「相も変わらず、今日もまた誰か派手にドンパチしてるな。
はぁぁぁ・・・・・・
面倒事を持ってきやがって・・・・・・」
今にも崩れそうなほど亀裂だらけのビルの屋上から眼下に広がる景色を見下ろす若い男が一人。
タクティカル祓魔師が来ているような狩衣を思わせるような黒い衣装と、それを覆う羽織が強めの風に揺らす。
かつては境界対策課が誇る特殊作戦部隊、『特別禍災対策即応班』に属し"JACKAL"という識別名を与えられていたのは思い出したくない記憶だ。
そんなJACKALは遠くを見ながら、ただため息をつく。
視界に映るのはかつて大都市であったろう名残の数々が目に入る。
倒壊したビルに折れ曲がった電柱、真っ黒に焦げカスのようになった車の残骸。
禁域の名に相応しい死んだ街並みに、時折パパパン、パパパンと短い銃声が響く。
あまり長居はしたくない場所だが、物資漁りに来た以上は手ぶらで隠れ家に帰る訳にいかない。
「向こうに界異どもが寄ってくるわけだわ。
まっ、その分俺の仕事も多少はやりやすくなるか」
ちらりと路地を見れば、崩れた建物の隙間を縫うように這う"黒百足"とその隣の道路からは三等級相当の"鬼武者"が四体、それぞれ同じ方角を目指している。
行先は間違いなくあの銃声が鳴り響く方だろう。
向こうで界異と出くわす事になるだろう、呪詛犯罪者にご愁傷さまと心の中で手を合わせる。
しかし、他人事ではいられない。
自分も直ぐにあの界異や呪詛犯罪者が屯する街に降りなければならない。
風が陣笠から垂れる薄い布を揺らし、男はその陣笠を深く被り直す。愛用しているカスタマイズされた祓魔師向けのアサルトカービンに目を向ける。
日本だと境界対策課の特殊作戦部隊でしか使われていないはずのM5A1mod.0のチャージングハンドルを少し引き、チャンバー内をちらり覗く。
M875封魔用隕鉄弾が装填されているのを確認し、大きく息を吐いた。
「さてと、そろそろ行かねぇと。
日が暮れる前に商店街に戻らないやべえな・・・・・・」
独りポツリと呟き、赤茶色に錆び付いた非常階段を一歩ずつ慎重に踏みしめる。
ステップを踏みしめるごとにギシギシと今にも崩れそうな音を立て、手すりに少しだけ触れれば元の色が分からないほど赤錆が指につく。
通りに出たと同時にM5A1を構え、銃身下部に取り付けられているフォアグリップを握り締める。
縄張り争いか物資の取り合いかは分からないが、派手にやり合ってるらしい。
他の呪詛犯罪者と出くわさないように祈りながら、ひび割れたアスファルトを一歩一歩慎重に踏みしめる。
五感と神経をフル稼働させ、見えてくるボロボロの古い団地へと目指す。
ここは日本最悪の禁域と呼ばれる旧八咫ノ川。何が飛び出してくるのか分かったものじゃない。
慎重に足音を忍ばせて歩みを進めていたが、ふと何かを感じて足が止まる。
建ち並ぶボロボロの廃墟と車や何かの残骸が散乱する何の変哲もない死んだ街。
だが、通りの反対側に見える一階が商店、二階と三階が住居になっている家屋が気になる。
「・・・・・・"いるな"。
界異じゃないとすると・・・・・・
たぶん、呪詛犯罪者か・・・・・・?」
呟くと同時にM5A1のセレクターをフルオートに切り替える。そして近くの壁を背にしてコンビニの方へとその銃口を向けた。
窓が開いているのか、そもそも無いのか汚れ破れてボロ切れになっているカーテンが風に揺れている。
その窓を少しだけ目を凝らして見た。
その瞬間。
二階にマズルフラッシュが一瞬だけ瞬き、鉛弾が鋭い音、そして銃声と共に足元のアスファルトを穿つ。
「クソがビンゴかよ」
咄嗟に横転した車の陰に飛び込み、撃ってきたであろう商店の二階をちらりと伺うようにちらりと見る。
見ている窓は相変わらず、ボロ切れが風になびいているだけで何ら変化は無い。
相手が待ち伏せの初撃が外れたのは大きいが、幸運は二度も続きはしない。
「いぶり出すしかねぇなこりゃ・・・・・・
やるか」
三点バーストになるようリズミカルにトリガーを引き、撃ってきたであろう窓へと次々と隕鉄弾を叩き込む。
当たらなくても、顔を出させなければ良い。
射撃開始と同時にタンッと車の陰飛び出し、近くの黒焦げになったワンボックスカーだったものの陰に飛び込む。
もちろん、向こうもやられっぱなしではない。
こっちの頭を出させないように、単発だが正確にこちらへと撃ってくる。
どうやら向こうはそれなりに場数は踏んでいるらしい。
せめて発煙弾の類を持ってくれば良かったと後悔するが後の祭り。
手持ちで何とかするしかない。時間が掛かればこっちが不利になる。
「どの道やるしかなさそうだな。クソッタレめ。
これで缶詰の一つもなけりゃ大損だな」
ワンボックスカーの陰から飛び出すと同時にフルオート射撃で窓にワンマガジン分の弾を叩き込み、全速力で真っ直ぐに商店へと走り出す。
途中のへしゃげたガードレールを飛び越え、何発かの鉛弾が掠めるが、被弾することなく着ている衣服をなびかせて商店の入口へと取り付く。
狭い店内は商品棚だったものが折り重なるように倒れ、割れた窓ガラスを踏みしめる度に小さくチャリチャリと鳴る。
恐らくもう狙撃手もこっちの位置には気が付いているらず。ならばこそこそする必要はない。
足早にM5A1を構え直し、二階へと通じる階段を目指した。
予想が正しければ、狙撃してきた奴は今頃部屋の出入口に銃口を向けて待ち伏せているに違いない。
唯一通れそうな通路を抜けて、店舗の裏側へと辿り着く。
中は簡易的な住居らしく、ボロボロの畳に襖の無い押し入れがあるくらいだ。
さらにその先に目を向ければ、腐りきって今にも抜けそうな木製の階段が二階へと伸びている。
ここしか攻め入るポイントはないらしい。
「呪榴壇の一つでもありゃ苦労はしなかったんだが。
仕方ない。いつものやり方でやるか」
ため息を大きく吐き出し、目線は取り付けてあるホログラフイックサイトを覗きながら慎重に段の一つ一つを足で確認しながら進む。
軋む嫌な音に顔を少しだけしかめ、途中からは素早く階段を駆け上がる。
ゆっくりした所で埒が明かない。
階段先の通路には三つ並んでいる扉があり、そのうちの一つは開け放たれている。
恐らくはあの開け放たれた扉の先に奴はいるだろう。
素早く壁に張り付き、その銃口を真正面に構えながら足音を忍ばせる。
「おい!クソ野郎!! オレの隠れ家から出ていけ!! それかデコでタバコが吸えるように風穴開けてやろうか!?」
「うるせぇぞ! 先に撃っといて被害者ヅラか!? 黙ってくたばれ素人が!!」
怒鳴り散らす部屋の主に半分挑発するように返せば、バンッ!という銃声が響き、目の前を弾丸と貫通した壁の木片が通り過ぎる。
「撃ったな。バカがよ」
M5A1だけを出して部屋の中にフルオート射撃でありったけの隕鉄弾のシャワーを浴びせた。
これまでの撃ち方からすれば、相手は恐らくボルトアクション式のライフル。
とすれば一発撃つ度にコッキングが必要だ。
その隙があれば弾幕を浴びせられるだろう。
これで倒せるとは思っていないが、せめて遮蔽物に引っ込ませるくらいはできる。
三十発の弾丸の雨に耐えられる人間はまずいない。
撃ち切ると同時に左手でグロック17を祓魔師向けに回収したXN-17祓魔用ハンドガンを引き抜き、M5A1をそのままスリングで吊り下げる。
その迷いない身体に染み込んだ滑らかな動作と、祓魔と殺しの技術は即応班時代からの猛訓練の賜物だ。
拳銃を片手で構えたまま、入口に対して平行にスライドするようにゆっくりと顔を覗かせる。
部屋の中は無数の弾痕と胸と腹からドクドクと血を流して仰向けに倒れている男が一人いるだけ。
どうやら入口に対して真正面にいた為に数発当たったらしい。既に男の意識は無く、ピクピクと僅かに痙攣しているだけだ。
「所詮、浪人といえど素人だな。あばよクソ野郎」
念には念を入れて、痙攣する男の額と心臓に一発ずつ9mm黒不浄弾が撃ち込み、男はそのままピクリとも動かなくなる。
動きやすそうな作業着と狩衣を掛け合わせたような服装を見るに、元は民間祓魔師だったのだろう。
そして男だったモノに手を伸ばして、そのポケットやマガジンポーチを探る。
黒不浄弾や銀弾、何かの霊薬が出てくるが、それらは有難く頂戴しておこう。もうこの男には必要のないものだ。
他に何かないか部屋を見回すと、隅に薄汚れたダッフルバッグが目に入る。
これも男の所持品だったのだろう。ならば頂くだけだ。
「予想以上に大漁の予感。
これなら愛宕から嫌味を聞かずに済みそうだ」
ダッフルバッグを肩に掛け、拾った弾薬や缶詰、霊薬をバッグに詰めていく。
男の持っていたライフル、豊和M1500もスリングに腕を通して背負う。
自分で使っても良いし、近くにいる闇商人どもに売り飛ばしても良い。
多少の金も手に入りそうだ。生きて帰れればの話ではあるが。
「さてと、そろそろ商店街に戻らねぇと本格的に野宿だな」
外をちらりと見れば既に太陽が傾き始めている。
急がないとまずい。
夜に四号級界異"一口狼"やら"餓者髑髏"に出くわすなんて考えたくもない。
もうこのボロ屋に用はない。一通り漁り尽くした商店から逃げるように駆け出した。
その走り去る姿を、傾いたビルの屋上から人影が見ているとも知らずに。