「全く……面倒な奴だ。こんなことの為に大勢人を入れることになるとは……」
苛立ちを隠さず早歩きで先を行くアミダに続き、先生と生徒達、そして浮遊する数機のホログラムドローンが、窓のない長い廊下を進んでいく。その表情は、胡散臭いカイザーの研究者の狙いを訝しむ者が半数、残りは沈痛な面持ちで視線を落としていた。
『……気付くべきだった。私の発言は、当事者たるツネコに対する配慮を大いに欠くものだったと』
『セイアさん……』
『付き合いはないが、私でもわかる――彼女は危機感と希死念慮を最悪の形で煽られ、自らを恐るべき戦いに駆り立てたんだ。ムラクモとその研究成果を、自分諸共抹消する為に……』
ホログラムドローンの一機が、顔を覆うように頭を抱えたセイアと、その肩にそっと手を置くナギサの姿を映し出す。セイアが自分の放った言葉をここまで後悔するのは、先生も見たことがなかった。
ツネコがシャーレから消えたこと、そして彼女から先生に送られたメッセージの内容は、数分の内に作戦参加者全員に共有され、それから二時間以内に実働部隊がシャーレに集合した。酷く狼狽し自責の念に駆られる便利屋68に対し、責められる者は誰もいなかった。
「違う、違うのよ……明日に備えて早く寝ようだなんて私が言ったから……!」
「そ、それは違います! アル様は悪くありません! 自主的にでも寝ずの番をしていなかった私が悪いんです!」
「……私もツネコの気持ちを考えてなかった。自分と同じ強化人間が目の前で死んでいたのに……」
「ほんと、今思うとよく耐えてたよね、ツネコちゃん。それで出した答えが、何もかも背負って消えることだったんだ……」
エンジニア部の部室に置かれていたフォルタレザがなくなっていること、補給シェルパの使用履歴が残っていたことから、ツネコが単独でベリウスに向かった可能性があると判明。救援に出ようとした矢先、アミダが「移動手段を提供する」と言い出し、手配された自動運転車に乗って辿り着いたのが、彼の保有する(ツネコがセカンドユーザーとして登録されている)工場の地下だったのである。
何かにつけて面倒が嫌いであると口にするアミダが作るとは思い難い、同じような内観がどこまでも続く廊下。一方それは最奥にある何かを隠すような、他者がそこに辿り着くことをこそ‘面倒’だとするような慎重さも窺える。そこを歩く時間は、先生と参加者達が状況を整理し、今後について話し合うことに充てられた。
「“……いや、責任は私にある。私がしっかりツネコ本人と話をしているべきだった。今は、ツネコを助けることに集中しよう。ウタハ、チヒロ、ツネコの行方は掴めているかな?”」
『フォルタレザが遠隔起動されて自動運転で部室を出たことは確認済みだ。だがそれ以降の足取りは追えない。ツネコはフォルタレザにGPSを付けていなかったからね。より正確に言えば、ツネコの無線通信アダプターと連動する形式だったから、それがなければ無意味になる』
『さっき校内の監視カメラをざっと見てみた。補給シェルパはフォルタレザを載せてシャーレの前に飛んでいったみたい。今シャーレ権限でヴァルキューレに監視カメラ映像の提供を要請して、ツネコの乗ったフォルタレザが映ってないか確認しようとはしているけど……動きが遅いね。こっちは人の命が懸かってるっていうのに……』
『まあ、そっちは当てにならないものとしよう。エンジニア部の部長さんから貰ったデータ通りなら、夜から明け方のうちにフォルタレザで砂漠を越えることも難しくはないだろうね。アビドス本土とベリウスを隔てる山も、旧道が残っているから通れないこともない。今頃は現地入りしててもおかしくないが……あの子の体だと、いずれ一人じゃどうにもならなくなるよ』
「……身につまされるというか、人の振り見て我が振り直せというか……おじさんちょっと言葉もないよ」
最終的に死ぬことが確定しているのなら、道中で野垂れ死ぬか返り討ちに遭うことさえツネコにとっては「強化人間が一人消えた」という成果になり得るのかもしれない。ムラクモ=ウェンズデイから“最強の人型兵器”と呼ばれた山野ツネコ、そのオリジナルが死ぬのなら、彼女の周辺人物が標的になるリスクを減らすという意味でも有効といえる――尤も、それを受け入れられるかどうかは別問題だが。
「ところで、私達どこまで歩けばいいの? ずっと同じ景色を見てる気がするんだけど」
「何回か耳抜きしているから、かなり深く潜っているのは確かね」
「なんかゲームで見たことあるぞ。移動距離とか方向感覚を狂わせる為にわざとそう作ってんだ」
「察しがいいな
しばらく歩き続け、アミダはようやく立ち止まった。前方にリフトのようなものが見えているにも関わらず、彼は壁の方を向いている。
「あのリフトではないのですか?」
「あれは罠だ。下にあるのは生物反応槽……吹き出す酸素が浮力を奪う。一度落ちれば二度と戻っては来られない」
「……性格の悪い奴だ」
「用心深いと言って貰おう……こっちだ」
壁に偽装されたセンサーにアミダが触れると、どんでん返しのように壁が開き、その向こうに大型のリフトが現れた。全員が乗り込んだのを確認してからのアミダの操作で、リフトはゆっくりと下降していく。降りるに従ってリフト周囲からは壁がなくなり、その向こうにあるものを見下ろすことができた。
「“あれは……?!”」
「――本当は、もうどうにもならなくなった時のとっておきだったんだがな」
現れた格納庫の中心に鎮座した、巨大なロブスターを思わせる赤い機体。それを背にして、アミダは自慢するように、しかし皮肉っぽく、腕を大きく広げてみせた。
「最深部へようこそ。これがファンタズマだ」
結論から言えば、アミダの用意した移動手段は極めて有効に働いた。
アミダが個人的に極秘開発した次世代コンバットリグ『ファンタズマ』。ファンジェットエンジン及びターボファンジェットエンジンで浮遊・推進する機体の速力は、本来予定していた移動時間を大幅に縮めることに貢献したのである。そして先生率いる実働部隊の突入も、強引ながらこれ以上ない奇襲性を以って行われようとしていた。
『最終接続システムオフライン――パフォーマンスは三十パーセントダウンしているが……奴らを潰すには十分だ。おい、全員聞いているな?』
BAWS第二工廠上空。ファンタズマに備わった
『一度しか言わんぞ。その突撃降下用ドロップポッドは急造品だが性能は保証してやる。落着時の衝撃を外殻が破壊・展開されるエネルギーとして吸収するクランプルゾーン構造だ。そいつで工廠内部に侵入し、目的を達成しろ』
『エラ社長から頂いた図面から、最も突入に適した位置を割り出し済みです。救出対象を巻き込む心配はありませんよ』
『うちらとしては施設の破壊は避けたいところだが、そうも言っていられないか』
『突入後は俺が陽動に回る。面倒な説明は終わりだ、行くぞ』
そしてカウントダウンもなしに、ドロップポッドはファンタズマの下方へ放り出された。
「“わああああぁぁぁぁぁっ!? あ、アロナプラナお願いぃっ!!”」
『了解。全力でお守りします』
『せめて心の準備くらいさせてくれたっていいじゃないですか! 何なんですかあの人!』
こんな乱暴なやり口で突入を敢行することが罷り通ったのも、アミダが生徒と先生の実力や耐久性を高く見積もっていた――先生の場合シッテムの箱込みで、つまりそのタブレットが先生の安全を確保していることを知っていた――こと、それを生徒達が勢いで受け入れてしまう程に状況が切迫していたことによる。道中での広域スキャンではツネコが発見できなかったことから、既に彼女がベリウスないしBAWS第二工廠に到達している可能性が高いと判断されたのだ。ツネコが再びムラクモの虜囚或いは実験体となっていることも考え得るもので、それはただ彼女が死ぬよりも恐ろしい最悪の想定。故に生徒達は一切の妥協もなかった。
高高度から落下したスパイク状のポッドが、その運動エネルギーによって工廠の屋上を貫き、更に複数の階層を突破して一階に落着。衝撃を吸収した外殻が破れて放射状に展開する。周囲にいた警備員は完全に不意を突かれる形になった。
「て、てきしゅ――」
「遅ぇよ!」
「ごはっ!?」
「ぎゃあぁッ!!」
ショットガン四丁、サブマシンガン三丁、スナイパーライフルとマシンガンとハンドガンそれぞれ二丁による破壊の嵐が一瞬のうちに吹き荒れ、先生が立ち上がる頃には周囲に動くものはなくなっていた。
「“……よ、よし、始めるよ。予定通り、私と便利屋の皆でツネコのところに行く。他の子は施設を制圧して、プロフェッサー・ウェンズデイを捕えるんだ。アミダ、そっちは大丈夫?”」
『案ずるな。こいつに乗れば、もう誰も俺を止めることはできない。死ね、ムラクモ!!』
憎き同業他社に合法的に戦争を仕掛けられるとあってか、アミダも妙にテンションが高い。ファンタズマしかり生徒然り、単にムラクモ=ウェンズデイを叩くだけなら明らかな過剰戦力だ。その点についてだけ、先生は相手に同情したのだった。
シッテムの箱を携える先生にも、ツネコ本人の居場所が明確にわかっている訳ではなかった。それでも、ツネコの狙いが――何の偶然か、黒服の依頼と同じ――ムラクモの技術とその産物の抹消、即ち自分を含む強化人間の抹殺であることを考えれば、そうした生徒達が集められている場所を標的にするのは自然な動きと言える。ツネコがそこを突き止める方法は、エンジニアとしての技術力か、傭兵として培われた嗅覚か、はたまた強化人間手術を受けた当時の朧げな記憶か。先生の勘は彼女の思考をトレースし、エラから受け取った工廠の図面を基に目指す場所を決めていた。
三階の渡り廊下を通った先の別館は、実験体となった生徒達の収容施設へと改装されていた。先生は救出対象のリストを四人のスマートフォンに送信し、檻の中の生徒をそれぞれ照合していく。
「ひい、ふう、みい……全員いるわよ先生!」
「“……よし、こっちへ! 安全な場所に避難するよ!”」
しかし、気になることがあった。ツネコがここに来ているのなら、何故彼女達に襲撃を受けた様子が見られないのか――その理由を、先生と便利屋68は最悪の形で知ることになる。
来た道を戻る形で再びの渡り廊下。実験体の生徒達は二人を除いてまだ手術を受けていなかった為、多少の体力の衰えこそあったものの、先生に続く形で走ることができていた。彼女達の力を借りて手術済みの生徒をストレッチャーに載せて運び、合わせて二十名の団体が渡り廊下の中央を通過しようとした時、
「うわあっ!?」
「ひゃああっ、なっ何?!」
「何の光!?」
先頭を行くハルカの数メートル先を、淡い青緑色をした強烈な光が薙ぎ払った。続けて最後尾にいた生徒のすぐ後ろも同様に光に襲われ、溶断された渡り廊下が重力の軛に囚われ落下していく。悲鳴と轟音、そして衝撃。コンクリートの破片と土煙の中で、何とか状況を把握しようと割れた窓から体を乗り出した先生は、
『先生……』
それを聞いて、そして見た。
『そこにいるのは、お前なのか……?』
土煙を青白い噴射炎で引き裂くように舞い降りてくる人型。純白の装甲は生物的且つ女性的な曲線を帯びながら、その妖艶な美しさを禍々しいという域にまで到達させている。右手には同じく曲線的なデザインのライフル、左前腕には長大なブレードのような何か。そして両肩には、一対の光波キャノン。
『俺は……』
先に見た光に、先生は見覚えがあった。それを生み出せる者を、先生は一人しか知らなかった。
「“つ……ツネ、コ……?”」
『先生、お前を……』
カメラアイの見当たらない頭部、その見えない視線が先生を射抜く。
その向こう側にある筈の、無機質でも暖かな赤い輝きを、先生は想像したくなかった。
『――消さなければならない』
先生は初めて、キヴォトスという世界の不条理を本気で呪った。
大変お待たせしました。
今回のお話なのですが、本来一話にまとめるつもりだったものの執筆を途中で切り上げ、準備号を兼ねた形で投稿しています。予定通りに書く場合、前回を遥かに超える文字数になることが予見されたため、現在の執筆ペースではクオリティやモチベーションを維持できないと踏み、これまで自ら課してきた禁を破っての分割公開となりました。ボリューム不足を感じる方もいらっしゃるでしょうが、何卒よろしくお願い申し上げます。
とはいえ、この話のラストで大体やりたいことはわかっていただけたと思いますw
舞台が大気圏突入中のザイレムでないことは惜しいですが、ツネコを色んな意味で大暴れさせていくつもりです。大丈夫、ハッピーエンドだよ(マジキチスマイル)