幻想乙女と遇の少年 作:クロンデジゾイド
「幻想郷?」
沢の流れる音の中で、光井龍成は首を傾げた。その反応は、射命丸文にとっては想定の内。
「詳しい話は、後にしましょう。今は、この山への侵入者をどうにかせねば」
「……あの男は、何者なんですか?大天狗、でしたが」
「さて…………ですが、時間が無い事だけは確かですね」
犬走椛の問いを適当に流してから、文は思考を回す。
ここ妖怪の山は、天狗の領域だ。人間は愚か、そこらの野良妖怪もおいそれとは立ち入る事の出来ない領域。
これは天狗が妖怪には珍しく独自の社会を形成し、その形成された社会が排他的であるからだろう。
同時に、閉じた社会は排他的であると同時に隠蔽体質も持ち合わせる。
「上は、動かないでしょうねぇ。その代わり、私に討伐の任が来そうです」
「
「貴女は大人しくしていなさい、椛。ハッキリ言って、邪魔です」
ぴしゃり、と厳しく言う文。だが、実際に椛は大天狗に対して力不足であった。
そもそも、
(私も、真正面で勝てるかどうか)
懸念はそこ。
文自身も相当強いが、件の大天狗は弱体化していてもまだ強い。それこそ、普段は欠片も見せない本気を出しても敵うのかどうか。
しかし、そんな懸念はおくびにも出さない。
やらねばならないのだ。そこに、彼女の意思は必要ない。それが組織に身を置く者のどうしようもない現実だった。
「とにかく、私は行きます。恐らく山は暫く封鎖されるでしょう」
そう言って、文は背の翼を広げると次の瞬間風と共にその場からか掻き消えるように飛び去って行く。
最早見えない上司の背中。
彼女の飛び去ったであろう方向を見ながら、椛は拳を握っていた。
だが、そのまま立ち尽くしている訳にもいかない。彼女は彼女でやる事がある。
大刀を拾い上げて腰の後ろに提げた鞘へと納めて盾と一緒に背負い直す。
「立てますか?」
「あ、うん…………」
「混乱されてますね。ですが、ここに居ても事態は好転しません。知り合いの家へと向かいます。そこで、貴方の治療をしましょう」
「………良いの?」
「良い、とは?」
「その……君が俺を助ける理由なんて、ないし…………」
「私は、貴方に二度命を救われました」
ふらつきながらも立ち上がった龍成の右側に回って肩を貸しつつ支え、椛は前を見る。
「救われた恩義には報います」
「…………」
凛とした表情で前を見る椛の顔を斜め下から見上げるような形になり、龍成は呆ける。
彼は気付かない。
その証明が行われるのは、もう間もなく。
@
風と共に空を行く。明晰な頭脳を回して、射命丸文は空を切っていた。
彼女の種族は、烏天狗。その中でも、文の速度は天狗一、いや幻想郷一といっても過言ではない。
純粋な妖怪としての地力と風を操る程度の能力を合わせる事で圧倒的な速度を体現していた。
(面倒な事をしてくれますね。内々で処理する。そしてその為に情報封鎖に人員を回すためにこちらは少数で事に当たり、オマケに上は出てこないときた。やれやれ、保守派のお爺ちゃん達には困ったものです)
偏屈に屋敷に籠っている老人たちの姿を思い出しながら、文は内心で毒を吐く。
上層部に仕事を任されている時点で、彼女の実力の高さを表しているのだが、そこは天狗。力の圧倒的な誇示よりも搦手を好む彼女らが正真正銘の全力全開で相手に挑む事は無い。
これは、文が特別なのではなく元々保守的な気質である天狗ならでは。要は、保険を掛ける性質から。
話は変わるが、高い速度を発揮する存在は、生物、無機物、人外問わずに感覚器官が優れている。
視力に依存する場合は、その動体視力。人間の利器でいう所のハイスピードカメラがその目に埋め込まれているに等しい。
ここに飛行という三次元的な空間把握能力を必要とする性質が組み合わさり、空の妖怪としての地位を天狗は確立していた。
そして、文はその優れた目と感覚器官は超一流。
故に、その攻撃も躱す事が出来た。
「ッ……あやや、不意打ちしたかったんですけどねぇ」
間一髪、頭を吹き飛ばす様な軌道だった迫りくる妖力弾を躱して、文は空中へと留まった。
彼女の前に、風と共に現れるのは荒鷲の翼を大きく広げた大天狗。
「っくっく、戻ったのは貴様だけか烏天狗よ」
「おやおや、白狼天狗の方をご所望でしたか?随分と力を持つ割には……ねぇ?」
「ふっ、挑発のつもりかもしれんが、コレは儂の流儀だ」
文の言葉を鼻で笑い、大天狗は鷲の羽根を束ねた大団扇を右手に握ると肩と同じ高さまで体の横へと持ち上げた。
「儂の前に立つのならば、例え小ネズミの一匹であろうとも殺す。それだけよ」
その言葉と共に、大天狗からはゾワリとうなじの毛を逆立たせるおどろおどろしい雰囲気が放出される。
外の世界ではどうあれ、ここは幻想郷。妖怪への畏れは十分に存在する。
それが大妖怪の一種である大天狗ならば猶の事。
「っくっく、実に調子が良い。全盛にはまだまだ届かんがそれも時間の問題か」
「っ……」
不味い、文の内心はその言葉に染まる。
今はまだ問題ない。凄まじい妖気だが、それでも
しかし、その力関係もずっとは続かない。大天狗は全盛ではない、と自分で言っているのだから。裏を返せば、ここから先も力が増し続けるという事。
ただでさえ、今の状態でも一撃で倒すのは難しいというのに時間制限まで存在するなどクソゲーである。
「ハァー…………」
己の引いた貧乏くじにため息が止まらない。それでもやらねばならないのが組織人の辛い所。
椛の葉のような団扇を手に、文は戦いへと臨む。
@
鼻につくニオイ。それは、つい先ほどまで使っていた消毒液のニオイだ。
「うんうん、まあこんなもんじゃない?人の手当てもしない訳じゃないし」
そういうのは、青い髪に緑色のキャップを被った少女。
河城にとり。種族は、河童である。
彼女が声を掛けるのは、突貫工事で出来上がった寝台に転がされた龍成だ。
彼の身体にはいたるところに包帯や、ガーゼが当てられて、頬には絆創膏が貼られていた。左肩にも、河童特製の軟膏が塗りたくられた貼り薬が貼られている。
ここは、にとりの工房兼住宅。川の近くで外から見つかりにくい場所にある。
「あー、河城さん?」
「ん?何だい、盟友」
「(盟友?)あの、手当……ありがとう」
「気にする事無いよ。ちゃんと報酬もあったしね」
寝台に寝そべったまま礼を言う龍成に、にとりは手を振った。
そして見せるのは元々龍成の持っていたモバイルバッテリーだ。
治療の為の対価。ここへと連れてきた椛は、もともとにとりと知り合いであるし、風呂を借りる程度ならば何の問題もない。
だが、龍成は違う。彼は外来人、幻想郷の外から来た存在だ。にとりの知り合いでもない。そもそも、助ける筋合いも無い。
一応、友人である椛の願いだ。二つ返事で断ったりはしない。しないが、その上で対価を求めた。
最初に興味を持たれたのは、スマホだった。だが、コレは龍成としても必需品の一つ。おいそれと手放す訳にはいかない。
という訳で、妥協点として渡したのがモバイルバッテリーだった。
「それにしても、災難だね盟友。ま、ごたごたが終われば山を出て巫女の所に行けばいいよ」
「巫女?」
「そうそう。博麗の巫女の所。おっかないって話だけど、まあ外来人にまで暴力は振るわないでしょ」
そんな希望的観測と共に、にとりは笑う。
彼女含め、幻想郷の河童というのはエンジニアだ。未知の知識や技術に興味津々。特に、外来の発明品は壊れていても彼女らにとってインスピレーションを掻き立てる代物だった。
そこから2,3質問するにとりへと分かる事を答える龍成。
程々の時間が経った頃、椛が戻ってきた。
「お風呂ありがとう、にとり」
「気にしなくて良いよー。それより、ボイラーの調子はどうだった?実は、ついこの間改良したばかりでさ」
「前のが分からないわ。それよりも、彼への処置は終わったの?」
「バッチリ。珍しいものくれたから、私ら秘伝の塗り薬も御開帳だよ」
「へぇ……河童の塗り薬を」
椛が驚くのも無理はない。
妖怪は、秘宝と呼ばれる名の通り宝を有する場合がある。そしてこの特性は、一人一種族ではなく集団を形成するタイプの妖怪に顕著だ。
これは、集団を形成する事により個人だけでは成し遂げられない一品を造り出せる可能性が高いため。
河童の秘薬もその一つ。彼らの器用さを大いに利用した確かな効力のある秘宝だ。
にとりの使った貼り薬の話を聞いて、龍成は天井を見上げながら息を吐いた。
そんな凄いものを使ってくれたのか、と。三千円弱のモバイルバッテリーで釣り合うのか、と。
実際、効き目は凄い。嵌め直したが、じりじりとした痛みを訴えてきていた左肩が今は何の痛みも違和感もない。
痛みが薄れたことで、他へと意識を向ける余裕が出来た。そこで、龍成はとあることに気付く。
それは、上着であるパーカーについている右ポケット。
(何か、入れたっけ?)
龍成には、覚えがない。登山の際には、ポケットに何かを入れておくのは危ないと何処かで聞いた覚えがあったから。
試しに漁って、そして見つけた。
「……?」
それは五センチほど細長い、黒い石のようなもの。
右手の人差し指と親指で摘まんで天井に揺れる電球に翳せば、妙な気配。
龍成に様子に気が付いたのは、にとり。椛へのボイラーの調子を尋ねる事を止めて首を傾げた。
「おや?盟友、何だいそれ」
「さあ……?山の斜面を散々転がったから、その時に紛れ込んだ…と思うんだけど」
「へぇ?見ても良いかい?」
にとりに言われ、龍成はその黒い石のようなモノを彼女へと差し出した。
差し出された掌へと黒い石のようなモノが乗せられ、
「熱っ!?」
にとりの手が放り投げられ、黒い石は宙を舞うと目を丸くする龍成の頭の上へと落ちてきた。
涙目になり、にとりは何度も黒い石の触れた掌へと息を吹きかける。
「ふぅーっ!ふぅーっ!あー!熱かったァ!め、盟友はなんでそんなに平気な訳!?」
「平気って……別に、熱くもなんともないけど………」
頭から落ちてきた黒い石を指でつまみ取り、龍成は首を傾げる。
実際、熱さは感じない。敢えて違和感を上げるならば、何故だか自分のモノだ、と思ってしまう事位。
騒ぐにとりに、自身の能力で外を見ていた椛が眉根を寄せた。
「何騒いでるの」
「椛!椛も盟友からあの石受け取ってみてよ!」
騒ぐにとり。
このまま放置していてもまず間違いなくにとりが騒がしくて状況に集中できないであろうから。
「それで?石っていうのは?」
「アレだよ!あの黒い奴!盟友の手に、乗ってるの!」
肩をがくがくと揺らして喚くにとりに、更に眉間の皺を深くしながら椛は龍成の摘まんだ黒い石へと手を差しだした。
「よろしいですか?」
「あ、うん……」
先程のにとりの反応を見ていた為に少々躊躇する龍成だが、少し黒い石の持ち方を変えてから椛へと差し出した。
先程の様に投げ飛ばされないように、縦で摘まむのではなく、横から摘まんで黒い石の先端をほんの少しだけ差し出された掌へと触れさせる。
「ッ!」
黒い石の先端が触れた瞬間、椛が感じたのは灼熱だった。
まるで焼けた岩をそのまま掌に押し付けられたかのような熱さ。
彼女が目を見開いた瞬間、龍成は黒い石を引っ込めていた。椛の掌にも火傷痕などは見受けられない。
それでも確かに感じた熱さに、掌を擦りながら椛はとある仮説を抱いた。
「……それが、光井さんの能力なのでは?」
「能力?」
「はい。私の場合は、千里先を見通す程度の能力。要は、千里眼です。にとりは――――」
「私は、水を操る程度の能力かなぁ。といっても、私限定のモノじゃなくて、河童なら使える能力なんだけど」
「へぇ……」
二人に言われ、龍成は掌に転がした黒い石へと視線を落とした。
見るからに、ただの黒い石だ。そして、椛たちのように触れても何ら問題はない。
「…………」
不意に、龍成は掌に置いて見つめていた黒い石を思いっきり握りしめた。
何故そんな事をしようと思ったのかと問われれば、何となく。その行動には意味を求めても生産性はない。
ただ、人間もとい生物というのは本能的な部分で物事の本質を見抜く感覚というものを大なり小なり持ち得ていたりする。
人によって、ソレは直観や第六感と勘と呼称されるもの。場合によっては、神託や予言とも。
龍成の握力は、一般的な男子高校生のソレを出る事は無い。平均的なモノ。炭の塊などならば未だしも、石を握り砕く事など出来る筈もない。
彼が奇行を始めると同時に、椛は再び千里眼による戦況チェック。にとりは受け取ったモバイルバッテリーの解析を始めていた。
最早、彼らは外野。超常の戦闘には乱入できない、
――――筈だった。