料理。
そこには、人の文明の全てが反映されると言ってもいい。
食文化は土地の生態系を色濃く反映し、ポピュラーな家庭料理一つで周辺地域の植生環境、家畜類、水質、宗教がわかる。
何を食べて育ってきたかは、人格と体格に多大な影響を与え、その後の人生を左右する。
食が人間を作り、世界を作っている。
となれば、一端の作家である僕が料理の一つもできないとあっては創造した世界に命が吹き込まれるはずもない。
そう、僕は。
「これ、何」
料理が作れない……。
「からあげ、のようなもの」
「ふぅん」
僕が恐れ多くも二人の女子生徒のお弁当に文句をつけたその翌日。
じゃあお前は言うだけの腕前は持ってるんかい、と疑いをかけられた僕は「望むところ」と腕を捲って、二人分のお弁当を作ってきた。
いつもは一人で学食を食べている僕が、一体どういう風の吹き回しだと家族には白い目を向けられ、“女でも出来たか”とあらぬ疑いをかけられたが。
……実際、食べさせる相手は女性に違いないのだが。
天華寺に食べさせているそれは、衣が黒く焦げついたからあげさ。
……ちゃんとネットで調べた通りに作ったはずなんだけどな。レシピの説明文を読み込みすぎて逆に失敗してしまった。
「あぐっ」
「あっ」
そんな失敗作同然のからあげを、持ってきたはいいものの食べさせるつもりはなかった。失敗したし。
僕が作ったのだから、昼休みに僕がちゃんと食べる。
二人に偉そうなことを言った手前、それが筋だと思っていた……のだが。
「うまい」
「ほ、本当」
そういった説明をする前に口に放り込んでしまった天華寺は、無表情ながらも僕が作ったからあげをうんうんと頷きながら食べてくれていた。
……いや、ポテチinライスボールを美味いと言って食う女だ。むしろ失敗作なのかもしれん。
「うまうま」
「……」
だが、本人が喜んでくれたのであれば……それでいいのかもしれない。
「七っち、七っち」
トントン、と肩を叩かれる。
「ウチには?」
振り向くと、ネイルの主張が激しい指先で自分を指差す村崎がそこにいた。
「はい、これ」
「おぉー……!」
村崎に持ってきたのは、白米に焼き海苔を巻いたもの。
何の変哲もないおにぎりだ。これは失敗しようがない。
ただ、作り終えた後で気付いたのだが……。
「僕が握ったおにぎりとか、普通にキモいよね。食べなくてもいいよ、それとは別に白米もあるし……」
「あーんむっ」
聞く耳持たず??
「んっ! これ中身何も入ってない!」
「……う、うん。好みがわからなかったから、普通の塩おにぎり。味気なくてごめん。嫌だったら……」
「ウチ何も入ってないのが一番好きなの! なんでわかったの!?」
「……そうなんだ」
……村崎は具なし派閥だったか。救われたな。
ちなみに僕はツナマヨが好きだ。
「私はじゃがりこ味が好き」
「七っち、料理上手だねー。だからモテるんだろうな〜」
黒焦げ唐揚げと塩むすび作ってきたらモテることになってしまった。
大丈夫かな。村崎、実は結構騙されやすいタイプだったりするんじゃないか。
ブーッ、ブーッ。
「……ん」
スマホの振動を受けてポケットから取り出すと、間宮さんから連絡が入っていた。
「……ちょっとトイレ行ってくるね」
僕はそれを確認すると、立ち上がって屋上を後にした。
◆
「……ねぇ、美穂」
「? なに?」
俳人がいなくなり、彩芽と美穂二人だけの空間になった屋上。
いつもここには二人だけだったはずなのに、今はそれがどこか寂しい。
「七っちのこと、どう思う?」
「……物知りだと思う。あと、視点が独特。結構変わってる」
「そうだね……」
七家俳人。
いつも本を読んでいて、物静かな男子生徒という印象だった。
実際、俳人はそこまで饒舌な方じゃない。むしろ聞く方が好きなんだと思う。こっちの言いたいことや、考え方を自然に察知して引き出すのがすごく上手い。
まるで取材でもされてるみたいだ。
最初は、“天地”という共通の話題を話せるオタ友になりたいだけだった。
それを飯田に嗅ぎつけられて、迷惑をかけちゃった時はもう関わらないようにしようって思った。
そうやって空けた距離を向こうから詰めてくれた時は、すごく嬉しかった。
美穂とも仲良くなってくれて、嬉しかったけど二人だけで盛り上がってるのを見てなんだか胸がモヤモヤするようにもなって。
それに。
「……」
図書室まで美穂を連れてきてくれた時。
恥ずかしいからこんなこと誰にも言えないし、言う気はないけど。
……まるでテレビの中のヒーローみたいだった。
こんな風に誰かに憧れたのは初めてだった。
特撮、マンガ、ゲーム、アニメ。
心の底からかっこいいと思える人たちが、ものすごくかっこいいことをする姿に憧れた。勉強をたくさん頑張ったのも、運動をたくさんしたのも、実は全部ヒーローになるためだなんて言ったらきっと笑われる。
そんなヒーローが本当はいないことに気づき始めると、将来のこととか成績のこととか、他人からの評価とか。
気にしなきゃいけないけど、楽しくはないことで頭を埋め尽くされるようになると、このままずっとこんな風に生きていくのかななんて考えた。
でも、それは違った。
ヒーローはいる。フィクションは現実に起こる。
“天地”の中に、こんなセリフが出てくる。
『人が想像できるなら、それは現実に起こることでしかない』
事実は小説より奇なり、なんて言葉もあるくらいだし。
「美穂、この前さ」
「うん」
「ウチが七っちのこと好きかどうか、聞いてきたよね」
っていうか、そんな細かいことごちゃごちゃ考えるまでもなくさ。
「答え、出たわ」
◆
「……炎上? またですか?」
『はい。一部でそういう話が出ているというだけですので、早急に対処が必要な要件ではないのですが……』
屋上へと上がる階段で、息を潜めながら間宮さんと話す。
その内容はまたしても、ネット上の一部で“天地”が炎上しているという話だった。
しかし今回は匿名掲示板にデマが流される、といったようなものではなく。アニメ版の表現に、海外ユーザー……特に中国のコミュニティから批判されているという話だった。
主に、女性キャラクターの性的描写に関して。
『天国と地国』第4話では、マキアという女性キャラが登場する。
原作時点でも中々に人気のあるキャラクターで、いわゆるサブヒロイン的な人気を博している。
だが、このマキアは中々に露出度の高い衣装を着ており、アニメ版ではさらにアクションシーンで胸が揺れる。
それだけじゃなく、マキアは狭いコミュニティで育ったため特に性交に関して独特な価値観をしているために、知り合って間もない主人公リクアにその手の誘いをする……という一幕がある。
それが、女性蔑視の性的搾取だと騒がれているらしい。
いや、これはむしろ貞操観念がしっかりしているリクアと、マキアの価値観の違いを浮き彫りにすることで世界観に含みを持たせてだな……と僕としては早口で反論したい所だが、騒いでる当人たちは聞く耳を持たないだろう。
『もし騒ぎが大きくなりすぎるようでしたら対応致しますので、その時は私に連絡を』
「はい、わかりました」
まったく、世知辛い世の中になったものだ。わしが若い頃は良かったのに。
……これに関しては、僕にはどうしようもないな。
と、屋上へと再び戻ろうとした時。
「ん?」
「……あっ」
階段の下から、一人の女子生徒が姿を現した。
「……屋上、もしかして人いる?」
その女子生徒は、僕を見てうんざりしたように言った。
「た、多分」
確実にいるのに何故か曖昧な返答をする弱い僕。
「……そう」
その返答を聞いて、女子生徒はため息を吐いて来た道を引き返した。
……やっぱ学校の屋上って人気スポットなの?