オルファン対策会議から一夜明けて英理佳は自室で横になりながら、あることを考えていた。クルーエル・ブレイズから聞いた"再リバイバル"についてだった。アンチボディ同士が融合して、その名の通り再びリバイバルすることによって生まれ変わる。そうすれば自分のブレンの負った傷が治るかもしれない。
だがブレイズが仮説だと言っていたように、それが本当に起こるのかも定かではない。過度な期待はしなくとも、それしか道がないなら縋るしかないのかと英理佳は天井へとため息をこぼした。
そんな時、誰かが彼女の部屋へと訪ねてきた。ノックが聞こえたので「どうぞ」と返しながら起き上がる。やってきたのはカナンだった。
「こんにちは。ブレンに顔を見せて無いようだけど、何かあったの?」
「いやさー……今のウチで、あの子に何がしてあげられるのかわからなくて」
英理佳は頭をかきながら目を逸らして言う。今まで彼女とエリカ・ブレンとの仲睦まじい様子を見ていたカナンからすれば理解が出来ない内容の言葉だった。
「どうしてそんな」
「ウチがしてあげられるのは、せいぜいモップで擦ってあげるだけ」
珍しく落ち込んでいる姿を見たカナンは彼女が何を憂いているのかを悟る。初めて目にした時から、そのブレンパワードの姿は目に焼き付くほど衝撃的だった。カナンがオルファンにいた時ですら、あんな傷だらけのアンチボディを見たことは無い。余程、使い方が荒くパイロットもガサツな人間なのだろうと想像していたが現実はその真逆だった。ブレンパワードを労り、その傷を自らの受けたものとして思い悩むことが出来る少女。英理佳のブレンパワードとの接し方はどことなく勇と似ているとカナンは感じていた。
「あの傷はあなたの落ち度ではないんでしょう? 気にしすぎるのはあなたにもブレンにとっても良くないのよ」
予想外の返しに英理佳は「ブレンにも?」と目を丸くする。
「あの子だって、あなたが気に病んでることを感じ取れるはず」
カナンの言う通りアンチボディは人の心の動きを感じることが出来る。コクピットの中で怯えれば、アンチボディもその恐怖を直に受け取ってしまう。英理佳もそれは分かっていたが、いざ傷の事を考えると冷静さを失ってしまうのだ。
「そっか……それもそうだね。ありがとカナンさん」
くよくよしていても現状は変わらないと思った英理佳は険しい表情から、いつも通りの笑顔に切り替える。こういった強さは比瑪のようで、それは彼女自身も気づいてはいないだろう。だが傍から見ているカナンにはよくわかった。
「お礼はいいわ。ブレンの所に行ってあげたら? あんまり一人にすると寂しがるわよ」
「そうします」
英理佳は上着を羽織りながら部屋を後にしようとするとカナンに呼び止められる。その方へと振り返ると「アイリーンさんが適度に休むようにって」とカナンは伝言を伝える。よく聞いた言葉に英理佳は苦笑いを浮かべる。
「昔からの耳タコなんで、心得てるっす」
伝言への返答を残して格納庫へと走り去る英理佳。その遠ざかる背をカナンは見つめていた。ブレンパワードという存在が人と人の繋がりを生み、更に強くするのだと学びながら。
英理佳が格納庫へ辿り着くと真っすぐにエリカ・ブレンの元へ向かうがその姿に啞然とする。なんとプレート台で両足を抱えて横になっているではないか。その様はまるで落ち込んだ小さな子供の様だった。メカニックに話を聞くと正午を過ぎたあたりから、ずっとあの体勢だそう。いつもは朝一番にブレンの元へやってくる英理佳だったが今日は既に午後十五時。いつまで経っても彼女との時間がやってこない事に落胆したのだろう。
「もー、ゴメンってば。ちょっと遅れただけっしょ」
やれやれと、英理佳はプレート台に掛かった梯子を登ってブレンへと近づく。巨大な図体が小さくうずくまっても、その大きさは大型のダンプカーといい勝負をする。
「別に一回くらいでそんな……」
そう言いかけて英理佳はハッとして動きを止めた。たかが一回。初めは"たかが"で済ませていた事がどれだけ重要だったかを思い出した。一度許してしまえば、相手は二度目もいけると何度もそれを繰り返す。自分の親がそうだった。
英理佳の脳裏である日がフラッシュバックする。その日は毎年必ず両親が揃って帰る日だったのだが、八年目はそうではなかった。父母の両方ともが仕事の都合上、帰ることが出来なかったのだ。けれども幼い英理佳でも両親が忙しい仕事をしていることは承知していた。祖母が事あるごとに両親の仕事は人の為になる素晴らしいものなのだと語っていたから。
だが二年後、両親は誕生日に彼女の前に姿を現すことは無かった。普段から電話を寄越すことはあったが、その日は"誕生日おめでとう"の電子メールと二百ドルの入った封筒だけが送られてきたのだ。
こんなことが普通ではないことくらい分かっていた。友人の誕生パーティーに招かれると自分の家との差で驚愕するばかり。多くの人に、何より家族全員に囲まれながら祝われることが、当たり前だとされている。だが英理佳はその"当たり前"があることが、どれだけ幸せなことか理解していた。
ブレンにも同じ様なことをしようとしていたことを英理佳は深く恐れた。一歩間違えば自分も両親と違わぬ存在になっていたのだ。
「ホントにごめん……ウチ……あんたに酷いことを……」
ブレンの体に触れようとすると英理佳は背後から小突かれて転びそうになる。振り向くとそこには大きな指があり、再びこかそうと優しくつついてくる。
「あ……あんたねぇ!」
潤んだ瞳のまま頬を膨らませる英理佳を見てブレンは大笑いの声を上げる。最初からそのつもりで横になっていたのを知り、英理佳は「ふーんだ」と腕を組んでそっぽを向いた。エリカ・ブレンは、すまなかったと何度も唸るので許してあげることにする。
そんな二人の一連のやり取りを見ていたメカニック達は、いつも通りだと安堵するのであった。
***
その日の夜、英理佳は夜間の哨戒任務を行っていた。通常はイランドのパイロットに振り分けられるものだが、今日だけは例外だった。
というのも日中にオルファンの海域──敵陣に堂々と入るような事態があったのだ。グランチャーで会議にやってきた伊佐未研作を、その息子の勇が単身で追跡・潜入をしたからだった。彼の救出にノヴィス・ノアのブレンパワード隊が総出での出撃。それに対してリクレイマーはその倍以上の数のグランチャーを出してきたのだ。
その後は勇を回収して全力で後退をするが、両者の間では緊張状態が続いた。その為ノヴィス・ノアではイランド、ブレンパワードの二段構えでの警戒網を張ることとなる。これが英理佳の出撃理由だった。
「初めて日本に来た時もこんな真夜中だったよね」
語りかける声にエリカ・ブレンは同意しながら、その時を思い返す。誰かを乗せて飛ぶことがこんなにも心地よいことだとは思いもしなかったのだ。それを教えてくれた彼女に感謝していた。
滑るように海上を飛行するブレン。下ではオルファンが浮上を開始しているとは思えない程に波は立たず穏やかだった。そんな静かな夜の海を二人は眺める。索敵・警戒任務でもあるが、それ以上に綺麗で見とれてしまっていた。月光が波で乱反射して海面に輝く道標のようなものが浮かび上がっている。まるで二人の進む方向を定めているよう。
「すごい綺麗……だけど、あれは?」
月光の道の先に巨大な影が差している。海に浮いている以上、船であることは確かだがそれにしても大規模だった。ノヴィス・ノアと同等、若しくは一回り小さいくらいのサイズで少しばかりの装飾が施されている。
英理佳は遠目から所属を確認しようとするがそれらしきマークは確認できない。リクレイマーを警戒した彼女は一旦、ノヴィス・ノアへと連絡を入れた。
「あー、こちら英理佳聞こえますかー?」
『……』
コンソールで無線通信を試みるが聞こえてくるのは微かなノイズのみ。不審に思った英理佳はもう一度スイッチを押してみるが何の反応もない。
「故障~? お昼の時はちゃんと使えたのにぃ」
他の計器等をあれこれ弄っているうちにブレンは引き寄せられるように船へと向かっている。英理佳が気づいた頃には既に船首甲板に降り立っているではないか。
「ちょっと! 勝手に降りないの!」
すぐにハッチを開けて巨大船のクルーの様子を伺うが誰も出てこない。初めは夜だからかと考えたが、それにしても不審だった。こんなにも大規模な船で明かりもついているのに人の気配が全くないのだ。
もしかしたらリクレイマーの罠で彼女を人質にしてノヴィス・ノアを不利な状況に追い込むかもしれない、そう考えた彼女はすぐにでもこの場から離れようとするが……。
「どうしたのブレン!? 早くここから離れないと!」
どうにかしてブレンを動かそうとするが、うんともすんとも言わずにただ一点を見つめている。その先には船橋だった。同じ場所へと視線を移しながら「あそこに何かあるの?」と訊くと頷くので二人で中を確認してみることにした。
エリカ・ブレンはゆっくりと浮遊して船橋の窓を覗く。英理佳もコクピットから様子を見たがやはり人っ子一人いない。
「やっぱ怪しい……」
過度な期待はせずに再度、通信を試みるがやはり応答は無い。ノヴィス・ノアとの連絡は直接でないといけないようだ。英理佳は帰投を決めたその時、船橋の奥で黒い影が動いたのを目にする。ほんの一瞬の出来事だったが、彼女は見逃さずにもう一度目を凝らす。やはり人のようなものがモゾモゾとしている。
「こっちには気づいていないの? おーい!」
船橋の頑丈そうな部分をブレンの拳でゴンゴン叩くと人影は更に奥へと消えていった。
「やっぱり誰かいるんだ。ちょっと見てくるよ」
もう一度甲板にブレンを降ろすと英理佳はコクピットから飛び出した。そうして着地すると、フリュイドスーツのポケットから腕時計を取り出して巻き付ける。
「一時間しても戻られなかったら、これで合図出すから迎えに来てね。自分が危なくなったら、すぐ逃げるんだよ!」
そう言い残して彼女は船内へと潜り込んでいくのをエリカ・ブレンは見送る。
扉の先はきらびやかな装飾が施された先の見えない廊下。その手すりの傍に船内図の書かれたパンフレットが立てかけられているのを英理佳は手に取った。それで船橋への道がある程度把握できたはいいものの、彼女はこの船にどんな施設があるのかが気になって目移りする。プールやカラオケボックスと言った娯楽施設の他にも、高級ビュッフェや景色の良い客室があることを知って目を輝かせた。これが任務でなければ、どれほど良い船旅が出来たかと惜しみながらも先に進む。
暫く進むとスタッフオンリーと書かれた扉に辿り着く。その前に立つと腰から拳銃を抜いて薬室に弾丸が装填されているのを確認する。心の準備を済ませ、銃の安全装置を解除。目線と照準を水平にゆっくりと扉を開ける。その間、クリアリングは欠かさずに慎重に進む。こんな所で父親との昔の遊びが役に立つとは思いもしなかった英理佳。軍人である彼女の父はたまに簡単な訓練の一部を、娘と一緒に遊びでやっていたのだ。英理佳自身も幼い頃はそれが楽しかったので何度も繰り返していた。
「あ~、変な記憶が……」
古い光景が脳裏を過り、一瞬だけ警戒を緩めたその時。目の前の扉がパタンと開き、フリュイドスーツ姿の男が現れる。そのスーツはノヴィス・ノアの物とは違い、黒や灰色を基調としたもので一目で味方以外だということがわかる。それは相手も同じだった。だが英理佳とその男は思考が停止したのか、お互いに目を合わせて石のように硬直していた。
「ん?」
「……リクレイマー!!」
静寂の中、反応が早かったのは英理佳だった。すぐに拳銃を相手へと向けて"動くな"の台詞を口にしようとする。だが男の方も抵抗をしない訳にもいかなく、すぐに扉の裏に身を隠した。
「逃げんなし!」
言葉と共に扉へと発砲したが口径の小さい弾では厚めの扉に凹みをつけるのが精一杯。盾があるうちに男は来た道を逆走しつつ、援軍を呼ぶために無線機を取り出した。
「クロフシュタイン大尉、聞こえるか!?」
『テッド・ウィーリス中尉。何か御用で?』
「武装したノヴィス・ノアのパイロットに遭遇した! 援護に来られるか?」
『船橋だな?』
頼む、という言葉が喉から出かかってたというのに発砲音が遮り、同時にテッドの神経をすり減らしていく。たかが子供とはいえ相手は銃を持っている。彼は丸腰で何の反撃手段も無いのだ。
「追われてるんだ! 早くしてくれ!」
テッドは無線を切り、逃げることに集中する。相手との距離は次第に離れていくが飛び道具持ちにそんなアドバンテージは焼け石に水。通路もシンプルで行き止まりが多く、撒くこともままならない。せいぜい付近の物を床に落として時間稼ぎをすることしか出来ない。そんな惨めな自分に彼は腹を立て、著しくプライドが傷ついて顔面をくしゃくしゃにするのであった。
一方で英理佳は標的との体力差を身に染みて味わっていた。体育の成績が良くて走りにも自信があったのだが、成人男性相手の歩幅に追いつけないことに。
「それにしても足速すぎでしょ!」
息を切らしながら離れていくテッドを追っていると、何故か相手は行き止まりに向かっている事に気づく。そんな姿に英理佳は万策尽きたのだろうと予測し、威嚇射撃を止めてラストスパートを決める。
「追い詰めたかんな~!」
「さてどうかな?」
テッドは壁に向かった後に振り向いた。そんな強気の言葉に、武器を隠しているのかと警戒した英理佳はすぐ傍の物陰に体を隠す。だが少ししても何も起こらない。そーっと顔を覗かせるとテッドの姿が何処にもないではないか。
「ダマされた! ムカツク~!」
拳を振り上げながら地団駄を踏んでいると彼女はあることに気が付いた。テッドが先ほどいた場所に扉があるのだ。まさかと思いその辺りを観察すると複数のボタンやランプがあり、そこが何なのかを理解する。エレベーターだ。
「最初からこれで逃げるつもりで……階段!」
英理佳はエレベーターの近くにあるドアノブを回した。彼女の視界に広がったのは、明かりが非常灯のみの薄暗い折り返し階段。少し埃の舞う様子から、あまり船員に使われていないのだろう。英理佳は溜息でもつきたいところだが、そうこうしているうちにテッドは上へと昇っているのだ。追いつくためには昇るしかないので彼女は駆け出す。
そうして船橋まで登り切った彼女は息を切らしながら船橋へ辿り着く。ノヴィス・ノアに配属されてから、こんなに体力を使うことが無かったので体の鈍りを感じるのであった。
「どこ行ったの……あいつ……」
呼吸を整えながら拳銃を再び構える。その瞬間、何者かが銃を握る手を蹴り上げた。衝撃と痛みで英理佳は武器を落としてしまう。
「痛ッたぁ~!! このぉ!!」
報復と言わんばかりに英理佳は相手の股間に蹴りをお見舞いする。クリーンヒットした一撃に相手の男は魂の抜けたような声でその場にうずくまる。ふふんと英理佳は鼻を鳴らすが、どうしてだか、この光景に見覚えがあった。よく見ると目の前の男は先ほどのとは違い、大柄で金髪の髪を有していた。まさかと思い男の顔を覗くと英理佳は目を見開いた。
「あんた……何で、こんなところに!!」
男は顔を上げると痛みにこらえながらも英理佳の顔を見るなり小さく笑顔を作った。
「あぁ……え、英理佳か……久しぶりだなぁ……」
その男はアルバート・クロフシュタイン──別名はアルバート・カミヅル。紛うことなき、英理佳の父親だった。その姿はリクレイマーのフリュイドスーツを身にまとっていたが、彼女が最後に見た時の父とそんなに変わっていないため、すぐに気付けた。
「久しぶりだとか言ってる場合!? 何でこんな所にいるって聞いてんの!」
声を張り上げて質問する英理佳に、アルバートは目を伏せながら「……仕事だよ」とぼそりと答えた。こういう分かりやすい態度をとるのが父親だと知っていた英理佳は呆れながらも会話を続ける。
「隠したって意味ないし。ここはオルファンの海域が近い事だって、私でもわかる。あんたはリクレイマーに成り下がったんだ!」
「流石、刻子さんの子供だな。賢い子に育って彼女も……」
「うるさい! 私を自分のことだけを考える人間と一緒にしないで!」
激情に駆られた英理佳は父親の胸倉を掴んでいた。様々な感情が入り乱れて何から話そうか迷ったが、自分がノヴィス・ノアの一員であることを思い出す。任務を優先するために私情は捨て去ることにした。
「リクレイマーになったなら、あんたには投降してもらうから」
冷静さを取り戻した英理佳は落とした拳銃を拾おうとするが何処にもない。アルバートかと思って彼へと視線を移すが何も持っていない様子。
失くしただけかと床を一瞥すると、銃のスライドを引く音がした。アルバートの居る方向ではなく、英理佳の真後ろからだった。
「投降するのはそっちだ」
一度聴いたら忘れないハスキーな声に英理佳は相手が誰かを理解した。昨日、オルファン対策会議があった佐世保港で戦った、青い迷彩をしたグランチャーのパイロット、テッド・ウィーリスだった。
銃口を突き付けられた英理佳は大人しく両手を上げた。それに対してアルバートは何も物申すことはない。実の娘が銃で脅されているというのに……なんて英理佳は考えていたが、やはり期待しても無駄だと諦める。
「生身出会うのはこれが初めてだな? 傷アリのパイロット」
「それで? ウチをどーするつもり?」
尋ねられたテッドは少し考えるそぶりをする。相手は二度も屈辱を与えてきた女で少しの拷問では気が済まないだろうと考えていた。その間の彼は不敵な笑いを浮かべるが、それが気に食わなかったのかアルバートは立ち上がって口を開いた。
「ウィーリス中尉。脅すのはいいが、もし撃ったらその頭蓋をかち割るからな」
「クロフシュタイン大尉は甘いですねぇ。あんなに痛い思いをしたというのに、お咎めなしですか?」
「小娘の蹴りなど蚊に刺された程度だ。痛がったのは演技に決まっている」
そう言い放つアルバートに英理佳は歯を食いしばる。初めから油断させるつもりで反撃させたのだと知り、自分が手玉に取られている事実が情けなくてしょうがないのだ。
「ここの調査は片が付いた、それでは帰投しますか。人質がいると分かればノヴィスの連中も手出しは出来まい」
銃を向けられたまま英理佳は船尾の方へと連れられる。そこには二人のグランチャーが甲板に鎮座していた。ブレンが引き寄せられたのはこのためかと今になって理解した。
主人が姿を見せるとグランチャー達はその方向へと顔を向ける。そのうち片方は右腕が無かった。あの戦闘のままで出撃させたのかと、英理佳はアンチボディを労わらないテッドに嫌悪感を覚えた。
「親子で何かされても困るのでな。お前は俺のグランチャーで運ぶ。おい!」
呼びかけられたテッド・グランチャーはハッチを開けて左手を差し出す。どうしてこんな扱いの人間に従うのか英理佳には理解できなかった。少し前に勇がグランチャーは強制する感じがあると言っていたが、今のテッド・グランチャーを見ると強制されているのがどっちか分からなくなる。
「ほら、早く手に乗れ」
銃を向けられているので言われるがままにする英理佳。横では父親が手慣れた様子でグランチャーに乗り込んでいる。その姿を見て、本当にリクレイマーになってしまったんだと実感するのだった。
手に乗せられてコクピットまでやってきた英理佳は振り返ってテッドに問う。
「あんたさ、自分のグランチャーが傷ついてどう思った?」
「あー? ふざけたこと言ってると脳天ぶち抜くぞ」
テッドは銃口を英理佳の頭に押し当てるが、当の本人は全く動じていない。肝が据わっているのは父親譲りかと感心しつつも苛立った。こういう目に見える形の血のつながり、というのは中々出てくるものではないという事を痛感していたからだ。
「答えたら言う通りにするから」
「どうでもいい。兵器だからまた直せばいいだろ」
「そう……ウチは心が痛んだよ。あの子の痛みが私の痛みのように感じて、苦しかった。でもね、あの子はありがとうって言ってくれたんだよ」
脅しに一発撃とうかとテッドは考えたが、アルバートのグランチャーが睨んでいるのを目にした。
「あんたはアメリカでグランチャーを失くした時、どうだった?」
「どうもしない! さっさと乗れ!」
「あっそ。最後に一つ、灯台下暗しって知ってる?」
言葉の意味を知っていたテッドは拳銃を構えたまま視線を少し下に向けた。甲板の下は一見何もないように見えるが、よく見ると何かが蠢いている。それはゆっくりと上昇している英理佳のブレンパワードだった。一時間しても戻ってこず、フレアガンの合図も無かったので外から彼女を探して回っていたのだ。
「こ、こいつ!」
テッドは引き金を引こうとしたがアルバートの言葉が一瞬、脳裏を過って躊躇してしまう。その隙に英理佳はフレアガンを撃つが避けられる。
一時間の約束を覚えていたエリカ・ブレンはグランチャーから英理佳を奪い取り、すぐにコクピットへと収容する。
「約束守ってくれて、ありがと。すぐに離脱するよ!」
「待ってくれ! 英理佳!」
アルバートはグランチャーを操縦して娘を追いかける。
「今更一緒に来いなんて言葉は聞き入れない!」
「オルファンだって悪いところじゃない、衣食住は完備しているんだ。母さんも呼んで、今度こそ一緒に──」
「私を裏切ったあんたが、そんな提案をするもんじゃない!」
娘にこんなにも拒絶されていることを知り、今までの自分がやってきたことが全て子供のためになっていなかったことを思い知らされた。彼としては抱きつかれ、喜ばれてもおかしくないことをしてきたと信じて疑わなかったからだ。
「私はもう、あの頃には戻れない!!! ……ブレン、バイタル・ジャンプ!」
エリカ・ブレンは指示通りにノヴィス・ノアへと後退する。アルバートはそれを追うこともできず、月明かりに照らされた水平線の向こう側をただ見つめることしか出来なかった。
***
ノヴィス・ノアへと戻った英理佳は例の船であった事をアイリーンやゲイブリッジ達に伝えた。その報告を受けて、チームが編成されて調査が行われる。英理佳は同行はしなかったが、調査報告の内容だけは耳にした。
「カナンさん! ヒギンズさん!」
調査チームの護衛を担っていたブレンチャイルドのパイロット達が帰ってきたので英理佳はそれを迎えた。その中には勇や比瑪、ラッセもいる。
「それで、どうだった?」
ブレンから降りてきたカナンに近づいてきたラッセが訪ねる。カナンは少し目を伏せがちにしながらも答えた。
「良くは無いわね……」
「カナン、あそこで何があったんだ?」
食い気味に勇が訊くと後からやってきたヒギンズが「民間のコピー品オーガニック・シップだったの」と代弁する。その言葉に勇は驚愕の表情を見せた。何故ならオーガニック・エンジンの技術はそこまで広まっておらず、民間でそれを作成することはほぼ不可能だと考えられていたからだ。
「それの何が良くないの?」
比瑪の意見に、英理佳も頷きながら同意する。二人はオーガニック・シップが多ければオルファンの起こす未曾有の災害にも備えられるという考えだった。だがオルファンにいた勇やカナンからすれば"コピー品"という言葉の意味を重く受け止めていた。
「オーガニック・エンジンの複製はそんなに簡単なことじゃない。安易にそれを行えば、どんなリスクが生まれるか、わかったもんじゃない」
「ええ。実際、あの船にいた人達はエンジンの誤作動か何かで、オーガニック・エナジーを吸い尽くされていたのよ……」
カナンがそう言うと、比瑪は「嘘でしょ……」と愕然とした表情を浮かべる。それと同時に英理佳はリクレイマーがあの船にいた事に納得した。テッドの放った"調査は片が付いた"の意味も理解する。オーガニック・エンジンのレプリカにはリクレイマーは興味が無いという事だ。
「あの船はオルファンが浮上している今の地球の縮図って訳か……」
ラッセは小さく呟いて、自分達がオルファンを止めなければ、という使命感に駆られてしまう。そんな姿をカナンは憂いた瞳で見つめていた。
「そんな船にいて、カナン達は大丈夫だったのか?」
オーガニック・エナジーを吸い取るような船に行っていたカナン達を勇が心配する言葉を掛ける。
「エンジンはだいぶ前に停止していたから。何の問題も無いわ」
そう言えばと英理佳も昨日の事を思い返した。体調には何の以上もきたしていなかったが、ブレンが引き寄せられていたのは気になっていた。グランチャーが居たというのもそうだが、それだけではあんなに強く惹きつけられるのはおかしいと思っていたのだ。それもオーガニック的なものが由来しているのだと英理佳は結論づけた。
(父さんと再会したのも、オーガニック的な繋がり……血脈だっていうの!?)
アンチボディが父と娘を繋げる懸け橋になるのは、まだまだ先の事になるようだった……。
漂流船と言えば私は『バイオハザード:リベレーションズ』を思い浮かべます。今回の船もイメージでは同作に登場する舞台でもある"クイーン・ゼノビア"を元に考えていました。