ダンジョン最奥部、一歩手前。ぽっかりと口を開けている最奥には、人2人分は無いくらいの大きめの岩が鎮座している。あれがここのボスだ。
「準備いい?ここのボスは…さっきの石ころ達がデカくなっただけって感じだから。落ち着いて防御すれば大丈夫なはず」
「は、はい…って、手伝ってくれないんですか⁉︎」
ばれたか。
斬撃は通りづらいし、鞘での打撃は有効だが私が疲れる。打撃に適した刀もあるにはあるが…ここはツユリの戦闘経験のためと割り切ろう、うん。
「大丈夫、落としたアイテムは拾ってあげるから」
「やられる前提じゃないですか!!」
冗談だよ、骨もちゃんと拾う。念の為にと、刀のうち一本をより長い大太刀に切り替えた。
背中に鞘を背負って、抜き放つ。ずしりとだいぶ重いが、これは斬るよりも打撃に寄った武器だ。これなら不快さも軽減されるだろう。
「準備出来たなら、行こうか。危なそうなら助けてあげるから、そこは安心しなよ」
不安そうな顔のまま、ツユリも私に続いて最奥部へと踏み込んだ。かたん、と岩が反応する。洞窟を丸ごと揺さぶる様な振動が響き渡り、それが収まる頃には───岩は私達の身長をゆうに超える岩の巨人として、私達の前に立ち塞がっていた。
思った以上にデカいな。頭の上に出た敵のHPバーが見上げないと視界に入りきらない。これ、ツユリの片手槌で殴れるのかな?近づくのにもだいぶ苦労しそうだ。
元々魔法の遠距離攻撃で仕留めるの想定だ。殴りにくいのは仕方ないが、パンチで初心者が潰されるのは忍びない。手助けしてやるかと大太刀を構えると同時に、ツユリが地を蹴り前に出た。
巨人がゆっくり腕を振り上げる。図体はでかいが動きは遅いし、魔法を使う訳でもないから攻撃は単純に叩きつけ、踏みつけくらい。充分躱せるスピードのはずだ。
叩きつけられる腕をひょいっと大きく避けて、その腕をハンマーで殴りつける。鈍い音がして、敵のHPが僅かに削れた。
このペースだと、削り切るのはいつになるか───と、巨人が脚を無造作に振り上げた。
質量の伴った岩は、それだけで威力を伴う。下からの反応に遅れたツユリは、ガードも間に合わずに豪快に吹っ飛ばされた。
ちら、とツユリのHPを見る。半分は残っているか。落下でダメージがあるのかは分からないが、頭から落ちでもしなければ然程高くもない、平気だろう。
それよりも、敵の方だ。今のでより近い私に注意が向いたのか、ぐるりと此方を見て向かってくる。
見たところ、動きや攻撃スピードはさほど早くないが…私も今は大太刀だ。初めて振るう大きさ、重さのそれに振り回されず時間は稼ぎたい。
腰を落として、大太刀を両手で構える。腕を振り上げたタイミングで、一気に踏み込み、足元を潜る様に肉薄した。
駆け抜けざま、軽く殴る様に叩きつける。硬い手応えと、敵の背中に出来た薄い傷痕。斬りつけた腕がびりびりと痺れて、思わず舌打ちをした。
思った以上に硬く、刃が通りにくい。武器自体の攻撃力が低いのはあるが、もう戦闘が始まった以上適した装備を見繕う時間は無い。昔から、使わない武器はすぐ売り払ってしまう悪い癖がこんな所で響くとは予想外だ。
ツユリは…動けるか。体力も大方回復した様だ、これなら問題ないだろう。
「ツユリ、動けるね?そろそろ仕留めるよ」
「い、いけます!でもどうやって…私のハンマーじゃ、あんまりダメージが」
「私がギリギリまで削る。そしたら、コイツをそっちに倒すから。そこを叩いてくれればいい!」
ツユリが目を丸くするのが見えた。ツユリの攻撃はもとより、私の大太刀での攻撃も大して削れちゃいない。ここから削る手段はあるか?私には、ある。賭けにはなるが、私はそれを信頼しているから。
大太刀を、鞘ごとぽいと放り捨てる。少しすれば私の手元に戻る仕組みだが、大太刀サイズでは流石に重しだ。
そのまま手ぶらで、前に出る。蹴りがくるよりパンチをして欲しいから、手が届く距離でぶらぶら手なんか振ってみる。意味?特にない。
敵エネミーなんて、殆ど指定された行動を取るだけだ。予定通り、岩の巨人は腕を振り上げる。初心者向けのエネミーは、こうなれば隙だらけ。
まっすぐ足元に飛び込んだ私に反応して、蹴りに切り替える知能なんて無い。私はそっと、最初から腰に下げていた刀を鞘ごと手に取った。
赤い鞘から、赤黒い刃を抜き放つ。初めて手に取るはずなのに、手にしっくり来る重みを感じる。
手に取るのは初めてでも、何度も振るった。この武器こそ、かつて手に入れた呪い装備にて我が愛刀。
その刃は、振るわれるままに石の脚に吸い込まれ。そのまま、抵抗など無いとばかりに切り捨てた。
ぐらりと、片脚を失った巨躯が傾く。私は飛び退きざま、鞘で軽く石の身体を押した。それだけで、あっけなく後ろに倒れ込んだ。
頭の来るであろう位置のほど近くで、盾を振り上げるツユリの元へと。
「───えぇいッ!」
ごす、と今日1番の鈍い音が響き渡る。盾で穿たれた頭部にぴしりと亀裂。
そのまま、轟音を立てて身体全体が弾け飛んだ。
▼▼▼
「ナイス攻撃。お疲れ様」
振り下ろした姿勢のままぴくりともしないツユリに向けて、声をかけてやる。まだツユリは動かない。
と、不意にぶるぶる震え出した。
「や、やりました!ボス、倒しました!」
ぱんと手を合わせて、子供の様に喜びだす。こんなに喜ぶとは予想外だ。回復薬を飲みながら、私は戦利品のチェックを促す。
素材に換金アイテムも有用だが、それよりここのは防具を落とすのだ。
落としたのは、防御力とHPが伸びる指輪。魔法ではなく物理なのが玉に瑕だが、HPが伸びて悪い事はないだろう。指輪を付けたツユリは、宝物でも見る様な目で指輪を眺めていた。
私の方にも当然指輪はドロップしているが…これはどうしようか。同じ指輪を複数装備する事は出来ない為、ツユリに渡す必要もない。
まぁ、後で売り払えばいいだろう。自分で付けても良いものだが、気乗りしない。
指輪なんて、どんなものでも私には似合わなすぎる。
▼▼▼
「じゃあ、これからどうする…って時間でもないのよね」
ダンジョンから戻り、再びの城下町。町の入り口で、これからの予定を確認するツユリに向けてそう言った。
昼前に入って、現在の現実時間は夜8時ごろ。そろそろ実際に何か入れておきたいし、私は夜中までがっつりゲームをやるなんてタチではないのだ。
明日また、同じくらいの時間からなら空いていると話すと、それで良いというからなし崩し的に予定を組んだ。そのままフレンド登録も済ませて、私は先に今日のところはログアウトする事にした。
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目を開けると、黒が広がっていた。
もちろん、また墓の中なんて事はない。ヘルメットをとって起き上がり、部屋の明かりを付ける。
明かり一つだけで、部屋は充分照らされる。そもそも照らす程なものも無いけれど。
夕食は…どうしよう。適当に冷凍が何かあるだろうし、それで済ませてしまえ。
温めた炒飯をぱくつきながら、ぼんやり携帯を眺める。リリースからまだ2日、ネットでは大盛り上がりの様だ。そこには当然、私達のクランが事実上壊滅したという情報も、小さく転がっている。
ツユリが1人で戦えるようになったら、どうしようか。
そこまで彼女を育てたら、私はソロに逆戻りだ。私は現状、今のこのゲームでも戦えるのは分かった。しかしそれは私だけ。私が幾ら刀を振ったところで、その場に立てるかつてのクランメンバーはもう居ない。
案の定というべきか、魔法が強すぎる事について疑問視する声もあるにはある。だが、元からそういう世界なのだ。その声が大多数に聞こえる事は、ない。
私も声をあげるか?それとも運営に意見でも送る?…どちらもノーだ。今は、そんな気分にはなりそうもない。お前は戦えているじゃないか、合わない奴が辞めただけだと言われたらまぁ、その通り。
ぶつりと携帯の電源を切って、ベッドに横になる。暗い画面に映るのは私の顔だけ。やさぐれてそうな目つきに、黒いウルフカットの髪。現実とアバターなんて違うもの、知ってはいるけど。
「全然似てねー…」
小さい苦笑と共に、ばさりと布団をかぶって目を閉じた。
〈tip・enemy〉
・ロックゴーレム
岩の体を持つ魔物。大きくても小さくてもロックゴーレム。
硬い・遅い・魔法のマト。何も出来ずに倒されるまでがお約束。