幻想乙女と遇の少年   作:クロンデジゾイド

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 大天狗の一件から、光井龍成は眠り続けて二週間。それから、療養と並びに自分の力の把握のために一週間ほどの時間が経過していた。

 

「お世話になりました」

「いえ、お気になさらず。怪我人を治療する事こそが、治療院の本懐ですので」

 

 絶対零度の様に凍った表情の女性医官は、淡々とそんな事を言う。

 冷たい物言いだが、彼女の治療の腕は本物、オマケに、種族に対する差別も一切なく、妖怪も人間も神であろうとも治療を必要とすれば例え殴り倒してでも治療を施す女傑であった。

 改めて頭を下げてから、龍成は治療院の出入り口へと向かう。

 彼の格好は、最初に幻想郷へとやって来た時の登山の格好。

 血で汚れていたのだが綺麗に洗われて、解れも繕われている。因みに、荷物はにとりの自宅に預けっぱなし。龍成が目覚めた翌日に水浴びついでに彼女の元を訪れて荷物を置かせてもらえるように頼んでいたのだ。

 ガラス戸を開けて、暖簾をくぐった龍成。彼を出迎えたのは、椛である。

 

「いよいよ退院ですね。こちら、龍成さんの荷物です」

「ありがとう、椛」

 

 差し出されたリュックサックを受け取り、背負った龍成。

 これから向かうのは、この幻想郷における要と言える場所。

 

「山の出口までは、私がご案内します。そこからは、文様の案内を受けてください」

「うん。ありがとう」

 

 並んで歩きながら、二人の話題は龍成が幻想郷にやって来てからの怒涛の日々。

 

「しっかし、忙しい時間だった………」

「そうですね。ですが、今回の襲来のような事件は早々起きないものなんですよ?」

「そう何度も起きてたら、それこそ天変地異の前触れだと思うんだけど」

 

 未だに、龍成はあの絶望感を目を閉じれば思い出す事が出来る。

 ある程度は戦えるようになったが、それでももう一度相対して戦えと言われれば土下座してでもお断りしたい。そんな相手。

 暗くなる必要もないだろう。話題を変える。

 

「それにしても、一ヶ月弱は居たんだよね。ほぼ寝てたけど」

「そうですね……何か思う事が?」

「いや、それだけの期間行方不明だと、失踪届けでも出てそうで………」

「成程。外の世界では、そのようなものが……幻想郷では、無縁の届け出ですね」

「Oh、カルチャーショック……」

 

 幻想郷で一ヶ月弱も人間が行方不明となれば、ほぼ間違いなく死んでいる。大抵は災害か野生動物、妖怪に襲われてお陀仏だ。

 それが、この狭くとも広い箱庭の日常だった。

 それからも幾つも話をした。

 妖怪の山の名所であったり、四季の移り変わりであったり。にとりとの将棋や、天狗内で読まれている新聞などなど。

 一週間程度の滞在では、触れられる範囲もたかが知れている。おいそれと来れる場所でもなく、少し名残惜しい。龍成は、そんな事を頭の片隅に思い浮かべていた。

 そして、

 

「ここまでです」

 

 椛の足が止まり、龍成の足は彼女の二歩先で止まった。

 振り返る。

 

「本当に、お世話になったよ。ありがとう、椛」

「いいえ。私は、義理を果たしただけですから…………恩人としても……友人と、しても」

 

 妖怪の一生からすれば、瞬きのような時間。それでも、確かな繋がりがここにはある。

 惜しいと思えるような、そんな繋がりが。

 名残惜しい。しかし、惜しいからといってこの場に居続ければ未練がただただ募っていくだけだ。

 だからこそ、年長者として、そして見送る側である椛が動く。

 

「…………では、龍成さん。私はこれで失礼します」

「あ、うん……それじゃあ」

 

 言葉は短く、不明瞭に。

 椛は哨戒へと飛び立ち。龍成はその背を見送った。

 ただそれだけ。非常に淡白な別れだ。

 入れ替わる様にして、旋風が龍成の隣に降り立った。

 

「あややや、もーっと熱烈な別れを期待したんですがねぇ。接吻の一つもしてしまうのかと」

「………ハァ、文さん本当にマスコミ体質だよね。後、俺と椛はそんな仲じゃないから」

「いやいや、あの堅物白狼天狗がここまで甲斐甲斐しく人間の世話をする事なんてありませんよ。これはもう、婚姻報告まで記事にしても良いぐらいですね!」

「ハァー…………」

 

 先程までのしっとりした雰囲気は何処へやら。深い溜息と共に、龍成はため息を吐くと眉間を揉んだ。

 同時に彼の足元に、黒々とした火煙が集まってきた。

 その上に足を掛ける龍成。火煙は、足を突き通させる事無く確りと支えると、少年を乗せて浮かび上がった。

 ゆっくりと上昇していく龍成の後を、これまた文がゆっくりと付いてくる。

 

「相変わらず、器用な飛び方ですね。身一つの方が都合が良いと思いますけど」

「いや、普通人は飛べないからね?そりゃあ、椛や文さんは飛んでるけど、妖怪だし………」

「ですが、これから向かう博麗神社の巫女は人の身一つで飛んでいますよ?そういう能力という事にもなっていますが」

「本当に、凄い世界だよ……」

 

 徐々にスピードを増しながら、二人並んで空の旅。

 その旅路は、酷く短いものとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷東端。幻想郷と外の世界を隔てた博麗大結界の境目に存在するこの神社は、この箱庭を維持するための重要な拠点でもあった。

 とはいえ、実のところその知名度はそこまで高くはない。

 これは単純に、この博麗神社を運営する巫女の広報努力不足。当人も、必要性を感じていないせいで放置気味だった。

 そんな、紅白の巫女服に頭の赤いリボンが印象的な黒髪の少女、博麗霊夢は一人本殿の縁側で湯呑を啜りつつ煎餅を傍らに日向ぼっこに勤しんでいた。

 

「はぁ……やっぱり、霖之助さんの所の茶葉は良いの使ってるわよねぇ」

 

 強奪した古道具屋の茶葉で淹れたお茶。罪悪感はカスほども無い。

 面倒くさがりでズボラな所がある彼女。基本的には神社でのんびりしており、出歩く時は大抵妖怪退治の場合が多かった。

 山も谷も無い様な平坦な日常。それこそが、博麗霊夢の望みであった。

 もっとも、

 

「…………誰か来たわね」

 

 彼女の勘が来訪者を告げる。

 神社の正面から縁側は死角だ。霊夢からも誰が来たかは分からないが、それでも居留守位は出来る。

 面倒は御免とそう決めて、

 

「ん?」

 

 ピクリと彼女の耳が反応した。

 先の通り、博麗神社への参拝客は多くない。いや、少ない。いや、皆無。来客はあっても、ソレが賽銭を入れてくれる客ではないのだ。

 だからこそ、彼女の耳は反応した。聞き間違いではないか、と。

 その耳の疑いに反して、体は動いていた。

 持っていた湯呑を傍らに置いて勢いよく立ち上がり、庭に飛び出すと同時に本殿入口へとダッシュ。

 

「お賽銭!!」

 

 滑り込むようにして現れた巫女に、賽銭箱の前に立っていた少年は肩を跳ねさせギョッとさせ、片や付き添いの烏天狗はその優れた動体視力を無駄に発揮して、首から下げていた時代を感じさせるカメラでパシャリと一枚。

 

「いやー、流石は博麗の巫女。ネタには困りませんねぇ。題はどうしましょうか。博麗の巫女、金欠の結果人を止める!うーん、まあまあですね。寧ろ、ココから泥沼の三角関係を作る方が面白いでしょうか。どう思います?」

「……とりあえず、ゴシップは止めた方が良いと思うな。そして、俺を巻き込むのは止めよう?」

「何をおっしゃいますか。ジャーナリストの前で隙を晒す方が悪いんです」

「それは暴論だよ」

 

 眉間を揉んで、光井龍成はため息を吐く。射命丸文は、嬉々としてカメラのフィルムを捻った。

 そんな二人を気にも留めず、霊夢が向かうのは賽銭箱。

 持ち上げる事は出来ないが、縁に手を掛けて揺する位は出来る。

 カラカラと乾いた音。それから何かが僅かに擦れる音が賽銭箱からは聞こえた。

 

「入ってる!本当に、お賽銭が……!」

 

 感極まったといわんばかりの少女の様子に、龍成はこそりと隣のカメラを向けるパパラッチに問う。

 

「彼女、そんなにお金に困ってる訳?というか、幻想郷のお金じゃないけど大丈夫?」

「お金に困っている、というよりはお賽銭に困っている、でしょうか。飢え死にするほど困窮している、という話は聞きません。ただ、この博麗神社は参拝客が来ないんです。彼女が巫女として立ってから賽銭が入っていた事が無いのでは?あと、お金は問題ありません。換金所がありますから」

「それはそれとして、神社としてどうなの?」

 

 運営する人間として。そんな感想を抱きながら、龍成は本殿をチラリと見やった。

 かなり古い建物だ。傍から見ただけであるため分からないが、少なくとも木材が腐っている様子はない。だが、それはそれとして経年劣化は素人目にも明らか。

 

(建て替えとかしないのかな?………その分のお金がないとか?)

 

 大丈夫なのか、と再び思った龍成だが、その心配が口から出る前に少女が詰め寄ってきた。

 目を輝かせて頬を上気させながら、両手で手を取りブンブンと上下に振ってくる。

 

「ありがとう!本ッ当にありがとう!あ、お茶でも飲んでく!?何なら、今は良い茶葉があるわよ!?」

「あ、ちょ、お、落ち着いて……!揺れる、揺れる!」

 

 興奮冷めやらぬ様子の霊夢に、振り払う事も出来ず龍成はされるがままだ。

 この間にも、文は助け舟を出す事も無くシャッターを切り続けていた。

 そのまま五枚ほど、写真を撮ってから彼女は口を開く。

 

「まあまあ、霊夢さん。今回は何も参拝しに来た訳じゃないんですよ、我々」

「あん?文屋じゃない。何時からいたの?」

「最初からですけ……?んんっ!とにかく!今回、我々がこの素寒貧妖怪神社に来たのは、他でもありません」

「喧嘩売ってんの?」

「他でもありません!こちらの、外来人。光井龍成さんを、外の世界へと戻してほしいんです」

 

 そこで初めて、霊夢は自分が手を取った相手をちゃんと認識した。

 成程、確かに見た事のない格好だ、と。

 

「あら、そうだったの?それならそうと、言ってくれれば良かったのに」

 

 どの口が、とはツッコミは無い。

 手を放した霊夢は数歩距離を取って、改めて少年を頭の先からつま先まで見やり、

 

「――――ん?」

 

 そして首を傾げた。

 改めて、見て。眺めて、彼の周りを一周ぐるりと回って、口を開く。

 

「あなた、本当に人間?」

「え?ええっと、能力はあるけど……人間だよ」

「そう…………最初に謝っておくわ、ごめんなさい。あなたを外の世界に戻す事は無理よ」

「……………………え?」

 

 一陣の風が吹き抜ける。

 龍成は呆けた声を零し、文はその目を見開いた。

 

「ど、どういう事ですか?何故、龍成さんを戻せないと?」

「言葉通りよ。正しくは、戻したとしても、幻想郷にまた戻ってくるの」

「戻ってくる?」

「さっき、私が一瞬だけ彼が人間か分からなくなったでしょ?それだけ強力な能力を持ってるという事は、それだけ妖怪や神に近いって事よ。そんな存在が、外の世界に戻ったとしてどうなると思う?」

「……消える、ですか?」

「十中八九。幻想郷に戻ってくるって言ったけど、それも絶対じゃない。そのまま存在消滅する事もありえるの。お賽銭入れてくれたからってだけじゃないけど、流石にそんな状態の貴方を外に放り出せないわ」

 

 きっぱりと言い切る霊夢。

 本来彼女はどちらかというと淡白だが、それはそれとして人としての情を持たない訳ではない。ついでに、お賽銭効果もある。

 完全にフリーズしていた龍成は、霊夢の言葉をどうにかこうにか噛み砕き、飲み込んで、そして頭が理解に追い付いた。

 

「……帰れない、のか……えっと、」

「霊夢よ。博麗霊夢」

「じゃあ、博麗さん。その、俺がこの力を持ってる限り、このままって事?」

「そうね。ただ、希望的観測は捨てた方が良いわ。能力は、持ち主そのものを象徴するの。切り離すのは、魂を刻む様なものよ」

 

 取り付く島など無い。しかし、だからこそ覚悟を決めろ、と龍成は言われている気がした。

 徐に、彼はカバンに入れていた財布を手に取った。向かうのは、賽銭箱。

 そして、財布を開くとその中に入っていた現金を全てその中へ放り込んでしまった。

 これに驚いたのは、文だ。

 

「ちょ、何をしてるんですか!?」

「何って……ケジメ?」

「ケジメって……」

「少し早いけど、今日が俺の独り立ちって事にする。そう決めた。別に自棄になってる訳じゃないし、捨て鉢にもなってないからね」

 

 ハッキリとそう言い切った龍成は、財布をリュックに戻して大きく伸びをした。

 真面そうに見えて、彼は一度決めるととことんまで突っ走る節がある。顕著だったのは、大天狗に生身で向かっていった時か。

 この時は、ただ文を助けるという決めていた。その為に、命を懸けた。

 異常性。霊夢は目を細める。

 

「本当に良いの?」

「うん」

「二度と家族に会えないわよ?」

「お別れが言えないのは、少し心残りだけど――――もう、決めたんだ」

「そう…………まあ、お賽銭が増えたなら良いわよ」

 

 霊夢はあくまでも選択肢を提示するだけ。その決定に対して、特別何かを言う事は無かった。

 いそいそと賽銭箱へと向かう背を見送って、改めて龍成は文へと向き直った。

 

「っと、言う訳で。改めて宜しくね、文さん」

「ハァー…………存外、変わってますねぇ、龍成さん。いえ、大天狗に挑みかかった時点で変わり者どころか狂人ですけど」

「あっははは……そうかもね」

「…………ま、私としてはネタ帳が埋まるのなら良いですよ。面白いものも見れそうですし」

 

 知らずの内に籠っていた肩の力を抜いて、文はおどけるように肩を竦めた。

 

 かくして、少年の幻想郷生活が幕を開ける。

 

 そして、時計の針は進む。

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