ナニカサレタ生徒の顛末   作:影のビツケンヌ

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一度生まれたものはそう簡単には死なない

 巨大なスクリーンと操作パネルが立ち並ぶ、オペレーションセンターのような部屋。しかしその脇には折り畳み式の長机と椅子が幾重にも重ねて置かれており、また正面のスクリーンの裏から覗くホワイトボードが、そこが元々広々とした研修室だったのを改装して作られた場所だということを物語っていた。

 そんな部屋の最後方、全体を見渡せる位置に立っているのは、スーツの上から白衣を纏ったロボット。彼は部屋の各所から上がってくる報告と、唾を飛ばさん勢いで指示を出すニールの声を聞きつつ、スクリーンに映し出されるワイルドキャットの動きを眺めていた。

 

「リンクス1、AP五十パーセント。機体ダメージが増大しています」

「リンクス3、右肩武器残弾三十パーセント……左肩武器大破、パージします」

「リンクス2、ACS負荷限界! 撃破されました!」

「敵機、捉えきれません!」

「何をやっているんだ! FCSまではデチューンしていないだろ! 適性距離での交戦を維持させろ! その為の調整だろうが!」

 

 ミサイルの旋回半径の内側に潜り込み、アサルトライフルとガトリングキャノンを乱射しながら接近、レーザーブレードの二連回転斬りで畳み掛けつつ他の敵機の接近を牽制。クイックターンして左手の敵機にミサイルを撃ちながらブーストキック、遅れてミサイルが着弾。クイックブーストで飛び退いて同士討ちを誘発、アサルトライフルで削りと負荷をかけながらエネルギーを回復し、上昇して離脱――

 

「圧倒的じゃないか、Tr024は!」

 

 戦闘開始から二分足らず。けしかけておいて押されているのは自分達の方であるにも関わらず、彼はヘッドパーツを器用に動かし満足げに笑っていた。

 その時、彼の白衣のポケットに入っていたスマートフォンが一定のリズムで振動した。彼は少し下がって後ろを向き、それが誰かわかっているかのように、碌に画面も見ずに通話ボタンをタップする。

 

『いつまで面倒をかける気だ』

 

 彼が言葉を発するより早く、相手は強い語気で高圧的に詰ってきた。

 

「おおアミダくん、そろそろ声をかけようかと思っていたが、君の方から連絡してくるとはね」

『心にもないことを……本社から放逐されただけでは足りなかったようだな、プロフェッサー・ウェンズデイ』

 

 己の能力への絶対的自負、その落差からの唾棄こそは、アミダからムラクモ=ウェンズデイ、そしてこの代表取締役社長ウェンズデイへの些かも揺るぎのない評価であった。ウェンズデイのフランクな態度を一蹴し、アミダは立て続けに彼の不手際を追及する。

 

『不細工なデッドコピーなぞ作って満足か? ようやくTr024の再現を諦めたかと思えばすることがこれとは、呆れを通り越して憐憫すら浮かぶぞ』

「技術的妥協というものだよアミダくん。我輩は気付いたのだ、少々高望みし過ぎていたと」

『高望み? 無謀か蛮勇の間違いだろう。自分達の無能を棚に上げて愚鈍な生ゴミばかりを量産してきた分際で――』

「忘れていないかねアミダくん?」

 

 その途中で、ウェンズデイはアミダの罵倒を遮った。

 

「我々がしているのはビジネスだ。百パーセントの品質が約束できないなら、コストカットを視野に入れなければならん。裏を返せば、たとえ当初の目標から四十パーセントダウンしたとしても、()()()()()()()()()のだよ」

 

 ウェンズデイはスクリーンの方に振り返る。リンクス(Lynx)と呼ばれた黒いワイルドキャットの小隊は、オリジナルを相手に明らかに苦戦を強いられているが、その周囲にいたG6 レッド率いる輸送部隊は、ついでとばかりに壊滅に追い込まれていた。

 

『……なるほどな。全く趣味の悪い、これがベイラム相手のデモンストレーションという訳か。脳筋共には丁度いい目眩ましだ』

「プレゼンテーションと言って欲しいね。それにベイラムだけではない。アーキバス、ファーロン、BAWS、他にも金の匂いを嗅ぎつけた投資家達がこの作戦を注視していることだろう。山野ツネコに至らずともこの戦果だ。彼らは金に糸目を付けんだろうよ」

『カイザーが候補に入っていないのはそういうことか』

「本社の連中は後悔する。そして自らが標的となった時、身を以って我輩の偉大さを思い知ることになるのだ」

 

 ウェンズデイはほくそ笑んだ。()()()()()()()()()()()()蒙昧な連邦生徒会の手が入ることを恐れ、無関係を装う為に自分達を切り捨てたカイザーコーポレーション。その戦力が強化人間駆るリンクスの群れに蹂躙され、彼らを邪魔者と見做す勢力に端から消し潰されていく――思い描く未来予想図を、カイザーのロゴにあるタコが足を捥がれ喰いちぎられていくようだと、ウェンズデイは自ら形容した。

 そしてその笑みを維持したまま、彼は電話越しに反撃に出る。

 

「それにだな、アミダくん。君も少し脇が甘いところがあるようだ」

『何だと?』

「ニールくんではないが……我輩にとっても、最早山野ツネコ本人すら必要ない。何故なら――」

 

 もったいぶって、一拍。

 

「我々は最強の人型兵器、山野ツネコのクローンを手に入れられるのだからな!!」

 

 

 

 

 

 レッドガンからの要請を受けた風紀委員長・空崎ヒナが、行政官・天羽アコを伴って現場に到着した時には、戦闘は既に終わっていた。燃え盛るキタサキジャンクションと周辺の街並みは、キヴォトス最悪の治安の悪さを誇るゲヘナだということを加味しても、惨憺たる様相を呈している。

 

「……これはどういうこと?」

 

 ヒナは眉間に僅かに皺を寄せて問う。彼女自身、事前に話を聞かされていない訳ではなかった。風紀委員会とベイラムグループの協働治安維持活動のテストケースとして事前に雇った独立傭兵が、レッドガンの投入を待たず独力で温泉開発部を撃破したこと。報酬の受け渡し中に、正体不明の(ムラクモ=ウェンズデイを名乗っていたが確証はない)敵部隊からの襲撃を受けたこと。

 ヒナが問いただそうとしたのは、ベイラムの雇用戦力が指名手配中の便利屋68であったこと、そして彼女達の傍らで――カラーリングこそ異なるが――明らかに敵機と同型のロボットが動いていることだった。

 

「ちょ、ちょっと! これまで通りなら逃げるところだけど、ツネコに手を出したらただじゃおかないわよ!」

 

 意外なことに、普段なら一目散に逃げていくであろうアルは、攻撃に巻き込まれ煤けた顔を怒りに歪め、銃口をこちらに向けてきた。他のメンバーもそれに倣い、各々の銃を手に鋭い視線を投げかける。

 これまでの便利屋68の情報にない名前――恐らくあのロボットのパイロットなのだろうその人物は、彼女達がそれほどまでに敵愾心を向けてでも守らなければならない者なのだろうか。そう推測するヒナに、倒れ込んだ黒い同型機の前に膝を突いていたオレンジの機体が、緑色をしたカメラアイを向けてぼんやりと明滅させた。次いで外部スピーカーから、途切れ途切れのハスキーな声が出力される。

 

『風紀委員会、委員長……空崎ヒナだな。そちらは……行政官、天羽アコ。時間が惜しい……手が、空いているなら……あなた達にも……手伝って、貰いたい』

「な、何ですかあなたは? 大暴れして辺り一面めちゃくちゃにした挙句、忙しい中赴いたヒナ委員長をこき使おうだなんて!」

『山野ツネコ……ミレニアム、エンジニア部、及び……便利屋68、所属……これでいいか? 社長、落ち着け……機体の、中を……確認しよう』

「え、ええ……」

「話は終わってな――」

「アコ、待って。様子を見ましょう」

 

 金切声を上げるアコを軽くあしらい、ロボットは視線をアルと足元の機体に向ける。ぞんざいな扱いを受けてヒートアップしようとするアコを諫め、ヒナは武器を下ろして彼女達に歩み寄った。所属が学園を跨いでいるのも気になるが、自分という脅威を放置するどころか、協力を求めてまで当たらなければならない――“時間が惜しい”為に余裕を失う程の事態に直面しているようだ。

 

『同型機なら……開放スイッチも、同じ筈だ。私も、直接見たい』

「わかったわ。カヨコ、ハルカ、ツネコをお願い」

 

 敵意がないことを示すべく、ヒナは接近しつつスリングベルトを肩にかけ、得物から手を放した。それは彼女達の攻撃では傷一つ負わない自信の表れではあるが、攻撃するつもりがないのも事実。それを感じ取ってか、特に指示を出されず待機するムツキも、ヒナをじっと見つめるに留まっていた。他の三人の内、アルは黒い機体の胸部へ、カヨコとハルカはツネコの機体の前に移動していく。

 脱気音と共にオレンジ色のハッチが開き、その中からカヨコとハルカに抱えられて‘取り出されたもの’に、ヒナは瞠目した。

 

「え――」

 

 ノースリーブに改造されたミレニアムの制服に身を包んだ、癖のあるベリーショートの黒髪、鳥の足跡に似たヘイロー、鉤爪の生えた指を三本ずつ備えた始祖鳥のような翼を持つ生徒。しかし、それらの特徴の印象を掻き消して尚余りあるのは、彼女に四肢がなく、その上身籠っていることだった。

 

「ヒナ委員長、どうし――ひっ!?」

 

 アコが怯えた声を上げるのも無理はない。多少の火傷や骨折ならまだしも(ゲヘナに於いてはむしろ日常といえる)、生徒が四肢を失うことなど普通に暮らしていればありえないことだからだ。自分達に認知的不協和をもたらす、山野ツネコなる生徒の姿そのものが、その背景に厳然と存在する恐るべき悪意を突きつけてくる。風紀委員会として規則違反者やテロリストに暴を振りまく者であるからこそ、ヒナは彼女の擁する異常性を痛感した。きっと、アコも同じ気持ちだろう。

 

「……ツネコは、私達が先生と一緒に助けた。今この子は、自立した生活ができるようになる為に頑張っているんだよ。邪魔するなら、絶対に許さないから」

 

 目に涙をいっぱいに溜めて、カヨコはヒナとアコを睨みつける。先生が関わっていることには驚きもあったが、同時にヒナは納得していた。彼女達の本気度合いに先生の監督があるのなら、ツネコは悪いようにはされない筈だ。

 

「……わかった。山野ツネコ、私達は何をすればいい?」

「感謝する……まずは……これを、開けてからだ」

「――開いたわ!」

 

 黒い機体のハッチが、先程と同じ脱気音で開放される。抱えられたツネコを含む便利屋の面々についていく形でコックピットの前に辿り着き、ヒナとアコはまたしても悍ましいものを目撃することになった。

 

「な……こ、これは、一体……」

「ツネコと同じよ。人間を兵器の部品に変える、悪意に満ちた手術を受けた『強化人間』達」

「犠牲者はツネコ一人じゃないとは思っていたけど……本当に、ムラクモはどこまで……!」

 

 手足のない生徒が狭いコックピットの中心に据えられ、各部の接続ソケットに向けて何本ものケーブルが伸びる様は、哀れな実験の犠牲者から人間性を吸い取って動かすもののようにも見えた。こんな機体と、それに繋がることを前提にした体を仕事道具にするツネコは、そこに一体どれだけの苦悩と覚悟を抱えているのだろう。そうしてヒナがツネコと眼前の生徒とを見比べていると、ツネコは一言「下ろしてくれ」。それに従い、カヨコとハルカが慎重に機体の水平部分にツネコを座らせた。

 

「……接続開始」

 

 ツネコの後頚部に据えられたUSBハブのような機械から、長いケーブルをうねらせて接続端子が飛び出してくる。それは一直線にコックピットに横たわる生徒の首の後ろに進んでいき、先端の動きで器用に元々刺さっていたものを抜いてから、自分がそこに収まった。

 数秒の沈黙の後、ツネコが口を開いた。

 

「認識できない……神経インパルスが……発火していない。こちらからの、アクセスにも……応答がない」

「そ、それって、つまり――」

 

 何かを察し色を失うハルカに向けて、ツネコは機械のようにゆっくりと振り返り、首を横に振りながら答えた。

 

「この生徒は……既に、死んでいる」

「う、ぷ、ぉぇ……!」

「あ、ちょっと、大丈夫!?」

 

 吐き気を催したアコがムツキに介抱される中、ツネコは僅かに逡巡したらしき様子で俯いてから、ヒナに声をかける。彼女の顔には一切の表情が現れなかったが、ヒナにはそれが何か大きなもので悲しみを覆い隠そうとしているように見えた。

 

「ヒナ……レッドガンを、通じて……ベイラムの、系列、病院に……連絡、してくれ。それから、救急医学部にも……」

 

 シャーレが保有するヘリのローター音が、キタサキジャンクションに近付きつつあった。

 

 

 

 

 

「説明してください、先生! あれは……いえ、あの人達は、一体何なんですか?!」

 

 会議が始まって開口一番、怒鳴りつけるような勢いでアコが詰問した。そうでもしないとやっていられないのだろう。

 

「こんな大変なことが起こっているのに、どうして教えてくださらなかったんです!? まだ身元確認はできていないにしろ、もしもゲヘナの生徒だったら――」

「アコ、落ち着いて」

 

 先生が急場の戦力としてシオを引き連れ(ホシノは当番としてシャーレに残った)、キタサキジャンクションに急行した時には、現場は既に医療関係者が集まり始めていた。先生は便利屋の面々に大きな怪我や消耗がなかったことに安堵しつつ、今後についての話し合いの為、ヒナとアコもヘリに同乗させてシャーレに戻ることにしたのだった。尚、ワイルドキャットはエンジニア部が新たに飛ばした無人ヘリで回収されている。

 今シャーレの会議室を使っているのは、先生に加えて、風紀委員会のヒナとアコ、便利屋68のアル、ムツキ、カヨコ、ハルカ、ツネコ、アビドス対策委員会のホシノ、BAWSのエラとシオ。来たるBAWS第二工廠への強制監査に向けてのミッションブリーフィングとしてのこの会議は、この他のメンバー十六人はリモートでの参加となっている。その様子は、会議室前面の巨大なモニターにまとめて表示されていた。

 

『――それについては俺が話そう。俺はドクター・アミダだ。この件に関するオブザーバーの立場にある。ムラクモの敵という点ではシャーレと利害が一致しているからな』

 

 そのうちの一人であるアミダが、アコの言葉を拾って口を開いた。“面倒が嫌い”な彼らしい早口の自己紹介にアコが目を白黒させている間に、ヒナが視線で続きを促す。それに応えるように、画面共有でモニターに表示されたのは、強化人間の概要を説明する図解のようなもの。

 

『あれはムラクモの開発した生体兵器だ。人間を生体CPUに改造し、神経接続で人型兵器を制御させる。そこにいる山野ツネコが唯一の成功例、だと考えていたが……認識が甘かった』

「“どういうこと? ツネコだけじゃなかったの?”」

 

 そこで飛び出したアミダらしくない一言。思わず先生が口を挟むと、「お前にとってはもっと深刻だろうな」と忌々しげに言ってから、彼は衝撃的な説明を始めた。

 

『奴らは要求性能を下げた。山野ツネコ程の性能がなくとも、売りに出すには十分だと判断したようだ。聞く限りでは、先の襲撃は第二次実地試験だそうだが……テストが済んで兵器としての商品化も決まっている以上、奴らの被験体収集は加速する。文字通りの人間狩りが始まるぞ』

「“商品……人間、狩り……?!”」

『それだけじゃない。ついさっき遠隔で確認したが、カイザー本社にある俺の仕事場からクローニング関連技術の情報が持ち出された形跡がある。連中はモンキーモデルを売り出しながら、自分達は『山野ツネコ』を量産し戦力にするつもりでいるらしい。曰く、最強の人型兵器だとさ』

 

 先生は心臓を握り潰されるような錯覚を覚え、呼吸すら覚束なくなった。画面共有が停止され、再び全員分表示された参加者の顔も、一様に蒼白になっている。

 要求性能の低下――それはツネコ程の戦闘能力が求められなくなり、強化人間の脳にかかる負荷が低減されることで、製造・試験過程での損失が減少し容易な兵器化が可能になるということ。人死にこそ減るが、それは同時にツネコのような「死んだ方がまし」な思いをする生徒を新たに生み出すことに他ならない。犠牲の裾野は一気に広がり、人間性を奪われた生徒達は紛争の道具として売り買いされ使い潰される。その上ツネコ自身は、クローニングによって遂に存在の唯一性すらも剝奪され、手術の過程で受けた壮絶な苦痛が、コピーされた『山野ツネコ』に再生産されるのだ。

 

『――あっていいわけないでしょこんなことが!!』

 

 皆が言葉を失う中で、その沈黙を最初に破ったのはチヒロだった。彼女は表情筋で自分の眼鏡を割ろうとするかの如く顔を歪め、肉食獣のように歯を剥き出してがなり立てる。それは参加者のミレニアム生は勿論、先生さえ見たことのない般若の形相。

 

『科学技術を何だと思ってるのムラクモは! 人間を兵器に改造して、その上売り物にするなんて正気の沙汰じゃない! そんなものを許したら、キヴォトスの生徒は誰だって狩られる対象になる……黙っていたら、次は私達自身の番だよ!』

『きっと、ベイラム、アーキバス、ネフティス、それに我が社ファーロンのような、各校自治区の大企業に売り込む気です。技術提供を餌に、裏社会の権力者やテロリスト、革命勢力に武装蜂起を促す可能性もあります』

「腐ってもうちの工廠を使ってるんだ。裏の投資家達に首を縦に振らせれば、量産体制はすぐに整うだろうね」

 

 チヒロに続き、傭兵起用担当たるスミカとシオが、その業界に通じる者としての懸念を冷静に、しかし危機感を持って告げる。それは参加者達の間で点り始めた義憤の炎に、いよいよ油を注ぐことになった。画面越しのセイアが、普段の衒学的な皮肉っぽさをかなぐり捨てて叫ぶ。

 

『……強化人間の存在は、恫喝というレベルを凌駕している。これが解き放たれれば、ただちに各地で火の手が上がるだろう。薄氷の平和が破られ、キヴォトス全土が灼熱の戦争で焼き尽くされる。ムラクモと強化人間がその中心だ!』

「……」

 

 その言葉を聞いたツネコが僅かに視線を落としたことに、先生を含め誰も気づかなかった。場を落ち着かせるような、同時に自分自身にも言い聞かせるようなユウカとノアの言葉に皆が注目したからである。

 

『……だからこそ、私達は冷静でいなければなりません。セミナーとしては、学園間での情報共有と連携を最優先にすべきだと考えます。今回の強制監査を通じて事実を明らかにし、各自治区の大企業や投資家に対しても、責任ある対応を迫る必要があります。これはキヴォトス全体の秩序を守るための戦いです』

『とはいえ、これがシャーレの権限による事実上の武力制裁であることも確かですので……私達はC&Cを戦力として提供します』

 

 C&Cの出動は、先のOKB621強制監査に参加していたネルが出ることを意味する。「“ネル、大丈夫……?”」と先生が心配して問うと、腕を組んで話を聞いていた画面内のネルがずいとカメラに顔を近付けて答えた。

 

『……むかっ腹が収まらねえんだよ、先生。ここであのクズ共をギッタギタにしてやらなきゃ、あたしは気分よく学校なんて行ってられねえんだ』

『少々乱暴ですが、私も同意見です。怒れる美少女ハッカーの手で、ムラクモのどんな秘密もつまびらかにして見せましょう』

 

 ネルと同じタイルに並んで映っていたヒマリも同意見のようだった。どちらも静かな怒りを滲ませつつ、今回の作戦に対する意欲を滾らせている。それに触発されて、トリニティの生徒達もその意思を強く表明し始めた。

 

『この事態を放置すれば、OKB621の惨劇を繰り返すことになりかねません。正義の名を冠する者として、私達は責任を果たすべきでしょう』

『……私も出る。異論はないな、ナギサ』

『ナギちゃん、私にも行かせて。ツネコちゃんみたいな子が苦しむのはもう見たくない』

『……わかりました。ティーパーティーとしても、この作戦に参加する意義は明白です。こちらの三名を、我が校の代表として参加させましょう』

 

 ハスミとツルギに加え、ツネコを初めて見て寝込んでいたミカまでもが、今はその瞳に燃えるような決意を宿し、戦列に加わる覚悟を示していた。その意志を酌み、ナギサが三人を戦力として送り出すことを宣言する。その隣で、セイアも力強く首肯した。

 

「ゲヘナは私が出撃する。アコ、戻ってくるまで任せる」

「はい、ヒナ委員長! レッドガンとの協議は私が代行して進めておきます。万魔殿にも文句は言わせません」

「うへえ、ベリウスは一応アビドスの一部だし、おじさんも頑張ろうかな」

 

 かくして、工廠への突入を担当する面々の輪郭が定まりつつあった。残る参加者達はそれぞれの専門分野から後方支援を約束し、作戦全体を支える体制が整えられていく。

 

『強化人間の生体情報については、私達エンジニア部に一日の長がある。万一手術済みの生徒が発見されたなら、役に立てることがある筈だ』

『ヴェリタスも協力する。自己破壊させられるようなプログラムが走っていたら目も当てられないことになるからね』

『であれば、私も。状況によっては、一刻も早い救護が必要です』

「工廠から連中を追い出したら、後始末はあたしらに任せてくれ。シオ、準備しときな。忙しくなるよ」

 

 そして、意外と言うべきか言わざるべきか、便利屋68は直接的な参加を辞退した。もっと言えば、それはツネコを最優先した結果――愛すべき新入社員の初仕事で危機に見舞われたことが、彼女達をナイーブにさせているようだと先生は察した。

 

「私達はツネコのそばにいることにするわ。ムラクモの襲撃を受けるかもしれないから……」

「オリジナルのツネコちゃんはムラクモにとって邪魔になるだろうしね」

「シャーレに身を潜めておく。他の場所にいるよりはツネコを守りやすい」

「つ、ツネコさんを傷付ける人は皆殺しです!」

『ということは……ワイルドキャットも狙われる可能性がありますね』

『機体は研究棟で厳重に管理しておくよ。任せて』

 

 戦場に赴く者、後方で支える者、そしてツネコを守る者。それぞれの立場が明確になったことで、作戦の輪郭が現実のものとして迫ってきた。先生はその光景を見つめながら、ツネコの存在がこの戦いの中心であることを改めて痛感した。

 

「“――それじゃあ、確認するよ。作戦領域はベリウス地方、BAWS第二工廠。目標は工廠を私物化している企業・ムラクモ=ウェンズデイへの強制監査、及び強化人間手術の被験体となっている生徒の救出。決行は明日午後六時だ。午後四時までにシャーレに集合すること。……キヴォトスの未来を、人間の自由と尊厳を、ムラクモから奪い返そう”」

 

 しかし、会議に参加する誰もが見落としていたのだ。

 

「……」

 

 皆にとっての全ての始まりであり中心であった筈の少女を、置き去りにしたまま話を進めていたことを。

 

 

 

 

 

 その夜、アル達と雑魚寝する居住区の寝室から、ツネコは芋虫のように這い出していた。腹の重みに耐えかねて時折動きを止めながら、暗闇の廊下を進み、階段を一段一段下りていく。

 ツネコの脳裏には、初めてアルと対面した時の言葉が去来していた。

 

“……今のであなたは死んだわ。昨日までのあなたはね”

 

「社長……」

 

 次いで思い起こされたのは、量産型ワイルドキャットのコックピットに沈む強化人間の遺体。記憶の中のその姿は、ツネコ自身の足元から伸びる影のようでもあった。

 

「あの時の……私は……まだ、死んで、いない……」

 

 窓の外に目を遣ると、ミレニアム方面から飛んできた補給シェルパが、丁度シャーレのエントランス正面に着陸しようとしているところだった。

 

「一度、生まれたものは……そう簡単には……死なない……」

 

 何故か電源が入りっぱなしになっていた自動ドアは、外に出ようとするツネコを遮ることはなかった。

 ツネコの小さな影は、誰に知られることもなくシャーレの外へと滲み出していった。

 

 

 

 

 

 翌朝、まだ起き抜けの先生がコーヒーを飲んでいる時。

 ドアを乱暴に開け放つ音と共に、アルの悲痛な叫びがシャーレのオフィスに飛び込んできた。

 

「先生ッ!! ツネコが、ツネコがいないの!!」

 

 むせそうになりながら先生が振り向くと、アル達四人は寝間着のまま、明らかに寝室から飛び出してきたばかりという様子だった。彼女達の血の気の引いた顔が、眠気も吹き飛ぶ焦りと恐怖をありありと表している。

 

「お風呂場もお手洗いもどこを探してもいなくて……も、もしかして、もうムラクモがここに――」

『せ、先生……ツネコさんから、メッセージが……!!』

 

 その時、先生にのみ聞こえるアロナの声。先生は素早くディスプレイを覗き込み、そこに表示されたメールの添付音声ファイルを一も二もなく開いた。

 

 

先生……これは……ある友人からの……いや、この私からの……極私的な依頼だ。

 

先生は、気付いているだろう……ムラクモの、潜在的な、危険性に。

 

私達が、破壊したはずの……強化人間、手術の技術は……しかし、生き残り、残党が集まり……研究開発を……続けていた。

 

蓄積されたノウハウは……爆発的に、拡散して……強化人間を増やし……やがては、裏社会から溢れ……キヴォトスに、蔓延する……闇となるだろう。

 

その前に、ムラクモと……その研究成果を……焼き払う、必要がある。それが……ムラクモに関わった……生徒達の、命を……消し去ることに……なったとしても、だ。

 

これは……便利屋からの、業務委託、ではない。私が……死んでいった……同胞達から、受け継ぎ……信頼できる、大人に……託そうとする……一つの依頼に、過ぎない。

 

 

 

先生。火を点けろ。燃え残った全てに。

 

 

 




大変お待たせしました。メトロイドプライム4楽しい(正直な告白)
ずっと書きたかったシーンを書けて満足していると同時に、それらのシーンを一話に収めるためについに禁を破って一万文字越えの話にしてしまいました。これも全部会議の台詞が長すぎるのが悪いんや……

アルの言葉に対してAC6の名台詞が最悪のアンサーになってしまいました。ウォルターも草葉の陰で頭を抱えていることでしょう。
またしても拡大自殺に走ろうとするツネコを止めることはできるのか?!
…なーんて白々しい予告をしてみたり。しかしご安心ください、ビツケンヌはハッピーエンド至上主義者です(そこに至るまでに曇らせ展開がないとは言ってない)
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