限られた人しか知らない王城の裏口から入った俺を出迎えたのは、ヒクヒクと眉の動く怒りの表情を携えたリースだった。
嫌な予感がする、と思ったと同時にヤツは剣を抜きながら静かに言った。
「貴様……ついにヤッたのか……」
「いや違えーよ。違うから剣下ろせ。──ちょ、本気で斬り掛かってくるやつがいるかァ!!」
「黙れ変態ッ! 問答無用!!」
「問答無用! じゃねーんだよ!! 俺が背負ってるヤツ、この前襲ってきた暗殺者だから!」
ピタッ、とリースが止まり、怪訝な顔で俺を見た。まるでお前を何を言ってる? みたいな視線だ。
いや、まあ俺もそう思うけどさ。あの時の暗殺者の声は完全に男だったし、何らかの魔道具か魔法を使用してるのか違和感なかったし。
「……辞世の句はそれで良いのか?」
「お前の中の選択肢に話を聞くは入ってねーのかよ……。実際にあの時の暗殺者が使っていた武器と毒も確認したし、俺を【聖騎士】だと開口一番で言い当ててきたんだ。間違いなく本人だろうよ」
そこまで言って、ようやくリースは剣を下ろした。……コイツの方が余程危険人物に見えてくるんだが?
「ソイツが件の暗殺者であることは分かった。だが、なぜ殺さない? 生け捕りにしたところでこの手の暗殺者は情報を吐かんぞ」
ふんっ、と鼻を鳴らしたリースは、忌々しそうに俺が背負う少女を見ながら言い放つ。
【白騎士】は純粋な戦闘力が低い代わりに、豊富な任務を経験する。それは例えば拷問などもあると聞いたことがある。
だからこその経験なのか、リースは暗殺者が情報を吐かないと確信しているようだった。
「何でもかんでも殺してちゃ解決しないだろ。それに、切羽詰まった様子で聖女さまじゃなく俺を殺そうとしていた理由も気になるんだよ」
「どのみち聖女さまを狙った時点で極刑確定だ。それに、殺すことで解決することはある。見せしめとメンツだ。ヤツを一度取り逃がしたことで、我々騎士団のメンツは丸潰れだ。大きな失態と言える。だからこそ、騎士の手で襲撃者を捕らえて殺すことでメンツが保たれるのだ」
……悔しいことに一理ある。というか間違いなく正しいのはリースだ。
俺が殺さないのはあくまで俺の我儘とメイの願いからで、それは騎士団全体のことを考えるとあまりに程度が低すぎる。
結局のところ俺は個人でしかない。組織全体の意向には逆らえない……いや【聖騎士】を【性騎士】って偽ってる時点で逆らいまくってんだけどな?
「────」
何も言えずに黙る俺に、リースはハァ……と大きくため息を吐くと、もう一度大きく鼻を鳴らして言った。
「ふんっ。とはいえ! とはいえだ! 結局聖女さまを見事守り切ったのは貴様で、私は何もできなかった。逃がした責を問うのであれば、未然に侵入を防げなかった私にも責がある。そして、貴様はその責を、犯人の捕縛という形で補った」
「つまり?」
俺が静かに聞き返すと、リースはそっぽを向いて小さく言った。
「──一度だけだ。一度だけ貴様の言う通りにしてやろうと言っているんだ。一先ずの処遇と尋問の有無を貴様に一任してやる」
「リース……」
「ふんっ、どうせ礼など言わずはぐらかして──」
「ありがとな。リース」
「なっ……、って貴様どれだけ私に礼を言うのが嫌なんだァァァ!!!」
パッと顔を上げたリースは、俺が渋面という渋面で礼を言っているのを確認して吠えた。
「ありがとうな。リース」
「嘘つけ貴様絶対思ってないだろ」
いや感謝はめっちゃしてんねん。でも、それと同じだけ屈辱で……悔しいんだわ。
リースはリースで大事な騎士団を守ろうとしてんだ、って分かっちまったからな。俺の浅慮が際立つのが屈辱であり、リースに負けたみたいで悔しいってわけ。
「──貸し1だ」
「なに?」
「お礼を言ってハイ終わりだなんて、俺もお前も納得しねーだろ? だからこれは貸しだ。いつか清算する」
苦虫を噛み潰したような表情で言った俺に、リースは目を点にしながらもフッと笑った。
「貴様のそういうところ、私は嫌いだ」
「ハァァァ!?!?」
やっぱ馬が合わねぇわ。マジで。
☆☆☆
【襲撃者Side】
貧しい村で生まれた暗殺者の少女……ローズマリーは、ごくごく普通の少女だった。
花を見れば美しいと愛で、野蛮なモノを見れば悲鳴を上げ、下ネタには顔を赤くして過激に反応する何の変哲もない少女だった。
──職業を授かるまでは。
15歳の彼女は【暗殺者】の職業を授かった。
更には、帝国の法律では必ず授かった職業を申告しなければならなく、【暗殺者】を授かった少女も例外ではなかった。
「【暗殺者】だ……すぐに上に連絡しろ」
「あの、私はこれからどうなって……」
「少し待っていなさい」
周りの神官たちがざわめく中、ローズマリーは不安を抱えながら待っていた。
少しの待ち時間の後に、戻ってきた神官は、酷くローズマリーに同情する視線を向けながら、彼女に向かって魔法を唱えた。
「【催眠《スリープ》】」
「な、んで……」
眠りに落ちるローズマリー。
──目が覚めて見た光景は、故郷の村が滅ぼされ、炎に晒されているものだった。
昨日隣で笑い合っていた者は無惨に殺され、両親も弟も友も全てが炎の中に消え去った。
「どうして──こんなことを」
「【暗殺者】は貴重でな。その役割から、暗殺者の出自が割れるのはマズイ。ならば滅ぼせば良い」
茫然自失の中、
「俺に従えローズマリー。これ以上、犠牲は出したくないだろう?」
その悪魔の契約に、全てを失ったローズマリーは乗るしかなかった。これ以上皇帝の犠牲を増やさないために。
万を救うため、彼女は十を捨てることを決めた。
そうするしか、なかった。
☆☆☆
──だからこそ、目覚めた時に、自分が失敗したことに気づいて絶望した。
「こ、こは……」
ぴちょんぴちょんと水音の鳴る薄暗い場所は、間違いなく地下牢だろう。殺されなかったのは……情報を引き出すためか。
……失敗したあたしに最早価値はない。
さっさと自決してこの世を──そう思い、奥歯に仕込んでいる自決用の毒薬を躊躇わず飲んだ。
「──なぜ」
死なない。なぜだ……なぜだ!
毒薬は即効性。服用して数秒後には激痛とともに死んでいるはずなのに……。
「──【
「【白騎士】……ッ」
【黒騎士】と双璧をなす職業である【白騎士】は、単体の戦闘力は低いとされるが、真に恐ろしいのは戦後処理能力だとされている。
『自決の禁止』、『敵意喪失』、『感覚の強制』。ありとあらゆる拷問に長けた能力を誇り、一番敵に回してはいけないのが【白騎士】とされている。
「捕縛を悟ると即座に自決とは……敵ながら見上げた忠誠心だな」
「忠誠心など無い──ッ!」
「ほう? まあ、どうでも良いが、私は聖女さまを襲ったことを許してなどいないからな」
「なら殺せば良い」
青髪の女を睨みつける。
この身に滾る憎しみが消えてくれない。焦がすような苦しみと恐怖があたしの体を巻き付けて離さない。
だからこそ、死ねば解放される。
「そうしたいところなのだがな。どっかのバカが貴様から話を聞くと言って利かんのだ」
「はいど〜も、どっかのバカで〜す!」
ひょっこりと後ろから現れたふざけ倒した【聖騎士】の姿に、あたしは久しぶりに純粋な殺意が芽生えた。
【書籍化に関する情報です】
長らくお待たせいたしました。
6月25日に『ワイの本当の職業が【性騎士】とか言えない』がオーバーラップ文庫から発売されます!!!
web版の内容をブラッシュアップし改稿したものが書籍になるため、すでにwebで読んだ方も楽しめる内容かと思います(割と変わってる部分アリ)。