がくんと、HPが半分を割った。PvPシステムは、HPが1割になった方が敗北する。全損する事はなく回復も可能。だが、この戦闘中に回復薬を飲んでいる暇など、普通は無い。
だが、攻めてこない。刀も折れ、膝をつく私に追撃の氷は、飛んでこない。
「何…情けでもかけてるつもり?」
回復薬を取り出し、一気に煽る。視線は外さないまま、しかしやはり攻撃の気配は無い。
「ええ、情けです。システムが変われば、貴女とはいえもう強者では居られない。これ以上醜態を見る前に、降参を勧めます。そうすれば、処断は済んだと私も…」
言葉は、途中で遮られた。私の背後から、がしゃりと大きな音が響いたからだ。視線を向ける男につられる様にして、音のした方向を見ると。
息を切らしながら此方を心配そうに見る、ツユリの姿があった。
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見るからに、劣勢だった。まともな武器も持たず、膝をついている。
そんな彼女に向けて、口を開こうとして───迷った。
僕は、何を言うべきなんだろう。あの人に、何を言いたいんだろう。
降参なんて勧めたら、後が怖すぎる。けれど、僕に付き合ってくれる彼女が負けるところは、なるべくなら見たくなかった。
魔法が強いという情報は、当然僕も知っていた。だというのに、魔法なんて無いも同然とばかりの強さを見せるあの人に、僕は憧れていたのだと思う。
だから、後はもう、そのまま。
「───負けないで!」
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張り上げられた声に、ぽかんとしてしまう。殆ど泣きそうな声だった。そんなに、今の私は心配に見える様だ。
すうっと、少し熱の引いていく感覚。熱くなり過ぎていた部分が、あのひと声で落ち着いた…気がする。
後ろにむけて、ひらひらと手を振ってやる。面と向かって感謝するのはこう、ガラじゃない気がする。
折れた刀を放り捨て、大きく深呼吸する。未だ鋭い視線を向ける彼を、私も見据える。
「刀じゃ魔法には勝てない…その言葉、聞いたの2回目だ。そうやって最初は喧嘩打ってきたんだよね、
目が、驚いた様に小さく見開かれる。昔私は、コイツに難癖を付けられた。魔法主体の大手クランに所属していた、典型的な魔法使いだ。
「非効率だか、ゲームが違うだとか…散々言ってくれたよね、思い出した。んでその後」
「貴女に奇襲をかけ、無様に敗北した…それが私です。覚えているとは思いませんでしたが」
そう、煽られた翌日に狩りをしていたら、急に魔法をぶっ放して来たのだ。その時は私を煽ってきたやつだなー、くらいだったが、まさか同じ様な事で思い出すとは。
「なるほどね。性格変わってないわけか。それはいいけど、何でまた私に喧嘩売ったの?その為にわざわざ、なんて熱心なやつだったっけ」
「…このゲームは、大きく変わりました。昔の様なゴリ押しは通用しない。現に貴女も、本気でないにせよ私の魔法に対抗出来ない。その腰の刀でも、私には届かない!」
敵討より、私怨が大事か。自己中心なのはお互い様だが、一度負けたというのにその物言い。はっきり言って、とても気に食わない。
大きく変わった、それはそうだ。私がキルしたメンバーは、ウチの壊滅と直接的には無関係?そうかもしれない。
アイツの言っていることは、全部正しい。本来なら私も、さっさと見限って別のゲームでもするべきなのだろう。
ならなぜ、此処にいるのか?長年のデータが残った思い出の場所だから?それも正しい。けど、何よりは。
「無関係とか魔法の方がとか、そういう上っ面で正論言ってくる奴が、私は嫌いなんだよ。特にこういう、ゲームの場ではさ。そういうの面と向かって言うやつは、ぶっ飛ばしたくなる」
凛と音を立てて、腰の刀を抜き放つ。赤い鞘から現れるのは、漆黒の刃。
かつて手に入れた私の愛刀。この世界に1本だけの
名を、『呪魂の刃』。私と、ある意味ではこの世界を呪う刀。
「本当に、刀じゃ魔法に勝てないか。もう一回、負けて知ってみるといい!」
ルドヴィクが、警戒を露わに後ずさる。その身体にぴたりと、刃を定めた。
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刀身から、赤黒い霧が溢れ出す。それは薄く霧散し、殆ど目に見えなくなって戦場を覆う。
ルドヴィクが、視線を写した。自分のHPを確認しているのだろう。私の視界の端でも、自分のHPが徐々に減っているのを見て取れた。
呪魂の刃。その効果のひとつが、この霧だ。敵味方を問わず、戦闘状態の者からHPを奪っていく。奪う程にこの刀は、威力を増していくのだ。
奪ったものを、私に返すことは出来ない。回復役が居ない関係上、私はこれを抜いたが最後速攻でカタを付けるしかなくなる。
この効果は元々だ、奴も知っている。更に後退りし、距離を取ろうとする。
その前に。私は刀をぐっと強く握りしめた。
がり、と私の体力は更に削れる。刃が、鮮烈に赤く輝いていく。
これは、言わばドーピング。充分に体力を奪えていない時や、今の様な単体戦ではこのように。自分のHPを食わせて火力を上げる。
だが上がるのは、火力のみならず。
一歩、踏み出す。赤い輝きが流星の如くに尾を引いて、一瞬で敵を両断しようと迫る。
すんでのところで、氷に阻まれた。知った事かと撫で斬りにする時には、既に範囲外に逃れていた。
しかしその顔に、余裕は無い。驚愕の表情で、私を見る顔には大量の汗が浮かんでいる。
「超強化にデバフ…その武器も、変わっていない。ですが、その武器の最後の効果。魔法使いを苦しめた『MPへの追加ダメージ』!それだけは、こうして当たらない限りは発動しない。このままなら、私のMPより貴女の体力が先に尽きる!」
予想は、半分正解だ。この武器の最後の効果は、「攻撃が命中した敵にMPダメージ」。
かつては、そう書かれていた。
「いや。負けるのはそっちだ、私には分かるよ。それに、本当にそう思ってるならそんな顔しなくても…さ?」
余裕綽々と、笑ってやった。呆然とした後、ルドヴィクの顔が憤怒に染まっていく。
「…なら、文字通り。私の全魔力を使って、貴女に負けを認めさせて見せる!」
眼前に、氷の塊。それはみるみる内に肥大化し、私の目の前を覆い尽くす程になった。
氷の魔法の、最大の特性だ。魔力を費やして上位の呪文を唱える他の属性と違い、氷は初級の魔法でも魔力を全てつぎ込むことで、威力と範囲をかさ増しできた。
それを受け継いでの、この質量。私の刀の長さより厚いものを、単純にぶつけてしまえばいいと言う事か。
闘技場の地面を削り取りながら、氷塊が迫る。私は刀を構えて、ゆっくり歩み寄る。
装備を確認した時、大半の装備は効果に変わりはなかった。だがこの刀の最後の効果だけは、微妙に違っていた。
「攻撃が命中したモノにMPダメージ」。そう、書き換わっていた。
MP、つまり魔力。それを使って魔法を放つのなら、消費した分のMPはどこに行くのか。
答えは簡単。放たれた魔法にその魔力は流れているに、決まっている。
だから、この説明を信じるのなら。私は、氷塊を軽い力で斬りつける。
出来た小さな傷から、何かが流れ出た。これこそ、この魔法に込められた魔力。
決まった数値を消費して打ち出す魔法から、ごく僅かでも魔力が抜けたら?
答えは、見ての通り。その魔法は不成立と見なされ、あっけなく瓦解するのだ。
魔法を放ったままの姿勢で、驚愕に固まるルドヴィクへと浅く斬りつける。その痛みで我に返ったのか、怒りか悔しさか…幾つか混じった、そんな視線を向けてきた。
「正論で言うなら、私が異端なのはその通りだよ。でも、正論ばっかゲームで言われてもつまんないでしょ?」
そんな堅っ苦しいものに、人が寄りつくか。せっかく自由な世界なんだ、自由にやってるものを邪魔されるいわれは無い。ただ、それだけの話なのだ。
だから、それを狭めている今の魔法が私は嫌いだ。歪な手直しで魔法を使わない奴らが戦えない様な、そんなものなら最初から武器なんて無くせば良かったろうに。
私の言葉を聞いたルドヴィクが、降参という様に手をあげた。かしゃ、とぼろぼろになった杖が地に落ちる。
「…その通りですね。現に貴女は、魔法がなくても私に勝ってみせた。それができる人間は限られるとはいえ、見事な反骨精神です」
「……」
刀を、音を立てて鞘に収める。まだ決着までHPは残っているというのに、と怪訝そうな顔をするルドヴィクの肩を、がっしと掴んだ。
1番肝心なとこを理解してないな、こいつ。そもそも、私がなぜ今回この決闘に乗ったのか。それは、つまるところ。
「───いちいち人の事にそうやって上から物言ってたら手も出るわ、この馬鹿‼︎」
1番の叫びとともに、渾身の拳を顔面目掛けて撃ち込んだ。
〈tip・character〉
・ルドヴィク
あるギルドに所属していた元プレイヤー。レベルは50。
かつて魔法が主流の時に武器でのごり押しをしていたクラン〈神威〉を不可解に思っており、偶然出会ったキクを煽って叩き潰された。