パラダイムシフトという言葉がある。
その意味はその時代の価値観や常識の劇的な改変、認識の変化である。
子供の頃はどうしても食べられなかったものを数年ぶりに食べればそれが異常に美味しく感じた。
これも同じく規模は違うが個人のパラダイムシフト、またはパラダイムチェンジと言えるだろう。
認識の完全なる変化。はたしてこれはいい事ばかりなのだろうか。
俺は、その問題に向き合う必要が訪れるのかもしれない。
一人、他に誰もいない空虚な病室の一角で
隅に蹲って、余りにも寒気のする自分の体を抱きしめながら考え続けていた。
話は2日前に遡る。
朝、乾さんと別れを告げ退院した俺は真っ直ぐ自分の住み慣れた家へ帰った。
その足取りは軽く、早く会いたい人がいるからか気分も晴れやかだ。
心なしか胸も少しドキドキする。
修学旅行前日のような、そんな抑えのきかない軽やかな足は僅かな時間で自宅前まで俺の体を送ってくれた。
日数としてはそんなに離れていたわけでもないのに、それでも懐かしい感じだ。
それだけ俺はこの家に愛着があるということだろう。
弾む気持ちで扉のノブに手をかける。
そのままゆっくりと開けると
「お帰りなさい、ヒロ」
そこにはいつから待っていたのか姉の姿が待っていた。
「ただいま、姉ちゃん」
姉ちゃんの姿を見てようやく自分が家に帰ってきたのだと納得する。
俺にとって姉のその姿こそが緩い日常の象徴なのかもしれない。
「いつから待ってたの?」
「朝にヒロが帰ってくるって連絡があってからよ」
それって少なくとも3時間は玄関待機していたのか。
申し訳ない事をした、せめて病院を出る時間も言っておくべきだったと反省する。
「それじゃあ早速ヒロに命令があるわ」
ふんぞり返って俺を見る。
はて、何だろうか。
「お姉ちゃんの抱き枕になりなさい! お姉ちゃんヒロが入院してからまともに寝付けてないの!
眠くて眠くて、それでも寝れなくてそろそろ限界なのよ!」
「は? ちょ、ま」
腕を掴まれて二回に引きづられていく俺。
そのまま俺のベッドに投げ倒されると同時に姉ちゃんも転がり込む。
勢いそのままに姉ちゃんのふくよかな胸が俺の顔に押し付けられて息ができん。
「あぁん! この感触、この肌触りこそヒロなのよ!」
胸をぐりぐりとして凄いやわっこい。
「もが・・・・・・」
「あん、こらヒロ。くすぐったいでしょ」
喋らないほうがいいらしい。
やたら色っぽい声を出す姉にドキマキさせられる。
そういえば、なんだかこのベッドに違和感を感じる。
何だろうと意識してみればすぐにそれが何なのかわかった。
匂いが違う。俺の匂いはこんなに甘酸っぱくない。
もしかして姉ちゃん、俺が入院してから毎日ここで寝ていたのだろうか。
「それじゃ、お休みヒロ」
宣言してそのまま数秒後心地よい寝息が聞こえてきた。
本当にまともに眠れてなかったのだろう、その寝顔は安らかだ。
起こすのも悪いと思いしばらくは動かないようにしよう。
ピンポーン、と聞きなれたインターホンの音が家に響いた。
いつの間にか俺まで寝ていたらしい。
少し瞼を開けば目の前には寝る前と変わらず姉の寝顔。
そういえば前に友達の家にいったときにインターホンを鳴らせばファミリーなマートの入店音だったときはクスっときたものだ。
だか俺の記憶ではむしろファミリーなマートの方がインターホンによく使われるメロディーを採用しているのかなと考える。
などと寝ぼけた頭で思考していると
ピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポピンポピンピンピピピピピ!!!!
と、徐々に連打の速度が上がり始めている。
これは興味深い。
どこまで連打速度が上がるのか見ものである。
「ん~、うっさい。ヒロお願い・・・・・・」
「わかった」
眠そうに身をよじる姉にお願いされては仕方がない。
寝癖を手櫛でごまかし、欠伸を噛み締めながら玄関へ向かった。
「はいはい、今出ます」
依然として連打をやめない客に苦笑しながら扉を開く。
開いたのだが
「あれ?」
そこには誰もいなかった。
馬鹿な、開ける瞬間までインターホンが鳴り続けていたんだぞ、何故開けた瞬間にその本人を見失う。
不自然な状況に首をかしげて外に出てみるもののやはり誰もいない。
はて、これが俗に言うポルターガイストなのだろうか。
家の外側がらいたずらするなんてお茶目な実体のない同居人である。
ワケのわからぬまま家に戻る。
スリッパを脱いで眠気覚ましに水でも飲もうかとリビングへ入ればそこでようやく先ほどの客が誰なのかわかった。
「マキさん、こんにちは」
「おう、久しぶり」
マキさんの指定席となっているテーブル備え付けのチェアにマキさんが座っていた。
その入院前と変わらないマキさんの姿にホッとしたものを感じる。
「それじゃ少し遅いですけど、お昼ご飯でも作りましょうか?」
「分かってるな、それでこそダイだ」
そりゃご飯を待つ子供のような目で見られちゃ気づくさ。
相変わらずなマキさんだ。
「さて、冷蔵庫には何があるかな」
姉ちゃんは俺がいない間どんな食生活をしていたのかこれでわかる。
半ばワクワクした感情を抱きながら冷蔵庫の中身を確認してみれば
俺が入院する前とまるっきり変わっていた。
見た所俺の好きなものばかりで、言い換えれば俺のあまり好みではないものが一切ない。
もしかして今日は俺の退院祝いでもしてくれるつもりだったのだろうか。
「ごめんマキさん。ちょっと食材買ってくるよ」
「ん? でもその中沢山あるじゃん」
「ん~、ちょっとこれに手をつけるのは躊躇うんだ」
マキさんは俺が何を考えているのかわからないのか、疑問げにこっちを見る。
「まぁ待つよ。いや、なんなら私が買いに行ってやってもいいぞ。
その方が速いし」
言いながら椅子から立ち上がり、俺の財布をかっぱらう。
「ありがと、でも何を買うかわかります?」
「・・・・・・肉?」
まぁ、別に肉オンリーでもいいが。
昼から肉だけしか使わない食事ってのも寂しい。
「来ていきなりまたこの寒い外に出すのもアレですし。
俺がささっと行ってすぐ帰ってきますよ」
マキさんの手にある俺の財布を受け取って自分の部屋に戻る。
相変わらずぐっすりと寝ている姉を起こさないように足音を消して服を回収。
そのまま廊下にでて着替える。
厚着もして、さぁ行くかと本日何度目になるのか忘れたが玄関にいくと先客がいた。
「マキさんは待っててくれていいのに」
「怪我人をパシらせるわけないだろバカ。
私も一緒に行く」
それじゃあ本末転倒な気がするが。
「沢山作ってもらいたいからな、荷物は多くなるぞ?」
それを持ってくれるということだろうか。
怪我人としてはありがたいが男としては少し情けない。
「半分とちょっとは俺が持ちます。これは譲れません」
俺の少しばかりのプライドを押し付ける。
マキさんもその俺の強がりには笑いを我慢できなかったようだ。
手を口に当てて上品な感じでクスクス笑った。
「男らしいというより男の子っぽい格好のつけ方だな。
そういうの好きだぞ、ダイ」
勝手知ったる人の家。
大とマキが買い物に出かけてしばらく経った後、
長谷大の自宅には本人から貰った冴子公認の合鍵を持って長谷家の鍵を開ける女性の姿があった。
そんな信頼の証とも言える鍵をもらっているのは現在一人、辻堂愛その人だ。
「流石にもう帰ってるよな。びっくりさせてやるぞ」
あえて大に確認を取らず、急に現れて驚かそうとする寸法だ。
他の同年代の男子と比べてジジくさいというか、大人びているというか。
主婦臭いというのが正しいのだろうか。
取り敢えず大体のことには動じない長谷大の驚いた顔を見たいという欲求が度々愛の心に現れる。
クールな喧嘩狼のらしくない子供心は長谷大にのみ見ることができる。
愛も彼以外には依然としてスタンスをかえず過ごしているが、どういうわけかそれなのに友人と呼べる存在は増えていった。
間違いなくその変化は大と付き合い始めてからのものだ。
自分が気づかないだけで本当は自分は変わったのかもしれないし、
男と付き合っている自分を見る他人の見る目が変わったのかもしれない。
両方かもしれないしどちらも違うかもしれない。
何にせよだ。
閑話休題。
抜き足差し足でリビングに入ってみるが誰もいない。
だったら自室だろうか。
取り敢えず持ってきた大の退院祝いの食材をテーブルに置く。
今日は夏からこの日まで頑張って磨き続けた料理技術を出し切るつもりだ。
大に自分の作った美味しいものを食べてもらいたい。
彼の入院中の食生活を聞いた時からこの計画を立てていた。
失敗してもいいように少し食材が多いがまあ大丈夫だろう。
さて、大はどこかと次は自室に向かう。
足音を消してこそこそと階段を上る自分をまるで泥棒のようではないかと考えたが、直様その考えはパージ。
ゆっくりと少しだけ扉を空けて中を伺うとやはり大の姿はない。
代わりに少し寝苦しそうな冴子の姿があった。
はて、と思って部屋に入ってみる。
冴子はうんうん唸ってはいるものの目覚める気配がない。
「ヒロぉ・・・・・・お姉ちゃんはね、弟が大好きなお姉ちゃんなの・・・・・・」
何やら聞き捨てならない寝言である。
だが肝心の弟に聞かれていないのでは意味がない。
将来の姉となるであろう冴子の問題発言を聞いて困りながらも彼女の乱れたシーツをかけ直した。
ピンポーン、と不意に家中にインターホンの音が響く。
客のようだ。
流石に家の人以外が出るわけにもいくまい、寝ている姉を起こそうかと迷う。
「先生、誰かきてるぜ。起きないと」
起こそうとはするものの、声は小さくて本気で起こす気はないようだ。
冴子もそれに僅かに反応しただけで直様再び寝息をたてる。
しかし客にはそれが通じるわけもない。
再び控えめな感じでインターホンが鳴る。
どうしたものか、もしかすれば重要な人かもしれない。
「ん~・・・・・・ヒロ、出て」
そのヒロなる人は今いないんだが。
愛は少し迷った後、覚悟を決めた。
少し早歩きで部屋を出て急いで玄関へ向かう。
「はい、辻ど・・・・・・違う。長谷ですけど」
できるかぎり柔らかい声質でしゃべる事を心がけつつ、目つきもできるだけ和らげる。
まさか人様の客にメンチ切るわけにも行かないのである。
「あれ、長谷センパイはいないんですか?」
「あぁ?」
客の方を見てみれば最近よく見る女の姿だった。
「ども、長谷センパイに来てもいいと言われたので来ました」
やたら清純そうな服装で固めた乾梓がその客人である。
どうやら長谷大の好みを考えての事らしい。
いつもつけているピアスも一切せず、黒や白、ベージュなどを基調とした地味めだが可愛らしいファッションだ。
しかも脚フェチである彼の嗜好も理解してか知らずか黒のストッキングまで装備している。
完璧ではないか。
「ここは長谷ん家ではありません、帰れ」
バタンと無情にも閉められる扉。
梓はその行為に一瞬ポカンとする。
「ちょっと待ってくださいよ! 今長谷ですけどっていったじゃないっすか!?」
「うっせぇ近所迷惑だ迅速に帰れ」
「帰りません! ってか何で辻堂センパイがここにいるんすか!?
長谷センパイどこに隠したんすか!」
隠してねえよと声を荒げそうになるが、ここで二階で眠る冴子を思い出す。
今のやりとりで起きてしまったかと玄関から階段の上を見るが、物音はない。
どれだけ深い眠りなのやら。
「マジで近所迷惑だ、取り敢えず入れ」
「まるで自分の家のような言い草ですね」
「将来の旦那の家だもの」
「・・・・・・マジふぁっく」
「んだとコラァ!」
ぶーたれる梓を締め上げようとするものの忍者のような素早さで愛の脇をすり抜け、
素早く靴を脱いで上がり込む梓。
想像以上の動きに愛の手は空を切る。
「ふはは、自分これでも逃げ足は他の追随を許さないんで」
「威張ることか!」
怒った愛にそそくさと逃げる梓。
即座にリビングに逃げ込む。
「あれ、マジで長谷センパイいない」
いたのなら自分が出るわけ無いだろうと愛は呟く。
「まぁいいか。これ冷蔵庫いれときますね」
「何だよそれ」
聞いたとたんえへんと胸を張る梓。
若干ウザイものを感じるものの愛は別に指摘しない。
「今日の晩飯っすよ。長谷センパイに調理してもらうつもりです」
「自分で作るという考えはないのか」
「嫁に飯を作ってもらって何が悪いんすか?」
「何の彼氏を嫁扱いしてやがるコラァ!」
愛と梓はギャーギャー言いながらも冷蔵庫を開いて持ってきた食材を片っ端から詰め込んでいった。
人の家の冷蔵庫を勝手に開いている段階で大変非常識な気がするが、沸騰した頭ではそこまで考えられなかったようだ。
「つうかその食材の金はどこから出てんだよ。また不良から巻き上げたヤツか?」
「同じ失敗は二度しませんよ。今回は前から貯めてたちゃんとしたバイトの金からっす」
流石にメロンの件で懲りたのか、その話題を出したとたん梓の顔も嫌そうだ。
愛もちょっと無神経だったかと思うが、まあここは確認しておくべきところなのだ。
「噂は聴いているぞ、暴走王国のメンバー潰して回ってるそうじゃねぇか」
「正々堂々やってますし、潰した相手から金もとってないですよ。やましいことはしてないっす」
別に皮肉をいったつもりはないのだが。
やたら刺々しくなった梓の態度に愛も少し困る。
「嫌味でいったわけじゃねぇよ、何で暴走王国を潰してるのか聞きたいだけだ」
愛のその言葉に少し探るような目で梓はみる。
「別に、自分のしたことの後始末ですよ」
吐き捨てる。
自分の撒いた種がまさかここまで面倒に成長するとは思わなかった。
梓はそのことを後悔しているし、今日だって暴走王国のメンバーを5人ほど潰してきたところだ。
「・・・・・・へぇ、総長は自分の後始末に奔走してるってことか」
「どこからその情報を?」
まさか愛に自分が暴走王国総長である事を知られているとは思わなかった。
「さぁな、まあ何にせよ無茶するな。大が心配する」
自分が総長であったことは特に愛にとっては重要ではないらしい。
梓も少し引っかかったものを感じるものの問い詰めることはしなかった。
「長谷センパイ、心配してくれますかねぇ?」
「するだろ、大の世話焼き具合を舐めんな」
愛も半ば諦めたように言う。
梓も口では言ったもののやはり大は自分を心配してくれるだろうと少しは思っている。
だからこそ二人は心配していた。
恋奈の件のように自分から危険なことに首を突っ込んで欲しくないものだが。
「そんなことより何で辻堂センパイがここに? 長谷センパイとデートの約束ですか?」
「だったら大がここにいないのもおかしいだろ。お前と同じ用件だよ」
「あぁ、だからあんなに食べ物持ち込んでたんすか」
ふと、二人は思うところがあった。
愛と梓、互いに似た用事ならどちらが優先されるのかと。
「アタシだろうな」
「そりゃそうっすよね」
愛が自分で作るのと梓が大に作らせるのなら優先するのは愛の方だ。
梓も特に不満を言うことなく同意する。
「自分もご同伴しても?」
「別に、好きにしろよ」
今回は冴子もいるし別にそういうイチャイチャを目的とした企画じゃない。
知り合いが集まってワイワイするほうがむしろ良いかもしれないとすら思う。
よって愛が梓を追い返す理由もなかった。
できるならイチャイチャしたい所だが。
できるなら寒い夜を人肌で暖め合いたい所だが。
ピンポーン、ともう数えるのも面倒になってきた。
取り敢えず長谷家に再びインターホンが鳴る。
「次はだれだよ」
「辻堂センパイに任せるっす」
「はいはい」
梓は最初から出る気もなく、冴子も起こすわけにいかないため再び愛が出る事になった。
駆け足で玄関へ向かい、自分の靴を履いてガチャりと戸を開ける。
「・・・・・・どうして長谷じゃなくて辻堂が出るのかしら。
来るところ間違えた事はなさそうだけど」
「げ、何でテメェが来るんだよ」
嫌な顔だ。
愛は渋い顔で恋奈を見る。
だがよく見れば恋奈の後ろにはよい子の姿もあった。
「まぁまぁ辻堂さん、取り敢えず外は寒いし中にいれてくれるかしら?」
「あ、あぁ」
よい子に言われれば仕方がない。
自分より長谷家と付き合いが長い彼女だ。
むしろよっぽど大の留守を預かる資格がある人物といえる。
「それで、長谷はどこ?」
「知らねぇよ。アタシが来た時からいないし」
3人が靴をぬいでぞろぞろとリビングに向かう。
「げ、恋奈様と総さ――――」
「おっとぉ!!!」
何やら口走りかけた梓に凄まじい速度で詰め寄って口を閉じさせるよい子。
モガモガと言う梓に恐ろしいメンチを切る。
「その名前で俺を呼ぶな、俺は良子じゃなくよい子だ・・・・・・いいな?」
「も・・・・・・もが」
「そう、良い子ね」
今まで感じたことのない鳥肌が立つまでのプレッシャーに押されて頷く。
「何やってんだ?」
「何でもないのよー」
愛の問いに普段通りの穏やかな表情で答える。
既に恋奈にも同じように手回しを済ませたよい子はこれで一安心とため息をついた。
「で、二人まで何しにここ来たんだよ」
「別にどういう用事でもいいでしょ」
「あぁ?」
「何よ?」
「はいはい、人の家で喧嘩しないの」
放っておいたらすぐ喧嘩を始める二人に困り顔で仲裁する姉貴分。
睨みつけてくる愛にも別に動じることなくよい子は手持ちのビニール袋を愛に見せた。
「ほら、今日はヒロ君の退院日でしょ。だからお祝いに、ね」
その袋にはやはり食材が入っているのだろう。
「私も同じ感じよ」
「自分にはないんっすか?」
「どの口がほざく」
「恋奈様冷たいっす」
恋奈と梓の相変わらずな掛け合いは無視して愛は頭をかかえた。
どうしよう、恋奈やよい子まで食材を持ち込みやがった。
とてもじゃないが今の長谷家の冷蔵庫は
「あら、既にぎゅうぎゅう詰めじゃない。どうしましょう」
「その中、最初から沢山入ってたのにアタシやコイツのも入ってるんだ」
「・・・・・・考えることは皆同じってわけね~」
よい子は困ったように手を合わせた。
愛も同じく困る。
というか四人も同じリビングにいて家主が一人もいない段階で何かおかしい。
「恋奈様、せめて通帳のあずがバイトで稼いだ貯金だけは返してくださいよー
手持ちのだけじゃ今月すげぇキツイっす」
「え? あれもうカップラーメンに消えちゃったけど」
「ひっでぇ! 人のやることじゃないっす!」
憐れ梓は膝から床に崩れ落ちる。
そんな梓に恋奈は優しく肩に手を置いた。
「安心なさい、アンタには割のいいバイトを回してあげるわ」
「マジっすか!? 座ってるだけで時給1000円超えるのですか!?」
「労働舐めんなクソガキ」
あまりのゆとりっぷりに一瞬でブチ切れる恋奈。
「漁業のバイトよ。朝早くから漁船に乗り込んで新鮮な魚引きずり上げてきなさい」
「嫌っす。乗り物無理ですし寒いし眠いのは嫌っす」
即答である。
確かに高校一年生の女の子にしてはあんまりなバイトである。
「そのバイト先って確かうちの母さんいるぞ」
愛のその一言に梓が硬直。
「辻堂センパイの親ってあの伝説の稲村チェーンじゃないですか!
知ってて選んだんですか! あず殺す気ですか恋奈様!」
「偶然よ、偶然」
素知らぬ顔で視線を外す恋奈。
梓は必死で恋奈の胸ぐらを掴んで揺さぶりまくる。
「ま、まあ別にまだ決まったわけじゃない。金に困ったらそこに頼むと良いわ」
一応口添えしている程度なのだろう。
まだ採用されてすらいないわけで梓もほっと安心だ。
「そんなことよりこんなに食材どうすんのよ、マジで余りまくってるじゃない」
「そうね、これだけあればちょっとしたパーティーできるわ」
よい子も流石に困った感じだ。
「あれ? 何で鍵空いてるんだろう」
「ん? この気に食わない臭いは・・・・・・」
4人が途方に暮れている所に待っていた人物の声が。
大は泥棒に入られたのかと警戒して家に入るが、玄関に丁寧に並べられた靴をみて誰がきたかわかったようだ。
「どしたの皆」
「お帰り、大」
まさか4人も来ているとは思わず驚きを隠せない。
「ごめんねヒロ君、事前に連絡しておくべきだったかしら」
「よい子さんまで、皆揃って何かあったの?」
「アンタの退院祝いよ。ほら、荷物よこしなさい」
左右から女性二人に挟まれて荷物を奪い取られる。
「辻堂センパイや自分もそんな感じっすよ。といってもあず達は朝に別れたばっかりですけどね」
空いた腕に梓が抱きつく。
意識して腕を胸の谷間に突っ込ませるあたり中々あざとい。
その行為に目ざとく気づいた愛は大の余った腕を引っ張った。
「テメェ大から離れろ、慣れ慣れしいんだよ」
「うっさいっす! 彼女だからって彼女面するんじゃないですよ!」
めちゃくちゃである。
「いや、彼女なんだから彼女面するだろ常識的に考えて」
マキもやはり同じ事を思ったのか冷静なツッコミを入れる。
これには愛も大も頷く。
「まぁ、ダイを独り占めされるのは私も気に食わないがな」
「え? うわ!」
そう言って後ろから大の腰を持って二人から引き剥がす。
そのままお姫様抱っこで大を抱え上げて呆気にとられた二人にあくどい笑みを向けた。
「悪いな、ダイは私一人用なんだ」
「そんなのが通るか! さっさと大を離せ腰越!」
「つってもな、実際さっきまで私の飯の為に買い物いってたし」
本当かと大に視線を向ける愛。
それに大は困ったような苦笑いを浮かべた顔で頷いた。
「ほらな、というわけで私はこれから大に飯を作ってもらう。どけお前ら」
不遜な態度で言い放つ。
流石に約束済みなら部外者が止めるのも筋が通らない、愛も梓も大人しく道を開けるが。
「こんな時間から食事始めたら晩飯入らないじゃない」
「そうね、せっかくだしもう少し待つのもいいんじゃないかしら」
恋奈とよい子がマキに立ちふさがる。
「待てねえよ。私はもう腹ペコなんだ、邪魔すんな」
にべもなく言い放つ。
少し意気地になったマキの様子にこれは駄目そうだと二人は困ってしまう。
「まぁまぁマキさん。マキさんの分だけ先につくるから落ち着いて」
そう言って大はマキの胸元からゆっくりと降ろしてもらい、自分の足で冷蔵庫前まで向かった。
そして買ってきた食材を入れようと普段通りに冷蔵庫を開けたとたん
「あぶぁ!?」
冷蔵庫から食材の雪崩が発生した。
マキを除く全員が少し申し訳ないように目を伏せる。
「何この食の倉庫。2週間位余裕で凌げそうなレベルじゃないか。
最初に開けた時より増えてるし」
様々な種類の食材を見て驚く大。
一体何だかわからないが、取り敢えずその壮観な冷蔵庫の中身に驚きを隠せない。
「それ、全員が持ち寄ったヤツ。好きに使っていいわ」
「マジで? でもこんなにどう使えば・・・・・・」
自分を含めた六人でも一度に食べきれる量ではない。
「はいはーい! あずにいい提案があるっす!」
困り果てた全員に乾梓が挙手をした。
彼女以外が不安な目で発言を促すと、彼女は豊かな胸をはって答える。
「闇鍋っす! 一度やってみたかったんですよ~」
ふむ、と全員がその提案を反芻する。
悪くはないかもしれない。
野菜、肉、果物、魚介類、卵など等様々な食材が揃ったのならある意味それを全部堪能してみたいものだ。
「いいかもね、皆もそれでいいかな?」
大が一番乗り気らしく、梓の提案に一番最初に同意した。
家主である彼がいうのなら仕方あるまいと全員も頷く。
「まぁ、大が言うなら」
「私も異論はないわ」
「あらあら、仕方ないわね」
取り敢えずは全員の同意となった。
夜は全員で鍋を囲む事が決定である。
「あれ、私の昼飯は?」
「夜が凄い量になりそうだから今は我慢しようマキさん」
「・・・・・・変なの出したら承知しねぇぞ」
口ではそういうものの、マキも闇鍋なるものを楽しみにしているらしく少し笑顔である。
「うめえええええ! 辻堂その肉私によこせ!」
「ざけんな! テメェは肉ばっか食ってないでその白菜食えよ!」
その夜、長谷家の食卓はかつてないほど賑やかだった。
「ヒロー、ちょっと具材足りなくなってきたわよ~」
「はいは~い、すぐ持って行くから!」
「はいヒロ君、取り敢えずこれで凌いでもらって」
「ありがと、流石惣菜屋の看板娘さんだ。手際いいね」
「そういうヒロ君だって専業主夫みたいよ」
「・・・・・・褒め言葉として受け取っておきます」
よい子に渡された肉の盛り合わせと大量の肉団子を皿に盛って素早く食卓に持っていく。
キッチンは現在料理に手馴れた大とよい子が担当しており、悲しい事に主役である大が食事にありつけない様となっている。
彼の持ってきた皿を受け取った恋奈はそのことを少し悪く思っているのだろう、
「長谷、交代するからアンタがここに座りなさい」
「いいよ、後からゆっくり食べるほうが俺の性にあってるし気にせず食べてて」
「・・・・・・そう、まぁアンタがそういうなら良いけど。
我慢してるならはっきり言いなさいよ、いつでも交代するから」
その親切な恋奈に大はこそばゆいものを感じる。
「センパーイ、こっち来て一緒に食べましょうよ~」
「今長谷がそっち行ったらキッチンの人手足りないだろうが!」
呑気な乾さんにブチ切れる。
ズカズカと大股で歩いてそのまま握りこぶしを彼女に叩き込んだ。
「いったぁ・・・・・・なにするんすか恋奈さまぁ」
「アンタね、何で長谷の退院祝いなのにその本人がキッチンいるのよ。
少しはアイツ手伝うか交代しようとは思わないの?」
「思いません、自分今ヘルシーなしらたき食うことに夢中です」
「このバカタレは」
余りにも正論な事を言う恋奈に周りで食べていた他の人たちも慌てて彼女から目をそらす。
「腰越、アンタは手伝わないのかしら?」
「無理、私うどん以外作らない」
「女子力たったの3か・・・・・・ゴミめ」
作れないでなく作らないといったあたり何か引っかかったものは感じるが、恋奈はお構いなしに切って捨てた。
あまりの物言いに少しムッとするものの、それを抑えてまた鍋の肉を取る。
ちなみにこの闇鍋だが、ぶっちゃけ闇鍋していない。
食べられないものなど入っていないし、入れる具も全て大とよい子が丁寧に調理しているため単純に圧倒的な種類の具が入った水炊きだ。
ミンチ肉は手でこねつつ野菜を混ぜて肉団子に。
野菜も鍋にいれてすぐ食べれるようにキッチンにおいた別のナベで煮だたせている。
心遣いの行き届いたその食卓は否応なしに食べる側を楽しませた。
「ん~・・・・・・」
一人外に出て大きく背伸びをする。
少し骨がズキっとするものの痛み自体には慣れてきてそれほど辛くない。
既に時刻は23時を過ぎており、調理に専念していた俺とよい子さんも遅れて食事を済ませた。
とはいえ俺もよい子さんもそれほど沢山食べるわけではないので鍋にはまだ大量の具材が残った。
まあそれは明日愛さんが持ってきた卵やポン酢をいれて雑炊にするとしよう。
明日の食事のことまで考えている主夫臭い自分に苦笑する。
こんな考えも入院中ではできなかったことだ。
「しかし寒いな」
薄着で出たのが悪かった。
外は凄まじい冷気で、息を吐けば真っ白な蒸気が口から上がる。
それが冬らしくて風流というものだ。
少し子供心が起き上がった。
はっはっはと何度も連続で息を吐く。
その回数だけ立ち上る蒸気。
まるで機関車のようだと一人ごちる。
「なにやってるんですか?」
「乾さん、どしたの」
玄関からではなく、二階の俺の部屋から頭を出して声をかけてくる乾さん。
「ちょっと待ってください。よっと!」
器用に窓から屋根に、そして屋根から塀に飛び移って俺の横に来た。
地面に足を付けないのは靴を履いてないからだろう。
「身軽だね」
「皆殺しセンパイには劣りますけどね」
「あの人はもう何ていうか、忍者みたいだしね」
気配を消したり、人の死角をついて移動したり。
普通に現代社会におけるアウトローを超越した存在だと思う。
乾さんも俺の喩えに同意したのか笑いながら頷く。
「今俺の部屋どんな感じ?」
「総さ・・・・・・えぇと、よい子センパイ? 取り敢えずあの人が皆の抱き枕にされてます」
容易に想像がつく。
恐らくあの大きい尻を枕に姉ちゃんは寝ているだろう。
あれは実にいい尻だ。俺もケツ枕していただきたい。
「マキさんもヤンキー嫌いなよい子さんとは面識あったなんて意外だったな」
「え゛・・・・・・?」
「なにさ?」
何やら俺が変なことでも言ったのか、凄い変な目でこちらを見てきた。
「あ~、まぁ余計なこと言ったら自分血祭りに合いそうなんで今の反応は見なかったことで」
怪しいな。
まるで何か俺に隠し事をしているようだ。
そういえばマキさんも今日よい子さんを呼ぶ度によい子さんが慌てて口を抑えてたし。
何にせよ彼女が言いたくないなら詮索しないことにしよう。
気にはなるけど。
「しっかし今日は一段と寒いですね」
「うん、いい加減俺もきつくなってきた」
さっきから体がガタガタと震えて仕方がない。
風邪をひいてもアレだし大人しく家に戻ろうと振り返る。
門を潜ったとき、何かが降った。
「ん? 何か冷たいのが」
首筋に何やら冷たいものが落ちたのだ。
雨かと思ったがそれほど濡れた感じはしない。
だったら何だと冷たいものが落ちてきた方向、つまり空を眺める。
「・・・・・・そりゃ寒いわけだよ」
空には冬の代名詞、雪が降り出していた。
これだけ気温が低ければ不思議なことではない。
冬の湘南に雪は珍しいものでもない。
俺は特に何か思うこともなく大人しく家に入ろうとする。
乾さんにも濡れる前に早く戻るようにと声をかけるべく振り向く。
「――――――っ」
息を飲んだ。
そこには物珍しそうに空を眺める乾さんがいたからだ。
手をお皿の形にして落ちてくる雪を受け止める。
しかし体温に触れれば粒のような雪は一瞬で溶ける。
彼女はそれを初めてみるような感じで眺めていた。
「そういえば、乾さんって沖縄育ちなんだっけ」
「はいっす。雪なんてここに来るまで見た事なかったですね」
ポツポツと振る雪を興味津々で見つめる子供っぽい姿だ。
「これって積もるんですかね?」
「どうだろうね、でもまだ積もるにはちょっと早いかも」
二月に入っているのなら積もるほどの雪が降ってもおかしくないが、
流石に今はまだ早い気がする。
「自分雪合戦とかやりたいです」
「意外と子供みたいな所あるんだね」
「ふふ、それで辻堂センパイに石入れた雪玉をフルスイングで」
「それはマジで危ないからやめなさい」
主に君の命がだ。
絶対愛さんの性格上やり返すし、あの愛さんが握った雪玉なんぞ想像できない。
超圧縮されて殆ど氷玉、もしくは鉄球並みの硬度になるのではなかろうか。
「そっすね、やめときます」
あっさりと取り消す。
若干拍子ぬけたものを感じながらも一応安心だ。
その後、俺達は特に話すこともなく、何かするわけでもなくただ空をみた。
街灯の光や各々の家の光が真っ暗な街中を照らし、雪を光らせる。
その風景は湘南に住んでいればさして珍しいものではない。
しかし沖縄で育った乾さんには俺とは別の風景が見えているのだろう。
「ねぇ長谷センパイ」
視線はこちらに向けず、声だけを俺に届かせた。
「自分、そろそろ不良やめようと思うんですよ」
「それはどうして?」
君は自分の好きなことをしたいから不良になったはず。
その不良をやめるということは、君はやりたいことを諦めて、やりたくないことに向き合わなければならない。
それは普通の人からすれば当たり前のことだ。
けれど彼女にとっては逃げ続けてきた当たり前の事。
「深い理由はないっすよ。子飼いにしてた連中もいなくなったし、自分も今となっては江乃死魔追い出されて独り身。
別に喧嘩が好きなわけでもなければ悪い奴らと群れたいわけでもない。
あずはもう不良続けててもする事ないし、メリットもないんですよ」
愛さんからも聞いてはいた。
乾さんはもうカツアゲをやめたのだと。
思い返せば先日俺を同伴させた喧嘩でも倒した相手を痛めつけこそすれ金品には手を出さなかった。
「それに、あずの好きな人は不良が嫌いみたいですし」
返す言葉に困る。
誰かと聞くのは間違っている気がする。
かといってすっとぼけるのも意識しすぎだ。
「ふふ、意地悪な言い方しましたね」
返答は求めていないのだろう。
彼女はやはりこちらに視線を向けないまま一人笑う。
「あずが今あるグループ襲ってるのは知ってますよね」
「ああ、暴走王国だっけ」
「はい、それで合ってます」
これも愛さんからの情報だ。
愛さんは俺に危険が及ばないように逐一こういうヤンキーの情報を俺に流してくれる。
勿論それがどれほどの組織なのかは口だけではわからない。
それでも今乾さんが敵対している組織はヘタをすれば江乃死魔すら潰しかねない大勢力とは聞いていた。
「でも、その暴走王国って乾さんの掛け持ちしてた所じゃ?」
以前俺は彼女に暴走王国のスパイなのかと聞いたときは曖昧なまま教えてはくれなかった。
「正直に言います。あずは暴走王国の総長っす」
驚きは無かった。
そんな気はしていた。
彼女ほど強い人がまさかただのスパイとは思えなかったのだ。
「でも、別に暴走王国で何かしたいわけじゃなかったんですよ。
ただ、カツアゲをしやすくするため。江乃死魔を大きくするため。
それだけのために使ってたグループです」
暴走王国は強力な助っ人集団の寄せ集めだけあって各々の喧嘩は強いらしい。
だというのにこの冬まで一度も表に出てきたりしなかった。
「もっとも、江乃死魔を切られた際に仕返しで潰す計画に使う事も考えてましたけど・・・・・・
なんですかね、いざ切られてみると何だかそんな気も起こりませんでした」
それは恐らく
「マキさんに手酷くやられたからかな」
「そうかもですね」
憎しみの対象が片瀬さんではなく、自身を怪我させたマキさんに傾いた。
しかしそのマキさんが尋常ではない強さだ。
やり返そうにも並大抵のレベルでは逆に自分がより酷い反撃に合う。
それこそ自然災害に復讐しようとするものだ。
「あんな人外に恨みなんて持っても不毛ですしね」
乾さんも俺と同じ考えだ。
「で、喧嘩にも負けて組織からも追い出されて不良やめようかなと思ったら自分のグループが邪魔になったわけっす」
総長がグループを抜けるだけなら問題はないのだろう。
けれど暴走王国はその構成しているメンバーに問題があった。
いわゆる喧嘩屋の寄せ集め。
故に全員が同じ目的を持っているわけではない。
単純に喧嘩が好きな人もいれば、喧嘩して倒した相手から金品を奪いたいだけの人もいる。
そして一番の問題が彼らを『雇っている』という形式だ。
我の強いならず者をまとめるのに一番効率がいいのはいつだって金である。
乾さんはその暴走王国の約30人に給料を払うことによってつないでいた。
このせいで乾さんは総長をやめるにやめられなくなったのか。
当然だ。
働いた分の金は払う義務がある。
故に給料を払わないまま総長を辞めるから、はい解散。
彼らはそんな簡単にはいかない。
だから片瀬さんに有り金を全部奪われた今、乾さんが彼らにとった行動が叩きのめすという答えだ。
冷静に考えれば雇った人間に給料を払わず、それにごねる社員を殴るという酷いものかもしれない。
しかし、彼らに限っては俺はそれは違うと思う。
彼らも罪のない人間を脅して金を巻き上げていたのだ。
そしてそれを生業にするのなら同類に叩きのめされても文句は言えない筈。
悪事には報いが必要だ。
ただ、少し筋が通っていない気がしてスッキリしないけど。
「恋奈様とはまるで別の考え方ですね。軽蔑しました?」
「どうだろうね」
江乃死魔を必死で守ってより大きな集団にしようとする片瀬さん。
暴走王国を邪魔だと切り捨てて自ら潰そうとする乾さん。
向かっているベクトルは限りなく真逆かもしれない。
「でも、一般人に迷惑ばかりかけるグループは嫌いかな」
「・・・・・・そのグループの総長ですね自分」
皮肉のつもりで言ったわけではないのだが。
若干落ち込んだようだ。
「でも責任はとります。きっちり暴走王国は壊滅させて、それからあずはヤンキーやめます」
責任。その言葉こそ彼女が逃げ続けたものではなかったのだろうか。
悪事を悪事と認めて、その清算をしようとするその姿勢こそ彼女が更生している証ではないのだろうか。
「うん。でも無茶はしちゃだめだよ」
「はい、自分も痛いのは嫌いだからやばかったら逃げますよ」
逃げ足は自信ありますし、と付け加える。
「そろそろ家に入ろう。沖縄育ちなら寒さに強いわけでもないでしょ?」
「はい、実はさっきから我慢してました」
ようやくこちらを見る彼女。
見れば顔は寒さのせいで赤らんでおり、手も真っ赤だ。
さて、それじゃあ来た所から戻ろうかと少しだけ乾さんから視線をはずしてふと思い出す。
「今屋根から登ったら危ないかも」
雪のせいで屋根は少し濡れている筈。
濡れた屋根は汚いし、何より滑って危ない。
「ですね、どうしましょうか」
塀に腰掛けたままニヤニヤとこちらを見つめる。
言いたいことはわかっている。
「・・・・・・はい、どうぞ」
彼女の方に近づいて背中を向ける。
まぁこの状況では俺が彼女をおんぶするしか考えつかなかったのだ。
乾さんもそれを待っていたらしく、身軽に塀から俺の背中に飛び移った。
その体は想像以上に軽かった。
「んふ~、センパイあったか~い」
「くすぐったいって」
腕をがしっと俺の首に巻きつけて盛大に密着する。
顔は俺の首筋にまで近づけているらしく彼女の息があたってこそばゆい。
「あれ? この歯型って」
「あぁ。それ愛さんが前に付けたやつだね」
肉ごとちぎったのが本当の所だが、彼女から見たところちゃんと歯型になってるらしい。
「これは所有権アピールってところですかね。小癪な」
しかも愛さんの目的がちゃんと相手に伝わっている。
すごいな、何で首筋にある歯型だけでそんな所有権アピールとかわかるんだ。
などと考察していると、何やら乾さんが歯型のある首筋の逆側に顔を近づける。
一瞬嫌な予感がよぎるが――――
「あむっ」
「痛い!」
遅かった。
洒落にならない痛みが首筋に走る。
まさか乾さんを振り落とすわけにもいかず、身を硬直させて痛みに悶絶する。
その後数秒ほどしてようやく首から口を離したと思ったら、ペロリ噛んだ箇所をそのまま舐められる。
「何をすんのさ」
「ふふん、所有権なぞあずには知ったことないという革命の意思表明っす」
・・・・・・また返答に困ることを。
俺にどうしろというのだ。
俺が困っていることに気づいたのか、乾さんは空気を変えようと足をパタパタさせて俺に更にしがみつく。
「早く中に入りましょうよ、もう寒くて仕方ないっす」
「はいはい、仰せのままに」
外は寒かった。
ただ、例外として彼女が触れていた背中だけは暖かかった。