「……ここ、事故現場?」
黒瀬は歩道に供えられた花束を見ると、僕の方を見ながらそう言った。
……あんまり人に見せるものでもないんだけど。見られてしまったからには仕方ない。
「うん、そうかな」
「……知り合い?」
「うーん……」
そういうのを、当たらずとも遠からずというのだろう。
「そっか」
そしてそんな僕の様子から何かを察したのか、黒瀬はそれ以上何も言わず。
「うおっ、と?」
「それ、持って」
その手に下げていたレジ袋を僕に放り投げた。
……人使いが荒いなあ。
いちおう、喪に伏していたというのに。
「よい、しょ……」
と思ったら、黒瀬が肩にかけていたショルダーバッグを地面に下ろしてゴソゴソと中に手を突っ込んだ。
「あった」
飲みかけのジュースでも取り出すのかと思ったら、出てきたのは綺麗にラッピングされたドライフラワーだった。
「……なんでそんなの持ってるの?」
「貰った。路上ライブしてたら」
すげぇなオイ。
「でも、あたしこういうの家に飾ったりしないから。だから……あげる」
そう言って、花束やビールといった供物の隣に、そっとドライフラワーを置いた。
「……迷惑だった?」
黒瀬が僕を見上げながら、わずかに不安げな顔をする。
「……いや」
僕は笑顔で返した。
「ちょうど切らしてたって言ってるよ」
◆
「この辺あんま歩いたことないな」
黒瀬が辺りをキョロキョロと見回しながら歩き、僕はその半歩後ろを賢妻のようについて回っていた。
……ところでコンビニの袋は持たされたままだ。いや、いいんだけどね。
「黒瀬さんはこの辺、よく来るの?」
「んーん、全然。迷ってたの」
「なんと」
現代の高校生が道に迷うことなんてあるのか。
「スマホの充電切れたとか?」
「学校に忘れてきた」
「……」
気づけよ。
「学校出てすぐに、気づいたんだけどね。それで取りに戻ったんだけどアタシの知り合いが忘れてったのに気づいて、家まで届けに行ってくれたんだって。でもさ……」
「……?」
「その子アタシの家知らないんだよね」
気づけよ。
「それで探し回ってたら、道に迷っちゃって。知ってる場所に出る方法もわかんなくてさ。途方に暮れてたってわけ」
「……それで偶然、僕と?」
「うん。ホントよかったー」
すごい偶然だな。
どんな確率だ。
「……じゃあ、高校まで案内すればいいのかな」
「そうしてくれると助かります」
黒瀬がぺこりと頭を下げる。
「ん? いや、待って。じゃあさっき路上ライブしたっていうのは……」
「うん。したよ? 人集めて道聞こうと思って。結局怖くて聞けなかったんだけどね」
どんな発想だよ。
迷子の解決策として路上ライブを提出してくる女にはあまり会った記憶がないんだが。
「……黒瀬さんって、変わってるよね」
「よく言われるなぁ」
そして最近、僕の周囲にはそんな人しかいない気がする。
なにか変人を惹きつけるオーラでも体から出ているんだろうか。
「でもアタシよりもっと変わった人が学校にいるんだよね。知ってる?」
「天華寺美穂」
「知ってるんかーい」
それはもう。
「じゃあもう一人は?」
「え?……村崎彩芽?」
「えっ、いや村崎は正統派美少女でしょ」
「マジで?」
村崎をそういう風に評価してる人間に初めて会ったな。
村崎に対する解釈バトルが始まってしまいそうだ。
「“
「女論……?」
一度聞いたら忘れなさそうな名前だ。
「アタシのスマホ持ってちゃった子なんだけどさ」
「あぁ……家も知らずに飛び出したでお馴染みの」
「そうそう」
じゃあ、確かに相当変わってる人そうだなぁ。
「実はさっきから、あそこにいるんだけど」
と、しみじみ頷いていると唐突に。
黒瀬が道の先を指差した。
「……え?」
そこにいたのは、壁に手をついてぜぇぜぇと息を切らしてる……女子生徒(?)
「──」
疑問符が付いたのは、一見すると彼女が性別を特定しづらい服装をしているからだ。
サングラスをかけ、マスクをして、キャップを被っているその姿は制服を着ていなければ警察官に呼び止められてもおかしくない怪しさだ。
「──」
「──」
と思ったら制服着てても通りがかった警察官に呼び止められていた。
……あっ、生徒証出してる。
「話しかけよっか」
「嫌だなぁ」
黒瀬が女論さん(推定)を指差しながら言う。
頼むから目立つことはしないで欲しい。
「──」
あっ、警察官が離れていく。女論さんはペコペコと頭を下げていた。
それを見届けると、黒瀬さんがズンズンと近づいていく。
……仕方ないので僕も後を着いていく。
「悠張さーん」
「あっ、かなちゃん!?」
「……ん?」
なんだか今、二人の呼称に違和感が。
「ちょっと! なんで私がスマホ届けてあげるって言ったのに家で待ってなかったの!?」
しかしそんな違和感も感じる暇なく、ぷりぷりと怒った悠張さんが黒瀬に詰め寄る。
……ん? というかこの“声”。どこかで聞き覚えが……。
「え、なんの話」
「インスタでDMしたでしょ!?」
「スマホ持ってないし」
「マジじゃん」
黒瀬に摑みかかる勢いで詰め寄っていた悠張さんがスンと無表情になる。
急に落ち着くな。
「マジですんませんっした」
「いいよ。届けてくれたんだし」
「いえホント、罵ってもらって結構なんで」
「ほんっとに使えねぇなお前は」
「豹変」
仲良く喋っていたはずが突然言葉の暴力で悠張さんをボコボコにし出した黒瀬に僕は戦慄した。
この二人、どっちも感情の流れが読めん。
和気藹々とした雑談の最中に突然殴りかかってきても不思議じゃないな。気をつけよう。
「じゃあ、はい。スマホ」
「ありがとー。助かったー」
「……その人は?」
そして案の定、その場にきまずく突っ立っている謎の人物Aである僕に話題が向く。
「同じ高校だよね?」
「あっ、うん。知り合いの……」
「……」
「七家俳人です」
「その人」
「おぉー」
パチパチ、と謎に拍手される。
……なんか今日自己紹介することが多いな。
「初めまして。悠張女論です。かなちゃんの友達でー」
「え?」
「えっ」
悠張さんが“友達”と言った瞬間、黒瀬がきょとんとした顔で悠張さんを見る。
そして悠張さんは“そこ引っかかる?”みたいな顔で黒瀬を見ていた。
「えっ、いや、友達……え……?」
「あっ、私たちってそうだったんだ」
「だからずっと“悠張さん”って呼んでたの!?」
二人が取っ組み合いを始める。
どうやら友情の行き違いがあったらしい。悲しいことだ。
「おまっ、ふざけんな!? 明らかに私達の関係値だったら友達……なんなら親友くらいに昇格しててもよくない!?」
「えっ、でもまだ1年くらいの付き合いだし」
「1年付き合ったら友達でいいだろ!!」
……二人がどんな関係なのかは知らないが、確かに1年ほどの付き合いなら友達と言っていいはずだが。
どうやら黒瀬はその辺、かなりドライらしい。
「……あっ、すいません。お見苦しいところを」
「いえいえ」
そしてしばらくして漸く僕の存在を思い出したのか、ぺこりと頭を下げてきた。
僕としては、タダで漫才を見れたような気がして大変お得な気持ちである。
「かなちゃんを助けてくれたんですよね。それなのにこのままじゃ、失礼ですよね……!」
悠張さんはそう言いながら、マスクとサングラスを取り、キャップを外すと、その中から太陽の光を浴びてきらきらと光る銀髪が……。
「七家さん、今日はかなちゃんを助けてくれて、本当にありがとうございます」
「……」
……もう、勘弁してくれ。
今日はただでさえ色々起こって疲れているのに。
「……私のことは、秘密にしてもらえません?」
そう言って、彼女は……。
“笹倉絢音”は、いたずらっぽく笑った。