艦娘からあなたへ ~いただきますとごちそうさま~   作:佐伯美鈴

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艦娘といただきますとごちそうさまの物語。
艦娘の食卓に、ちょっとの彩を。

「迅鯨とお手軽な素麺」
「大淀とアンドュイエット」
の2編。

※この作品は、C103で発行された「おーぷん艦これスレ合同 お料理編」に寄稿した同名の短編小説が公開OKとなったため、加筆・修正のうえ公開するものです。


艦娘からあなたへ ~いただきますとごちそうさま~【おとな編】

【迅鯨とお手軽な素麺】

 舗装のアスファルトまでも煮え立つような夏の盛りの昼下がりに、かろうじて喉を通る昼食と言われて思いつくものは、そう多くはないだろう。

 うだるような暑さに顎を出しながら、忙し気に鎮守府を行き交う艦娘たちは、迅鯨の顔を見ると「今日のお昼は素麺でいいや」「手軽に素麺でいいですよ」と気軽に声をかける。

 迅鯨は要領よく「手軽な素麺」の支度に取り掛かる。

 人気の薬味は錦糸卵だ。手際よく次々と焼かれる薄焼き卵は、薄すぎずわずかな厚みも持ちつつ、そしてつやつやと黄金色に輝く。ひょいひょいと調理台に移される薄焼き卵を、テンポよく長鯨が細切りにしていく。その間に冷凍の生姜をすりおろし、わさびをすりおろし、茗荷と、菜園から取ってきたばかりの大葉を細切りに。生姜が冷凍なのはまだ許せるが、小口切りにしたネギは新鮮なものでなければ我慢がならない。まな板と包丁が触れ合うリズミカルな音に合わせて、ネギの青く尖った香りもまた跳ねるように立ち上ってくる。海防艦たちの好きなハムも切ってツナ缶も開ける、夏バテ防止にトマトも添えよう。甘みの強いプチトマトのほうがいい。さあ急ごう、もう11時だ。卵を焼き終わったフライパンで海苔を一枚一枚軽くあぶって、あとは重ねて調理鋏でざくざく切る。ここらへんは要領だ。みんな午前中の課業で汗をかいているだろうし氷も入れるから、めんつゆはやや濃いめで作る。隠し味に練りごまを加えるのが迅鯨流だ。めんつゆが登場したところでもう一品。オクラを茹でてめんつゆにくぐらせて出来上がり。ちょっと乱暴だけどオクラを茹でた後のお鍋で豚コマ肉を茹でて油を落としてさっぱりさせたものも追加。ここらへんも要領だ。あ、いけない、キュウリを忘れていた…と思ったら、長鯨がボウル一杯のキュウリの千切りをドンとおいてウインクした。あとは煮え立つ大鍋に、軍艦の弾薬庫さながらに積み上げられた素麺の束を放り込む。

 ―茹で上がった素麺に薬味を山盛りにして流し込む昼食を終えて、艦娘たちはまたどたばたと午後の課業に向かっていく。「ごちそうさま」「おいしかった」「元気出たよ、あんがとな」。昼食の支度を「お手軽」に「素麺」で済ませた迅鯨がにこにこそれを見送る後ろで、長鯨は天を仰いで溜息をつく。うちの姉さんのいいところ、なぜいまひとつ伝わらないのか。

 

 

 

 

 

【大淀とアンドュイエット】

 長い黒髪にメガネが醸し出す知的な雰囲気が、ある種の食べ物と決定的に相性が悪いということはある。そして両者が相思相愛の関係となったとき、その取り合わせは幸福な悲劇となる。

 仕事帰りの大淀が、同僚の目を避けるために二駅も遠回りして通うのは、駅から徒歩7分の住宅地の暗がりの中にぽつんと灯をともす小さなビストロだ。

 店主も心得たもので、店の隅のやや薄暗い席に大淀を案内する。「いつものやつ」だ、さあ御覧じろ。大淀の目の前に運ばれてきたのはアンドュイエットだ。平たくいえばモツのソーセージだ。「好きなフランス料理はこれです」とも言いにくいし、同僚の目の前で頼むのもはばかられる。しかし仕方がない、好きなものは好きなのだ。

 ぱりっと軽く焼き目をつけられたアンドュイエットははち切れそうに膨らみながら怒りに震えるように湯気を上げ、臓物料理独特の匂いが頬を艶めかしく撫でる。ナイフを入れると、中身がでろりと皿の上に広がる。とてもではないがきれいに切れるような代物ではない。大淀の、普段の品の良い食事風景を知る者から見れば、今の皿の上の惨状は正気のなせる業とは思われないだろう。あふれ出たモツにマスタードを豪快に塗り、フォークに逆らって垂れ下がるのに苦労しながら口に押し込む。遠慮のない野趣あふれる風味が押し寄せて、一瞬息が止まる。塩コショウのみのシンプルな味付けが、その野蛮な味わいにささやかなアクセントを添えた。大淀はナイフとフォークを手に、目を細めて一瞬停止した。ちょっと動きが止まるほどおいしい。あふれでた肉汁を吸った付け合わせのマッシュポテトを口に入れる。これもまたおいしい。少し落ち着きを取りもどすために、グラスで注文したアリゴテで口の中をシャープにする。こういうときはやはり酸味のある白だ。皿の上を見れば、まだ手付かずの2本目のアンドュイエットが湯気を立てている。なんという贅沢な時間!

 リシュリューは以前大淀にこう言ったことがある。

「パリにはなんでもあるのよ」。

 確かにその通りだ。

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