辻堂さんの冬休み   作:ららばい

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33話:三つの『あい』でI love 愛(前編)

一日目。

 

「ねぇ、愛さん。ねぇってば」

「・・・・・・うるせぇ。浮気者は失せろ」

 

長谷大は取り付くしまもない愛の態度に口を閉ざす。

恐らくこのままくじけずに愛に話しかけても彼女を不快にさせるだけだろう。

日を改める事にし、自分の席に戻る。

 

「どしたの長谷君。辻堂さんと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩じゃないよ。俺が一方的に悪いから喧嘩は成り立たない。

 だから謝りたいんだけどね・・・・・・」

「口も聞いてもらえない状態ってわけ?」

「うん、許されなくてもせめて謝りたいとは思うんだけど」

 

大は少し参った表情をし、目線を愛に向ける。

そこには委員長や胡蝶達と話をしている風景があった。

内容はわからないけれど、三人のまじめな表情から察するに他愛ない事なのだろう。

 

 

 

 

日は跨ぎ二日目。

 

「愛さん。ちょっといいかな?」

「駄目だ。都合が悪い、消えろ」

「でも愛さん! ・・・・・・いや、俺がムキになるのはお門違いだね。

 わかった、今日は大人しく引き下がるよ」

「ふん」

 

相変わらず話すら聞いてもらえない。

昨日から一切の進展のなさに大は若干参った。

 

「ヒロ。辻堂と随分こじれているようじゃないか」

「あぁヴァン。そうだね、でも全部俺が悪いんだ。

 この件では辻堂さんに一切の非はないから」

「まだ何も言っていないのにいきなり辻堂を庇うんだな」

 

庇うとかではない。

愛は未だ一般生徒から恐れられている。

その為、大と喧嘩でもした場合それだけで教室内の空気が緊張したものになるのだ。

 

大はクラスメイトからは愛のブレーキ役として見られている。

勿論もともと愛にそんなものがなくとも彼女は暴れたりしないのだけれど。

それでも愛に僅かにでも怯える生徒からすれば現在喧嘩してピリピリしている彼女は恐ろしいのだ。

 

その話や空気を察した大はひたすらに責任は自分にあると言う。

無論事実だ。

愛を嫉妬させた原因は大体的に大にある。

故に偽りは一切ない。

だが何も知らない一般生徒から見たら現状は

『彼氏と喧嘩した稲村学園の番長である辻堂愛がすぐにでもキレそうになっている』

という自体にしか捉えられない。

だから大は愛の評判を気にして立ち回りながら愛と仲直りしようとしている。

 

愛は烏丸未唯や片岡舞に困ったような顔をしながら何か話していた。

 

 

 

三日目。

 

「愛さん、話がしたい」

「話すことなんてねぇよ」

「頼むから話だけでも聞いてくれ、じゃないと何も変わらない」

「うるせぇ、消えろ」

「ぐぅ・・・・・・愛さん、俺は諦めないから」

 

駄目だ。これでは何も進展がない。

大は歯噛みしながら席に戻る。

どうにかしなければと思案する。

 

きっかけがないのだ。

恐らくこのまま続けても愛が大の話を聞くことはないだろう。

大も薄々気づき始めた。

 

「だったらきっかけは待つんじゃなくて作らないと」

 

大は携帯電話を取り出し、とある人物に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・どうしよう。大がとうとうアタシに愛想つかした」

 

大がアタシに最後の対話を試みて一週間が経った。

最初の三日、子供のように癇癪を起こした自分が大の話を一切聞かなかったのが原因だろう。

 

あの日以来、アタシに話しかけるどころか近づいてすらくれない。

 

だがアタシを無視しているわけではないらしく、すれ違えば笑顔を向けてくれるし朝だって顔を合わせれば挨拶はしてくれる。

ただそれだけだ。

仲直りはおろか、日常会話すらできていない。

 

「ふ~ん、じゃあお前ら別れんの?」

「え、まじっすか。自分らにチャンス到来?」

「んなわけあるか! 不吉なこと言うんじゃねえ!」

 

放課後、一人寂しく帰路を歩んでいると腰越と乾に声をかけられた。

どうやら二人は大の家に行くも家主である長谷先生や大がいないため出直しているところだったらしい。

 

さて、本当にどうする。

はっきり言えばアタシは大に怒ってなどいないのだ。

ただ単純に誰でにでも優しい大に拗ねていただけ。

だがその子供の癇癪の度が過ぎた。

 

大が一切話しかけてくれない。

もう頭も冷えて心の整理もできた。今大が話しかけてきたらアタシはちゃんと話を聞く。

それに冷たい態度をとったことも詫びたい。

けれど最後まで突っぱねた態度をとっていた手前、こちらから話しかけて謝るのは情けない。

 

つまり、機会がない。

 

「あ~あ。最近ダイの奴、学校から帰ったらすぐ出かけるんだよな。

 それで帰ってくるのはいつもおせぇし」

 

帰ったらすぐに出かける?

しかも帰ってくるのが遅い?

どういうことだ。

 

「そっすね~。しかも毎日疲れきってますし、一体どこで何してるのやら。

 勉強会すら中止で最近退屈っす」

 

言われてみれば、最後にアタシに話しかけた日以降妙に大の学園での状態が普段と違う。

どうも疲れているのか、休み時間は机の上に頭をおいて寝ている事が多くなった。

心配になった委員長や坂東が長谷先生に問うも、長谷先生は僅かに困った顔をした後黙秘している。

 

けれど身内で大に甘甘な彼女が疲れている大の原因を知っていて、それを止めていないという事は大にとって悪い事が起きているのではないのだろう。

 

「なぁ辻堂。もしかして浮気とかだったりして」

「それはない」

「即答っすね」

 

大が浮気しておいて、それを顔に出さないわけがない。

アイツはやましいことがあれば隠せないし、そもそもやましいことをしない奴だ。

 

「はは、まぁ私もそんな真似できる甲斐性がダイにあるとは思ってねぇけどな。

 けどさ、どうすんだよ辻堂」

「どうするって、何がだよ?」

 

腰越が真面目な顔をしてこちらを見る。

 

「ダイと仲直りしようにもお前から話しかけられないし、ダイのほうからも話しかけてこない。

 このままじゃお前、時間だけが経って気がついたら別れてたってオチになりかねないんじゃねーの?」

「うわぁ、実際よくある別れるパターンっすね」

 

・・・・・・ゴクリと生唾を飲んだ。

リアルだ。しかも有り得そうだから怖い。

 

「あ、アタシは別れたくない」

「辻堂センパイがそう思ってても長谷センパイが同じ事を思ってるとは限らねーっすよ」

 

そうだ。

梓の言うとおりだ。

アタシがガキみたいにすねたからあの温厚な大でも怒ったのかもしれない。

 

だってそうだろう、彼氏なのに話しかけたら失せろやら消えろなんて言われたらそりゃ辛い。

アタシが同じ事を大にされたらしばらく本気で落ち込むレベルだ。

 

振り返って自分が言った事が大にとってとても傷つく言葉だったことを理解する。

同時に、洒落にならないレベルで心臓が拍動し始めた。

 

「どどどどどうしよう?」

 

言って気づく。

こいつ等に聞くことじゃない。

こいつ等も大狙いなのだ、アタシが大と別れるなんてむしろ嬉しいことだろう。

 

だが、アタシのその腐った思惑と現実は一致しなかった。

 

「素直に辻堂センパイから話しかければいいんじゃないっすか?

 別に謝らなくとも長谷センパイが今更辻堂センパイの言葉遣いに怒るとも思えませんし、

 きっかけさえ辻堂センパイが作れば向こうからまた謝りにくると思いますけどね」

 

梓の真面目なアドバイスに硬直。

 

「私はもうしばらく様子見たほうがいいと思うぜ。

 ダイが何で辻堂に話しかけなくなったかわからないままだと、後々またひと悶着あるかもしれないしさ。

 なんだったら私がダイを調べてやってもいい。興味あるしな」

 

腰越ですら真摯な対応と解答だった。

驚いた。心底驚いた。

 

アタシのその感情が表情にまで出ていたのだろう、二人は渋い顔をする。

 

「長谷センパイと別れんのは結構だけど、遺恨残されちゃたらたまらないんですよ。

 別れるならせめて後腐れ残さず別れて欲しいっす」

「同じ意見だ。以前ダイとお前が別れたときとかダイの奴お前のこと引きずりまくっててさ、

 私がいくら誘惑しても落ち込んでて相手してくんなかったんだよな」

 

腰越はその時のことを思い出したのだろう、妙に悔しそうな顔をしている。

 

「だから次別れるのなら引きずらない別れ方しろ。

 じゃないと私が困るんだよ」

 

不意にマキが表情を変える。

今この瞬間までは敵意が一切ない、無邪気な表情だった。

しかし、途端にその雰囲気が変化したのだ。

 

「もしダイと別れて、それでまたダイを腐らせるような真似をしたら次こそテメェを殺す」

 

並みの人間がこの目と言葉をぶつけられた場合、耐え切れず目をそらすか怖気づくだろう。

しかし愛はその目をそらすこと無く、そして一切怯む様子もなく受け止めた。

 

「ざけんなよ、アタシと大はもう別れねぇ。

 だから後腐れもクソも無いんだよ。テメェにもうチャンスは無い」

「はっ、その意気だ」

 

愛の完結的で覚悟あるその回答に満足したマキは威圧を収める。

 

「でも辻堂センパイが別れないっていくら言っても長谷センパイが別れたがったら結局アウトっすよね」

 

原点に戻った梓の言葉に沈黙する。

全くもってその通りだ。言い返す言葉がない。

こいつ性格悪すぎ。

 

「そんじゃ明日から私はダイが帰ってからどこに行ってるのか調べておいてやるよ。

 辻堂、お前はお前で何か別の打開策でも考えてるんだな」

「あ、あぁ・・・・・・その、さんきゅ」

 

珍しく力を貸してくれた腰越。

はっきり言ってコイツにこんなふうに感謝したことがない。

だからか、口にした礼も不細工な響きとなってしまった。

 

腰越はアタシが素直に礼を言うとは思っていなかったのか、僅かに驚いた顔をする。

しかしそれも一瞬のもので、すぐに表情がまた変わった。

 

「やめろっつぅの、気持ちわりぃ。

 私は単純にダイが何してんのか気になってるだけだ、テメェのためじゃない」

「き、気持ち悪い・・・・・・人が感謝してやればいい気になりやがって!」

「だってマジで気持ちワリーもん」

「おいコラ待て腰越!」

「やなこった」

 

腰越をどつこうとするものの、アタシの手をかいくぐってそのまま近くにあった塀に飛び乗った。

その猿みたいな身のこなしに調子を崩される。

 

「んじゃな。せいぜい頑張るんだな」

 

そう言って塀から塀へ飛び移った後、道路へ降りてそのまま腰越は姿を消した。

忍者のような奴である。

 

さて、どうしたものか。

腰越に大が何をしているのか調べてもらえるのは大いに助かる。

助かるのだが、アタシも何かアクションをしなければならない。

 

「辻堂センパイはこれからどうするんすか?」

 

横から梓が声をかけてきた。

 

実の所用事はない。

学校も終わり、一人で帰宅しているところにこいつ等と遭遇したのだ。

結局自宅に帰る事は変わらないのだが。

 

「予定ないから帰る。

 普段なら大とデートでもする所なんだが、喧嘩中だし・・・・・・はぁ」

「重症ですねぇ。そんじゃ自分が長谷センパイと辻堂センパイの仲直りのプロデュースしましょうか?」

「え~」

「なんすかその反応、失礼すぎっしょ」

 

こいつが? 絶対裏あるだろ。

信用ならん。

 

「あ、何考えてるか何となくわかったっす。じゃあいいですー、ずっと喧嘩してれば?」

「・・・・・・一応話だけでも聞かせてくれ」

 

こうしてアタシの大との仲直り計画は進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

仲直り計画一日目。

 

授業が終わり、昼休みに入ったその時間。

アタシは弁当を二つ持って席から立ち上がる。

 

一つはアタシの分で、もう一つは大の分だ。

 

視線を大に向けてアイツが今何をしているのか確認。

すると案の定そこには腕を枕にして、食事すら取らず爆睡する大の姿が。

 

授業中なんども大の姿をチラチラと見ていたのだが、その時はちゃんと授業を受けている。

今のように寝てなどいない。

ちゃんと学生としての本文は果たしているのだろう、流石だ。

 

だがどうしたものか。

流石に疲れて寝ている大を起こすのは忍びない。

それに正直アタシもまだ覚悟が出来ていなかったりする。

 

先日、梓には積極的に弁当とか作ったり友達を介して無理やりにでも話すタイミングを作るように言われたが・・・・・・

 

「辻堂さーん、お昼一緒に食べようよ」

 

少し離れたところからミィがアタシを呼んだ。

断ろうかと思ったが、大は相変わらず爆睡。

腕の隙間から見える顔を見るに熟睡しているようだ。

 

「あ、ああ。すぐ行く」

 

今日は日が悪かったのだろう。明日こそ弁当を渡してみせる。

 

 

 

 

「ダメ。マジダメ。辻堂センパイらしくないヘタレっぷりにあずも呆れざるを得ないっす」

「でも大があんまり気持ちよさそうに寝てるから起こすのは悪いと思ってだな」

「シャラァップ! 一日事に長谷センパイの気持ちが徐々に辻堂センパイから離れているかと不安じゃないんですか!?」

「不安だよ畜生! 明日から頑張る!」

 

 

 

 

 

 

二日目。

 

案の定大は爆睡。

これでもう一週間半ずっとこんな調子だ。

 

 

 

「で、結局今日も話しかけられなかったと」

「いや、違うぞ。今日は放課後に教室から出るとき、大にまた明日って言われたんだ。

 どうだ、大きな進歩だ。明日はきっと晴れる」

「気が長すぎません?」

 

 

 

 

三日目

 

やっぱり寝ている。

 

 

 

「うおおおおお出たぞGが! こっちくんなこの野郎!」

「え、どこっすか。お、いた」

『じょうじ』

「ゴキブリってしゃべりましたっけ?」

『じょうじ、じじょうじょうじょじ

 ――――――じょうじ』

「何言ってんのか分かんねぇけど、アタシの家もしかしてテラフォーミングされてる?」

「ゴキブリって喋りましたっけ?」

 

 

 

 

 

なんの進展もないまま4日目。

 

ここ数日大に食べてもらえなかった弁当は梓が処理している。

いい加減目的の大に食べてもらいたい所なのだけれど。

 

『何であずが毎日毎日過食強制されるんっすか~、贅肉ついたら恨みますからね』

 

と、冗談のようなことを言っているのだけれど目が割とマジなので怖いのだ。

 

「・・・・・・よし、今日こそ」

 

自分に気合を入れる。

大丈夫だ。今日こそ誘ってみせる。

 

取り敢えず日課になっている大が昼休みに何しているのかの確認をする。

 

が、案の定寝ていた。

しかし大の周りには坂東や平戸・・・・・・だったっけ?

取り敢えずいつもの取り巻きが大の机を囲んで談笑しながら食事していた。

けれど大は弁当箱を開けてすらいない。

 

昨日までの自分ならばこの状況なだけで日を改めた。

だが今日は違う。いつまでも尻尾巻いて逃げる女でありたくはない。

覚悟を決めて立ち上がる。

 

そのまま弁当をいれた鞄を片手に大の机の前に立つ。

 

「む、辻堂。どうした、何やら鬼気迫っていて命の危険すら感じざるを得ないのだが」

「辻堂さん、長谷君に用事タイ? でも相変わらず長谷君熟睡してるタイ」

「そんな事はみりゃわかる。おい、大。起きろ」

 

緊張しきってしまい、妙に刺々しい言葉と態度をとってしまった。

そのせいか、取り巻きの奴らは怯えきっている。

 

「ん~・・・・・・その声は愛さん?」

 

本当に眠たそうに目をこすりながら大が顔を上げた。

顔には腕枕をしたせいで赤いラインができている。

その子供のような状態に少し吹き出しそうになるが、ここはこらえた。

 

「お、おう。ちょっと今からツラ貸せ。屋上行くぞ」

 

大の首根っこを掴み椅子から無理やり立たせる。

そしてそのまま引きずるように片手で大を屋上まで引っ張っていった。

 

「長谷君がカツアゲされるタイ!」

「いや、流石に彼氏であるヒロをカツアゲはしないだろう・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大を半ば担いで屋上まで連れてきた。

ここまでは完璧だ、文句ない流れだ。

あとは色々と、その・・・・・・仲直りまで進ませる事だが。

 

「あ、あのさ・・・・・・アタシと喧嘩してから毎日何してんだ。

 いっつも眠たそうにしてんじゃねぇか」

 

よし言えた。

緊張して少し言葉がどもっているけれど、伝わった筈。

 

「あぁ。その事ね」

 

大は少し隈のできた瞼をこする。

はっきり言って心配で仕方ない。

こんなふうにやつれている大を見たのは初めてだ。

このまま放っておけば屋上で倒れてもおかしくないレベルでふらついている。

 

「内緒。愛さんには悪いけど教えられない」

「―――――え」

 

フリーズ。

一瞬世界が凍った。

 

「何でだ、大がアタシに隠し事なんて・・・・・・まさかそんな」

 

もしかして、前に腰越たちが言っていた事が事実になるのか。

このまま大がアタシに興味を失ってそのまま関係は自然消滅。

嫌だ、まじで有り得ない。

 

大がアタシにそんな内緒にするなんて、それこそアタシに信用が無くなったって事で

 

そうだ、こうしてはいられない。

だったら失いつつある信用や興味をもう一度アタシが取り戻せばいいだけだ。

慌てて鞄を漁る。

 

「こ、これ。よかったら食べてくれないか?」

 

鞄から引きずり出した二つの箱。

即ちベン・トー。

その味はほろ苦くてサワーで、こんな出来損ないな弁当をもらえる大は、

きっと特別な存在なのだと感じさせました。

今では私が彼女さん。大にあげるのはもちろんヴェルタースオリジ違う、彼女の弁当。

なぜなら、彼もまた、特別な存在だからです。何言ってんだアタシ。

 

まぁぶっちゃけ失敗作なんですけどね、これ。

失敗したけど持ってきて大に食べてもらおうとしているあたりアタシも中々業が深い。

 

「うん、ありがとう。ありがたくいただきます」

「あ、あぁ!」

 

大は穏やかに笑い、アタシの差し出した弁当を受け取った。

そして屋上の床に座り込み、弁当を包む巾着を取る。

中から現れるピンク色の容器。

 

「それじゃあ頂きます」

 

大は両手を合わせ、箸を指で持つと、片手で蓋を開け中を確認する。

 

が、その中身を見た瞬間大は固まった。

無理もない。

だって―――――

 

「ごめん、今日は失敗したのまで入れてる」

 

見た目がひどいのばかり入っているからだ。

 

例えばから揚げ。

自分で衣をつけて一から作ろうとしたのが拙かった。

どこを失敗したのか、衣がほとんど取れてただの生肉の油通しとなっている。油臭い。

 

例えばほうれん草のおひたし。

茹で過ぎた上に盛り付けるときに乱暴にしすぎた。

何かもうドロドロして溶けてるかグチャグチャになっている。

これではほうれん草の歯ごたえはない。あと臭い。

 

例えば肉じゃが。

全て失敗した。見た目が離乳食。あと臭い。

 

他にも色々あるけどもう殆ど駄目だ。

唯一まともなのは卵焼きのただ一つ。

これでは流石に大でも固まるだろう。

 

呆れていないかアタシは大の顔を見る。

けれど大は目を輝かせてその中身を見ていた。

 

「随分手間をかけて作ってくれたんだね。これだけ種類があって冷凍食品が一つもない。

 ありがとう、愛さん」

「・・・・・・おう」

 

アタシに微笑みかける大。

その不満も文句も一切なく、純粋なアタシの労力への感謝のみを現した態度や言葉に驚いた。

 

大は嬉しそうに箸を進ませる、

まず箸でとったものは肉じゃが。

だが相手はもはや泥状の離乳食状態。箸ではさもうとした瞬間溶けてつかめない。

 

「スプーン使うか?」

「お願いします」

 

持っててよかった。

大はスプーンに持ち替えて、再び離乳食をすくい取り口に運んだ。

 

「うん。美味しいよ」

 

そんな馬鹿な。

大は一切の裏も含みもない笑顔を浮かべる。

しかしそれを信じられなかったアタシは自分の分の弁当の肉じゃがを口に運んだ。

 

やはりだ。

甘すぎる。明らかに砂糖入れすぎな上に味が濃すぎる。

全体的に調味料の入れすぎだ。

はっきり言って不味い。

 

大は疑うアタシを無視して食事をすすめる。

ほうれん草のおひたしを食べ、次に出来損ないのから揚げ

様々な失敗作を口に入れ。

そして最後に卵焼きを残した。

 

「愛さんの料理は全部好きだけど、やっぱり一番好きなのは卵料理だね。

 それじゃあ、大切に最後まで残した卵焼き頂きます」

 

スプーンではなく、箸で掴み取り、大きく口を開けてブサイクな焦げ目の付いた卵焼きを頬張る。

その味を堪能しているのか、もぐもぐと口を動かし続ける。

 

・・・・・・結局大は弁当を全て、何一つ残さず全部食べた。

欠片も嫌そうな顔をせず、出来損ないの料理を満足そうに咀嚼し

一切の不満も感じさせない食べっぷりだった。

 

「ごちそうさまでした。久々に愛さんの弁当を食べれて嬉しいよ。

 あ、この容器は俺が洗っておくよ」

 

大はそう言って弁当を巾着に戻し、それを自分の脇に置いた。

 

細かい気遣いが出来る奴だ。

本当に。

 

「マズかっただろ。無理して全部食いやがって」

 

そのひねくれた言葉を吐く自分に嫌気がさす。

大も流石に怒るかと思う。

 

「そうだね、味が濃かったり見た目もちょっと失敗してたかな」

 

大は包み隠さずあっけらかんにいう。

 

「でも、美味しかったよ。これはお世辞じゃない」

 

その言葉が本心なのか、アタシはそれを見極めるために大の目を見る。

若干睨みつける形になっているが、大はアタシの目を見つめ返す。

そして理解した。

 

一切の嘘も偽りもない。

本当にコイツはあの悲惨な出来の弁当を美味しかったと思っている。

 

「信じるよ。ありがとな」

「はは、礼をいうのはこっちの方なんだけどね」

 

大はそう言いながらフェンスに背を預け軽く目を閉じる。

かなり眠たいのだろう、頭も若干フラフラしていた。

時計を見れば昼休みの終わりまでまだ余裕がある。

仮眠をとる時間は十分にあった。

 

「大、そのさ。アタシ達、最近まともに話すらしてなかったろ」

 

大はアタシの言葉に反応し、薄く目を開けてこちらを見た。

半分夢の中なのか、反応が薄い。

 

「ごめん、話すら聞こうとしないなんて酷かったと思ってる。

 大がアタシから距離をおこうと思うのも普通のことだ、許してくれ」

 

頭を下げる。

 

「う~ん。それは違うんじゃないかな」

「・・・・・・え?」

「愛さんが俺に謝る理由はない。

 愛さんが怒るのは当然だし、だから愛さんが俺に謝るのはお門違いなんだ」

 

大は相変わらず眠たそうだが、先ほどより目を開いている。

 

「俺が愛さんという彼女がいるにも関わらず尚他の女性と仲良くしてしまった。

 それこそマキさんや乾さんとのスキンシップなんて行き過ぎてる、俺自身自覚してる」

 

透き通るような、詫びるようなその音質がアタシの耳に入る。

まさか大に謝罪されるとは思わなかった。

だからこそ対応の仕方が閃かず、地蔵のように黙して座り込むことしかできない。

 

「ごめん愛さん。許して欲しい」

 

言い訳は一切せず、完結的な詫びだった。

アタシがさっきしたように頭を下げ、アタシの言葉を待つ。

 

どうすればいいのか。

こちらが謝ったのに気がつけば向こうが頭をさげるなどと。

想定外だった。

 

「反省してるのか?」

「勿論だ。次からは気をつけます」

「・・・・・・ホントホントだな?」

「ホントのホントです」

 

責めるつもりなんて毛頭ない。

こんなのはただの建前のような言葉だ。

 

「アタシだけを見てくれるのか?」

「元から愛さんしか見えていないよ」

 

相変わらず、本当に相変わらずだ。

 

「何だよそれ、カッコつけすぎ」

「カッコ悪い?」

「うぅん、凄くカッコいいよ」

 

未だ頭を下げ続ける大の両頬を手で挟み、顔を上げさせる。

そしてそのままゆっくりと見つめ合う。

 

久々だ。

二週間近くこの顔をちゃんと見ていなかった。

そうだ、こういう顔だ。

平凡で、凡人で、凡夫で、こんな何処にでもいそうな、それこそ凡百の一つに過ぎない筈の男にアタシは惚れ抜いている。

大衆に埋もれればそれだけでコイツは存在感を失う程地味だ。

でも、それでもアタシにとってはどんな眩しい人間よりも輝いて見える。

 

「すっげぇ隈。どんだけ寝てないんだよ」

「えぇと、今日は三時間くらいしか寝てないかな」

 

驚いた。そりゃ眠いだろう。

これで授業中寝ていないのだから凄い。

アタシなら目を開けたまま寝ているだろう。

 

「じゃあ昼休み終わる間際になったら起こすからさ、ここで寝ろよ」

 

頬を撫でながらいう。

大は目をしょぼしょぼさせながらもアタシの言った『ここ』の意味を気づいたらしい。

眠気には勝てないらしく、うなづいた。

 

そのまま大はアタシの太ももに頭を置く。

うん、慣れ親しんだ頭の重さだ。

 

「大。お前が何をしてんのか知らないし聞かないけどさ、無茶だけはすんなよな」

「うん。でもあと少しで終わる事だからさ、あとひと踏ん張りなんだ」

 

何をそんなに頑張っているのか。

正直気になって仕方ない。

だがそれを追求するつもりはない。

先程は不安が募って追求したが、頭が冷えた今、もうその事は触れるつもりもない。

 

大はやましい事なんて絶対にしない。

けれどそれでもアタシにソレを隠している。

だというのならソレは誰の為に頑張っているのか―――――

 

いや、アタシの想像は所詮自惚れなのだろう。

深くは考えないことにする。

 

「じゃあ頑張れ。でも頑張りすぎんなよ」

「うん。気をつけるよ」

 

そう言って大は目を閉じた。

アタシはそれ以降大に声をかける事もなく、ただ彼の笑顔を眺め続けた。

 

 

 

 

 

その日、午後の授業は全てサボった。

幸いにして一つは長谷先生の授業だ。

彼女ならば怒りこそするものの、大の疲れを気遣って許してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
タイトル臭すぎィ!
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