「聖女さま。最初の巡礼地に着きました〜」
「……うん」
適当にルナと喋りながらのんびりしていたら、どうやら最初の巡礼地であるリアイエスの村に着いたようだった。
村の特産品である絹をよくよく《神職教会》に献上している村だな。それもあって、小さい村なのに巡礼地として抜擢されたのだろう。
「馬車の停車場所は……村長家の裏か。マジで内密なんだな」
【聖女】が来ることは村民にも秘密だ。
知っているのは事前に根回しした村長と他数人の関係者のみ。
ちなみに村人には王都から騎士団長が視察にやって来るというように説明しているらしい。確かにこれだけ立派な馬車が何の変哲もない村に来るのは少し不自然だからな。ルナが活動しやすい大義名分があるのは必然か。
ふむふむ、と頷いていると、カルミアが俺の元までやってくると不意に頭を下げた。
「では、お勤めの方、よろしくお願いします〜」
「は、え? お勤め? なんのこと?」
「あら? 【白騎士】様より伝えられていませんか? 聖女さまが公務中は、表向きの仕事──騎士団長としての視察を行い、村民の悩みを解決する……ということを。まあ、実際は適当にぶらぶら村を回るだけで構いませんが。うふふ〜」
聞いてねぇなァ!! クソアマァ!
俺は王都でニヤリと笑ってるであろうリースを想像して心の中でありとあらゆる暴言を吐き連ねた。
◇◆◇
「クシュンっ!! ずずっ……うーむ、何かアイツに伝え忘れたことがあるような……まあ良いか」
「よくはないと思いますよ」
◇◆◇
「あ、あぁそういえば何か言われてたなぁ! とりあえず、別に本当に悩みを解決しなくても良いんだろ?」
「ええ、あくまで大義名分ですからぁ〜」
ニコニコと笑うカルミアに誤魔化すように笑って、さぞ今思い出しましたよー、と言わんばかりに頷く。
……確かに公務中は俺暇だもんな。
公務を取り仕切ってるのが《神職教会》の連中である以上はカルミアが付きっきりで側にいるだろうし。
「ローウェンを側に付けるので、公務が終わるまでお好きに時間を過ごしていてくださいね〜?」
「よろしくお願いします、聖騎士さま!」
赤髪短髪のイケメン……ローウェンがテンション高めに頭を下げる。……んで、一人にはさせてくれないのね……折角の上下運動(意味深)の機会が……。
まあ思想ガンギマリ金髪《ガリア》よりはマシか。
どうせ適当に村をぶらつくだけなら人選なんてどうでも良いけどな。
「アルス……」
ハァ、とため息を吐いていると、か細い声で俺を呼ぶルナがいた。
その瞳は無表情ながらも絶望に彩られていて、これからしばらくはカルミアと二人でいることに不安しか無いのだろう。強く生きろよ……俺は何もできないから……。
心の中で激励を送り、俺はローウェンを引き連れて村の中心部まで歩き始めた。
◇◆◇
なんで野郎と二人きりなんだよふざけるな。
性欲が回復した影響もあってか沸々と怒りが湧いてきた。これまで魅力的な美少女たちが常に近くにいたのもあって、野郎と二人きりというあまりの落差にさしもの俺もダメージを食らっていた。
……ぐぬぬぬ、あの男装暗殺者みたいに男装してるパターンは──どこからどう見ても程よい筋肉が付いたイケメンである──あるわけねぇな!
「さて、聖騎士さま。一体誰に聞き込みをしましょうか!!」
「え?」
「え?」
俺はローウェンの言葉に反射的に聞き返した。
……え、まさかコイツ俺が素直に村民の悩みを聞くと思ってんの? マジで? 適当にどこかでゴロゴロしながら時間が過ぎるのを待とうと思ってたんだけど……。
そんな企みを胸にローウェンの瞳を見つめると、まるで疑うことを知らない純粋無垢なキラキラ輝く光──憧れがそこにはあった。
……やめろ! 俺をそんな目で見るな!!
そんなことされたら……!! そんなことされたら……!!
──小心者の童貞が見栄を張るしかなくなるだろ!!!
「──そんなの決まってる。聞き込みの常套手段は……酒場一択だろ?」
「流石聖騎士さまです!!」
ふっ、と笑う。心の瞳は血の涙を流している。
……ハァ、まあ折角ルナが頑張ってるんだし、俺だけサボるというのも忍びない。
いざという時の味方作りをするのも悪くないだろう。
「よし、行くぞローウェン」
「はい!!」
ちなみに年齢を聞いたら21歳で俺よりも全然年上だった。年上に傅かれるのは美人な女性だけで十分です。
「……ここが酒場か」
村の酒場に着くと、そこは昼間だというのにかなりの賑わいを見せていた。ざっと三十人くらいはいるか?
村の人口が二百人程度らしいから、要は人口の約七分の一は酒場に集合していることになる。
良く見れば全員筋骨隆々のガタイの良い男たちだし、働き手のほとんどがいるんじゃね?
お前ら酒飲んでないで働けよ。
そんなことを考えていると、入り口辺りでエールを呷っていた男が赤ら顔で近づいてきた。
「なんだぁ? 見ねぇ顔だな」
「ちょっと邪魔するぜ。マスター、ミルク2杯頼むわ」
「「ガハハハハハッ!!! ミルクだってよミルク!!!」」
コップを洗っていた妙齢のお姉さんに注文をすると、途端に酒場中が笑いに包まれる。
ミルクの何が面白いんだよ。ああ、自分で生産できるのに何でわざわざ頼むんだ的な下ネタ?
違うか。
「なっ、お前らこの方はなァ!!」
「落ち着けローウェン。何のためにここに来たんだ?」
「……っ、すみません」
俺の言葉に即座に謝るローウェン。
何だかお尻の付け根に尻尾があるような気がしてきた。何もしてないのに何でこんな忠誠心高いんだよコイツ怖いな。
項垂れたローウェンを引き連れ酒場のカウンターに座ると、マスターがミルクを二つコトンと置くと、苦笑しながら謝ってきた。
「悪いね、あの飲んだくれどもが。酒はいらないのかい?」
「まあ、職務中に飲むわけにもいかんでしょ」
「職務? あんた見ない顔だけど……どこから来たんだい?」
「王都から視察で、って言ったら分かるか?」
用意してもらった大義名分を披露すると、マスターは目をぱっと開いて驚いた顔をした。
そしてなぜか酒場は先ほどとは違い、シーンと静まり返っていた。
「あ、あんた騎士団長さまだったんかい……そりゃあの飲んだくれどもが本当に悪いことをしたね……酒が入ってるだけで悪い奴らじゃないんだ……ああ、えっと、です」
その表情は若干恐れが映し出されていた。
……王都における騎士団長は上級貴族程度の権威があると聞いたことがある。そんなヤツをバカにしたともなればマズイと思うのも当然か。
「気にすんな。そんなことで怒るほど器もナニも小さくない」
「え、ん……? あぁ、それは助かるよ」
サラッと織り交ぜた下ネタには気が付かなかったようで、マスターは小首を傾げながら感謝を伝えた。
「ごほん。それより、何か村で困ったことはないか? 視察の一環でそれが聞きたいんだ」
「困ってること、ですかい」
マスターはうーんと悩むように肘に手を置く仕草を取った──その瞬間、ぐぐっとマスターの豊満な胸が持ち上げられるように強調され、俺のムスコも共鳴するようにぐぐっと挨拶をかましてきた。
……くっ、良く見たら割と美人じゃねぇかこのマスター! 抜かった……こんなところに罠があるなんて思いもしなかったぜ……!
ダメだ!! 最近おっぱいばっか視界に入る!! こんなんじゃだめだろ!! もっと別の場所でエロシズムを感じなきゃ!!
いや違うんよ。感じちゃダメなんよ。
落ち着け落ち着け。
マスターはギリギリ俺の好みから外れている。それもあって、少し集中するとムスコはさよならの挨拶をピクンと返してしおしおと消えていった。また後でね。
そんな葛藤をしている間に質問の答えが出たのか、マスターはジトッとした目でちびちび震えながらお酒を飲んでいた野郎どもを見て言った。
「飲んだくれどもが働いてくれないことですかねぇ……昼間っからぐだぐだ管巻いて……」
「なんで働かないんだ?」
「一昨年、去年と豊作が続いてましてねぇ。しばらくは贅沢しても暮らせるお金が入ったからって仕事もしないで遊び呆けてんだ」
ほーん、と頷きながら後ろを振り返ると、男たちは全員が全員目を逸らして気まずそうにしていた。
じっとそのまま見ていると、やがて最初に話しかけてきたおっさんが口早に言い訳を発し始めた。
「お、俺たちが金を稼ぐのは生きるためだ! しばらくは贅沢できるんだから働く意欲を失うのは当然の話だろ!」
「バカヤロウ!! お前たちもさっさと結婚して妻子のために働きゃ良いだろ!! ここにいる奴らは全員未婚だからって甘えやがって! 結婚してる男衆は全員村のために働いてるよ!!」
ついにマスターがキレて男たちに説教を始めた。俺とローウェンは完全に蚊帳の外である。
……あと結婚すれば良いは俺にもぶっ刺さるのでやめていただきたい。
「「「結婚できるんなら今頃してるんだよ!!」」」
──よく言った偉いぞ!!!!
結婚できるんならしてるよな、そりゃ! 良い雰囲気になった経験がゼロな俺からしてみれば、結婚しない方が悪いみたいな風潮はやめてほしいぜまったく!!
「やれやれ、聖騎士さま、何を言ってるんですかねコイツらは。結婚なんてしようと思ったらすぐできるでしょうに」
「ウン、ソウダネ」
よしローウェン、お前は後で殺す。
童貞じゃないな、よし殺す。女性を下に見たな、敬え、ぶち殺すぞ。
お前みたいなヤツがノリで娼館に行って童貞卒業して女性にモテるのは簡単だとか言い出すんだよな。そのノウハウ、今すぐ教えてください。
「──要は!! 稼ぎすぎちゃって働く意欲が無い、ってことで良いんだな?」
俺は無理やり結婚の話をぶった切って言った。
これ以上は俺の心が辛くなるから仕方ないね。
ふぅ、と息を吐いて確認を取った俺にマスターはうん、と一つ頷き、男たちはまたも気まずそうに目を逸らした。
……稼ぎすぎて働く意欲が無いとは随分と贅沢な悩みだな。まあ気持ちは分かるけど。
人間、欲しいものを手に入れるために努力して耐えることはできるけど、いざ欲しいものが手に入ったら怠慢になってしまう。
ちなみに俺が欲しいのは可愛い婚約者なので一生頑張れそうだね!! 死ね!! モテない俺!!
とはいえこの悩みを解決するのは非常に難しいと言える。人に働けと言われたくらいで働いてるなら酒場にいねーし。
意欲回復……やる気を出させる……やる気=ヤる気……性欲……あっ、一つだけ方法があるかも。
ふと一つ思いついた俺はすっと立ち上がると、気まずそうにしている男たちに言った。
「──お前ら表へ出ろ。騎士団長命令だ」
◇◆◇
Side ローウェン
すげぇ……すごすぎる……!!
これが万民を奮い
「うおおおおお働くぜ俺たちはァ!!!」
「今までナニやってんだマジでぇ!!」
「勿体ねぇ!! 勿体なさすぎる!!」
「ハァ……ッ!! これが労働の力……!?」
「俺たちはいつか失くしたものを今取り戻したんだな……」
昨日まで酒場でぐだぐだと暇を持て余していた人間とは思えないほど、彼らは活気に満ちていた。
皆が皆、笑い合いながら肉体労働に励み、現場を訪れた聖騎士さまに感謝を伝えている。
一体何をしたんだ聖騎士さまは……!!
俺は酒場で留守番をさせられたから、聖騎士さまが男たちを連れ出して何をしたのか見ることができなかった……!!
……すごいな、やっぱりすごい。
俺が憧れたのは【聖女】じゃない。【聖騎士】なんだ。聖女さまを最期の時まで守り抜いた聖騎士さまに、俺は昔から憧れていたんだ。
……だからこそ、俺はどうすれば良いんだろう。