幻想乙女と遇の少年   作:クロンデジゾイド

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 夏。青葉が茂り、セミが鳴き、燦々と太陽の照り付ける暑い季節。

 だが、

 

「アレは……」

 

 妖怪の山へと向かう空の道中。

 黒煙の線を引く火煙に乗った龍成は、首を傾げた。

 彼が見たのは、霧の湖と呼ばれる妖怪の山のふもとにある湖。その湖畔に立つ、真っ赤な屋敷。

 この屋敷自体は、彼も知っている。ただそれは遠目から見ただけで、誰が住んでいるとかそういう詳細までは知らなかった。

 屋敷自体も、ただそこにあるだけで害も無く。精々が静かな湖畔で視覚情報だけで騒がしい、と感じてしまうぐらい。

 その真っ赤な屋敷から、赤い霧のようなモノが立ち昇っていたのだ。

 空中に解ける事無くゆっくりとゆっくりと、広がっているように見えた。

 疑問を覚えつつも、龍成は屋敷に近づくという選択肢を採らない。

 彼が幻想郷に来て学んだこと。それは、触らぬ神に祟りなし。お人好しだからといって、何でもかんでも首を突っ込んではいけないのだ。

 暫く火煙で高高度を進み、妖怪の山に近づいた所で一気に高度を落とす。

 そのまま向かうのは霧の湖に注ぎ込む川の一つだ。

 この川に沿って遡上していけば、やがて中州に大岩が据えられた瀑布の前へと辿り着く。

 その大岩の上に、待ち人は居た。

 

「にとりー」

「ん?やあ、盟友。来たね」

 

 傍らに大きなリュックサックを置いて、目の前に大きな将棋盤を据えた河城にとりは来訪者に片手を挙げる。

 火煙から飛び降りた龍成は音もなく岩の上に着地をすると、将棋盤の前へと座り込んだ。

 大将棋、というものがある。通常の将棋から、更に駒数と種類が増えたモノ。もっと大規模なものだと、大局将棋というものもあった。

 駒を並べながら、にとりが笑う。

 

「いやー、それにしても盟友とこうして将棋を打つ事になるとはねー」

「まだまだ、ヘボだけどね」

「そりゃあ、始めたばっかりだもん。最初から強かったら苦労しないって。普通の将棋しか打った事無かったんでしょ?」

「その普通の将棋にしたって、数える位だよ」

 

 雑談をしながら、駒を並べ終える。

 この二人の将棋の始まりは、龍成が幻想郷に改めて定住するにあたってその報告を世話になった者達へと報告へと向かった折の事。

 驚かれたが、同時に歓迎もされた。特に、尻尾をブンブン振っていた白狼天狗とか。

 その際に、にとりたちがやっていたのがこの大将棋。

 長い時間を生きる妖怪たちにとって、精神の退屈と摩耗は最も避けるべき事。その際に役立つのが趣味の有無だ。

 ただの将棋では短時間で終わり過ぎる。そこで、駒数と種類の多い大将棋を用いるのだ。

 持ち時間などは、特別決まっていない。のんびりと打っていく。

 

「そう言えば、にとり」

「うん?何だい?」

 

 駒を動かしながら、龍成が切り出す。

 

「君、この山のふもとにある真っ赤な屋敷を知ってる?」

「屋敷ぃ?うーんと……ああ、あの趣味の悪い目に痛そうな色してる所?」

「うん」

「遠目には見た事あるよ。近寄ろうとは思わないし、確か結界も張ってなかったっけ?」

「そうそう。その屋敷からさ。何やら赤い霧?みたいなものが出てたんだよ」

「霧ぃ?あ、良い手」

 

 パチリ、と駒が打たれる音をうけてにとりは視線を盤面へと落とす。

 将棋の打ち筋には性格が出る。

 堅実に進める椛。仕掛けを施して終盤にひっくり返すにとり。そして、自身の直感が赴くままに打ち進める龍成。

 一概に誰が強いとも言えない。

 堅実過ぎる椛は、不意に状況に弱い。にとりは仕掛けを施すのは良いが駒が足りなくなる事がある。龍成は、直感任せであるためこれを外すとあっさり負ける。

 一手打ち返して、にとりは顔を上げた。

 

「何かやらかしてるかもしれないって事?」

「多分……?何かの薬剤か、それとも仕込みか。分からないけど、何かが起きてるのは確かだと思う」

「むぅー、そうは言ってもだ盟友。あの屋敷が結界で囲まれてたって事は、外からも中からも互いに干渉が出来ないって事だし。そんな措置が取られてる相手なんて碌なもんじゃないよ」

「文さんなら、何か知ってるかな」

「あー、かもね。今山に居るかは知らないけど」

 

 あくまでも一局の中の雑談でしかない。

 話題を持ち出した龍成も、特に答えは求めていない。にとりもそれは同じくだ。

 特別情報をすり合わせるような事も無く、話題はにとりの発明品へとシフトしていく。

 

 見通しが甘かったと思い知らされるのは、これから数週間後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の空を、紅い霧が覆った。

 人外魔境であるこの箱庭ではよくある事――――ではない。寧ろ、幻想郷であったとしても異常事態だ。

 

「――――これで良い筈」

 

 人里の外で、右手に二メートル強の黒い棒を持った龍成が後ろを振り返った。

 彼の後に続くのは、一本の黒い線。それは、彼の前にも伸びておりグルリと人里の生活圏を囲むような形で引かれていた。

 

 紅い霧。厄介な点は、日光を完全に遮ってしまったことによる夏場とは思えない冷害と、それからそもそも人体への悪影響がある点。

 前者は、冬着を着ればどうにかなる。問題は後者だ。

 龍成のように、特殊な力を持つ者ならば未だしも人里の住人達のような一般人ではとてもではないが耐えられない。

 結果、家の中に引きこもる事を余儀なくされているのだが、限度がある。

 

 線を繋いで完全な円を作り、龍成は里の中へ。

 中心地である龍神像がある広場まで向かえば、そこには厳しい表情の寺子屋教師の姿が。

 

「先生」

「ああ、龍成……本当に可能なのか?」

 

 棒を肩に担ぐようにして戻ってきた龍成に、慧音は問う。

 これから彼がやろうとしている事は、気休めかもしれない。だが、それでもやらないよりはマシだろう。

 龍成は肩に棒を立て掛けると自身の胸の前で両手を合わせた。

 柏手の音が辺りに響き、空白の間を造り出す。

 そして、

 

「――――陽陣(ヨウジン)

 

 打ち合わされた両手の隙間にオレンジ色の軟らかい光が漏れ出して、同時に仕込みを行った人里の周囲にも変化が起きた。

 里を囲むように施された、黒い線。

 それは、龍成が己の力を込めながら引いた線だ。

 線を引くというのは、呪術的な側面がある。つまり、線で区切る事で内と外を分ける一種の結界としての効果を得るのだ。

 引かれた黒い線を起点としてオレンジ色の半透明の膜のようなモノがせり上がってくる。

 膜はゆっくりと伸びあがり、龍成の立つ人里の中心の上空二十メートルの辺りを頂点としたドームを形成した。

 結界完成。同時に、肌寒さすら感じていた人里内がにわかに暖まり始める。

 気温は、春の陽気程度。程よく温かく、冷えた体の芯が解されるような温かさ。

 同時に、結界内に漂っていた紅い霧が消えていた。これは、術者である龍成の力が紅い霧の行使者の力量を越えた、という訳ではない。

 単に、相性の問題だ。霧を発生させた者達は、陽光に弱く。龍成の能力は“陽”の気質が強かった。

 

「これで、少しは大丈夫だと思います………ただ、一度出ると入れなくなるんで」

「これは……凄いな。少々疑ってしまった、すまない」

「いや、俺もここまで上手く行くとは思わなかったんで」

 

 頭を下げてくる慧音に気まずそうに龍成は頭を掻いた。

 結界術に関して、彼は正直そこまで得意ではない。今回は、線を引くという補助を交えて形にしているが、それも一時的。精々が三日ほどで解けてしまう。或いは、線を消されるとやはり保てない。

 という訳で、

 

「俺はこれから、元凶を叩いてきますね」

「心当たりがあるのか?」

「まあ……もっと早くに鎮めればよかったんですけど」

「いや、幻想郷の異変というのは博麗の巫女が鎮める事が通例だからな。それに……龍成。お前は弾幕ごっこ出来たか?」

「………」

 

 慧音の問いに、龍成は視線を逸らした。

 少し前から幻想郷の有力な者達に通達された、幻想郷の新ルール。

 それが、弾幕ごっこ。これまで純粋な殺し合いから、命を奪わず美しさを競い合うというもの。

 細かなルールも敷かれてはいるが、兎に角これからはこの弾幕ごっこが揉め事解決の手段となるだろう。

 そして、龍成はこの弾幕ごっこに馴染めていなかった。

 一応スペルカードと呼ばれる、弾幕ごっこ内で用いるカードの原型を受け取ってはいる。いるのだが、一枚も出来ていない。

 思いつかないというのが一点。美しさなど気にも留めた事が無い、というのが一点。

 とりあえずの二点から、龍成はスペルカードを有していない。

 

「ま、まあ、異変の解決を手伝うぐらいなら出来ると思うんで……」

「はぁ……止はしまい。ただ、無理だけはしないでくれ。私は、もしもの為にここに残るからな」

 

 ため息を吐いて、慧音は少年の頭を撫でた。

 自分の生徒ではなくとも、この数ヶ月人里の為に尽力してくれる者の心配位する。

 

 黒煙の線を空へと引きながら元凶の下へと飛んでいく背中を見送って、慧音は内心でエールを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅い空の下で、火煙に乗って空を駆る。

 龍成が向かっているのは、霧の湖の湖畔にあるあの紅い屋敷。

 対話でどうにかなるのならそれに越した事は無いが、最悪屋敷その物を吹き飛ばしてでも止める腹積もりである彼。

 正直な話、龍成は気付いたあの日に行動を起こすべきだった、と何度も後悔しているのだ。

 何かしら自分に理由をつけて、ついでに仕事の忙しさにかまけて先送りにしてしまった。故の、決意を内心で固める。

 そんな彼の耳に、後ろからの声が届いた。

 

「おーい!りゅうせー!!」

 

 名前を呼ばれて振り返れば、手を振りながら近づいてくる二つの影。

 一つは、黒いとんがり帽子を被った金髪の白黒衣装の箒に跨った少女。

 もう一つは、楽園の素敵な巫女。

 

「魔理沙。それに霊夢も」

「おーっす、龍成。お前も、異変解決か?」

「“も”って事は、二人も?」

「元々、異変解決は巫女の仕事だもの」

「よく言うぜ。私が行かなかったら、今も神社でゴロゴロしてただろうに」

「うっさいわね。それより、龍成さんも行くの?」

「まあ、ね。人里がそろそろ危ないからさ。一応、結界を張って保護してきたけど、元々俺は結界術は得意じゃないからニ、三日程度しかもたないんだ。それで、せめて霧を止めてくれないかと思ってね」

「霊夢。お前より、よっぽど龍成の方が守護者してるぞ」

「うっさい」

 

 魔女っ子、霧雨魔理沙の指摘に博麗霊夢は唇を尖らせそっぽを向いた。

 幻想郷における異変を解決するのは、巫女の務め。歴代最強とも言われる霊夢もまた、異変解決に尽力せねばならない、のだが彼女の始動は基本的に遅い。

 それは主に、彼女の怠惰っぷりにある。というか面倒くさがり。

 一方で、魔理沙はというと積極的に異変に関わる気でいた。こちらも初動が遅かったのは、偏に準備のためだ。

 

「とりあえず、頭数は三人って事で良いよな?んで、異変の首謀者は早い者勝ちって事で」

「そうは言うけど、アンタ相手がどこの誰だか分かってる訳?」

「そりゃあ…………龍成」

「え、ここで俺に振る?…………霧の湖の湖畔にある紅いお屋敷だよ。そこから、紅い霧は出てるんだ」

「んじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 勢いよく拳を突き上げる魔理沙。

 調子の良い少女に、霊夢は呆れ、龍成は肩を竦める。

 異変解決の幕開けだ。

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