見よ」
「えっ」
◆
『……話は終わりか? 長ったらしい言い訳を延々と聞かされただけだったな。結局のとこ……お前をぶっ飛ばせ場それで終わりだろ』
『き、貴様……!!』
「……」
なんだこの状況は。
なんで僕は村崎と一緒に布団に入って、“天地”の最新話を履修しているんだ。
こんなことになるなら、来る前に風呂に入っておくべきだった……!
「……」
まぁ、横にいる村崎は気にしてなさそうだが。
……『天国と地国』のアニメ版はの評価は上々だ。
少なくとも今期中では最も話題になっているし、“覇権”と呼ばれることも多い。
その功績の9割はアニメスタッフの方々の尽力のおかげだとしても、一番名前が売れるのは実際のとこ僕だ。
世間では原作者は絶対の存在であり、原作本はその一切を改変する必要がないとして語られがちである。
だが実際に原作の内容をそのまま音読するようなアニメを作ったとしたら、なんともまぁ味気ない作品に仕上がることだろう。
重要なのは“意図を理解する”こと。
どうしてこのような演出にしているのか? この展開はキャラクターのどのような一面を引き立たせるのか? この台詞は世界観をどのように説明しているのか?
極論、原作を全くなぞらなくとも伝えるべきことやその優劣、判断さえしっかり出来ていればストーリーラインをなぞる必要さえないと僕は考えている。
まぁ実際にやったら炎上するんだろうが。
それで言うと、アニメ版『天地』は結構原作の内容を改変している。
というか、ウェブ版から書籍版の段階で結構加筆修正はしているのだ。
よりキャラクター性を引き立たせ、“わかりやすく”した改変は、結果的に上手くいった感触はあるが一部ウェブ版からの読者からはウケが悪い。
新たな読者が流入するのは、アニメしたり書籍化したり、そういう“認知される”タイミングであることが殆どだ。
であれば作者の腕の見せ所というのは、いかに“読者を離れさせないか”。一度獲得した読者を、どうやって維持し続けるかだ。
それは減点方式で、やっちゃいけないことは明確化している。
すごく噛み砕いて言えば“作品のイメージを損なう”のが最大のタブーなのだ。
そんな中でアニメ版はよくやってくれていると感じる。
……ただ。
「うーん、今のシーンそんな風に流しちゃうんだ。トキが葛藤から解放される重要な場面なんだからもっと尺使ってよかったけどね。っていうか今の演出じゃ伝わらなくない? うーん新規が増えるのは嬉しいけどこれ書籍版も見てもらった方が……」
このような“強火オタク”が隣にいると、そうでもない気がしてくるから不思議だ。
「村崎は、やっぱりアニメ版気に入らない?」
「うーん……なんていうか、めっちゃ不満ってわけじゃないんだけど、好きなシーンがカットされたりとか、思ってた感じと違うとちょっと愚痴っちゃうかも」
「そっか……」
……制作班と連携をとっている僕からすれば、むしろこのアニメの監督は僕以上に”天地“を理解していると言える。
入れるべき文脈、外しちゃいけないテーマはしっかり押さえた上で、アニメ版の雰囲気に合わせてリファインされている。
これほど腕のいいアニメ監督に絵を動かしてもらえる機会はなかなかないんじゃないかとさえ思う。
だがそういう努力が隅から隅まで読者に伝わるわけじゃないというのは、常に意識しておくべき点だ。
僕は村崎の意見を否定せず、真摯に受け止めなければならない。
「ねぇ、七っちって『東風』先生?」
「んー? そうだよ」
まぁとは言っても、やっぱり彼女にだけは理解してほしいような気持ちも……。
……。
「……」
は??