艦娘からあなたへ ~いただきますとごちそうさま~ 作:佐伯美鈴
艦娘の食卓に、ちょっとの彩を。
「卯月とポテトコロッケ」
「丁型海防艦とウィンナシュニッツェル」
「電と福神漬けのまぜごはん」
「J級姉妹とコンビーフ・サンドウィッチ」
の4編。
※この作品は、C103で発行された「おーぷん艦これスレ合同 お料理編」に寄稿した同名の短編小説が公開OKとなったため、加筆・修正のうえ公開するものです。
【卯月とポテトコロッケ】
「コロッケが作られる様子は工場に似ている」
明石の表現は、ときに即物的で、同時に詩的でもある。新じゃがのコロッケを作るために、明石は1個駆逐隊ごとに役割を与え、厨房に生産ラインを作り上げた。
ゆで上がるじゃがいもから立ち上る朦気は大地の豊かな香りを遠慮なく皮越しに放って春風を感嘆させ、大鍋で炒められる挽肉と瑞々しい玉ねぎは食欲を刺激する危険をはらんだ刺激的な香りを周囲の艦娘に叩きつけ、そこに早潮が思い切りよく足したバターの塊と、親潮が優雅に、そして大胆に振りかけた胡椒によって、鍋はもはや暴力的なまでの食欲の気配をはらんだ不穏な存在となった。
じゃがいもは初風にプレスされ、浦風によって具材と混ぜ合わされ、長月の手で衣をまとってラインを進み、長波の菜箸の先につままれて油からあげられると、そこには銀に輝く揚げ物バットが恭しく待ち構え、黄金色の衣をまとったコロッケたちを丁重に迎え入れる。揚げたてのコロッケの表面では、一粒一粒のパン粉がいきいきと立ち並び、キッチンペーパーの上で高音の油がたてる低音は、冷めることを拒否するうなり声のようだった。
箸で割ると、中に詰まった具材とじゃがいもが一体となった、揚げたてのコロッケからしか放たれない香りが鼻をくすぐる。駆逐艦娘たちは、やけどに注意しながらも、待ちきれないように熱々のコロッケを口に運んでいく。あちこちでおいしいねと言い交す声と笑い声が聞こえた。
「ソースをかけて味わうべきか、ソースなしでそのまま味わうべきか、どっちも捨てがたいぴょん」
卯月の表現は、常に即物的で、同時に真実を突くこともある。
「だからコロッケもう1個ほしいぴょん」
そして狡猾である。
【丁型海防艦とウィンナシュニッツェル】
初めての料理体験が豊かで楽しくあることは言うまでもなく幸福だ。足柄が幼い丁型海防艦たちのために選んだ「初めての料理」は、ウィンナシュニッツェル。ウィーン風仔牛のカツレツだ。
まずはステーキ用の仔牛のもも肉を麺棒か小さな瓶で叩いて薄く延ばす。厚さは自分の小指の半分くらい。周りで見ている外野の艦娘たちの中には、上質のステーキ肉が海防艦たちに遠慮なく叩きのばされていく光景に困惑する者もいるが、気にしない。これがウィーン風なのだ。
料理は楽しくあるべきだ。よつが肉を叩く音は槌音にも似て、ものを作る喜びのリズムを刻む。ウィーンにはリズムが必要だ。衣をつけるところで腕まくりをさせる。フライパンにたっぷりと溶かしたバターで両面をさっと揚げ焼きに。ここで腕まくりを直させる。幼い海防艦たちでも揚げ焼きならばそれほど危なくはない。が、目を離さずに一人ずつ補助しながらフライパンを任せたほうが心配がない。
料理は自由であるべきだ。定番の付け合わせはクレソンだが、今日は省略。みとが切った厚さの不ぞろいなキャベツの千切りと、ふーふが不器用ながらも一生懸命にちぎったレタスがある。普段は最後にレモンを絞って仕上げるところだが、今日はソースのほうがよさそうだ。海防艦たちに食べやすいようになっていればそれでよい。
「いただきます」
自分たちが作ったのだという自負をこめて、元気な「いただきます」が聞こえる。
―さあ、どうぞ、これはもうあなたたちの料理よ。
足柄もグラスに注いだグリューナーフェルトリーナーで口を湿らせてから、今日の出来を確かめる。うん、実によくできている。
「すごくおいしいわ、よくできてる。がんばったわね」
海防艦たちが笑う。
―あ、これはまだだめ。あなたたちはまだぶどうジュースでがまんしておきなさい。
【電と福神漬けのまぜごはん】
鎮守府の営門の脇を彩るモッコウバラは朝露に濡れ、その明るい黄色の花弁は水滴の重さから解放されるたびに可憐にその身を震わせる。徐々に晴れていく朝靄の中にわずかに差す朧げな朝日が、花と木に、黄色と緑の彩りを与えてゆく。
六時半の朝食を待ちきれない夜勤明けの駆逐艦娘たち数人が、準備に慌ただしい厨房に遠慮がちに顔をのぞかせる。
大釜の蓋を開けると、炊きあがったばかりのご飯から立ちのぼる濃厚な香りが波紋を描くように厨房から食堂にまで同心円状にあふれだし、徹夜明けの空きっ腹を抱えた駆逐艦娘たちの嗅覚と食欲を、やや残酷に刺激した。
炊事当番の電が、使い古されたアルマイトの茶碗に、つやつやと背伸びをして並び立つ炊き立てのご飯を盛り、その上にやや汁多めの福神漬けを帽子を被せるように乗せ、醤油と砂糖で甘辛く煮つけた油揚げを天辺に添え、最後に子供の頭を優しくなでるように醤油をやさしく一回しした。
甘辛い油揚げと、福神漬けの汁が醤油と一緒に上から下に少しずつ飯に沁みていくのを追いかけるようにかきこんでいく規定外の朝食は、胃袋を絞ったような乾いた空腹に染み渡っていく。これは炊事当番と夜勤明けの艦娘たちの、ささやかな秘密の楽しみなのだ。
そして彼らは六時半に何食わぬ顔をして、再び食堂に現れる。
駆逐艦は腹が減る。
こればかりはどうにもならない。
【J級姉妹とコンビーフ・サンドウィッチ】
暗闇の中、豪雨が海面を叩き続け、跳ね返る雨滴が顔を下から濡らす。深夜の洋上からは、数キロ先の陸地の灯も滝のような雨粒に遮られて、判別の付かない滲んだ点滅にしか見えない。ジャーヴィスとジェーナスに与えられた命令は「待機」だ。雨外套に身を包み、衝突防止灯だけがほのかに光るだけの暗闇と、雨が周囲の全てを乱打する轟音の中、イヤホンから聞こえる無線交信に耳を澄ませ、夜の海に佇立する。
「発場にあっては概ね東道路交差路付近と設定…付近倒木濁流によりこれ以上前進できません…救急隊も後退している状況」「迂回して道をマル索中ですが、県道の橋もいつ流されるか分からない状況、規制をかけたいと思います」
ジェーナスがジャーヴィスの脇腹をつつく。ジャーヴィスが顔を寄せるようにしてジェーナスの顔を覗き込むと、少しだけ微笑んで懐から何かを取り出して渡してくれた。
暗闇の中で手に取ると、硬いパン・ド・カンパーニュの皮と、その内側の弾力を手袋越しに感じた。サンドウィッチだ。 ひと齧りすると、硬い皮の向こうに柔らかな盛り上がりを感じ、挟まれたパンの間からあふれ出る柔らかに塩辛いコンビーフの風味と、ほのかに苦いサニーレタスの歯ごたえの向こうから、ハニーマスタードの甘く刺激的な粒が現れ、口の中に余韻を残した。
二人は肩を寄せあってサンドウィッチを分け合い、ジャーヴィスはポットのミルクティーをジェーナスのカップに注いであげた。ジェーナスがほっと息をつくと、湯気が頬を撫でて顔を覆った。今は体を温め、腹を満たす。それができていれば、私たちならなんだってできるはずだ。誰だって守れるはずだ。塗りこめたような暗闇と豪雨の中、二人の艦娘はゆるぎない信頼感のもと、ただ機会を待つ。
「東道路方面、急訴の対応可能ですか」「マル通より入電、付近にかなりの水が出て避難したいが動けない、マル通マル目、どうぞ」「海側から対応できますか、水上待機のJ1、J2にあっては、可能であれば発場方向とされたい。いかがどうぞ」
最後の一口をミルクティーで流し込むと、熱いエネルギーの塊が喉を通って体に取り込まれていくのを感じた。
二人は、お互いの目を見て頷き合うと、探照灯を点灯した。
二条の白光が闇を切り裂き、二人は前進を始める。