遂にオルファンが本格的に浮上を開始した。科学者の見立てでは頂上は海上に上がっているとのことだった。その影響で海は荒れて高波がずっと続いており、ノヴィス・ノアやその随伴艦は上下左右にグラグラと不規則に揺れている。それは人の平衡感覚を狂わせて船酔いを引き起こす原因となる。実際、ユキオはノヴィス・ノアに乗艦してから初めての船酔いを経験していた。
そんな中でブレンパワードのパイロット達は自らのブレンへ入念な手入れを行っていた。英理佳もその内の一人で、いつものようにエリカ・ブレンに声をかけている。
「ブレンは船酔いしないんだ」
問いかけに対してブレンは低い声で返答をする。英理佳は「ふ~ん」と青い水平線を視界に捉えながら答えた。彼女の視線の先ではオルファンが浮上した影響で数多の筋雲が辺りを覆っていた。その中にオルファンの頂上が海面へと飛び出しているかもしれないのだ。
(オルファンにいるんだ、アイツ。母さんもリクレイマーと一緒の会議に出てたし、ウチら家族はもうめちゃくちゃ……)
遠い昔、こんなことになるなんて夢にも思っていなかった。ましては離れ離れになることさえも。家族はずっと一緒にいる、幼い頃の英理佳はそう信じていたのだ。だがそれも泡沫と化し、今となっては憎しみすら覚えるほど。身内からの裏切りほど腹立たしいものはないだろう。両親にどんな理由があれ、彼女は約束を破られた事を許せていないのだ。
「また波が来た?」
ノヴィス・ノアがまた大きく揺れて英理佳はバランスを崩す。海がこの調子では陸は壮絶な事になっているだろうと彼女は予想する。オルファンが沈んでいた海溝から離れているアメリカですら、沿岸部は多少なりとも被害を受けているのだ。
だがそんなことを考えたところで彼女に出来ることはノヴィス・ノアの作戦を遂行することだけだ。今、被害を被る人々を助けられなくとも、オルファンを止められれば、これから被害を被るであろう人々を救うことになる。今はエネルギーを消耗する時ではない、そう信じてコクピットへと潜り込んだ。
午後になり本格的に作戦への準備が始まり出した。ノヴィス・ノアに格納されているプレートを随伴艦三隻へと分配してオルファンを囲み、そのオーガニック・エナジーの共振で沈めるといったものだった。そのためにブレンパワード隊はプレートの輸送を担っていたが、毎度の如く英理佳は不測の事態に対応する要員として護衛を任されていた。もはや慣れっこなので彼女もそのことについて不満や愚痴を漏らすことも無い。それは英理佳自身の作戦についての考え方が変わったからなのかもしれない。
「これが最後の戦いになるかもね。……もしこれが終わったらさ、どうしよっか? ノヴィス・ノアで人助けもいいけどさ、それじゃ怪我は増えるだけかもだし」
英理佳とエリカ・ブレンはノヴィス・ノアの直上で大海原を見渡していた。その先は彼女の故郷であるアメリカ。遥か遠くの日本にまで来て、こんなことをすることになるとは思いもしなかった。ずっと前までは自分の事だけを考えて行動することが多かった彼女。しかしブレンパワードと出会い、考え方が変わったのだ。
「傷を治すのに旅に出てもいいし、いっそのことブレンの生まれ故郷で暮らしてもいいんだよ」
そう言われてエリカ・ブレンは、とんでもない、そんなことはできないと返す。ブレンは自分自身との事よりも、彼女の家族が関係を修復して欲しいと願っていた。いつまで肉親の事で悩み、苦しんでいる彼女の姿を見ていられなかったのだ。
二人のお互いを想う気持ちは最高潮に達していた。英理佳はコクピットの内壁──スリットウェハーに触れて、もたれかかる。固さと柔らかさが両立して、不思議な感触をしているそれは微かに温かく、アンチボディが他の動物同様に生きているという事を実感させた。
「ブレンとだったら、いいよ。どこへでも一緒に……。ウチは大丈夫だから」
細く白い指でスリットウェハーを撫でながら、瞼をゆっくり閉じる。思い出されるのはアメリカで会ってから今までの日々。楽しい記憶が沢山あるが、辛いことも沢山あった。それでも今こうして、ここにいることで二人ならどんな事でも乗り越えられると実感させられる。
その時間を引き裂くが如く、突如としてコンソールから第三者の声が響いた。英理佳は体をビクッとさせつつも応答する。
「あ、はい!?」
『英理佳? ちょっと降りてきてくれる? メンタルチェックよ』
声の主はアイリーンだった。呼び出しの理由はクルーに行われる健診についてのようだ。以前は頻繁に行われていたが、それ以来はからっきしだった。
英理佳はブレンを甲板へと降ろして医務室へと向かう。この"メンタルチェック"とよばれる検診は彼女がノヴィス・ノアへ来る前から行われていた。その度に鬱屈とした気持ちで赴いて、そのままの気持ちで帰るの繰り返しだった。だがアイリーンが行うそれは、針治療のお陰か少し気分が軽くなるのだ。
医務室へ入室すると既にアイリーンは椅子に掛けて待っていた。英理佳も同じよう腰を下ろす。
「体の健康は問題ないようね。気分は落ち着いてる?」
「随分と。気持ちが晴れるカンジじゃなくて、足枷が外れて歩きやすくなったってカンジ」
穏やかな笑みを浮かべながら話す英理佳の姿を見て、アイリーンも微笑んだ。大きな作戦を前にして心を落ち着けていられるならば、余程のことが無ければ大丈夫だと彼女は判断する。これもブレンパワードのオーガニック・エナジーが働きかけているのかもしれないと考えた。
「大丈夫そうね、検診はこれで終わりよ。……次は勇の番ね」
「勇も?」
「ええ、彼は自分自身を追い詰めすぎているから」
表情を曇らせるアイリーンを前にして、確かに彼はそういう人だと英理佳は思い返す。口では一人でオルファンを沈める、ビー・プレートを探し出す等と言って奔走しているが効果的な打撃は依然として与えられていない。その事で彼を責める者はいないが彼自身が事を急いている。そのせいか体には疲れが見えるのだ。
「勇、呼びますか?」
「大丈夫よ、英理佳は作戦前に十分に休憩して頂戴」
英理佳は去り際にお礼を述べて医務室を後にする。作戦はもう目前だというのに緊張が訪れない。それは戦いを恐れていないだとか、どうにかなるという自信からではなかった。敵の勢力や作戦が上手くいくのか、そのどれもが不明で覚悟が出来ないからだった。
かといって死を恐怖する心は彼女にはない。自分のブレンパワードを何よりも信頼しているから、そんなものはやってこないと確信していた。しかし誰かを失うのはどうだろうか。彼女は今まで大切な人を失う場面に遭遇してこなかった。故に未知である。
「おっと」
ふと誰かと軽くぶつかる。英理佳が考え込んでいたせいか、狭い通路を避けることが出来なかったようだ。だが、ぶつかった時に、ふわっと包み込むような優しさは女性を彷彿とさせる。彼女が顔を上げると見知った姿がそこにあった。
「あ、ごめ……マリアンヌさん!」
「考え事かい?」
このふくよかな女性は英理佳が一番に打ち解けた、ウェッジの操縦手だ。食事も良く共にしており、英理佳からすればノヴィス・ノアでの母親的な存在でもある。この人が本当の母親だったら良かったのにと考える程には懐いていた。
「すみませんっす。ちょっと思い詰めていたみたいで」
「わかるよ、作戦前は皆そんなもん」
「……マリアンヌさんも出撃するんですか?」
「そりゃあ、総力戦? だからねぇ。ウェッジだってミサイル詰めるからね、戦いようはあるんだよ」
気丈に笑って見せるマリアンヌに勇気づけられたのか英理佳も自然と口角が上がる。かつてこんな感じで勇気づけられた気がしていたが、英理佳は深く思い出さずにいた。
「じゃあマリアンヌさん、ご健闘を!」
「柄にもない台詞だねぇ。そっちこそ!」
そう言って二人はお互いに手を振って別々の方向へと歩き出す。
もう戦いを止めることはできない、その時は刻一刻と迫っている。訪れるのは今まで通りの平和な日常か、それとも破滅していく地球の姿か。その答えを知る者はどこにもいない。
***
既にグランチャー部隊は戦闘空域へ展開を始めていた。先陣を切るのはクインシィ・グランチャーとジョナサン・グランチャーだ。敵の数はノヴィス・ノアのブレンパワードの数よりも大きく上回っており、傍から見れば勝機など無さそうに見える。だがそんな中でも戦い続けたのが今のブレンパワード隊だ。パイロット一人一人の実力はさることながら、連携も上手にやってのける。
ノヴィス・ノアからは先発でイランド戦闘機が出ていた。それに続くようにしてブレンパワード隊はやって来る。皆、それぞれの思惑で戦うことになるが、仲間の事を考えなかったことは一度たりとも無い。
しかし、今日は一大作戦という事もあるのか、上手くまとまることが出来ない。それでも何とか戦えているのが奇跡だった。
「敵が多すぎるっつーの!」
英理佳は前に出ているナンガ、ラッセの援護をしていたが、倒しても次から次へとやってくるグランチャーに痺れを切らしていた。疲れやストレスが溜まれば効率のいい戦闘は行えない。次第に一人のグランチャーにかける時間が多くなり、援護もままならなくなる。
「イランドとも連携が出来ないから、どんどん落とされていく!? 後方のウェッジ攻撃隊はどうなの!?」
代わる代わるグランチャーと鍔迫り合いを繰り広げるエリカ・ブレン。その姿を上空からずっと見見下ろしていた一つの影が遂に迫りくる。
「どけぇ! このブレンパワードは俺が墜とす!!」
「テッドとかいうの!」
味方がいるにも関わらず、恐ろしい速度で降下してくるテッド・グランチャーのソード・エクステンションを受け止めるが勢いが強すぎて、またもや海面に叩きつけられる。
海中ならば敵の横やりが入りにくいが、それは仲間でも同じこと。キメリエスもいるが、敵も潜水艇を出していないとは言い切れない。それに海の中はオルファンの領域でもあるのだ。
「同じ技は通用しないだろうし、上に上がるしかないかぁ……」
そう思い、エリカ・ブレンを海上に出したその途端、鈍く光る手刀が飛び込んでくる。咄嗟に避けるもブレンは肩を軽くえぐられた。
「痛っ! 何アレは?」
「アメリカ最新技術の結晶よ!」
よく見ればテッド・グランチャーの右腕は銀に輝く義手をつけている。そこには大口径の機関砲やミサイルが搭載されており、アメリカらしい武装の増強だった。
「そんなんだからって!」
圧巻の射撃音で放たれる弾丸の雨を搔い潜りながら、エリカ・ブレンは敵に接近する。ミサイルも機関砲も接近すれば封じられると英理佳は考えたからだ。
彼女の思惑通りグランチャーはソード・エクステンションによる斬撃を始める。これは英理佳にとって好都合だった。なにも武器の増強を行ったのはテッド・グランチャーだけではない。エリカ・ブレンもブレンブレードを携帯して、近接戦闘を有利に進められるようにしておいたのだ。
「ここで!」
刃をブレンバーで受け止めたブレンはブレードを抜いて切りつける。ガキンと言う音が手ごたえを感じさせるが、目の前のグランチャーはピンピンしている。チャクラ・シールドに防がれた音でもないので、何事かと英理佳はブレードの先をよく確認する。
「そんなのアリ!?」
「ありじゃないなら何なんだよ? 戦いにルールは無用!」
なんとブレンブレードはテッド・グランチャーの新しい右腕に受け止められていた。刃を受け止められる強度に英理佳は驚愕して、反射的に身を引いてしまう。その隙がまずかった。付け入ったテッド・グランチャーの放つミサイルと射撃にエリカ・ブレンは態勢を崩して、新たな隙を生む。英理佳達は完全に防戦一方となってしまう。
「いつもの勢いがないな? やる気ないなら出させてやるよ。アレを出せ!」
テッドの言葉に呼応してグランチャーは右手の爪を猫のように立てる。そのうちに鋭い爪は赤く光り、それを相手めがけて振り下ろした。
一目で尋常でないものだと悟った英理佳はまたしても防御にまわる。それが良くなかったのか、回避の目測を見誤ってもろに爪の攻撃を食らう。
「ぐっ! あ、当たってんの!?」
赤熱した爪はブレンの左肩に深く食い込んでいる。焼くと斬るという二種類の痛みにエリカ・ブレンは吼えた。そのじんじんと焼けるような痛みが英理佳にも通して伝わってくる。
反撃にブレンブレードを振り回すが、命中する前にグランチャーは爪を引き抜いて距離を置く。エリカ・ブレンの左肩には大きな穴が空いていた。
「どうよ、ヒート・クローの威力は!」
「こんなの……!」
口では強がっているが心中ではとても弱気になっていた。彼女にはブレンの苦痛がコクピットを通して直に感じ取れたからだ。今まで軽いけがを負うことはあっても、ブレンが痛みに声を上げることなんてなかった。だが今こうして初めて、苦しみの感情に触れてしまい、怖気づいてしまったのだ。
「傷アリとの宿命もここまでのようだ。安心して逝け! 星条旗のもと、お前の罪を許そう!」
ヒート・クローを掲げたテッド・グランチャーは敵に向かって突撃。対してエリカ・ブレンは身動き一つとれない。コクピットの英理佳がもし回避に失敗したら、あれは防御が出来るのか。そんな思考に囚われて頭の回転が停止しているのだ。どうしよう、どうしよう、どうしよう。そう言って行動することで引き起るリスクを恐れて何もできずにいる。
「「英理佳っ!」」
そんなピンチにやってきたのはナンガ・ブレンと、コモドのイランド戦闘機のタッグだった。一人と一機の見事な連携に、不利だと感じたテッドは大人しく引き下がり、その姿は雲の中に消えていく。敵が去った事をナンガは確認するとエリカ・ブレンへと向かう。
「英理佳、大丈夫か!?」
「ナンガさんにコモドさん? 大丈夫だけど、ブレンが……!」
エリカ・ブレンが負った大きな傷を一目見たナンガは「こりゃまずいな」と呟き、一度ノヴィス・ノアへと後退することを提案する。
「一度退いてメカニックに診てもらえ。ブレンの気持ちもケアしてやらなきゃあ、いけないかもしれんな」
「だよね……一度戻ります」
ナンガ・ブレンとイランドの援護を受けながらノヴィス・ノアの方向へと向かうが、そんな事もお構いなしに道中でグランチャー達が襲い掛かる。
「マジでキリが無い! いー加減にしろっての!」
「英理佳! ここはナンガとあたしに任せな!」
コモドのイランドがミサイルと機関砲でグランチャーを牽制し、その隙をナンガ・ブレンが討つ。それでも蜂の巣に飛び交う働き蜂のように次から次へとグランチャーは、やってくる。敵を倒しながらノヴィス・ノアへ後退する事が難しいと判断したナンガは「先に行け! 俺達がここを抑える!」と叫び、エリカ・ブレンを後ろへと押し飛ばした。
でも、そんな言葉が英理佳の喉まで出かかったが、ここでダラダラとしていれば、ブレンは更に傷を負うかもしれない。それに彼女はナンガとコモドを信じることにしたのだ。
***
そうして英理佳がノヴィス・ノアへと戻る最中、奇妙な反応をレーダーが捕らえた。
「あれは? ノヴィス・ノアの船とは違う!」
それはノヴィス・ノアの艦隊に属さない軍艦達──国連軍の艦隊だった。オルファンを封じ込める作戦を進めているノヴィス・ノアの許可も得ずに、のこのこと戦闘区域にやってきたのだ。
しかし、オルファンの海域を堂々と進めばグランチャー達の目にも入ろう。その筆頭にジョナサン・グランチャーがチャクラ光の射撃で先制攻撃を仕掛けたのだ。回避も間に合わず射撃が命中した軍艦は、火を吹き上げて海中へと引きずり込まれていく。近代技術の粋を集めたものだというのに、グランチャーの前では成すすべもない。沈みゆく船には助けを求める人々が上へ上へとよじ登るが、無慈悲にも弾薬庫の誘爆で炎に飲み込まれるのだ。
そんな惨事を目の当たりにして英理佳はひどく心を痛めた。同時に、死と言う概念が目と鼻の先にまで迫り来ている事を実感もしていた。人の散り際というのは、こんなにもあっけなく惨いのだと。だがエリカ・ブレンはそんな彼女を励ますかのように、強く瞳を輝かせる。
「そうだよね。ウチはもう怖がらないよ、ラッセさんの言葉を思い出したから。ウチらは人を守るために戦うんだ」
ブレンはまだ戦えるぞ、と気持ちを昂らせてジョナサン・グランチャーへと射撃を繰り出した。もうこれ以上の犠牲を出させないために、英理佳も敵を落とす覚悟を決める。
「ジョナサン・グレーン! 戦いに溺れたかわいそうな奴め!」
「誰がかわいそうだ!」
グランチャーは射撃を避けつつ接近し、左手の鉤の武装を薙ぎ払う。エリカ・ブレンはそれをブレードで受け止めて、蹴りを放ち距離を取った。テッド・グランチャーのように近接では不利だと判断したため、射撃で仕留めることに英理佳は集中する。だが彼女の口からは次々に言葉が出てきていた。
「あんたが殺した人にはみんな母親がいるんだ、死んだら悲しむんだよ! ……それはアノーア艦長も同じなんだ!!」
「黙れぇ! あんな女がどう思おうが、俺の知ったこっちゃない!」
英理佳が初めてジョナサンという人物と出会った時、彼がアノーアにぶつける言葉に賛同していた。だがアノーアも彼女なりに息子を愛しており、そのために何か実行しようとできる母だと知って考えを改めたのだ。アノーア・マコーミックは、英理佳の母親とは違う、子供に何かしようと努力出来る人なのだと知ったからだった。
「じゃあ逆はどうなの!? アノーア艦長が……お母さんが死んでしまったら!」
「ハッハハハハハ!! そりゃあ当然の報いさ!」
二人の間に言葉は交わされるが、鍔迫り合いと射撃は止むことを知らない。流れ弾が海に当たり、ブレンパワードとグランチャーが飛び回る場所は、そこら中で水しぶきが上がる。
「艦長はホントに消えてしまったのに!?」
「俺が手を下すまでも無かったという事よ」
「心にもないことっ!!」
英理佳の激しい怒りに感応したブレンは猛攻をジョナサン・グランチャーに浴びせる。だが、それは乱雑なものであり、命中したとしても相手には蚊に刺された程度にしか思っていない。
「沈めよ! お前がいてやれば、あいつも寂しくはないだろ?」
「あんたってば!!!」
もはや半狂乱ともいえる相手に、ジョナサンはため息をつくことしか出来ない。少し遊んでやろうと考えた彼は、グランチャーにブレンの首を絞めさせた。
「ウィーリスとかいう奴から聞いたが、あいつと一緒の大男、お前の親父なんだってなぁ?」
暴れてもがくエリカ・ブレンを、ジョナサン・グランチャーは左腕の鉤で脅す。英理佳とブレンの生殺与奪はジョナサンに握られていた。
「それって今、関係ある?」
「どうやら仲が良くないらしいじゃないか? どうだ、そいつが死んだら? お前は悲しんでやれるのか?」
そう言われて英理佳は最後にあった父親の姿を思い出す。初めは笑顔を見せていたが、自分を油断させる単に演技までして騙していた。それに長期間、家を空けたことについても何の謝罪もなく、その上にオルファンに行こうとまで言い出す始末。あんな男はもはや父親とは呼べまい。いっそ消えてなくなてしまえば……。そういう考えが彼女の喉から言葉を生み出した。
「んなわけ!!」
その回答に満足したジョナサンは下衆な笑い声を上げてニヤリと笑った。やはりこの少女は自分のように親を憎む存在なのだとはっきり確信したからだ。
「だよなぁ? お前も所詮、俺と同じなんだよ!」
「違うってば! 今のは……」
そう言い放つ言葉と同時に、優しかった両親の記憶が蘇る。幼い頃、彼女の前から姿を消すまでは普通の親だった。故に今の現実とのギャップで完璧に恨み切れない。
「違わないなぁ? 咄嗟の言葉ほど信用できるものはない」
命令をくれない主人に焦ったエリカ・ブレンは首を絞める手を振りほどき、射撃を繰り返しながら後退する。英理佳から流れこんでくる記憶の断片を受け取りながらも、飲み込まれないように冷静さを保つブレン。だが対比して、複雑な感情の前に、英理佳は戦いを忘れていた。脳に刻み込まれた父親の記憶を取り除こうと頭を抱えているのだ。
「違うってば違う!!」
「アッハッハッハッハ!! 大体そんな傷だらけのブレンパワードで俺に敵うわきゃねぇだろ!!」
エリカ・ブレンは自らの意思のみでジョナサン・グランチャーと相対する。しかしそれにも限度があり、益々体の傷が増えるばかり。ヒート・クローの痛みもまだ引かないのに、何とか英理佳だけは守ろうと奮闘していた。
「ブレンパワードに出会いさえしなければ、オルファンとの繋がりもあり得ただろうに。不幸な奴だなぁ、お嬢ちゃん」
「ブレンパワードと出会いもしなければ……」
もしあの時、ブレンパワードではなくグランチャーに出会っていたら。もしかしたら適合して、オルファンの抗体となり両親への復讐も容易に果たせ、こんな苦しみを背負わなくて済んだかもしれない。そんな考えが彼女の脳裏を過る。
だが別の声も英理佳の頭に響いた。それはたった一言の柔らかな声が発した言葉。
『ボクは君との出会いを信じる』
誰が言ったかは分からなかったが身近な人がくれたような気がした。わからない、けれどもずっと、すぐ傍にいてくれた存在……。
「私はブレンを信じる!!!」
振り下ろされたソード・エクステンションをエリカ・ブレンは弾き、鋭い音が辺りにこだまする。
「まだこんな力が残っていたのか!?」
ジョナサンはブレンパワードの秘められた力に目を見開くが、かといって力のバランスが覆せない事も知っていた。反撃を食らわそうとソード・エクステンションを構えるが、そこにラッセ・ブレンが突撃してくる。
「ラッセさん!?」
「こいつは俺に任せろ!!」
ラッセ・ブレンとジョナサン・グランチャーは刃を交えながら小さくなっていく。対してノヴィス・ノアは徐々に大きく見えてきた。満身創痍のエリカ・ブレンは戦闘空域を力なく飛びながら、そこへ向かうのであった……。
エリカ・ブレンはボクっ娘です