「……ん?」
僕はPCに表示された“挿絵”を見て、首を捻った。
これは『天国と地国』第9巻に差し込まれる予定の “すのこ” 氏によるイラストだ。
監修、と言えば聞こえはいいが僕に美術的センスは皆無だ。中学の時の自由創作を見ればわかる。それにすのこ氏はSNSのフォロワー数10万人以上のイラストレーター。
僕が細かい箇所を指摘するまでもなく、最初から最高の状態で出力してくれる神みたいな方なのだ。
ちなみに僕はSNSをやっていない。いや、アカウントはあるにはあるが更新していない。余計なこと言いそうで怖いんです。
……しかし、今回送られてきた挿絵に僅かな違和感を感じた。
いや、相変わらずかわいらしいタッチで素晴らしいイラストを描き上げてもらったことには間違いないが。
しかし、なんだろう。この違和感は。
「……あっ」
と、僕はそこで気付いた。
構図だ。
すのこ氏のイラストは……特に女性キャラを描くときに顕著なのだが、イラストの半分が太ももと尻で埋まっていると言われるほどローアングルで、下半身を強調したダイナミックな構図で描く傾向がある。
僕もそこを理解しているので、書籍化してからは特に女性キャラは足が描きやすいように、衣装をロングスカートからホットパンツに変更したりしていた。
以前ツイートを見た時、その点に触れて「東風先生は神」と絶賛してくれていたので、個人的には上手くいったと思っていたのだが。
今回は戦闘シーンの挿絵、しかもマキアの見せ場なのにいつものよりもカメラが引いている俯瞰視点だ。
その分背景の描き込みなどで情報量はむしろ増えているのだが、やはりあの圧倒的な太ももを予想していた身としては、予想外というか。
どことなく遠慮を感じるように思う。
「……うーん」
どうしようか。
いつもは碌に修正案など出さないのだが……口出しすべきだろうか。
絵のプロであるすのこ氏にも深い考えがあるだろう。それを浅すぎてくるぶしくらいまでしか浸からない僕が偉そうにこうした方がいいと指摘するのも、考えものだ。
……いや、これは絵の知識とかそういう問題じゃないな。
読者の殆どは絵の知識なんてない素人だ。そういう意味で読者と僕の視点は同じであり、そして僕が“天地”の読者なら、やはりいつものダイナミックフトモモを拝みたいと考えるはずだ。
そう、これは需要の問題……読者目線に近い僕だからこそ言えること。
だから仕方ない、仕方ないのだ……。
と言うわけで、すのこ氏にいくつか要望を出すことにした。
構図、キャラの表情、ポーズ、アングル。
要約すれば「いつもの感じでお願いします」という内容だ。
勿論すのこ氏にも画風というか、絵の流行りみたいなものはあるだろう。それが反映された結果という可能性は大いにある。
だが読者は旬の新メニューではなく、いつもの牛丼を頼むのだ。
すのこ氏には申し訳ないが、ラノベは商業。僕には創業から味の変わらない牛丼を提供し続けなければならない義務があるのだ。
というわけで、間宮さんに修正案を提出。
これが人類にとって、良い選択であることを祈ろう……。
◆
「……うん?」
自転車を漕いで校門にたどり着くと、入り口の前で村崎がそわそわしながら立っていた。
……誰か待ってる人でもいるんだろうか。
「あやっち、おは!」
「あ、すずのん! え? 髪染めた?」
「それ先月な!? 記憶力やば!」
忘れてはいけないことだが、村崎はクラスどころか学年中に顔が利く最強ギャルである。
それが学校の入り口にいれば、それはもう目を引く。元々派手な見た目でもあるし。
男女問わず話しかけられるし、それをあしらうのにも慣れている。
遠巻きに見つめるのは、クラスの中で地位が低い陰の者で、言わずもがな僕の同類たち。
だから、もしこんな目立つ場所で僕が村崎に話しかけようものならそれはもう大変なことになる。不登校ルートまっしぐらだ。
勿論僕の方からそんな愚を犯すことはない。
しかし村崎の方はどうだろう。彼女はこの世の生態系の頂点に立つ陽キャギャルだ。
僕の姿を見かけたら、彼女は笑顔で挨拶してくれるかもしれない。
僕にとってそれがデュラハンの死の宣告であったとしても。
彼女に悪気はないのだ。それはわかっている。
だが僕も自分の身を守るために、悪意のない悪意を躱す必要がある。
……ム!!
後ろから立ち止まっている僕を追い抜いたのは180cmの長身男子だ。ちょうどいいことに自転車を押して歩いている。
僕は彼の隣にピッタリとくっついて歩き始めた。
……男子が僕の方を不審げな目で見てくる。
すまない、別に君を目眩しにする気はないんだ。ただ偶然にも僕が君の横を通ったことで、村崎には気づかれなかったというそのストーリーが欲しいだけなんだ。
徐々に村崎との距離が近づいてくる。
未だに誰を待ってるのかはわからないが、待ち人が現れるまでこの場に立ち往生するわけにはいかない。
僕は長身君の影に隠れ、村崎の横を通り過ぎた──。
「あっ、純! おーい!」
「おっ!宏一!」
長身君、突然のダッシュ。
僕、棒立ち。
「あっ、七っち!」
試合終了、ゲームセット。
対戦ありがとうございました。
「いつの間に来てたの!? 気づかなかった〜」
なにも無かったことにならないかな、と何気なく自転車を引いて歩き始めたら、普通に村崎が横に並んで僕は絶望した。
あぁ、見られている。ざわざわ噂されている。
もう僕は平和な日常を失ってしまったようだ。
「……おはよう、村崎さん」
僕はもう観念して、普通に村崎と話すことにした。
クラスメイト! そう、ただの一般的なクラスメイトであるという関係性を周囲にアピールするのだ。
村崎は誰にでも話しかける。僕もその他大勢の一人だと周囲に喧伝するのだ。
「おはよ! ってか“彩芽”でいいよ? 七っちは特別だし」
『七っちは特別だし』←!?
聞き間違い……ではないよな。そうであって欲しかった。
ミンチになっても小説書き続けられるのかなぁ。
「あれ? 七っち、なんかいい匂いしない?」
「え?」
村崎が僕の髪に鼻を近づけてきてすんすんと鼻を鳴らす。
なんだこの状況。
「シャンプーの匂いかな……変えた?」
「いや、全然……」
「え〜?」
村崎の鼻がより近づいてくる。
近い近い近い。
「いや、すっごいいい匂い……」
……どうでもいいが、相性の良い異性というのは本能的に良い匂いに感じるらしい。
いや本当、今のこの状況には全く関係ないのだが……こういう言説があることを村崎は知っているのだろうか。
「あ、わかった」
びくっ、と肩が震える。
む、村崎。根拠の不確かな風説に頼るのは……!
「今日お弁当ハンバーグでしょ!?」
あーよかった!
ただの食いしん坊キャラで。
「どおりでいい匂いすると思ったんだよねー。これはデミグラスソースの匂いだよ」
警察犬かよ。
……しかしよかった。これでこれ以上誤解が加速することはないだろう。
その代わり村崎が腹ペコキャラとして認知されてしまう想定外の被弾があったが……。
「七っち、今日もお昼一緒に食べない?」
!?→「今日も」←!?!?
地雷原の上でタップするのはやめてくれ。
……いや、というか。
「村崎さん、今日は誰かのこと待ってたんじゃないの?」
「え?」
「いや、校門の前にいたから」
そう言うと、村崎がキョトンとした顔で僕を見た。
「え?あ、あー? だ、誰のこと待ってたんだろうね……?」
村崎が急に挙動不審になり、視線を右往左往させ始める。
「……ばか」
えっ、と驚く間もなく。
村崎は先に行ってしまった。
……なんなんだ。