おどおどと此方を見つめる瞳。動きに合わせて、セルリアンブルーのショートカットが小さく揺れている。
「この家の人…かな、一応。元だけど」
今のここは、ただの廃屋。新しく買い戻さない限り、誰のものでもないのだ。
「私はキク。あんたは…初心者、かな?」
「は、はい。僕はツユリ…です。ここに入りたいとかじゃ、なくて…えっと、道に迷って」
迷子?初心者なら城下町を見て回るだけでもそれなりの時間がかかる筈だ。まして此処は、果てとは言わないがそれなりに歩く距離にある。やはりローブ達のパーティーか…?
怪訝な様子が顔に出ていたのか、ツユリはぶんぶんと手と顔を横に振る。
「ぼ、僕こういうの初めてで…外を見たくてふらふら出たら、モンスターに追いかけられて。逃げてるうちに、何も無いここまで…」
信用するかは別として…確かに武器は持っていないようだし、装備も初期のものだ。魔法を使うにも杖を装備しなくてはならないから、素手からいきなり攻撃をもらう心配はないだろう。
「…そう。それなら、街までくらいは送って行くけど。クランに入りたいなら…他を当たって。うちは解散、私も他のクランに入る気はないから」
…そんなガッカリしたような目で見ないで欲しい。パーティー組んで仲良くやるような人間では無いのだ。VRなんてなおさら、直接のコミュニケーションが必要なやつなんて気が重すぎる。
そう伝えても引き下がる様子はない。それどころかより詰め寄って来た気さえする。
「なら、少しの間…!私がある程度強くなるまでの間だけでいいですから!」
がっと手を握られる。こういう強引なのは、色々な意味で苦手だ。ここで断ったら人でなしみたいじゃないか。
「…わかった、分かった。先輩プレイヤーだしね…多少面倒くらいは見てあげる」
いちゲームプレイヤーとしてだから。コミュニケーションは最低限に留めたいところだが…この様子だとどうだろう。
ぱあっと明るくなるツユリを横目に、私は当座の計画を考え始めた。
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とにかく、パーティを組んだ。視界の端にもうひとつ、ツユリのHPが現れる。確認したところ、しっかり初期装備のレベル1。レベルなんて最初は何をしても上がるものだから、本当に逃げてきただけなのだろう。
「レベル75…前にやってた人、ですよね。だからあんなに…」
何かぶつぶつ呟いているツユリを連れて、ひとまず出発。目指すは新規プレイヤーの初期地点である城下町だ。
まずは装備を整える必要があるかもしれない。私はともかく、初期装備しか持っていないのではだいぶしんどい。
使いたい武器は?と聞くと盾と返ってきた。だいぶやばいやつをパーティにしてしまったもんだ。
「キクさんは…刀ですよね。でも、何で2本なんですか?さっきは1本しか使ってなかったですよね」
道すがらの問いに、腰の刀を見る。目覚めた時から付いていた赤い鞘の刀と、後から私が装備した初期装備の刀だ。お世辞にも強いとは言えないが、見た目がシンプルなのがいい。今までの戦闘で使用したのも全てこっち。
「こっちの赤いのはね、呪いの装備みたいなもんなの。昔取ったやつだから今どんな仕様なのか知らないけど…使わなくても今の所、困らないしね」
呪い装備とはよくある、付けると外せなくなるアイテムの事だ。このゲームではメイン武器や盾を2つ持つことが出来る。昔入手した時に、両手に持って遊ぼうとしたらコイツが外れなくなってそのままなのだ。
専用の店で外してもらっても良かったが、元々空いていた手だ。刀1本増えたところでそこまで影響も無いと放置していた。
「いつか抜く時に見せてあげる。強いけど結構面倒よ、コレ」
ぽんぽんと、刀の柄を叩く。実際に大きく役に立つ武器だが、デメリットがそれなりにある。もっぱらソロプレイ向きの武器だ、パーティを組んだ今抜くのかどうか。
今両手で2本持てるか?無謀すぎて試そうとも思わない。
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城下町。文字通り巨大な城のお膝元であり、手に入る物の数も種類も豊富だ。
ツユリは城の奥、王のいる所に行かせた。PC時代は王に話しかけると、ありがたい無駄話を聞かされると同時に少量の通貨を貰えたからだ。
ちなみに、街で武器を抜くと何処からともなく衛兵に注意され、行動が全キャンセルされる。これを利用して武器を抜きながら話しかけ、先払いの金だけ何度もせしめるというバグ技も広まったりした。
お金には何ひとつ不自由もなし、適当に店でも見てみるか…と、目の前で横切る人影があった。
短い金髪に、眼鏡に隠れた鋭い双眸。身に纏う防具は見るからに上質で、初心者でない事が伺い知れる。
あんな装備のアバターを何処かで見た気がするが…どこだったか、思い出せない。何せ昔のことだ、ゲームの事は覚えていても人の事なんて覚えちゃいない。
気にしたのはその一瞬。後ろから聞こえたツユリの声に振り向くと、金貨を手に走ってきていた。
あれ、手渡しだったんだ。
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それから、武器屋防具屋を幾らか見て装備を整えた。初心者が持てる武器は限られているし、魔法の威力を見るに物理より魔法防御を寄せた方が良いだろう。
お金は…折角だし奢ってやっていいか。1人では持て余すくらいの額だし。年季の入ったプレイヤーの私の財布には、ちょっとした屋敷くらいは買える程の額が入っているのだ。あくまで財布の中だけだが。
その結果、ツユリは見事な変貌を遂げていた。
身体を覆う鎧に、背中に背負った大きめの盾。武器は何でも良かったが、デスしない様にしたいと言うので気休め程度の防御が貰える片手槌になった。
魔法特化のゲームだから本当は杖の方がいいのだが、ステータスはいつでも振り直せる。それに私も、魔法を唱える後衛を庇う様な戦いはしないから都合がいい。
ガシャガシャと装備を鳴らしながら、やや不安そうにツユリが問いかけてくる。
「これって、前で攻撃受けろっていうタンクみたいな装備に見えるんですけど…?」
「そう言ってるもの。後衛って、結構あっけなく沈んだりするわよこのゲーム」
特にエネミーとの戦いじゃあね、と回復薬を渡してやりながらぼやいた。タンクで防ぎきれない広範囲のものに巻き込まれて塵になる初心者は多く見てきた。
魔法と物理、両方の防御を積めば私がカバーするくらいは問題ないだろう。別にこれから行く所の敵も強くはないけれど。
「準備はこれくらいかな。じゃ、行こうか」
「行くって?」
「んー…ダンジョン。あ、私最低限しか手は出さないから」
ぴし、と顔を強張らせるツユリを引っ張りながら、私は城下町に背を向けた。
「待った、ここってご飯とか味するの?だったらちょっと試さないと」
「ぐえっ…」
大事なことだ、モチベーションとして。Uターン、ご飯屋探しに変更だ。
〈tip・system〉
・レベル
文字通り強さを表すもの。ある一定のレベルに達すると、上限を解放する為のエネミーを倒さなければならなくなる。
現在、ゲーム全体のレベル上限は80。