ナニカサレタ生徒の顛末   作:影のビツケンヌ

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消えろ、イレギュラー!

 シャーレによるOKB621への強制監査が行われたことは、ツネコの周辺人物――便利屋68、エンジニア部、ヴェリタスには知らされていなかった。ツネコへの精神的ケアを優先した先生の判断である。彼女達は研究所で何が起きているかなど露知らず、派遣部隊がトンネルに到着した同時刻には遅めの昼食を摂り終えたばかりだった。

 

「皆、仕事だよ。ゲヘナの大企業、ベイラムインダストリーから公示が出てる」

 

 そしてその時、カヨコがツネコの‘デビュー戦’としてお誂え向きの仕事を見つけたのである。

 

『独立傭兵の諸君! ベイラム同盟企業大豊(ダーフォン)による依頼を公示する』

 

 カヨコのスマートフォンから再生される、野太く暑苦しい男の声によるミッションブリーフィング。ツネコの前に差し出された画面には、ベイラムと大豊のロゴマークが表示されている。ツネコの周りにアル達も内容を聞き逃すまいと集まっていたが、それを見たエンジニア部の面々も後ろから覗き込む恰好になった。

 

『自治区を問わず、違法な土地開発を無軌道に繰り返していた温泉開発部だが、先日キタサキジャンクション付近で偶然にも地下水脈を掘り当てることに成功した。連中は風紀委員会からの攻撃に備え、BAWS製移設型砲台を多数配備している。我が方はこの度、件の土地を合法的に接収し、スパリゾートを建設することを計画した。万魔殿(パンデモニウムソサエティー)との交渉を有利にする為、先んじて源泉を押さえる必要がある』

 

 温泉開発部。言わずと知れたゲヘナ学園最悪の部活の一つである。温泉開発という目的の為なら手段を選ばない、どころか手段の為に目的の達成すらも度外視する特級のテロリストだ。生徒の開発成果を企業が横取りする構図は学園自治の原則にこそ反するが、まともな運営さえ期待できない温泉開発部よりは、古くからゲヘナに根を下ろすベイラムグループに任せた方が安心できそうだというのがカヨコの本音だった。

 

『野心ある諸君! 温泉開発部の砲台を全て破壊せよ。我々は温泉開発部部員の撃退、及び部長・鬼怒川カスミの捕縛にも追加報酬を用意した。可能な限り敵方の戦力を削いで貰おう。これは諸君らにとって手堅く実績を作る好機だ。奮闘を期待する!』

「……不特定多数に向けたばら撒き依頼。普段ならうちはこういう仕事は受けないんだけど……ツネコの肩慣らしには丁度いいんじゃない?」

 

 カヨコの提案を受けたツネコは少し考え込むようなそぶりを見せ、それから自分を囲む者達に目を向けた。対するアル達は自信ありげに頷き、ウタハ達は悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべる。

 そして、迎えたミッション当日たる翌朝。

 

「なっ、待っ、助け……おわーっ?!」

 

 結論から言って、温泉開発部は僅か一分で壊滅した。

 堂々と正面から歩いて近付くアル達四人を囮に、ヒビキに遠隔操作されたヘリでワイルドキャットが上空から投下・強襲。移設型砲台以外に十分な対空装備を用意していなかった温泉開発部はワイルドキャットの機動性に全くついていけず、砲台は全てレーザーブレードの餌食になった。発破用の爆薬をミサイル攻撃で失い逃げようとした部員も、アサルトライフルと軽量ガトリングキャノンの追撃を受け沈黙。一人退路を確保していたカスミに至っては、ブーストキックでアル達の目の前に蹴り込まれ、一斉射撃をもろに食らって抵抗すら許されなかった。

 

「いやー、楽な仕事だったね〜。これがナレ死ってやつ?」

「誰も死んでないでしょ!?」

「で、でも、確かにいつもより、ずっと簡単でした……ツネコさんが、頑張ってくれたから……」

 

 現場に死屍累々と転がる温泉開発部部員を回収・収容する為に派遣されたベイラムの輸送車両の群れの中で、便利屋一行は傍らにツネコの乗ったワイルドキャットを立たせ、担当者が来るのを待っていた。程なくして、迷彩服を着た二足歩行のクズリがジュラルミンケースを携えて現れる。

 

「待たせたな、便利屋68。俺はG6(ガンズシックス) レッド。精鋭部隊レッドガンに名を連ね、貴様らのような独立傭兵の相手をしている」

 

 ブリーフィングメッセージと同じ声――この獣人レッドこそが、ベイラムの傭兵起用担当であるらしい。アーキバスのヴェスパーと双璧を成すレッドガンの一員、それも番号付きともなれば、下手に敵対するような真似は避けるべきだろう。そんなカヨコの考えを他所に、レッドは持ってきたジュラルミンケースをアルに差し出した。

 

「約束の報酬だ。確認しろ」

 

 ハルカが受け取って開いたケースの中の札束を、アルが同封された明細と合わせて一つ一つ検めていく。追加報酬を温泉開発部全員分儲けたことで、ばら撒き依頼にしてはかなりの金額が懐に入る計算になった。アルの見栄っ張り故の浪費癖を考慮に入れても、しばらくは暮らしに困ることはなさそうだ。

 

「……ところで、そこのパワーローダーは貴様らの雇用戦力か?」

「よく聞いてくれたわ。彼女はツネコ。人型機動兵器ワイルドキャットを操る、我が社の新入社員よ! 今回受けた依頼は、便利屋の一員としての記念すべき初仕事なの」

 

 鋭い爪の生えたレッドの指がワイルドキャットを指し示す。対するアルは得意げに、そして恰好付けて答えた。レッドを見下ろすワイルドキャットの緑のカメラアイが、それに合わせて瞬きをするように明滅した。

 

「ツネコ……独立傭兵ツネコか?! 一年半前のBAWSからの依頼以降失踪していると聞いていたが、戻ってきたのだな……これからも使い倒してやるから覚悟をしておけ!」

『……』

 

 レッドの口振りからして、ツネコは改造手術を受ける以前にベイラムから名指しの依頼を受けたことがあるらしい。一見乱暴なようで今後の末長い付き合いを望むレッドの言葉に、ツネコは何も答えなかった――やはり記憶障害の影響か、かつての人間関係は彼女の脳内では白紙になっているようだった。

 ところで、カヨコには今回の仕事に気になる点があった。

 

「レッドさん、ちょっと質問していい?」

「機密に触れない範囲でなら話してやる。言ってみろ」

「現場に来た時、戦闘の痕跡がなかった。温泉開発部は()()()()()()()()()()()()……こんなことありえるの?」

 

 移設型砲台の破壊力は脅威とはいえ、アルも尻尾を巻いて逃げ出す風紀委員長・空崎ヒナの圧倒的戦闘能力を以ってすれば訳もない相手だし、まずもって設置する前にカスミ以下全部員が制圧されることだろう。また、ヒナと比較されて舐められているのは否めないが、彼女以外の風紀委員会も温泉開発部との交戦経験はあるから、相手にならないということもない。

 つまりそもそもの話、今回の依頼は風紀委員会が仕事をしていれば成立する筈のないものなのだ。「その疑問も尤もだ」と、レッドは腕を組んで首肯し、答え始める。

 

「この任務は、我が方と風紀委員会とのゲヘナ自治区に於ける協働治安維持活動の試金石となるものだった。独立傭兵を露払いに使い、続けて我がレッドガン部隊が不法勢力を撃滅する作戦だったのだ」

「……私達は捨て駒だったってこと?」

「有り体に云えばそうなる。だが貴様らは、その思惑を覆した。こうなれば風紀委員会が貴様らを雇った方が早いだろうが、指名手配犯に頼ったとあれば風紀委員会の名折れ……何よりそんな予算を今の万魔殿が出す筈もない。我々も計画を修正せねばならん」

「くふふ、大変そうだね~」

 

 悪びれもせず明かされる裏事情。こちらを文字通り便利に使い潰す魂胆だったという企業らしい姿勢に不満もあったが、ツネコの八面六臂の活躍で結果オーライといったところか。部隊を動かした実績がなければ風紀委員会に代わって傭兵を雇用しただけのスポンサーで終わってしまうからか、頭の痛い思いをしているらしきレッドをムツキがからかう。その隣でアルが鼻も高々にニヤついているのは、「巨大な組織の企みを実力で以って打ち破る、これぞアウトロー」とでも考えているのだろうと、カヨコにはすぐにわかった。

 

「……取り敢えずわかった。それじゃあ――」

 

 小さく嘆息した後、報酬金をツネコに運んで貰おうと、カヨコがワイルドキャットに目を向けたその時、

 

『全員、警戒しろ……エンジニア部から、緊急通信だ』

「緊急通信? 一体何事?」

『今、出力する……』

 

 依頼達成からここまで殆ど喋らなかったツネコの声が、ワイルドキャットの外部スピーカーから発せられた。その内容は、エンジニア部からの火急の報せ。

 出力が切り替わる際の小さなノイズの後、切羽詰まったウタハの声が飛び出してきた。

 

『便利屋の皆、そこにいるね?! すぐにその場を離れるんだ!』

「な、何よ、どうしたっていうの? そんなに慌てて……」

『ついさっき、ドクター・アミダが仕込んだワイルドキャットのバックドアプログラムにアクセスしてみた。それによれば、君達のいる座標に向けて()()()()()()()()()()()()()()()()が急速接近している!』

 

 便利屋が席を外していた間に侵入してきたドクター・アミダなる人物については、ワイルドキャットの開発者であるという概要をウタハから聞かされていた。そしてワイルドキャットが、彼がムラクモに押し付けた手切れ金ということや、OSに機体の稼働状況を送信するバックドアプログラムが仕組まれていることも。ウタハの警告が意味する最悪の可能性に思い至り、カヨコは珍しく声を張り上げた。

 

「まずい……皆、逃げよう! レッドさん達も早く!」

「どういうことだ!? 状況を説明しろ!」

「そんな時間は――」

『ぶ、部長! 無人ヘリがレーダー照射を受けています!!』

『ミサイルが来る、フレアを……いや、LGM(レーザー誘導ミサイル)だ、回避できない!! ダウン、ダウン!!』

 

 ミサイルの飛翔音と、それにやや遅れて爆発音。撤退手段の一つを断たれたことにカヨコが歯噛みしたのも束の間、その頭上に影が差す。

 

「あ、アル様! 何か来ます!」

 

 悲鳴のようなハルカの叫びを聞いて見上げれば、暗緑色に塗装されたクアッドローター型の輸送機らしきものがこちらに近付いてきていた。機体の下部に吊り下がる、目測で全高四メートル弱の人型のシルエットが四つ――すぐさま投下されたそれらは、ブースターを噴かしてベイラムの輸送部隊の間隙に器用に降り立つ。

 

「そんな、これって……」

 

 カラーリングや武装の構成こそ違うが、周囲の兵士達に銃口を向けられても平然と立つその姿は、明らかに見覚えのあるものだった。

 

「黒い、ワイルドキャット……?!」

 

 ワイルドキャットの機体反応が増えていたのは、一号機であるツネコの機体のOSをそのまま流用して量産型を作ったからだろう。さてはアミダの属するカイザーの手の者か、とカヨコは勘繰ったが、先の輸送機には何のロゴマークも描かれていなかった。カヨコがその正体を量りかねていると、どこからともなくホログラムドローンが飛んできて、丁度便利屋一同とレッドとの間に眼鏡をかけた白衣の猫型獣人を投影する。

 

『ごきげんよう、ごっこ遊びの便利屋68、斜陽企業のベイラムの諸君、そして何より山野ツネコ』

 

 ごっこ遊びと言われれば黙っていないのがアルだが、今回ばかりはそんなことを気にする余裕などない。わざわざツネコを名指しで呼ぶ理由を、量産型ワイルドキャットを引き連れて現れたことと結び付けずにはいられなかった。

 

「貴様、何者だ? ここをベイラムの作戦領域内と知っての無礼か」

『おっと、紹介が遅れたな。私の名はニール、ムラクモ=ウェンズデイ研究開発部長さ。折角だ、君達にも協力して貰おうか……この第二次実地試験に』

 

 怒りと警戒心を露わに問うたレッドへの、ニールと名乗る猫の答え――カヨコの予感は的中していた。動きを封じられていた筈のムラクモがどうやってか盛り返し、試験の名目で遂に攻勢に出始めたのだ。

 戦いは避けられそうにない。カヨコは応戦の準備を呼びかけようとしたが、それより早くニールが再び口を開いた。

 

『その前に――お前だよ、山野ツネコ』

 

 ツネコの乗るオレンジ色のワイルドキャット、そのコックピットハッチに向けて、ニールは白衣の胸ポケットに入っていたスタイラスペンをわざとらしく突き付ける。彼は口元に酷薄な冷笑を浮かべる一方、その肩は白衣の裾を僅かに揺らす程怒りに震えていた。

 

『お前は私の計画の異物だった。お前が余計な情報を嗅ぎつけなければ、私は今でもBAWSで楽な仕事ができていたんだ』

『……何の、話だ?』

『わからんか。なら教えてやろう…… お前があの時受けたBAWSからの依頼は、私が独断で出した偽の依頼だ。ムラクモに貸し出したベリウスの工廠に誘い出して、お前を始末する為のな!』

『!!』

『だがお前は生き延びた。それも最高の逸材、強化人間の唯一の完成形として。お前がシャーレに助けを求めるように仕向けた第一次実地試験も、本来なら限界性能試験と称して使い潰すつもりだったのに、お前はのうのうと生きて私の前にいる。全く悪夢みたいな奴だよ、山野ツネコ!』

 

 カヨコは愕然とした。ツネコが出した輸送列車強襲依頼は、最初からムラクモに仕組まれていたことだったのだ。苦しみから逃れる為に死を望んだことすら彼らの、ひいては偏執的な恨みを抱えたニールの手の内だったのなら、死を見越した人体実験でツネコが妊娠させられたことにも説明がつく。即ち、絶え間ない苦痛と絶望の中で尊厳を凌辱されて死んでいくことそのものが、ツネコが改造された理由だったということ。

 悲しみと怒りが胸中で渦を巻き、カヨコは最早言葉すら出てこなかった。便利屋としてキヴォトスの裏社会の闇に触れる機会は少なくはなかったが、これ程までに剥き出しの悪意と殺意に比べれば底が知れていたとも思えた。何の謂れがあってツネコがこんな過酷な運命を背負わなければならないのかと涙さえ溢れた。

 そしてニールはその思いを踏み躙るかのように、憎悪を込めて宣告した。

 

『お前は最早プロジェクトには不要だ。消えろ、イレギュラー!』

 

 

 

 

 

 決意を新たにしたとて、寝不足が体に堪えることには変わりがない。

 ツネコ達が短い書置きを残して朝早くに出ていった為、オフィスのソファーで寝ていた先生は彼女達を見送ることができなかった。始業時刻ぎりぎりで身支度を整え、今日の当番がホシノであることを思い出した頃、思わぬ来客があった。

 

「先生、用があるみたいだから一緒に来たんだけど……この人達誰?」

 

 警戒半分、呆れ半分といった表情のホシノ。その後ろには頭に大きなたんこぶを作ったシオ――この時点では、先生は「松葉シオ」という生徒の姿を知らない――と、青黒い甲冑のような、しかしどこか女性的で艶めかしい曲線を描くロボットが並んで立っていた。

 

「アビドスの生徒会長さんにも併せて自己紹介しよう。あたしはエラ。BAWSの社長兼代表取締役さ。お初にお目にかかかるよ、シャーレの先生」

「“シャーレの顧問先生です。よろしくお願いします”」

 

 エラと名乗ったその女性が一歩前に出て差し出した手を、先生は内心自分の状態に失礼がないか気にしながら握った。金属質の鈍い光沢に見合わぬ柔らかい感触が掌に伝わる。ロボットらしからぬ特徴への驚きが表に出ないよう気を払っていると、エラは早速用件を切り出してきた。

 

「今日は仕事の話をしに来たんだ。ムラクモへの調査の委託予算を横領しようとした、この馬鹿娘と一緒にね」

「“というと……君がシオなの?”」

「うう……そう、そうだよ、私が松葉シオだよ……」

 

 横領という言葉にぎょっとした先生が問えば、腫れた頭部を手でさすりつつ呻くように答えるシオ。先生は思わずホシノと顔を見合わせた。本来なら、強化人間の()()()()の捜索と並行し、今日から数日かけて作戦に参加したメンバーのメンタルケアを行う予定だったのだが、その予定は早くも崩れることになりそうだ。その対象である筈のホシノも、エラ達の様子を見て調子が狂ってしまったらしく、無言で肩を竦めて見せた。

 先生は一度来訪者をソファーの方に招き、ホシノと共に人数分の紅茶を用意する。しかしエラはそれには手をつけず、先生とホシノが自分とシオの向かいに座るや否や、身を乗り出すようにして話し始めた。

 

「仕事っていうのは他でもない、ムラクモに、そして独立傭兵ツネコについてだ。まず、今のあの娘の保護者であるあんたに謝罪したい……あの娘がムラクモの手に堕ちたのは、あたしらの管理不行き届きのせいなんだ」

 

 ツネコの名が出たこと、彼女の惨状が自分達の責任だと述べたことに、すっとホシノの目が細められる。便利屋と並んでツネコの第一発見者の一人である自覚故か、或いは大切な人を失った経験故か、ホシノはツネコの危険に人一倍敏感になっているように見えた。

 エラがシオの前に――怒りを表すように、見向きもしないまま――手を差し出すと、アームユニットの付いたシオの尻尾がツナギのポケットからホログラムデバイスを取り出し、そっとその上に乗せた。ひったくるように受け取ったそれを、エラはホログラムが全員に見えるようにローテーブルに置く。

 

「そもそもの発端は、うちの会社の歴史にある。BAWSのB、ベリウスっていうのは、元々はアビドスの一部だった地域の名前だ」

「アビドスの一部……? そんな場所が……」

「まあ、誰からも見捨てられて久しいからね。今の若い子は知らないのもしょうがないし、アビドス本校でも資料が散逸しててもおかしくない。あんた達が行ったヘヴンズロックのほぼ真北、山向こうにある半島部だよ。キヴォトスの一部でありながらどの自治区にも属していなかったのを、大昔にアビドスが併合したって言われてる」

 

 投影されたホログラムはアビドス全域を映した地図だったが、その北部がズームアップされ、「ベリウス」の文字と共に半島状の地形が強調表示される。その下方にはヘヴンズロック補給基地の置かれた巨大なメサも見えたが、先生はその地域を囲う山の反対側、トリニティ自治区と僅かに接する部分に「アリウス」の字があったのを確かに見た。

 

「アビドスが繁栄の絶頂にあった頃、ベリウスは地下資源の宝庫だった。そういう中で設立されて、一等稼いでいたのがBAWSさ。だがアビドスの砂漠化に前後して地下資源が枯渇。過度な工業化と都市開発で環境汚染も深刻で、内地以上に土地の買い手も付かないベリウスは人口流出を止められなくなった。困窮したあたしらもベリウスから離れざるを得なくなって、生き残りの為にブラックマーケットに潜り込む羽目になったのさ」

 

 アビドスの砂漠化に付け込んだカイザーによる土地の買収やアビドス高校の借金は、砂漠に眠るオーパーツ――後に色彩の勢力との戦いで使用されキヴォトス上空で爆散した『ウトナピシュティムの本船』の捜索・独占を目的としたカイザーの遠大な計画の一部だった。最初から古代の遺物が狙いであったなら、それがないことがわかっていて、資源収奪も望めないベリウスなどカイザーには何の旨味も見出せない土地だったに違いない。資源量や汚染の進行を示すグラフを眺めながら、先生はそんなことを考えた。

 

「そんなあたしらだけど……恥ずかしい話だが、未だにベリウスには未練がある。まだ残っている鉱脈があるんじゃないかとか、当時進んでたジオフロント計画の成果とかね。その調査を自力でやれる金も人手も足りなかったから、現地にあるうちの施設を自由に使っていいって条件でカイザーに委託したんだ。後は先生の知る通りさ」

「だ、だから社長さん、私は委託予算を節約しようとして――あだっ!?」

「だからって都合良く先生を無給でこき使うんじゃないよ。金だって全部投資にぶち込む腹積もりだったんだろう?」

「……カイザーグループの醜聞で株価が暴落したところを底値で買って回復後に売り抜ければ――おふっ!?」

「ド素人が考えが甘いんだよ! 勉強して出直しな!」

 

 少しずつ事情が見えてきた。ベリウスという故郷を取り戻そうとするBAWSの依頼を受けたはいいが、カイザー本社は枯れた土地には大した興味がなく、それが下部組織への仕事の委託という名の丸投げと中間搾取、そしてムラクモによる契約の乗っ取り行為を引き起こし、結果的にシオの依頼を通じてシャーレの欲する情報への糸口になったのだ。風が吹けば桶屋が儲かるとはこのことである。

 シオの頭に二回も拳骨を落としてから――シオの殴られた箇所をホシノも手で擦っていた――エラは話を軌道修正した。

 

「本題はここからだ。カイザーに代わって調査を請け負っていたムラクモとのパイプ役として、シオの前任者のニールっていうねちっこい男がうちで働いていた。研究開発部門の副長も兼任してたが、実態は殆どあいつらのスパイ、裏切り者のクズさ」

「会ったことないけど確かにやな感じの顔してる……」

 

 ホログラムデバイスの表示が切り替わり、現れたのは眼鏡をかけた猫型獣人の証明写真。ニールというらしいその人物を話題に出したエラの態度が露骨に険悪になる。空気を読まず小さく呟いたシオも、じろりと彼女に一睨みされて押し黙った。

 

「ツネコは傭兵としての仕事の中で、あいつの汚職の証拠か何か手に入れたんだろう。それを察知したあのクズはムラクモへの高飛びついでに、連邦生徒会の監査妨害を謳った偽の依頼で、ツネコを連中の巣の中に誘き出して()()()にしやがったんだ」

「手土産って……逆恨みもいいところだね。そんなことでツネコちゃんは……」

「ファーロンの社長のお気に入り――スミカって娘が調べてくれたよ。派手な戦闘でわざと流れ弾を出して被害額を吊り上げ、捕らえた相手が返済できないとなれば即刻借金の形にして身体で支払わせる、典型的な独立傭兵潰しの手法だとさ。あのクズが辞めてからしばらく経つが、灯台下暗しとでも云うか……こんなことを知らずにいたとは、社長として情けない限りだね」

 

 そして明かされたのは、ツネコが人体実験の被験体となるに至った恐るべき真相。ムラクモに与する者の理不尽な怨恨で、彼女は人生を狂わされ、死にさえ救いを求める程の絶望に堕とされたのだ。BAWSの社歴が事実ならブラックマーケットという裏社会に生きて長い筈だが、胸の悪くなる話をしたエラ自身も、その惨さに嘆息(排気)し肩を落としていた。

 エラが上げた顔をホログラム映像の方に戻すと、ニールが消えて再びベリウス地方を映すところだった。アビドス本土と合わせて広い湾を形成する半島の根本部分が更にズームアップされる。

 

「……あのクズがツネコを呼び出した場所はもうわかってる。あたしらが昔持ってた中で一番大きな施設、BAWS第二工廠。ムラクモはそこにいる。長いこと私物化されて、連中の秘密研究施設になってることだろうよ」

 

 BAWS第二工廠、遂に辿り着こうとしている全ての狂気の根源。これ以上の犠牲者が出る前に、何としても元凶たるムラクモを阻止しなければならない。アミダに託されたプロフィールが無駄になることなど、あってはならないのだ――

 

「……先生?」

 

 ホシノの声に、先生は我に返った。エラが視線を向けている。彼女の黄色いカメラアイの眼光は――アミダ同様感情表現に使われる部位を持たないにもかかわらず――先ほどまでの怒気を含んだものではなく、どこか静かな決意に満ちていた。さっきまで怒られていた隣のシオさえも、神妙な顔で先生を見ている。

 

「改めて、BAWSを代表して直接依頼したい。シャーレの権限で第二工廠に強制監査を入れてくれ。その後の後始末は任されよう。今度こそ、あたしらの手でケリをつけたいんだ」

「わ……私からもお願い、先生。お金の扱いは間違えたけど……ムラクモが気に入らないのは本当だから」

 

 その言葉に、先生は一も二もなく頷いた。それは単なる依頼ではない。かつての故郷を穢された者達の、贖罪と再起の宣言だった。

 

「“……わかりました。準備を整え次第動きます。シャーレとして、正式に受諾しましょう”」

 

 エラの肩が僅かに緩み、強張っていたシオの顔に笑顔が戻る。先生を不安げに見ていたホシノも、静かに目を伏せて紅茶に口をつけた。

 だがその時、別のホログラムデバイスが唐突に起動する。久方ぶりの仕事に出た便利屋からの連絡が届くよう、書置きと共にデスクに置いていたものであった。

 

『先生、私よ!! ムラクモが攻めてきたわ!! ツネコが狙われて、ワイルドキャットが――きゃあっ!?』

 

 普段の虚勢と虚栄心を欠いたアルの叫びが、オフィスの空気を凍り付かせた。




大変お待たせしました。
書きたいシーンに近付いてきて自分でもわくわくしていると同時に、それを上手く表現できるか不安でもあります。執筆当初の思惑を超えて文字数が増えに増えているので、長いかもしれませんがどうかいちいち堪えてください。

レッド(キヴォトスのすがた)登場。やはり他のレッドガンメンバーも出す予定がないので、ヴェスパーと同じく書いておきます。

ミシガン:ライオン
ナイル:ワニ
五花海:センザンコウ
ヴォルタ:ヒグマ
イグアス:ハイエナ

本編終了後にツネコが他の生徒と交流して曇らせる短編集を書けたらいいな、なんて思っています。この話を書いている途中でメインストーリーが更新されてビビりましたが、新しく登場した子達ともお話させたら面白いと思いませんか?(まさにばにたす)
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