デマというのは恐ろしいもので。
火のないところに煙は立たないというが、ことネット上に関してはその限りでなく、火のない場所にキャンプファイヤーを設置して盛大に燃え上がらせた当人が大騒ぎするようなことが平然とまかり通っている。
その殆どは相手にもされないのだが、数撃ちゃ当たるの論によりいくつもデマが流されれば信じる人間は必ず出てくる。
結果……。
“【悲報】ラノベ作家さん、反社との繋がりがバレて炎上してしまうwwww”
まとめられているッッッ
「……はぁ」
僕はスマホの画面を消して、天を仰いだ。
昼休み。いつもは執筆時間に当ててるこの貴重な余暇を、対処は間宮さんに任せているとは言え、当事者として一応実態を把握しておこうとネットで少々エゴサしたら、これだ。
嘘が真実に置き換わり、さらにその嘘に乗っかる個人の意見がブレンドされてもはや実態とはかけ離れた魔獣と化した。
今の僕は、どうやら反社会勢力と繋がりがあり、掲示板で自演し自作の印象を都合よく操作している極悪作家らしい。
どんな強靭なメンタルしてんだその作家は。ちょっと精神力分けてくれよ。
……テレビの取材を受けたラノベ作家が、本来の意図とは違う形に編集されて放映されたみたいな事例は知っている。“ラノベ作家は儲かる楽な仕事”、的な。
作家という肩書きを持つ人間がそもそもごく少数なために、その実態の理解は中々進まない。結果、様々な偏見や憶測、根拠のない決めつけなどは一部のネット界隈で飛び交っている。
まぁしかし、ネットというのはそもそもそういう場所だ。掲示板の片隅で多少騒がれる程度であれば問題ない。無視しておけば勝手に鎮火するだろう……。
「彩芽、“天地”の原作者ヤバいらしいよ」
「え?」
信じとるやんけ!!!!
例によって村崎と天華寺の席からトンデモ会話が聞こえてきて、僕は机に突っ伏した。
「ネットにそういう記事が色々出てる。ヤバい所と繋がってるとか、他の作家を脅して廃業させたとか」
根も葉もありません!!
「え〜、そんなのただのデマでしょ? 美穂、そんなん信じてんの?」
村崎様……!!(号泣)
一生ついて行きまする。
「別に。でも思ったより拡散されてるみたいで、信じてる人も意外といるよ」
「はぁ〜……だるすぎ。どうせ騒いでる奴らは殆ど“天地”見たこともないようなジジイどもでしょ」
うおっ、ちょっと際どい発言だ。
「アニメ化されて、有名になってくれたのは嬉しいけどさー。こんな風に民度悪くなるの見せつけられると……」
村崎は珍しく、憂鬱げにため息を吐くと。
「アニメ化しなくても良かったな、って思う」
……。
「……彩芽は、ずっと最初の頃から追ってるんだっけ」
「東風先生の作品なら、前作からずっとね。なんていうのかなー……風景の描写とか、あんまりしないのに伝わってくるのがすごいんだよね。だけどアニメ版は原作にあったテンポ感とか間の取り方とか、正直微妙なとこも多くてさ。やっぱ原作が至高だなって……」
村崎と天華寺の会話を聞いていて。
「それは違うと思う」
気づけば僕は立ち上がって、声を上げていた。
「……七っち?」
村崎が目を丸くしてこちらを見ている。
……やばい。
「……あ、いや、違う、っていうか」
何を言うか考えずに飛び込んでしまった。
どうして僕は、こんなことを。
「……小説とアニメだと、テンポが違うのは当たり前だし、その分大衆化されて、見やすく整理されてるとも言える。アニメ版も面白いよ」
……どうやら僕は。
村崎にアニメ版“天地”を貶してほしくなかったらしい。
「えっ? あっ、いや、違うから! 面白くないって言ってるわけじゃなくて、ただなんか、人気になって嬉しいけど、ちょっと寂しいだけっていうか……」
「え、あ、そ、っか」
しかし村崎が手をワタワタさせながら返してきた返答に、今度は僕がワタワタすることになってしまった。
……そのジレンマは理解できる感情だ。過剰反応してしまった。
「あーあ。彩芽やばいじゃん。七っちの地雷踏んだ」
「ふ、踏んでな……! い、よね……?」
「踏んでない」
「踏んでない! ってか七っちって呼ぶなし!」
「? なんで? 彩芽は呼んでるじゃん」
「ウチはいいの」
「なんじゃそりゃ」
……い、勇み足で会話に乱入した手前、勘違いと気づくと気まずい。
さっさと消えるか……。
「あれ? てか七っち、まだ昼飯食べてなくね?」
「え? あ、おう……」
「お弁当とか持ってきてないの?」
「いつも学食……」
……あれ。
この会話の流れ。
「……じゃあ、一緒に食べよ?」
やばくね……?
◆
苦節18年。
友達と昼食を共にした回数なんて、それこそ数えるほどしかなく。
ましてや……。
「里穂、あんま食ってなくない?」
「ダイエット中〜」
「太るよ?」
「どういうこと?」
それが一軍女子ともなれば尚更。
……ていうか僕、弁当なくて座ってるだけの男なんだが。居心地悪すぎか??
「七っちも食べてないじゃん」
食うものがねぇんだわ。
「彩芽、察してあげなよ」
天華寺さん……!
「からあげ苦手なんでしょ」
天華寺さん……。
「あー、ごめん七っち。気づいてあげられなくて」
「許してあげて」
もう突っ込む元気もなくなってきたな。
「……七っちは」
「七っちじゃないっての」
「苗字なんだっけ」
「七家」
「七家はさ、“天地”結構好きなの?」
「いきなり呼び捨てなのヤバすぎでしょ里穂」
天華寺さんからの質問。
まさか彼女が、僕みたいな雑魚男に質問してくれるとは。
名前忘れてるけど。
「……まぁ、そこそこ」
「えっ、嘘だぁ! 絶対めっちゃ好きだよ! ねぇ!?」
“ねぇ”と言われても。
「……私、彩芽みたいにアニメ見て細かいとこまで気づいたりとか、出来ないから。”天地“も何が面白いのか、ぶっちゃけわかんないし」
「え!?」
突然の“天地”ディスを喰らった村崎が目を剥く。しかし、僕の方は彼女の感想に納得していた。
『天国と地国』は、やはり男性読者向けに書いている作品だし、少年漫画の文脈も多く盛り込んでいる。その文化を知らない人間からすれば退屈に感じるだろう。
「七家は、どんなとこが好きなの?」
……この質問は、単に僕が“天地”の気に入っている所を言えばいいような単純なものじゃないな。
ラノベも、アニメも、そして多分マンガにも……現代のサブカルに精通していない。
だけど、多分……親友である村崎の趣味を理解したいと考えている一人の女子高生。
そんな人の切実な悩みだ。
「……天華寺さんは、映画とか見る?」
「ん……まぁ、そこそこかな」
「どういうジャンル?」
「……時代劇、みたいな」
天華寺さんが、斜め下に視線を向けて少し恥ずかしそうに言う。
……なるほど。であれば。
「なら、座頭壱モチーフの剣客キャラがこれから出てくるよ」
「マジで」
「ぉっ」
ずずいっ、と天華寺が身を乗り出した。
「……す、好きなの?」
「大好き」
「なら、面白いんじゃないかな」
「見る」
「え、え!?」
村崎が目を白黒させながら僕と天華寺を交互に見る。
「七家も好き?」
「そこそこ、だけどね。勝新がかっこ良すぎてモデルにしたよ」
「同志」
「!」
天華寺の手が伸びてきて、僕の手を包み込んだ。
やばい、手汗が。
「ちょ、ウチの前で意気投合すんのやめてくんない!?」
そんな僕と天華寺を、村崎が間に入って引き裂く。
正直助かりました。
「なんで」
「へ?」
「なんで私と七家の気が合うとダメなの?」
手をじっと見つめた後、天華寺がわずかに目を細めて村崎に言う。
その目はわずかに、不満げであった。
「い、いや。さっきまで興味なさそうだったのに、急に食いつきすぎっていうか……時代劇とか、ウチわかんないし……あと……」
村崎は僕にちらと視線を向けて。
「ウチのオタ友だし……」
「……」
そんな村崎を、天華寺がじーっと見つめ……。
「彩芽、七家のこと好きなの?」
「……はぁっ!?」
爆弾をぶっ込んだ。