幻想乙女と遇の少年 作:クロンデジゾイド
(熱い……)
へし折れたはずの首の骨を手を添えて戻しながら、龍成は蒸気をその口より吐き出した。
首だけではない。全身の損傷が
立っているだけだったのが、損傷が無理矢理に修復された事で歩けるようになる。
その右手には、三メートル程の黒い棒。
地面に着いた先端でガリガリと線を引きながら、その足は大天狗へと進んでいく。
「……」
当然、大天狗の視線に晒される。そして視線の焦点が合えば、襲うのは神通力だ。
ぞうきんを絞る様に捻り絞られ殺される一撃。
だが、
「……?邪魔、だ……」
体を絞ろうとした神通力を、異形と化した龍成は腕の一振りで振り払ってみせた。
同時に、そのプラズマを宿した目が大天狗を捉える。
(熱い……)
異形が跳ぶ。先程までの幽鬼のような足取りは何処へやら、天狗もかくやといわんばかりの地面と平行の跳躍。
まさか飛んで来るとは思わない。更に、自身の神通力が弾かれた事に驚いていた大天狗は反応が遅れた。
その赤ら顔を左手で掴まれ、勢いそのままに近くの大木の幹へと叩きつけられたのだ。
「ぐぶぅ……!貴様ァ!!」
吹き荒れる妖力の嵐。離れた龍成の身体。
だが、
「舐めるなよ、小ぞ!?」
その嵐を切り裂くようにして、黒い棒が力任せに振り下ろされ強かに大天狗の脳天をぶっ叩いていた。
凄まじい一撃は、たった一発で大天狗を這いつくばらせて余りある。
久しく味わう事の無かった土の味。プライドの塊のような大天狗を激させる事は、容易い事だった。
「おぉぉぉぉのれぇぇええええええええええええ!!!!」
激昂と共に、その体は一気に空へと舞いあがっていた。
自身の能力も最大限に発動する圧倒的高度。
横方向への跳躍は驚いたが、それだけ。飛行できるかも怪しいのならば、自身の主戦場を陣取るのが吉。
激昂しながらも、同時に冷静な戦術選択を採った大天狗。
だがしかし、彼が相手にするのは
「何だ…」
彼の鼓膜が音を拾った。風を切り、同時に熱が下方より迫る。
光井龍成は、己の肉体の変化に気付いていない。そもそも、意識自体が安定してないため半ば夢うつつの状態だった。
それでも、変化した肉体は新たな力へと順応する。そこから、その力の扱いも体が理解していく。
今もそうだ。龍成の身体は、纏まった火煙の上に立っておりその状態で空を飛んでいた。
黒煙を尾の様に引きながら、空を飛ぶ。
一直線に向かってくる龍成に、大天狗は荒鷲の羽団扇を掲げた。
形成されるのは、神通力によって象られた巨大な明王。
「この一撃は、空より降る大岩にも勝る!!塵と消えるが良い!!!」
持ち上げられる半透明の明王の右拳。
羽団扇の動きに呼応して、振り下ろされた。
必死絶滅の一撃。これを前に、龍成の身体が選択したのは真正面からの迎撃――――ではない。
如何に強くなったとはいえ、もともと光井龍成の肉体は死に体であったのだ。それを無理矢理に動ける状態にまで引き戻し、死なない程度にまで修復しただけ。
つまり、全くもって万全ではない。
故に、速度を増して振り下ろされた拳へと突っ込むようにしながら、バレルロールの要領で螺旋を描いてすり抜けるように躱した。
明王の拳を躱してすり抜ければ、当然ながら龍成は大天狗の上をとる事になる。
掲げられるのは、右手に握る棒。その先端に小さな炎が灯ったかと思えば、瞬く間にそれは太陽と見紛う程に巨大な火球へとその姿を変えていた。
「――――
それは、純粋な、純粋すぎる火だった。
巨大な業火を前に、大天狗が選んだのは迎撃。背後に立つ神通力の明王による攻撃を見舞う。
だが、その拳が火球へと触れた瞬間、拳が消え去った。
「何だと!?」
まさかの光景。この間にも迫る業火によって明王は消滅していき、大天狗は逃げる瞬間を失う事になる。
「馬鹿な――――」
断末魔も、辞世の句許されない。
火球に触れた瞬間、大天狗の千年を超える歴史は幕を閉じたのだから。そこに、抗うだとか吹き飛ばすだとか、一切の抵抗を許される事は無かった。
肉体は愚か、魂から焼き尽されて消滅した大天狗。同時に、それでもその威力余りあった筈の火球もまた急速に萎んで消え去る。
そして、限界を超えた少年の身体もまた、力なく墜ちる事になる。
@
「面白い子が、やって来たわね」
そこは、酷く不気味な空間だった。
幾つもの赤い瞳が浮かび、上下左右も分からない場所。
そんな場所で、金髪の白い帽子をかぶり、ひらひらとした中華風のドレスを纏った美少女は口元を扇で隠しつつその金紫の瞳を細める。
「偶然も、こうも重なれば恐ろしいもの。あの天狗も、いい具合に役に立ってくれたわ」
彼女にとってみれば、今回乗り込んできた大天狗
しかし、そうしなかったのは件の大天狗と共にこの箱庭へとやって来た存在に興味が湧いたから。
ただの人間であったが、数多の偶然が重なり、結果として誕生した存在。人間でありながら怪物としての形質も残す異形。
本来ならば、幻想郷において人間が妖怪へと変ずる事は禁じられている。
だが、その人間は外来人だ。ルールの適用をするならば、グレーゾーン。
オマケに、完全な怪物ではなく、あくまでもその本質は人間のまま。ルールに当てはめても特に問題はないだろう。
「幻想郷は、全てを受け入れますわ。それは、それは、残酷な事」
コロコロと鈴が転がる様な笑い声が響く。
超常存在にとっては、全てが些事。暇つぶしにしかならないのだ。
@
意識が浮上する。まるで引き上げられるようにして、暗い水底から持ち上げられた意識の下、光井龍成はゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界が徐々にピントを合わせていき、最初に映ったのは見覚えのない木目の天井だった。
同時に、嗅覚を刺激するのは
「ここは……っ、ゲホッ!エホッ!」
思わずつぶやけば、乾燥して張り付いた喉のせいで咳が出た。
苦しいものだが、その音は周りに彼の目覚めを報せてくれる。
「おや、お目覚めですか?」
「…………射命丸、さん………ゲホッ」
「ああ、ああ。まずは水をどうぞ」
水差しを差し出して、文は龍成の喉を潤していく。
横になったままだが、どうにかこうにか咳は収まった。
一息ついて、龍成は疑問を口にする。
「あの……犬走さんは?」
「…………まずは、ご自身の状況を気にするものでは?まあ、良いんですけど。椛は、今頃哨戒の任務で山を駆け回っているのでは?」
「え……大怪我だったよね。大丈夫な訳?」
「勿論。私たちは妖怪ですよ?肉体的な怪我は、欠損などであっても失った部位があればすぐに引っ付けることも出来ますし、大抵の事では死にません。何より、既に
「に、二週間……?」
思いもしないその言葉に、龍成の目が点になる。
少年の反応は織り込み済みだったのか、文は座椅子の背凭れへと身体を預けてスッと目を細めて龍成を見下ろす。
「ここは天狗の治療院の中でも、最奥にある秘密部屋です。主に使用するのは、要人であったり、表沙汰に出来ない様な者。今の貴方の様に」
「俺が……?」
「ええ。あの外来の大天狗は、それほどまでに我々天狗に対する厄介な相手だったんですから」
横になったまま、龍成は首を傾げる。
彼の最期の記憶は、大天狗に殺された所。そして、夢うつつの中で覚えた圧倒的な熱さ。
そもそも、
「俺が……あの天狗を?」
「ええ、覚えていませんか?」
「…………全く」
自身の口に出しても実感がわかない。
龍成もこの幻想郷に存在する“程度の能力”というものの触り位は知った。その上で、自分にはそんな特別な力など無い事も理解していた。
にも拘らず、自分が化物の様に強かった大天狗を倒した。そう言われても、はいそうですか、と鵜呑みには出来ない。
しかし、文とて嘘を吐いている訳ではない。というか、彼女がここに居るのは見舞いというのもあるが、同時に
文が思い出すのは、異形と化した龍成の姿。ただそこに居るだけでも活火山の火口を覗き込んだかのような熱さと力強さを覚えた圧倒的暴力の化身。そして、一瞬で大天狗を消し飛ばした圧倒的な火力。
保守的な者が多い天狗たちもまた、その光景を目撃したものは多く。同時に、危険因子である少年を排除しようという意見も出た。
これに待ったをかけたのが、天狗たちのトップである天魔とそして最低限の治療を受けて復帰した射命丸文だ。
二人の言い分は、その少年を果たして本当に消す事が出来るのかどうか、というもの。
もし仮に消し損じて、大天狗を消し飛ばした時のような力を発揮されればまず間違いなく妖怪の山の一部が消し飛ぶ。天狗たちにも小さくない被害が出るだろう。
保守派の大半は、戦闘行為を得意としていないジジババの集まり。歳喰って発言力が高いだけのある種の穀潰しが殆ど。
ただ、彼らがそれでも生き残れたのは、自己保身に優れていたから。即ち、徹底的にリスクを避けた上で最大級のリターンを搾り取って来たから。
天魔たちが突いたのは、そこだ。即ち、もし仮に少年の暴走が起きた際にはお前たちを守る余裕はないぞ、と言外に伝えたのだ。そしてこの言葉の裏を読み取れない彼らではない。
排除が無理となれば、次の手段は懐柔。即ち、天狗に敵対しない様に恩を売るというもの。
以上の事を、文は特別隠す事無く語る。
情報を制限する事は確かに大切だが、ソレは時と場合による。その事を、ジャーナリストである文はよく知っていた。
何より、少し言葉を交わしただけだがこの少年は善性である、とも文は思っていた。でなければ、少し話しただけの自分を文字通り命懸けで救ったりしないだろう、と。
「ま、安心してください。治療費は請求しませんから」
「………因みに、俺はどんなケガを?」
「え?……全身の骨という骨に亀裂。内臓各種は機能できる限界ギリギリの状態。腹腔に溜まった血を吐き出させるために瀉血をした、位ですかね」
「…………よく死んでないな、俺」
いえ、死んでましたよ。そんな喉元までせり上がってきた言葉を文は飲み込む。
木に凭れていた状態で、それでも文は気絶してはいなかった。かなりのダメージだったが、それでも致命傷ではなかったのだから。
その状態で見たのは、逃げ回る龍成とその体へと神通力によって形成された拳が殺到しぐちゃぐちゃに叩き潰される姿。
ハッキリ言って、五体が胴体と繋がったままであった事が最早奇跡であったのだ。
(あの黒い石?のようなモノが彼に力を与えた、という事でしょうねぇ)
気になる事は山の様。ただ、その中身を問うのはもう少し先の話。
部屋に通じる襖の向こうから足音が近づいてくる。
「失礼します」
入ってきたのは、白い犬耳を揺らした椛だ。
「犬走さん」
「お目覚めでしたか。良かった」
畳を歩いて、文の対面へと姿勢正しく折り目正しく、椛は腰を下ろした。
その表情には、安堵の感情が見て取れる。
(随分と懐いちゃって、まあ………特ダネですね!)
内心でニンマリとしながら、ソレはおくびにも出さず文は目の前の光景を頭の中のメモ帳に記していく。
上司がそんな事を考えているとは露ほども知らない。そもそも、自分が今どんな表情をしているかも分かっていない椛が気にするのは、少年の事。
「お加減は如何ですか?」
「え……あ、良好かな。痛む所もないし……強いて挙げれば身体に熱がこもってるような気がするぐらいで」
「成程……文様」
「はいはい、何ですか?」
「彼を連れ出す事は出来ますか?」
「ふむ……そうですね。今から医官に診せて、何の問題も無ければ大丈夫ではないでしょうか」
「分かりました」
頷き、椛はスッと立ち上がると音もなく部屋の出入り口である襖へ。
そのまま出て行ってしまう。
その生真面目な背中を見送って、文はニヤニヤとした笑みを状況についていけていない龍成へと向けた。
「いやー、愛されてますねぇ」
「へぇ?」
「何ですかその間抜けな声。あ、これからは龍成さんとお呼びしますね」
「え、あ、うん……」
龍成の頭の上には?が幾つも浮かぶ。
体調は悪くないが、頭の理解が追いつかない。
ただ、悪い事ではない。寧ろ、散々な幻想郷入りを果たして、ようやく一息を付けた。
そんな一幕だった。