そのアニメの原作者、僕です。   作:ぷに凝

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そのヒロインの周囲環境

「彩芽。ここどうやって解くの」

「あぁ、これ? 一回因数分解して──」

 

村崎彩芽。

 

クラスの一軍女子筆頭にして、最強生物たるJKギャルであり、イメージに反して成績も良く、運動神経も抜群で、オタクの趣味に理解があって……。

 

僕の友達。

 

ゴンッ

 

机に頭を突っ伏した。

 

……何を考えてるんだ、僕は。

 

あの村崎だぞ? 友達なんて3桁人数いるに決まってる。そしてその中でも序列があり、僕はその最底辺に位置するモブ中のモブに違いない。

 

モブキャラがメインヒロインに絡み始めたらどうなる?

感想欄は大荒れ。名もなきモブに読者のヘイトは集中し、作者は現実を知らない馬鹿と批判され、住所を特定されて大炎上して逮捕だ。

 

僕はモブらしく、コマの隅っこでラノベを読んでいるだけの背景としての一生を終えるのがマスト──。

 

「あ、ねぇねぇ七っち〜!」

 

コマの真ん中から寄ってくるな〜〜〜!!

 

「七っち数学得意だったよね?」

「ぁ、いや、そんな、に……」

「そうだっけ? まぁどっちでもいいじゃん。ちょっと話そうよ〜」

 

クソ……モブにカメラが寄ってしまった……!!

 

こんな写りの悪い男にフォーカスしたら読者が減ってしまう!

 

「? 誰だっけ」

「七っちだよ、里穂。いい加減クラスの皆の名前覚えなって〜」

「だるい」

 

窓際の席で一人、至福の作品インプットの時間を過ごしていたはずが……ギャル同盟の最前線に駆り出されることになるとは。

 

気分は出頭する犯罪者の気分だ。

 

「彩芽、他の人に迷惑かけちゃダメだよ。私の問題なんだから」

「ウチに迷惑かかってんじゃん」

「彩芽はいいでしょ」

「やばお前」

 

……天華寺里穂(てんげえじりほ)

 

ギャルの村崎とは対照的に、腰まで届く黒髪と静かな佇まい、すんと澄ましたクールな表情など、陳腐な表現だが“大和撫子”という言葉が似合う女子生徒。

 

それでいて天然キャラであり、遅刻はしょっちゅう。入る教室を間違えるのも日常茶飯事。移動教室の時も、クラス全員で移動するのになぜか一人だけ道に迷うという異端児。

 

2面の土管から出てくる花以下の僕には一生縁がない相手だ。

 

「七っち、里穂も“天地”見てんだよ? ウチら天地仲間じゃん?」

「そう、なの」

「彩芽ほどガチじゃないけどね。アニメ勢だし」

「勿体無いな〜、アニメ化する前からずっと推してたのに」

「うん。だから見始めたら絶対うるさいと思って見ないようにしてた」

「そうなの!?」

 

……あぁ、なんだこの状況は。

 

クラスのカースト最上位が、僕の作品で盛り上がっている。

 

これは、この感覚は……。

 

”警告“だ。

 

「え、ウチそんなうるさかった!?」

「一時期その話しかしてなかったじゃん。どんだけ好きなのって思ってた」

 

仮にこの会話に不用意に混ざり、読者が知らないはずの情報でも提示して正体バレルートに突入しようものなら……。

 

『は? これ七っちが書いたの? キモ。裏庭で燃やしてこよ』

『彩芽、こんなキモオタの書いた本読んで面白がってたんだ……もう関わらないようにします』

『ウチもショックすぎて無理だわ。絶交しよ』

 

この世の終わり───!

 

指定文化財に登録されて然るべき仲良し美少女二人の仲を、僕が引き裂くなんて事態になりかねない。そんなことは間違っても起きちゃいけないだろう。

 

絶対にバレるわけには……。

 

ピロンっ

 

「?」

 

不意に、机の上に置いてあったスマホにメールの通知が。

 

『【間宮蓮華】東風先生 8巻の構成について、打ち合わせの日程を──』

 

あんぎゃああああああああああ!!

 

「……えっ? どったの七っち?」

 

光速に限りなく近い速度で動いた僕の右手がスマホを掴み、目にも止まらぬ勢いでポケットに突っ込んだ。

 

間宮さん、すいませんが今は僕を“東風先生”と呼ばないでいただきたい……!!

 

いや、だが仕事の話だ。すぐに返信は返さないと……けどこの場で返信を行うわけには……。

 

「……彩芽。あんま追及しない方がいい」

「えっ? なんで?」

「わかるでしょ、普通」

 

ドクン、と心臓が跳ねる。

 

まさか……天華寺、見たのか? 今の通知の文面を。ま、まずい。二人の絆が……!!

 

「えっちな広告が表示されちゃったんだよ。私もよくやる」

 

危ね〜〜〜〜〜〜。

 

「えっ!? 七っち、そんなの見て……!?」

 

村崎が僕を見て顔を赤くする。

 

……危ないというかむしろ傷が深くなってないか??

 

「違うよ彩芽。あれはテロなんだよ。普通のサイトを見てるのに、いきなり現れるの。対処は不可能なんだよ」

「えっ、そうなの? でもああいう広告って、普段見てるサイトの傾向から自動で選別されるんじゃないっけ」

「……」

「……あ」

 

……場に沈黙が訪れた。

 

「……彩芽」

「な、なに……?」

「あんたとは絶交だから」

「えぇ!? ちょ、ちょっと待ってって! ごめんって〜!!」

 

席を立ち、早足で教室の外へと向かっていく天華寺を村崎が追っていく。

 

……その場に残ったのは、僕一人だけ。

 

うん。

 

間宮さんに返信返そう。

 

 

僕はクラスカースト最下位だ。

 

友達はろくにおらず、いつも教室の隅でカバーをつけた小説を読んでおり、取り立てて成績が良いわけじゃなければ運動もできない。

 

唯一の美点があるとすれば、自分のその立場を自覚していたこと。

 

変な欲は持たず、常に日陰にいたことで自分の身を守っていたとも言う。

 

だが──。

 

「七家、お前さっき村崎たちと話してたよな?」

 

その守りは、容易く崩壊してしまった。

 

「……別に」

「いや、別にじゃなくてさ」

 

二人がいなくなり、間宮さんに返信を返して、元の席に座った僕の前に立ったのは飯田純一郎(いいだじゅんいちろう)。バスケ部のエースで……特に女性関係では、あまりいい噂を聞かない男だ。

 

僕がこのクラスで、村崎彩芽と並んで最も関わりたくない存在だった。

 

まぁ、村崎の方は関わる事でこういう事態になるのが想像できていたからなんだが……。

 

「すげぇじゃん。あいつ、天華寺と話している最中は他の奴呼ぼうとしないのに。お前気に入られてんだな?」

 

……村崎は誰に対してもフレンドリーだ。

 

唯一の例外が目の前にいる男というだけのこと。“他の奴”と複数人系だが、実質それは飯田一人だけだ。

飯田はクラスが上がった当初から……いや、聞く話では1年生の頃から、ずっと村崎に対して絡み続けているという話だ。

 

2年の時に、二人が付き合ったという噂が流れた記憶があるが……実態は違うのだろうか。誰に対しても好意的な村崎はあからさまに飯田にだけ塩対応だ。

 

「なぁ、どうすればそんなに気に入られんのか教えてくれよ」

 

村崎はクラスどころか、学年、さらに後輩たちの憧れの的だが、自分から村崎に近づく男は実は多くないらしい。

 

その原因の一端が目の前の男にあることは疑いようもないだろう。

 

どう見たって“気に入られてる”という評価にはならないはずのさっきの会話でこの反応だ。自分から地雷原に突っ込むのは馬鹿か、余程の命知らずだけだ。

 

「……別に気に入られてはいない。だから教えることはできないし、僕に関わるだけ時間の無駄だと」

「なぁ、お前のその話し方ムカつくんだけど」

 

……飯田の手が伸びて、僕の首襟を掴む……。

 

「ねぇ、何やってんの」

 

寸前に、冷え切った声が教室に響いた。

 

しん……という静寂が訪れる。

 

「いい加減にしろよ、飯田。言いたいことがあるならウチに言えっての」

「……ちっ」

 

飯田が舌打ちをして、ずんずんと足を踏み鳴らしながら教室を出る。

 

「……ごめん。七っち」

 

飯田を追い出した英雄、村崎は、痛切な表情で俯いていた。

 

「流石に七っちには絡まないと思ってたのに、アイツマジで……うん、違う、ごめん。言い訳だねこれ。もうあんまり話しかけないようにするから……」

 

村崎が早口で捲し立てる。

 

それは、彼女が好きなことについて話す時の、明るい声の早口とは明らかに異なっていて。

 

「村崎」

「……へっ」

「来週の4話、公開されたらさ」

 

だから僕は。

 

「感想、話していい?」

 

モブキャラの分際で、コマの中央に躍り出ることにした。

 

「……うんっ!」

 

うん。

 

メインヒロインの彼女は……作品の顔として、笑顔でいるべきだ。

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