幻想乙女と遇の少年 作:クロンデジゾイド
光井龍成の能力は、“火を扱う程度の能力”という事になっている。曖昧なのは、彼自身の能力が変化に富んでいるから。
その能力の延長線上として、強い光を発する事も出来る。
何故そんな事を言及するのかといえば、襲われた妖怪に対しての特効があったからだ。
「ま~ぶしぃ~!!」
「悪いけど、こっちも食べられる訳にはいかないからね」
頭に赤いリボンを付けた金髪に黒いワンピースを着た少女が目を抑えて悶えていた。
彼女は闇を扱う人喰い妖怪のルーミア。幼い少女の見た目をしているが、人一人喰らう事など簡単にやってしまう妖怪だった。
そんな彼女だが、能力の関係上か闇を纏って空を飛ぶ。オマケに、その状態だと彼女は自身の周囲を視認する事が出来ない。
その纏った闇を、龍成の放った極光が貫いた。
結果、弾幕ごっこ所ではなくルーミアは悶絶する事になっていた。
少し離れた湖の上では、星形の弾幕と氷の弾幕が飛び交っており、魔理沙と氷精による弾幕ごっこが繰り広げられている。
「龍成さんの能力って、火を扱う程度の能力よね?」
「まあ………といっても、分かりやすい部分を能力って呼んでるだけだよ。俺も、いまいち全容を把握しきれてないし」
話しかけてきた霊夢に、龍成は棒で軽く肩を叩きながらそう返す。
龍成の攻撃手段は多岐に渡る。
単純な炎による攻撃。煙による高速。まだまだ未熟だが我流の棒術。苦手ではあるが妖怪に効力を発揮する結界術。
火を扱う程度の能力というだけでは説明がつかないが、本人の言葉通り自分の力の全容も理解していなければこの取ってつけた様な能力名も仕方がない。
魔理沙側の弾幕ごっこはまだまだ続きそうだ。ルーミアも未だにごろごろと悶えている事から、手を出してくる事もないだろう。
「ま、競争って言ったのはアイツだものね」
誰に聞かせるでもなく、霊夢は呟く。
仕方ない。異変の解決は最優先事項なのだから。
そんな言い訳を並べて空を飛ぶ少女。その隣を、火煙に乗る少年が並ぶ。
霧の湖が大きいとはいえ、空を飛べば直ぐだ。
「趣味の悪い屋敷ね」
事あるごとに揶揄される屋敷の外観。確かに、目に痛い色をしているが。
霊夢の吐き出す毒に、龍成は曖昧な笑みを浮かべる。
「あはは……とはいえ、お屋敷は御屋敷。門番も居るみたいだ」
火煙の上から彼が示したのは、屋敷の門。
その前に立つのは、一人の少女。燃えるような紅の紙に、緑の中華風の装いは洋館とはミスマッチに思える。
彼女の視線は宙に浮く二人へと向けられていた。
「それじゃあ、露払いは俺がしよう。霊夢は先へどうぞ?」
「んー、そうねぇ……」
促せば、しかし霊夢からは淀んだ返事。
首を傾げて彼女を見れば、腕を組んで首を傾げていた。
「………いや、アイツは私が相手するわ。貴方は、先に屋敷の中に行って」
「え…………それまたどうして……」
「アレよ。ちょっと体を動かしときたいから。ほら、早く行きなさいって」
しっしっ、とコバエでも追い払うかのように手を振る霊夢。
面倒くさがりの彼女が率先して動くなど怪しいにもほどがある。だが、時間をかけていられない事もまた事実。
少しの間を挟んで、龍成は大人しく屋敷を囲んだ壁の上を火煙に乗って突破、屋敷の入り口に通じる石畳の道へと降り立った。
手入れの行き届いた庭があり、石畳も亀裂の一つも見受けられない。
背後で始まった弾幕ごっこの音をBGMに、龍成は洋館の入り口に手を掛ける。
「………鍵はかかってない、か」
お邪魔します、と押し開けた扉は何の抵抗もなく開かれた。
洋館の中は、外に負けず劣らずの紅ばかり。豪華なシャンデリアに、それから装飾品、調度品の数々。
何より奇妙なのが、その屋敷の内装か。
(明らかに、屋敷の外観より広くないか?)
後ろを振り返って壁の高さなどを確認し、龍成は首を傾げる。
外装と内装は、比例する。家屋などは、その傾向が顕著だ。言わずもがな、だが。
改めて、自分が敵地へと入り込んだ事を確認して、龍成は右手の棒を一度回すと油断なく構えて歩き出した。
屋敷の中では、あちこちからメイドの姿をした妖精たちが襲い掛かってくる。
ただ、幻想郷に置いて一定以上の実力を有する場合。妖精というのは数こそ多いが大した脅威とはならない。
迫りくる弾幕を火煙に乗って躱し、時に棒で打ち払い、お返しの細かな火球を放って妖精を撃ち落としていく。
驚くべきは、その屋敷に大きさか。
廊下だけでも、空を飛んで余裕がある広さ。部屋もまた同じく。
暫く飛んでいれば、広々とした空間へと辿り着いた。この部屋から上へといけるのか、吹き抜けとなっており壁は見上げて倒れそうなほどに高い。
そして、
「ようこそ、招かれざるお客様」
部屋の最奥にあった階段。踊り場から左右へと分かれて二階へと向かう事が出来る、その踊り場から一人のメイドが姿を現した。
銀髪に、ホワイトブリムが揺れる。ブラウンの瞳に、深い青の膝上丈メイド服。
メイドは冷然として視線を、龍成へと向ける。
「私は、この紅魔館にてメイド長を務めております、十六夜咲夜と申します。貴方は……どうやら博麗の巫女ではないようですが」
「あー、俺は人里の何でも屋をしてます。光井龍成です。今日来たのは、この幻想郷を覆ってる紅い霧を止めてもらえないかと思って……」
「そうでしたか」
応えながら、咲夜の手には数本のナイフと、それから金の懐中時計。
明らかにやる気な彼女に、龍成の眉が動く。
「出来れば……穏便に済ませたいんですけど?」
「無理ですね。私の主より、侵入者には
「そっか……」
ため息と共に、龍成は棒を回した。
ついでに、とある可能性が頭を過る。
(……押し付けられた)
紅白巫女の顔を思い出して、彼は眉間を揉むのだった。
@
紅魔館の瀟洒なメイド、十六夜咲夜。
屋敷内の管理は全て彼女の手腕によるもの。妖精メイドが居るとはいえ、所詮は妖精。場合によっては仕事が逆に増える様な者達をこき使いながら仕事を熟す。
そんな彼女の攻撃手段は、ナイフ。接近して振るうだけでなく、投げたとしても百発百中。
何より厄介なのが、彼女の有する能力だろう。
「あっぶ!?あぶっ!?ちょ、もう少し手心が欲しいな!?」
唐突に迫りくるナイフの群れを棒で弾き飛ばしながら、龍成は駆けていた。
彼にしてみれば、逃げ回る先にもナイフが配置されており間一髪で躱す事もしばしば。躱しきれずに頬を掠めた事もあった。
(どうなってるのか……ナイフそのものは本物だし、直撃すれば不味い)
床を滑ってブレーキを掛けながら、龍成は進行方向から迫るナイフを振り払った。
千日手だ。故に、龍成が注目するのは違和感。
(最初に投げられたナイフが刺さってた場所に、ナイフが無くなってる。そういう能力?なら、いったい……)
「考え事とは、余裕なのね」
「ッ、そりゃあ、ね。このままナイフから逃げ回っても埒が開かないのなら頭を使わなきゃ」
「それで、何か思いついたのかしら?」
「一応、仮説はあるよ」
「へぇ?」
咲夜が話を聞く姿勢をとる。
「聞かせてもらえるかしら?」
「一つは、瞬間移動。対象は自分と、自分が触れた物体、とかかな。俺が逃げる方向へとナイフを瞬間移動させたり、回収もナイフが瞬間移動するのなら簡単でしょ」
「成程ね。最初に使ったナイフを見てた訳ね。一つ目、という事は他にもあるのかしら?」
「……もう一つは、ちょっと荒唐無稽だけど時間停止、とか?もっとも、こっちは俺じゃ検証できない。仮説の域を出ないよ」
龍成の知識の中にある可能性の一つ。そして、この後者の予想が当たっている場合攻略難易度は凄まじい事になる。
一方で、咲夜はジッと件の少年を見ていた。
人里の何でも屋を名乗った彼は、攻撃に関しては消極的だがその防御を完全に抜くには至っていない。強い訳ではないが、咲夜自身も全力ではない為に決定打に欠けていた。
何より、状況分析だけで自身の能力への回答を導き出した。この事実は、警戒をするに値する情報だ。
同時に、最早出し惜しみをしなくても良いという事でもある。
「ふふっ、正解よ」
「へ?」
「貴方の予想ね。もっとも、当たっていたのは後者だけど」
艶やかに微笑む咲夜に、龍成の頬が引き攣った。
「ッスーーー……え、本当に?」
「ええ。私の能力は、“時間を操る程度の能力”。戻す事は出来ないけれど、進める、止める、位は可能よ」
――――こんな風に。
「ッ!?」
突然真後ろに現れた気配に、その場を離れながら龍成は額に冷たい汗がにじむのを感じた。
洒落にならない。時間停止にしろ、加速にしろ、どちらも一人間が持つには過分すぎる破格の能力だ。当然、対応しようと思うのなら相応の手段が要る。
例えば、龍成の知る物語の中なら、時間停止の場合は同じ能力で無理矢理ぶちのめした。或いは、時を飛ばしてしまう場合は、それを上回る能力で封殺した。
更なるナイフを指に挟み、両目を鮮やかな紅に輝かせながら咲夜は構える。
「さあ、続けましょう。大丈夫、ここは吸血鬼の館ですのね。流れ落ちる血の一滴も無駄には致しません」
「…………こっちも、引くつもりはないさ」
相手が本気で来るのなら、相応の力で迎え撃つ。
龍成は、右肩に乗せた棒を強く握った。瞬間、その黒い表面に指がめり込み、赤い炎のチラつく亀裂が走ったかと思えば、全体へと伝播していく。
彼の扱う黒い棒は、言わずもがなただの棒ではない。
純粋な強度は鋼鉄と同等かそれ以上。軽く、程よく撓り、振るい手の力をほぼ100%対象へとロスなく打ち付ける事が出来る。
しかしそれだけではない。棒は、その見た目で一種の活火山のようなモノなのだ。その内側には膨大という言葉が陳腐に思えるほどのエネルギーを内包している。
離れていても感じられる熱気に、しかし咲夜の次の行動は変わらない。
取り出すのは一枚のカード。
「さあ、メイドの技というものをお見せいたしましょう」
――――奇術『ミスディレクション』
飛び上がり、放たれるのはクナイ型の弾幕とその後詰の様に降り注ぐナイフの二重奏。
躱すのも一苦労だろう。だが、
「――――フンッ!!」
勢いよく棒が振るわれて、その亀裂より爆炎が黒煙を伴って吐き出された。
殺戮の雨を迎撃する爆炎の壁。
この紅蓮の壁を突き破って、龍成は咲夜へと躍りかかった。
(先程より、速い……)
猛然と迫る少年に、咲夜は冷静だった。
能力始動の為に懐中時計の竜頭を押し込む。
停止した時間は、彼女の領域だ。勿論、制約はある。
まず、永久に時間を止める事は出来ない。数秒から、十数秒。長く止めれば止めるほどに体への負荷も大きくなる。
続いて、時間停止状態での攻撃手段。咲夜の手から離れた場合、投げたナイフなどは時間停止の影響を受けて空中で止まる事になる。直接攻撃はその限りではないが、今の幻想郷での意図的な殺傷は認められない。
距離を取り、ナイフを放つ。ただそれだけ。
安全と判断した少年の背後を取る位置で、時間停止を解除。同時に、鋭いナイフの切っ先が少年を穿たんと迫る。
だからこそ、ソレは油断だった。
「――――えっ」
咲夜の小さな声が漏れる。
龍成は、迫りくるナイフを体に掠める事も厭わず最小限の動きで躱しながら、右手の棒の中ほどを握り、小指側の先端を背後の咲夜へと向けていた。
正確な位置は分からない。だが、それでもよかった。
瞬間、棒が一気に伸びたのだ。
如意棒というのものがある。その名の通り、持ち主の意思に従い自在に伸縮する棒だ。
龍成の握る棒も正にそうだった。
狙いが甘く、直撃こそしなかった。だが、牽制には十分。
「ありゃ、外れた」
「…………」
脇に逸れた一撃。仮に命中していれば、それだけで勝敗を決した事だろう。
目を細めて縮んでいく棒を見やり、咲夜の鋭い視線が少年へと突き刺さる。
「如意棒、かしら?炎を吹くだけじゃないのね」
「まあね」
「最初から使っていれば、また違ったのではなくて?」
「俺は人様の家を軽々しく破壊して回るような事はしないよ」
そう言って曖昧に笑い、龍成は一枚の真っ白なカードを取り出した。
逃げ回ってどうにかなる相手ではない。であるのなら、最早背に腹は代えられない。
「スペルカードを持っていたのね」
「まあ……といっても、見ての通り今から作るんだけどさ」
龍成がそう言葉を返すと同時に、左手の指に挟まれた真っ白なカードに半透明のオレンジ色の光が宿った。
光に包まれたカード。その真っ白な面にうっすらと絵が浮かび上がってくる。
掲げられ、スペルの宣言。
――――葬列『
反撃開始。