そのアニメの原作者、僕です。   作:ぷに凝

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その原作者の創作美学

「七っち、お〜はよ!」

「……」

 

肩に手を置かれ、ついに僕は逮捕されるのかと身構えたと同時に、聞き慣れた声がかけられたことで心配が杞憂に終わったことを察する。

 

しかし僕にとっては、彼女の存在は即逮捕に繋がる爆弾同然だ。

 

村崎彩芽。我らが3-2を支配する魔王。

 

魔王に肩ポンされる僕は、さしずめ砦面の踏むと崩壊する骨である。

 

「七っちって自転車通学なんだ! ウチ駅から歩きなんだよね〜。めっちゃ時間かかってだるいわ〜」

「そ、そうなんだ」

 

通学路。

 

僕にとっては学校に着くまでの“過程”でしかなかったこの時間に、あろうことか村崎彩芽が入り込んできたことで平穏な日常は消えた。

 

僕は友達がいないが、そこには授業以外の空き時間を自分だけのために利用できるというメリットもある。執筆時間、市場の流行を把握するための読書時間。

 

だからあえて友達を作らないとかでは全然なく、普通に出来ないだけなんだが……。

 

「あっ、てか昨日の最新話見た? エドちゃん可愛すぎてもうヤバかった〜! アニメ化してて忙しいだろうに毎日更新してくれるの神でしかないわ」

「そういう仕事だからね」

 

確かに忙しいことは忙しいが……アニメ化によって多数の人間に作品を見てもらえる機会が増えて、僕自身“天地”という作品の新解釈の余地も生まれた。

 

それに、やはりこうして生の声を聞けるのは嬉しいものだ。

 

「いやいや、七っちは知らないだろうけど、ラノベ作家って大変なんだよ!? 特に今の時期なんか原作と単行本とアニメとで一番忙しい時期なんだから! 東風様を労わらないと!」

 

村崎の熱弁だけで、すでに労りは十分伝わっているのだが。

 

というか……。

 

「東風様……?」

「えっ? あー……“様”付で呼んでるんだよね。“天地”の作者の人のこと……あはは、流石に恥ずいわ。でもウチにとってはそういう人だからさー」

 

……“先生”と呼ばれることにはいい加減慣れたが、“様”付きは初めてだな。

 

僕が“村崎様”と呼ぶことは何の違和感もないが。

 

しかしそうか。村崎にとって“東風面太”はそれほどの存在なのか。

 

これはますます……。

 

絶対に正体を知られるわけにはいかない……ッ

 

『え、七っちが東風様なの? うっわ、最悪。吐き気してきたわ』

『“天地”のグッズ全部売ってきた。じゃあね東風様……じゃなくてキモオタ様』

 

終了……。

 

僕が“東風面太”であることが露見すれば、あらゆる人間を不幸にすることは想像に難くない。作品にとっても、読者にとっても、間宮さん他、関係各所にとっても。

 

作者であることを公表して得られる些細な賛美などは、作品の進退に比べればマダニ以下の存在価値しかない。自分の正体がバレるくらいなら、その前に崖から身投げした方が余程マシだ。

 

何より、彼女が失望する顔を見たくは……。

 

……。

 

読者が失望する顔は見たくない。

 

「七っちはさ、どのキャラが好きなの?」

「……え?」

「いや、“え?”て。“天地”で一番好きなキャラよ。教えて?」

「え、あー……」

 

村崎が僕の顔を覗き込みながら、ニコニコと笑っている。

 

……しかし、僕にとってこの質問は非常に答えづらい。

 

『天国と地国』の登場人物は、その全員が僕が生み出したキャラクターであり、子供のような存在だ。

 

無論、作中に僕より年齢の高いキャラクターなどはいくらでも登場する……というか主人公含め多くのキャラがそうなのだが。

 

彼らの思考も、人生も、性格も……僕がそう設定したからそうなっている。つまり、僕の想像の余地を超えた魅力を引き出すことがないのだ。

 

まぁ、その上で面白いのが、僕が作品で表現した以上のことを読者が感じ取る……ということは往々にして起こるということ。

読者に対して想像の余地を残すのは創作の基本だが、こういうことがあるからこそ、僕は特定のキャラに肩入れしたり、あるいは嫌厭してはいけない。

 

救済の余地がないクズであろうと、逆に聖人君子であろうと、平等に扱ってこそ成り立つのが“作品”。

 

……単純な“好きなキャラはいるか”という質問なのに、ここまで思考が堂々巡りしてしまうのが僕の悲しい性だ。

 

「……いない、かな」

 

故に僕は、こう答えるしかない。

 

「えっ、マジ!? 珍しくない!?」

「……強いて言えば、主人公のリクア」

「あーわかるー! リッくんマジいい子すぎて弟に欲しい〜!」

 

村崎が拳をグッと握りしめて天を仰いだ。いちいちオーバーリアクションだなこの人。

 

「ウチはさぁ、ワンピとかもそうだったけど主人公好きっつったらにわか扱いされんの我慢できないわけよ! かっこいいじゃんね!? めちゃくちゃ!!」

 

作品の人気のためには、主人公は好かれなくてはいけない。

 

主人公は読者の写し鏡。読者が作品を読み進めていく中で、“こうして欲しい”という欲求を受け止める器となるのが主人公だ。

 

自分勝手で、感情移入のできない主人公はそれだけで作品の魅力を落としてしまう。ある意味主人公に人気が出るのは作劇の都合上、当然のことだ。

 

……ということをつらつらと語るとキモい上に、作者目線透けして終わるので当たり障りのないことを言っておこう。

 

「2章の覚醒シーンとか、良かった」

 

読者の高評価を得ているシーンを挙げる。これをしておけば間違いないだろう。

 

「あーわかるー。でもウチは特にその直前のリっくんが負けそうになっても諦めないシーンが好きかなー」

 

……足を止めた。

 

「……七っち?」

「……」

 

僕は大きく目を見開いて村崎を見つめていた。

 

そんな僕に、村崎は不思議そうな顔をしている。

 

……村崎が指摘したそのシーンを更新した時、そこに触れてくれる読者は殆どいなかった。

 

僕としては会心の出来だった。

 

展開としてはありがちだが、どんな絶望の淵に立たされても諦めないリクアの底意地の強さ。諦めの悪さ。どこか狂気すら感じる戦意の薄れなさを、僅かな描写で完璧に表現できたという自負があった。

 

だが、作者がいくら自信を持って送り出しても、それを読者が100%完璧に受け取ってくれるとは限らない。

 

こだわり抜いた些細な描写が、使い古された大きな展開に埋もれるのはいくらでもあることだ。

 

……それでも。

 

「ごめん、村崎」

「えっ、えっ!? 何が!?」

 

僕は、なんて愚かだったんだ。

 

「僕もそのシーンが一番好きだ」

 

読者が高評価しているシーンを挙げておけば間違いないだと?

 

いつからそんな風に、他人の顔を窺うようになったんだ僕は。

 

「えっ、マジ!? だよね!? めっちゃいいよねあのシーン! リっくんの啖呵がクソ熱くてさぁ〜!」

「それまで余裕面してた敵がビビってるのもいい」

「うわっ、わかる!!」

 

……僕が良いと思って世に出したものを、“良い”と言ってくれる読者がいる。

 

僕にとってはそのことが、たまらなく嬉しいのだった。

 

 

「ってことがあったんですよー」

『良かったじゃないですか』

「いやー、本当に感激しましたね」

 

自宅に帰った僕は、通話を繋ぎながら今日の出来事を話していた。

 

“天地”8巻の構成についての、オンラインでの打ち合わせだ。

 

『アニメ化以前どころか、Web時代から追いかけてくれているファンは貴重ですよ。先生が獲得した素晴らしい成果ですので、大事にしていきましょう』

 

相手は“ノーススターノベルズ”編集部所属、『天国と地国』担当編集。

 

間宮蓮華(まみやれんげ)”さん。

 

「……今日は素直に褒めてくれますね、間宮さん」

『私が東風先生を褒めなかった日がありますか?』

「あはは」

 

編集として一流なだけじゃなく、ジョークの才能も一流だ。

 

間宮さんには僕が商業デビューする頃に散々絞られちゃったからな。才能の無さをこれでもかと露呈してしまったのは恥ずかしい限りだ。

 

『……ところで、話は変わるんですが』

「はい? なんでしょう」

 

今の僕は調子がいい。多少のダメ出しくらいなら笑顔で……。

 

『……ネット上に、東風先生が反社会勢力と繋がりがあるという情報が回っているんですが』

 

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