Side 襲撃者
「貴様よくもッ!」
駆けてくる女を一振りで退ける。
うーん、まあ【聖騎士】はそこそこ強かったかな? 【黒騎士】は相性差、【白騎士】はあんまり戦闘に向いてない。
もうちょっと楽に任務をこなせると思っていたけれど、思いの外楽しめた。
「ローズちゃんを倒せたのも納得。あの娘は詰めが甘いからねぇ」
それでもあっしには敵わない。
帝国の暗部で三番目にレベル百に到達したあっしにとって、暗殺とは日常の楽しみの一つだ。
どれだけ戦いを楽しみながら標的を抹殺するか。
暗殺という言葉とは懸け離れた行為かもしれないけどねぇ……。速やかに任務をこなせるなら、その過程は問わない。それがあっし流の暗殺術。
その点で言えば【聖騎士】との戦闘は非常に楽しめた。
戦闘技術は及第点。反射速度は満点。あとは年齢とともに技術が上がっていけば、きっと彼は後世に残る偉大な【聖騎士】として歴史書に記述されていたに違いない。
けど──あっしがそんな未来を穢した。
「ふふふ……実に気持ちいい!」
若者の未来を閉ざす。
きっとあったはずの輝かしい明日を穢す! これ以上の快楽は無いと言えるほどに気持ちのいい行為だ。
確実に腹を突き抜けたナイフの感触。
間違いなく彼は直に失血で死ぬ。治癒魔法を使える【白騎士】はすでに戦闘不能で、【聖女】は今からあっしが殺す。
「すぐに殺すのは勿体ないねぇ……」
強者との戦闘も面白いけど、弱者を甚振るのも嫌いじゃない。
聞いた話だと聖女は温室育ちで、ろくに戦闘訓練も行っていないという。筋肉の付き具合からも、長期に渡って鍛えているとは思えない。
弱者も弱者。護れていないと何もできないただの少女。
ほら、今だって怯えて──いや、むしろあっしを睨みつけている……?
「メイ……リース……アルス……」
聖女は倒れ伏す自身の護衛たちを見つめて怒りに震える。
どうやら怯えよりも怒りが勝ったようだねぇ。
本当は怯える姿のほうが楽しそうだったけれど、怒りを絶望で彩るのも悪くない。
あっしはゆっくりと聖女に近づいていく。ナイフを手で弄びながら、余裕綽々と。
すると、聖女は立ち上がり、気丈にあっしを睨みつけた。まるで立ち塞がるように。
そんなことをしても、あっしに敵うはずがないのに。
まずは適当に殴って痛みを与えるとしよう。
「精々イイ声で鳴くと良い──」
拳を振り上げる。手加減はしていても、頬が腫れ上がるくらいの威力は保っている。
温室育ちの聖女じゃ躱すこともできない──はずだった。
「──へっ?」
パシッ! と乾いた音とともに、拳は簡単に受け止められて──気がつくとあっしの
ちょ、よく見ると魔力強化して──!
「……えいっ」
「〜〜〜ッッ!!??」
あっしは痛みに悶絶しながら吹っ飛ばされた。
──えいっ、って威力の蹴りじゃないでしょおおお!?!?
痛っ……痛いぃ! 股間が! 股間が!! 金玉が!!
「ゆ、油断した……! まさか聖女が魔力強化を使えるなんて……!」
ぐぐっ……久しく感じなかったあの鈍痛……!
よりにもよって蹴る場所が股間とは卑劣な……!
絶対に許さない。油断してなければ、あの程度の魔力強化ごとき貫けるはずだ……!
「絶対に許さな──」
立ち上がろうとした瞬間、背中に
「よぉ……ち◯こを蹴られた気分はどうだ?」
──そこには、瀕死だったはずの聖騎士が立っていた。
☆☆☆
「アナタ今死にかけてますけど大丈夫ですか?」
『そんな状況で大丈夫なことある??』
意識を失ったと思ったら、例の発光体と再び対面していた。
死にかけてるのに大丈夫なわけねーだろ。アホか。
「──どうして私に身を任せなかったのですか?」
その言葉に俺は一瞬黙る。
……一瞬だけ頭に過った考えがあった。
俺が性欲を消失した際に現れるコイツ。
コイツに任せれば、あの暗殺者を倒すことができるんじゃないかって。
現にあの時……初めて発光体が俺の体を乗っ取ってメイに勝った時。俺はレベル1で、戦闘技術も経験もレベルも何もかも足りなかった。
どう足掻いても勝つことなんて不可能だった。
だけど、目を覚ました時、何やら俺はメイを圧倒して勝利していたらしい。
間違いなくコイツがやった出来事で、もしもそれが本当ならば、発光体は俺よりも数段強いことになる。
任せれば勝てる可能性はあった。
それでも──、
『意地とかじゃねぇよ。
「ほう……その警戒心は実に素晴らしいです。まあ、味方なので悲しくはありますがね……」
どうやらシュンっとしているようだが、発光体だから表情をうかがい知ることができない。
表情が読み取れないのも信用できない理由なんだよなぁ……これじゃあお得意の観察眼も意味をなさない。
それに、コイツが表層に出てきたところで都合良く暗殺者を撃退してくれるとは限らねーしな。何なら暗殺者と共謀し始めるとか最悪の未来の可能性だってある。
『技をレクチャーしてくれたことは感謝してるさ。でも、油断も慢心も足元をすくわれるだけ、って師匠に習ったんだ』
「間違いありません。現に……ふふっ、油断と慢心で一矢報われた人がいましてね……おや、股間にクリーンヒットとは実に痛々しい」
『なんの話してんの?』
「ああいえ、こちらの話です」
股間の話だったら幾らでも語り尽くせる自信があるぜ。玉でも竿でも俺はイケる。
というかそんな話をしてる場合じゃねぇわ!
ここにいるってことは、すなわち俺が意識を失ったということ。……聖女さまが危ない。
「その通り。ですから、今だけアナタに手を貸しましょう。少しだけ体の限界を取り払ってあげます。……その間に、アナタのプリンセスを助けてあげなさい」
『どうして俺に手を貸してくれるんだ?』
聖女さまを助けられるなら、俺は手段を選ばない。……あの普通の少女に、少しでも普通の日常を与えるって決めたからな。
それでも、どうして手を貸すのかを聞きたかった。
発光体は、一拍置くと静かに答えた。
「私の──性癖のためです」
『──そいつは信用できるな』
性癖は嘘をつかない。コレ、常識な。
☆☆☆
目が覚めた瞬間、目の前に男が吹っ飛んできた。
なんかち◯こ押さえて悶絶してんだけど。ウケる。
辺りを見渡すと、聖女さまが足を振り切った状態で制止していることから、何やら男は油断して聖女さまに魔力強化股間蹴りを食らったらしい。
くくく……面白すぎるだろ! ばーかばーか! 油断してやーんの!
──というわけで、目の前には最大の隙を晒している敵がいる。
なぜか体を動かせるけど、依然としてお腹には穴が空いているし、感覚的にそう長くは持たないことは明らかだった。
なら、できることはただ一つ。
俺は悶絶する男の背中に手を置いた。
「よお……ち◯こを蹴られた気分はどうだ?」
「なっ……! 聖騎士……ッ!」
酷く驚く男に、俺はニヤリと笑いながら、とあるスキルを唱える。
「【
「なんだこれは……何かが吸い取られる……!」
俺に男を倒し切るほど剣を振れる体力は残っていない。だとすれば俺ができることは、聖女さまがメイを回復している隙に、男を弱体化させることだ。
流石は聖女さまと言う他なく、俺が復活したことに驚いてはいたが、メイを指してアイコンタクトをすると、すぐに意図を理解して回復を始めたのだ。
「クソ……離せっ!」
「ごふっ……さァ、我慢比べといこうぜ。俺とお前の欲望、どっちが強いか」
穴の空いたお腹を蹴られるが、期間限定で無敵状態の俺には効かない。血反吐は吐くけど。
顔を青くする暗殺者。シモをおっ勃てていく俺。
今ここに、世紀の我慢比べが巻き起こる!
「うおおおおおおお!!!」
「ぐぅぅ……クソ! どうして蹴りが効かない……! ──な、なんで勃ってる……!?」
「うおおおおおおお!!!」
「おい答えろ、なんで勃って──うわぁぁぁあ!!!」
男の疑問に、俺は叫び声を大きくすることで被せていく。……勃ってるのは仕様だ! 俺の意思じゃない!!
言い訳をしながら気を吸い取るペースを上げ──見事俺は男の気をすべて吸い取ることに成功した。
「……あとは頼んだぜ」
「──お任せください」
倒れ伏す俺の言葉に答えたメイの声を聞いて、今度こそ俺の意識は闇の中に消えた。
☆☆☆
Side 襲撃者
「雑念が……消えた?」
聖騎士が起き上がった時には驚いたが、蓋を開けてみれば何がしたかったのかよく分からない。
何かが吸い取られたみたいだけど、体に異常はない。むしろスッキリして気分爽快だ。
……速やかに任務を遂行しなければ。
甚振る? 弱い者イジメ? いやいや、ナンセンスだよ。暗殺者たるもの速やかに任務を遂行して、国のために頑張らないと。
黒騎士が回復を終えてしまったか……もしかすると聖騎士のあの行動は時間稼ぎだったのか?
まあ、今更苦労することもない──と立ち上がろうとした瞬間、体に違和感を感じた。
「な、なんだこれは……!」
まるで水の中を泳いでいるかのような虚脱感……ッ! 体の内側から漏れ出るような疲労感はなんだ……ッ!?
これでは一切の速度が出せない……!?
「貴方に裁きを──【
目の前に黒騎士の刃が迫る。
分かっている。躱さなければマズイ。
それでも……体が動かない……!
「ぐああぁぁぁあ!!!」
闇の奔流があっしを飲み込み──視界が暗闇に閉ざされた。
彼の敗因は……ええ、賢者タイムですね。