荒ぶ裂氷
現実時間、午前2時。プレイヤーの大半が寝静まった時間に、人影がひとつ。
自らの身長と並ぼうかという巨大な剣に、身体の一切を隠すマント。刈り込んだ短髪の男は、目の前の光景にげんなりとため息をついていた。
誰でも入れる荒屋に、中も荒れている。ここは、プレイヤーの拠点として息をしていない。
真ん中の椅子にどかっと腰掛け、男は天を仰いだ。
「何も無えし誰も居ねえ…オレ、来る場所間違えたかなぁ…」
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頭上から降り注ぐアラームの音を、強引に腕を振り回して何とか止める。重い身体を引きずる様にして起こすと、時刻は朝の10時ごろ。
特に予定も無いのに何故こんな時間に───と再びベッドに潜ろうとして、はっとした。
「…約束、してたっけ」
昨日、ツユリと落ち合わせる約束をしたのだ。半日程度で忘れてしまうとは何たるか。寝巻きからとりあえず、適当な格好に着替える。どうせゲームの中なのだから何でも良いのだが、気持ち的な問題だ。
昼食として、棚から適当に食パンを引っ張り出してトースターにかける。ジャムでもあれば良かったが、買い忘れだ。冷蔵庫に余っていたハムを適当に乗せて済ませる。
ヘルメットを被り、ベッドに横たわる。今日はどこに行こうか。そもそも私もVRで訪れるのは初めてなのだから、道端のと戦いながらぶらつくのも良いかもしれない。
ぐるぐると今日の予定を考えながら、いつの間にか私は昨日ログアウトした場所…城下町の入り口に立っていた。
時刻は昼前。まだツユリは来ていないようだが…。
「…あっ。昼前じゃない…か」
そうだ。私は昼前にログインして始めたが、彼女と会ったのはそこから少し後。荒屋での出会いだった。
つまりこれは、時間を間違えたか?
何時だったか…だめだ、思い出せない。ゲーム内チャットはあくまで、ログインしてから届くもの。現実でやりとりしたいなら何かしらのアドレスを教えるしかないのだ。
仕方なし、メッセージだけ入れてそこらのお店でも見ていよう。そう思い、チャットを開いた矢先だ。
ぽんと誰かに、肩を叩かれた。
ちらりと目線を向ける。こういうゲームではナンパまがいの事が流行っていると聞いているし、妙なやつならぶん殴ってやろうと思っていた。
「…失礼。少し、いいですか?」
「あー…昨日の」
ダンジョンの前にいた、金髪の男。彼が、険しい眼差しで私を見ていた。
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2人で連れ立って、街を歩いている。男が歩きながら話したい、とか言ってきたからだ。ナンパとかそういう雰囲気ではなし、私も従い今に至る。
「つい昨日です。私がダンジョンに挑まずにいた事を、覚えていますか?」
「まぁ、そりゃあね。指導役?か誰かを待ってたんでしょ」
「そうです。ですがあの後、彼らは城下町…その教会にいるとメッセージが来たのです。教会は、リスポーンした場合に訪れる場所…つまり」
「そいつらがPKされた、って?」
そうです、と頷く。気の毒な話ではあるが、まぁリリースから浅くてもPKに手を出すやつだっている。2日目でもうクランを立ち上げているあたり、馬が合うのか全員既プレイヤーなのか。
「彼らは皆、同じことを言いました。『銀髪の女剣士にキルされた』…と」
ぴり、と眼鏡ごしの視線がより険しくなる。私も、思い当たる節は無論ある。人に刀を向けたのなんて、昨日は一度だけなのだから。
「…ああ、あいつら。私も聞きたいんだけどさ、何で更地エリアなんかにいたの?あそこは何も無いのに」
一瞬、言葉に詰まったのが様子から分かった。それでも、声色を変えずに男は告げる。
「彼らは、私よりもっと上の指示で向かっていたそうです。聞いたところによれば…あれは、残党狩りでしょう」
「ひっど…。それで、何?PKしたからお叱りでも来たの?」
…んん。1人でいると、どうも口の悪さが隠しきれない。なるべく受けの姿勢でいよう。
「そうです。あそこのクランが、事実上壊滅したのは私も知っています。ですがそれは、我々とは関係の無い事。彼らはただ、フィールドを探索していた時に貴女に狙われ、キルされた」
関係ない、と来たか。どこまでも淡々と喋る男を睨みつける。
「PKなんてそんなもんでしょ。相手の事情なんて考えてたら、ゲームやってらんない。私は手を出されそうになったから返り討ちにした、それだけ。そこに文句言ったらいけないよ」
さっさと離れようと背を向ける私の肩が、再び掴まれる。いい加減、しつこい。振り返りながら払い除けると、私達はある建造物の前に来ていた。
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「私は、報復と残党狩りの続きを言い渡されここにいます。なら、やる事は分かりますね?」
かつん、と靴音が響き渡る。少しの暗がりを抜けた先には、円形の広間があった。
この建造物は、コロッセオ。この街のみならず、この世界の大きめの街ならこういった施設はひとつある。
こうした決められた場所は、いわば見せ物の為の場所。
PvPをけしかけ、それを見物する趣味の悪いスポットだ。
PC時代は、ただあっさり決着表示がでるだけのクソシステムだったが、流石はVR。本当にPvPが出来るとは。
ブン、とウィンドウが現れる。何かしらの文章と、YES/NOのボタン。読むまでもない、これの意味なんて分かりきってる。
「クラン〈神威〉団長代理、キク。私は貴女に決闘を申し込みます」
私の事を知った上での、宣戦布告。そんなもの。
「元ってつけてよ、いけすかない眼鏡だな…!」
YESを押しざま、私は一気に詰め寄った。
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慣れない城下町を、精一杯急いで走る。僕がログインするのと同時に、メッセージが届いたからだ。
差出人はキクさん、マークされた地図と此処にいる、という簡素な文だけ。人に聞いたら、マークされていたのはPvPを行う場所だという。
危ない目にでも会っていないと、心配を胸にただ走る。目的の場所はすぐに着いた。正面の大きな扉は閉まっていたから、脇の階段を登って走る。
ばっと、視界が開けた。
下には、円形の広間。大部分に霜の様なものが降り、触れてもいないのに僕まで寒くなってくる。
その中にいたのは。
金髪の、短杖を向ける眼鏡の男。身体には、無数の小さな切り傷を刻んでいる。
そして、その視線の先にいる人物こそ。
頭から血を流し、折れた刀を手に白い息を吐く、キクさんだった。
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走りながらの初撃は、地面から生えた氷の幕に阻まれた。矢継ぎ早に、太い氷の杭が男の背後から打ち出される。
咄嗟に横っ飛びして、避けきれない分は刀の側面で滑らせどうにか流す。最後の一本を見送って、再び斬りかかった。
がちん、と氷と刀がぶつかり火花を散らす。火花の奥に見える視線は、やはり冷淡なものだった。
「魔法って、詠唱いるんじゃないの?あんたの仲間はそうしてたけど」
「熟練度によって、無詠唱でも簡単な魔法なら使えるんです。私も既プレイヤーですから、こうして」
一歩下がりながら、氷の礫をまき散らす。この程度なら流石に掠めても問題はさほど無いが、手数が段違いだ。掻い潜って切り付けても、避ける動作の分読まれやすい。結果として、私の刀は浅い切り傷を残すに留まっていた。
「貴女こそ、何故腰の刀を抜かない。そんな初期武器で、情けでもかけているんですか?」
苛立った様な声。そうだよ情けだよ、と言ってしまってもいいが今は1人身、正直に言ってしまえ。
「いや、舐めてた。使わなくても終わるかなってさ。抜いてないって事は、そういう事だよ」
「…!」
ほとんど親の仇でも見る様な目で、此方を睨みつけてくる。けどこの言葉、前にも言われた気がするな。私も同じ言葉を返した。もう、何年も前のこと。
どうでもいいか、と深く腰を落とす。多少もらっても構わない、防御される前に最速で締める。走り出す瞬間、男が口を開いた。
手にした杖を、こちらに向けて。
「───噛み砕け!」
怒りに満ちた声と共に、私の足元が光った。踏み込もうとした、まさにその位置から、ずっ、と何本も氷の針が飛び出したのだ。
狙っているのは、私の首筋。前に行こうとしていた身体を強引に止めて、仰け反って針をどうにか躱す。
そして、見た。
針どうしの隙間を埋める様に宙から降り注ぐ、氷の針。針ではない、これは牙だ。宣言通り、私を噛み砕く為の!
回避はもう無理、なら防御。
頭上に刀を掲げて防御しようする、その行動を嘲笑うかの様にして。
牙は、私の刀をあっけなく折り砕いた。
「刀では、もう…魔法には勝てないのです」
どこまでも冷淡な、声が響いた。
〈tips・magic〉
・アイスファング
VRで初めて追加された魔法。上下から氷の挟み撃ちで敵を串刺しにする。
どの角度から放つかを選択可能。