《「でも私、あなたのそういうところは好きだよ?」》
《彼女の表情は真剣そのものだった》
《「……人に“好き”とか簡単に口にする女は信用できない」》
《「あら、随分疑り深い性格なのね?」》
《「そうじゃないと、生きていけなかったもんでな」》
《こんなに疑り深い性格にしたのは、きっとこの世界が残酷だからだ》
「……」
自分の書いた文章はあまり読み直さない。
僕の心の奥底の本音が滲み出ているような気がしてならないからだ。
……僕は普通の人が、他人との触れ合いや会話、他愛無い雑談に費やすための時間を、ただ自分の内面を深掘りすることだけに浪費してきた。
その時間があったからこその今の僕だが、結果としてこの世界に残ったのは、自分の本音すら理解できていないコミュ症インキャクソ野郎の男が一人。
普段から経験を積んでおかないから、肝心な所でポカをした。
そして自分のやらかしにすら気づかず、他人に指摘されて初めてそれを理解した。
「はぁ〜……」
生きていくのは、こんなにも辛いものなのか。
誰とも関わらず、誰の記憶にも残らない人生。それで良いと思ってた。
だけどそう言いつつ、どこかで孤独に耐えられない自分がいた。
だから小説を書いて、投稿して、認められればそれは嬉しかった。もっとやろうと思えた。
書いて、投稿して……その先のことなんて何も考えちゃいなかった。
僕の書いた作品が、誰かの人生に影響を与えて……その結果が僕に返ってくるなんて考えもしなかった。
「結局、ここに行き着くのか……」
人生はどんなに変わった道を歩もうとしても、関所のようにどこかで必ず通過しなければならない“チェックポイント”がある。
何の淀みもなく生きていける大多数の“普通の人”は、そのチェックポイントをどんどん通過して前に進み続けていく。
僕は一つもチェックポイントを通過することなく、その直前で何年も停滞し続けた。
ずっと通ることはないのだろうと思ってきたそのチェックポイントを、とうとう通過しなければならない日が来たらしい。
……誰かを好きになる感覚なんてわからない。
だけど……。
「……」
◆
いつもの通学路を、自転車を押して歩いていく。
いつも通りのはずの道が、今日はとても長く感じる。
……村崎が隣にいないから? いや、一人の時もこんなに長くは感じなかった。
「……ねぇ、あれ……」
「しっ、やめなって……」
では、周囲から聞こえる羽音が気になるからだろうか?
……それも違うな。僕は自分が思っているよりも他人からの評価というのが気にならない性分らしい。
どうせすぐに飽きるのだから、言わせておけばいい。
「ふぅ」
不思議だ。
あんなに人から嫌われるのを恐れていたはずなのに、いざそうなってみると妙な清々しささえ湧いてくる。
人に嫌われたくない。気にかけられたくない。そんな思いはどうやら、僕の手足を縛る枷であったらしい。
それがなくなってみれば簡単な話。手足は自由に動くし気分は軽い。僕は生まれてきて初めて感じる解放感を享受していた。
このまま踊り出してしまいそうだ。
「ふふ〜ん、ふ〜ふふ〜ん♪」
「機嫌良さそう」
「ふふ〜ふ……どぉわぁ!?」
突然真横にSクラス美女が現れて、僕はアスファルトの地面に頭から突っ込んだ。
「て、天華寺……! さん」
「美穂でいいって言った……言ってなかったっけ」
「言ってないかも……」
「そう。バリボリバリボリボリボリ」
天華寺美穂は、その手にのど飴の入った袋を持って立っていた。口の中からはバリバリという粉砕音が聞こえる。
この女、まさか飴を歯で砕いて食ってるのか……。
「食べる?」
「舐める、の間違いじゃなく?」
「?」
こいつ本気で不思議そうな顔をしてやがる。
まさか本気で……。
「いや、普通に舐めてるよ。ほら」
「……」
と思ったら、ンベと出された天華寺の舌の上には小さくなった飴玉が。
「はふぇふぇふへほ?」
「何言ってるか……」
「ふぉへー」
うん、まぁ、舐めてるのはわかったんだけど。
……舌を突き出してる天華寺の構図は、ちょっとまずいかもしれない。色んな意味で。
「んむ……じゃ、行こっか」
「……行く?」
飴を飲み込んだ天華寺が、当たり前のようにそう言った。
言葉の意味を理解できていない僕が首を傾げると……。
「決まってるじゃん。……登校」
「えっ」
……なんやて工藤!
……
…………。
「ボリボリバリバリバリ」
「……」
……村崎の時もそうだったけど。
女子と二人で登校と言っても、色気のようなものは微塵もないな……。
まぁ、あっても困るんだが。
「ふまふひひゅひへ」
(何言ってるかわからんな)
天華寺はずっと何かを喋っていて、僕はそれに適当に相槌を打っている状況だ。
何を言っているのかはわからないが、あんな風に頬をリスのようにしながら言っている内容なんてきっと碌なもんじゃない。
……ところで天華寺は、僕が村崎にした仕打ちについてとても怒っていたと思う。
だが今の彼女からはその類いの怒りや僕に対する嫌悪感というのは全く感じない。そしてそれが逆に不審ということもある。
個人的に、天華寺とは二度と和解することはできないと思っていた。
なにぜ村崎が寝込んでいるという話だったから彼女と一緒に村崎の実家に押しかけたのに、結果僕がやったのはさらに村崎を傷つけるという最低の行いだったのだから。
仮に学校に登校したら僕の机が窓から捨てられていて、その主犯が天華寺だったとしても何も驚かなかった。それくらいの裏切り行為だ。
それについて僕の方から聞くのは怖すぎてできそうにないが。
これは、もしかしたら許されたという可能性も……。
「ごくっ……うん、わかった。じゃあもう彩芽とはもう付き合ってるんだ」
「????????」
なんて??
「誤解してたよ私。ごめん」
いやいやいや。
勝手に話を進めないでほしい。
何をどうしたらそんな話になる?
口の中に飴玉を詰め込んで、何を言ってるかわからない状態での会話で何を確信したんだ。
「じゃあ今日の放課後ね」
えっ、何が……。
と、僕が聞く前に。
天華寺はぴゅーっと走り去って……そして見えなくなってしまった。
……。
せやかて工藤。
◆
「……」
教室の中に入ると、やはり刺すような視線が全身に突き刺さった。
“圧”というのだろうか。ここにいるだけで呼吸が苦しくなるような圧迫感が教室中に充満している。
僕はその中を、わりと堂々と歩いて自分の席に座った。
机に目立った外傷や落書き、いたずらなどの痕跡は見られない。実際、いじめの実例としてのマジックでの落書きなどはフィクションの出来事だ。
いじめに対する意識も強まった現代では、あからさまなことをやれば逆に自分が不利な立場に立つことになる。そのことをよく理解しているのだ。
……まぁ。
『退部届』
逆にあからさまじゃなければ、こういうこともあるわけだが。
俺の机の中に入っていた紙切れには、かろうじてそう読み取れる程度の紙片が丸まって入っていた。
まぁ……なんというか。くだらない事を考える人間もいるよなぁ、という感想しか湧かないが。
そもそも退部する部活に入ってないんだし。
とりあえず何の害もないので、そのまま机の中に押し込めようとしたら……。
「おい」
(うげっ)
あまり会いたくない人間が目の前に立っていた。
「それ貸せ」
飯田だ。
「……」
「貸せっての」
飯田の圧に負け、しぶしぶと丸まった紙切れを渡す。
口の中に突っ込まれるのかと思ったら……急に飯田は後ろを振り向いた。
「ふんっ」
「いっで!?」
そうして飯田は、教室の前の方でこちらを遠巻きに見ながらニヤニヤと笑っていた男子生徒に向かって紙切れを投げつけた。
その男子生徒は僕と目が合うと、気まずそうに視線を逸らした。
「返しといたぞ」
……なんなんだ。