幻想乙女と遇の少年   作:クロンデジゾイド

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 忘れ去られた存在が行きつく先、“幻想郷”。

 人と妖怪と神と亡霊と大別できない異形の何か。兎にも角にも様々な種族が息づく、大きくも小さい世界から隔絶された箱庭だ。

 幻想郷に地図は無いが、その一方である程度の規則性を持ってそれぞれの土地は成立している。

 例えば、幻想郷のほぼ中央部に位置する人里。幻想郷内でもほぼ唯一、明確なルールが敷かれその上で成立した人間の領域。

 この中では、妖怪などからの被害を()()()()は防げる。どんな場所にもルールを守らないものや、ルールの荒を突こうとする者が居るためどうしても完全な被害ゼロとはいかないのだ。

 勿論、人間側もやられっぱなしではない。

 特殊な環境下である幻想郷では、ある時突然変異の様に力を持って生まれる者がいる。

 それは強力な能力であったり。或いは莫大な霊力であったり。

 

 これは、そんな人類の中で大いなる力を得た少年の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里の一角。平屋の大きくも無ければ小さくもない、しかし一人暮らしには十分すぎる家。

 この家こそ、光井龍成(みついりゅうせい)の城であった。城といっても、借家なのだが。

 猫の額の様な庭に面した縁側に腰掛けて、彼は空を見上げる。

 

「平和だ……」

 

 着慣れた赤い布時に金のラインが腕部に入ったパーカーを着て、龍成はほっと一息を吐き出した。

 彼は、そもそもこの幻想郷出身の人間ではなかった。

 

 事の始まりは、数ヶ月ほど前にまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ゴールデンウィークを利用して龍成はハイキングを実施していた。

 生粋のアウトドア派、という訳ではないがそれでも彼は街であれ山であれ、彼方此方を歩き回る事が好きだった。

 トレッキングシューズを履き、頑丈なカーゴパンツを履いて、上には寒暖差を考慮して厚手のパーカー。

 荷物その他を詰め込んだリュックサックに、赤毛のざんばら髪に被る灰色のアーミーキャップ。

 スマートフォンの充電は満タン。モバイルバッテリーも満タン。準備も万端。

 自転車、そして電車と乗り継いで向かう目的地。

 その車内で、龍成が見ていたのはお気に入りの映画だった。

 もう何度目かもわからないが、それでもついつい観てしまう。

 電車を降りて、そのまま徒歩で向かう山。

 ある程度の整備はされているものの、頂上までの道のりは決して簡単なものではない。

 

 話は変わるが、龍成が足を踏み入れた山はその昔、天狗伝説があったと語り継がれる場所だったりする。

 音に聞こえる大天狗。その荒鷲の翼を持って大風を巻き起こし、神通力を持って天変地異を齎した、と。

 最早神にでも匹敵するのではないかとされた自然の化身。そんな存在が、まことしやかに囁かれるそんな土地。

 もっとも、そんな物は今は昔(幻想)の事。そもそも、そんな超常存在が実在していたと信じる者は現代日本には居ないだろう。

 かくいう、龍成もその一人。

 あくまでも天狗伝説は、伝説(創作物)に過ぎないのだ。

 

 木漏れ日の山道を歩きながら、ふと龍成は辺りを見渡した。

 人々の喧騒は遠く。鼓膜を揺らすのは梢が風に揺れて擦れ合う音や、鳥の囀り。

 

「…………ん?」

 

 不意に、視界の端に何かが過って龍成は首を動かした。

 だが、それが何だったのか分からない。体ごと回って追いかけてみたが、結局追い付くことなくその視界にハッキリと捉える事は出来なかったからだ。

 気にはかかるが、少なくとも飛んでいた為にクマなどではないだろう。龍成はそう結論付けて再び山道を歩き始めた。

 初夏と言われる時期だが、風が弱く日差しが強い為に汗ばむ。

 キンキンに冷えたお茶を入れた水筒に口をつけてから、龍成は額に浮かんだ汗をパーカーの裾で拭った。

 

 だから、その行動に特別な意図があった訳ではない。

 

 偶々、視界の端に打ち捨てられた祠の様なものが見えたのだ。

 急ぐ旅路でもなく、何なら今日頂上に辿り着かなくても龍成は気にしない。

 故に、興味の引かれた方へと道を外れた。

 整備もされていない半ば獣道の様になった崩れた石段を登り、辿り着いた祠。

 

「腐ってる、か。まあ、当然かぁ」

 

 指で、僅かに押せばパラパラと乾いた木くずが零れ落ちてくる。

 半開きの扉。その中身を覗いてみようと腰をかがめ、

 

「――――え」

 

 瞬間、龍成は物凄い力で後方から一気に押される事になる。

 当然ながら、前へ通されれば前屈みになろうとしていた体は崩れかけの祠へと吹っ飛ばされることになった。

 ぶつかる、咄嗟に目を強く瞑った龍成。

 だが、彼を襲ったのは祠を粉砕するような衝撃やその下の石材による段差へとぶつかる衝撃ではなく、斜面をゴロゴロと転がるというものだった。

 何が何だかわからない。目を閉じたままに頭を庇いながら龍成は転がり落ちていく。

 やがて、その体は太い樹の幹へと叩きつけられるようにして止まった。

 

「ゲホッ!!~~~~~ッ!な、何が…………」

 

 不幸中の幸いか、酷い怪我はない。精々が両手に擦り傷が出来て、ほおがひりひりとするぐらい。山へと登るという事で、色々と頑丈な服を着ていた事が功を奏した。

 とはいえ斜面を転がり落ちたのだ。服の上から打撲はしているらしく、起き上がろうとした体はズキズキと痛んだ。

 

「イツツ…………」

 

 痛む腕を抑えながら、辺りを見渡す。

 山中である事は変わっていない。ただ、どれ程落ちたのか方向が分からなくなってしまっていた。

 

「とりあえず、自分の位置を知らないと………」

 

 こういう場合、無駄に動いてはいけない。そう判断して、龍成は自身がぶつかって止まった木の幹を背凭れ代わりにその場に座り込んでリュックサックからスマートフォンを取り出した。

 画面をつけ、そして、

 

「…………は?」

 

 本来ならば通信状態を示す棒が立っている場所にあるのは、圏外の文字。

 今の通信技術で圏外を叩きだす場所などそう多くはないだろう。それこそ、完全に人里離れ開発もされていない様な山中などか。

 転がり落ちた結果壊れてしまったのか、とも龍成は考えたが機内モードでも扱える機能には不備が無かった為にその可能性も低い。

 途方に暮れるとは、正にこの事。

 

「ッ……!」

 

 不意に、龍成の耳が歯のこすれ合う音を拾う。

 同時に彼が座り込む場所から斜め上。これまた太い木の枝の上に、何かが降り立った。

 

「ほう、生きていたか。軟弱な人間の割には頑丈なのか……或いは、単に運が良いだけか」

 

 唖然。スマホが使い物にならなくなったのとは違う、驚愕。

 

「て……天狗………?」

 

 龍成の前に現れたのは、おとぎ話の産物である筈の存在。

 一本歯の高下駄に修験道の山伏装束。その背には、荒鷲の翼を背負い手には錫杖、頭の上には兜巾。

 赤ら顔に、高すぎる鼻。

 

 昔話に出てくる大天狗が、そこには居た。

 

 天狗は龍成の呟きが聞こえたのか、左手で顎を撫でた。

 

「ほう、儂を知っておるのか…………ああ、そうであったな。儂らの存在は、人間共の中では御伽噺として伝わっているのだったか。くっく……全くもって、()()()()()

 

 ぎょろりとした血走った目が、人間(龍成)を見下ろす。そこに宿るのは、尋常ではない傲慢さと自身よりも程度の劣る人間という種族に対する侮蔑。

 ゾッとした。少なくとも、龍成はその背に走る悪寒に体が竦むのを感じた。

 しかし、大天狗にとっては手慰み以上の意味を見出せる者ではない。

 

「まあ、良い。体解しの的にはなる」

「ッ!」

 

 瞬間、龍成はその場から転がり出るようにして遮二無二飛び出した。間髪入れず、巨木がまるでマッチ棒のようにへし折れる。

 崩れ落ちていく巨木に目を細め、大天狗は大きく息を吐き出した。

 

「はぁ~~~、この程度か。儂も、随分と衰えたものだ」

 

 文明の利器にも勝るであろう力を片手間に、大天狗は己の弱体化を嘆いていた。

 妖怪というのは、精神に重きを置いた存在だ。肉体的な強度は、人間含めた動植物とは比べ物にならず、後者の致命傷であっても普通に生存できる。

 しかし、その一方で精神的に殺されれば滅ぼされてしまう。

 そして妖怪の力の源は、“畏れ”

 恐怖、畏怖、兎に角人間に恐れられる存在である事こそが妖怪の存在証明。

 大天狗は、現代社会においてはおとぎ話の産物だ。その御伽噺にしても歳を重ねた人間は知らない者も居た。

 結果、その力は大きく落ち込み、消滅の危機にすらあった。

 

 しかし、逃げる龍成にとっては関係ない。

 リュックサックの追い紐を必死に握りながら、転びそうな身体を無理矢理に支えつつ斜面を駆ける。

 如何に大天狗が消滅寸前に弱っていようとも、その力は人間一人殺して余りある。

 生存本能大爆発である。文字通り必死に逃げる。

 

「っくっくっく……窮鼠となろうと、儂の的である事には変わらんなァ?」

 

 ジロリ、と血走った目が斜面を駆け下りていく少年を睨む。

 その焦点が捉えた地点がまるで雑巾絞りでもされたかのように捻り潰された。

 神通力だ。その破壊力は、巨岩であろうとも豆腐にように圧壊させるほど。

 

 龍成が逃れられたのは、偶然だ。偶々突き出た木の根に足を引っ掛けて前へと飛び出すようにしてスっ転び、結果神通力の効果範囲より逃れた。

 再び斜面を転がり落ちた龍成。だが、今は痛みを理由に止まっていられない。回転が緩んだ瞬間に無様であろうとも立ち上がり、再び駆ける。

 その頭部からは血が流れていた。一度目とは違って、二度目の斜面転がりは小さくない傷を彼に作っていた。

 

「死ぬ……こ、殺される…………!」

 

 傷の痛みと死への恐怖。彼の足を止めさせなかったのは、後者。

 だが、如何に斜面の傾斜がそこまできつく無かろうとも、何処まで逃げれば良いのか分からない命がけの追いかけっこは精神を鑢掛けの様に削っていく。

 そんな追いかけっこを止めたのは、第三者。

 

「止まれ!!この妖怪の山で暴れるとは、どういう了見だ!!」

 

 駆ける龍成の進行方向。

 そこに飛び込んできたのは一人の少女だった。

 左手には文字をあしらった盾を。右手には、刀身の厚く太い大刀を。

 真っ白な髪に、頭頂部には真っ赤な兜巾。その兜巾を挟むように生えた一対のケモミミ。

 白い装束に、裾の赤くなった黒いスカートを着たケモミミ少女だ。

 剣呑な表情だ。その手に握る刀も相まって向かっていくには、恐ろしい相手だろう。

 もっとも、この状況でなければ、の話だが。

 

「ッ、ごめん!!」

「何を――――」

 

 言って、と少女が言い切る前に彼女の腹部へと龍成のタックルが決まっていた。

 逃げるための暴行、ではない。

 何故なら、龍成が少女を巻き込んで前へと飛んだ瞬間、彼らが先程まで居た地点が雑巾絞りの様に神通力によって絞り潰されていたのだから。

 三度目の斜面転がり。違いは、龍成が意図的に少女を庇うようにして斜面を滑り落ちた事だろうか。

 激痛。先程以上に酷い落ち方をした。

 それでも、立ち上がらなければならない。

 

「立っ……て……!」

 

 巻き込んでしまった少女を引き上げようと腕に力を入れ、そして左肩に激痛が走って持ち上がらない事に龍成は気付いた。

 

「な、何が……」

「立って……!次が来る……!ッ、アイツの変な力が来る前には、()()()()()()()……!」

 

 無理矢理に立たせようとして、しかし鼓膜に走った無音に遮二無二少女を巻き込んで、龍成は跳んだ。

 彼の把握した通り、二人が先程まで転がっていた地点が絞られた。

 

「づぅぅぅ……!!」

 

 激痛。それも仕方がない。今の龍成の左肩は外れてしまっているのだから。

 

 二度も命を救われた。混乱から帰ってきた少女、犬走椛はその事実を漸く把握した。

 彼女は、白狼天狗と呼ばれる種族でその主な役割は哨戒や伝令など。椛の場合はその身に宿した能力である千里眼と、それから白狼天狗の中では優れた実力を持つため下っ端天狗のまとめ役の様な側面がある。

 今回も、彼女たち天狗の領域である妖怪の山で起きた騒動を鎮圧せんと乗り込んだのだ。

 

「ほぉう?白狼天狗か」

 

 仕留め損なった大天狗は、荒鷲の翼を翻して二人を見降ろせる枝の上へと飛び乗った。

 

「……何者ですか」

「口を慎め、白狼天狗。貴様の様な雑兵、捻り潰す事なぞ容易いのだからな」

「ッ………」

 

 大天狗の言葉に、椛は奥歯を強く噛む。

 彼女自身、自分の力を把握している。その上で、目の前の存在は遥か格上であると理解もしていた。

 それでも、

 

「…………」

 

 チラリと椛は蹲って動けない少年を見やる。

 見た事のない格好だ。そして、人間の身でありながら天狗の領域(妖怪の山)へと深々入り込んでいる事を加味して、彼女はある結論を得る。

 

(外来人……いや、今はそんな事はどうでも良い)

 

 頭を振って、彼女は少年を庇うようにして一歩前へと踏み出し、両手で大刀の柄を握った。

 

(領域の治安維持も大切……しかし、私がこの少年に救われた事もまた事実。てあるならば――――)

 

 人間を、それも外来人を助けるなど上司に何と言われるか分かったものではない。

 それでも椛は退くつもりはなかった。少なくとも、自身を助けてくれた少年を置いて尻尾巻いて逃げるような事はしない。

 堅物、生真面目、義理堅い。黒い羽根の上司によく言われる椛の気質。

 

「大天狗であろうと、関係ない!ここは、我々の土地であり、私は哨戒大将の犬走椛だ!これ以上の蛮行は許さない!!」

「ほう?許さない、許さないときたか……っくっく、で?貴様に何ができる」

 

 怒気を露にする椛を、大天狗は嘲笑う。

 弱体化しようとも、妖怪の中でもトップクラスの大天狗と、下っ端天狗の白狼天狗ではその実力は天と地ほどの差がある。同じ天狗であっても月と鼈だ。

 文字通りの、死地。それでも、彼女は覚悟を決めて前へ――――

 

「――――相ッ変わらずの融通の利かない馬鹿犬ですねぇ」

 

 出ようとした瞬間、暴風が椛と龍成の二人を竜巻の様に包み込む。

 突然の状況に、大天狗は目を細めた。

 

「コレは……」

 

 彼が呟く間に、風はパタリと消え二人の姿はその場から消えていた。後に残るのは、渦を巻いて抉れた斜面だけ。

 顎を撫で、大天狗はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「烏天狗の風か。くっく、今逃げ出したところで遅いか早いかの違いでしかないのだがなァ?」

 

 枝の上へと腰を下ろして、大天狗は腰の左側に提げた瓢箪を手に取り中身を飲む。

 

 濃密な酒気を孕んだ息を、大天狗が吐き出していた頃。同じく妖怪の山内ではあるもののかなり離れた沢に椛と龍成の姿はあった。

 そして、二人をここに連れてきた張本人も。

 

「あややや、あの堅物白狼天狗の椛が人間を、それも外来人を助けようとするなんて、驚きですねぇ」

「…………無償の善意じゃありません」

 

 茶化すのは黒髪に赤い兜巾を被った、黒い翼を背負った少女。

 一本歯の高下駄でありながら器用に片足立ちでゆらゆらと揺れつつ、ニヤニヤと椛を見下ろしてくる。

 射命丸文。風を操る烏天狗の少女である。同時に、椛の上司でもあった。

 

 そんな上司の視線など気にも留めず、大刀と盾を傍らに置いた椛は左肩を抑えて蹲る龍成の傍へ。

 

「肩が外れていますね……とりあえず、入れ直しましょう」

「ぐっ……ッ…………出来るなら……」

「痛みます。舌を噛まない様に気を付けて」

 

 行きます、と椛はスリーカウントの後に龍成の肩を押し込んだ。

 鈍い音と激痛。ジンと痛む感触と共に、彼の左腕が動く。

 その様子を見下ろしながら、文は目を細めた。

 

「良いネタにはなりそうですけど、今はあっちの問題が先決でしょうかね」

「ネタ……?」

「あ、私記者をしているのです。“文々。新聞”以後お見知りおきを」

「気にしないでください。三流ゴシップ記者ですから」

「言ってくれますねぇ。そのゴシップで貴女の立場を悪くする事も出来るんですけど」

「こういう方なんです。それよりも、肩の調子はどうでしょうか?」

「え………っ、まあ、さっきよりは………」

「そうですか。出来れば、治療院に運びたいのですが、貴方は人間で。その上、外来人ですので」

「………さっきも聞きましたけど……その外来人っていうのはいったい?」

 

 龍成の問いは、もっともだろう。もっと気にするべき事もあるのだが。

 彼の問いに、応えたのは文だ。

 

「貴方の様に、ここへと迷い込んだ外の人間の事をそう呼ぶんです」

「外?」

「ええ、外です」

 

 ニヤリ、と文は不敵に微笑み左手の人差し指を立てると宙に円を描いた。

 

「ここは、幻想郷。忘れ去られた者達が、最後に行きつくそんな場所です」

 

 非日常は、突然に襲い来る。

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