大海原で繰り広げられていた戦いの嵐は止み、海に静けさが戻りつつあった。しかしノヴィス・ノアの格納庫は大荒れの様子で、クルー達が右往左往する始末。帰還したブレンパワードの身体検査やイランドやウェッジと言った航空機の整備に追われているのだ。
中でもブレンパワード達は体に多くの傷を作り、その精神も削られていた。特にラッセ・ブレンとエリカ・ブレンの両名は他とは比にならない程の大けがを負っている。パイロットのラッセと英理佳も険しい表情でいた。
英理佳はブレンの身体検査の間、ずっと格納庫の隅で小さくなって俯いていた。暗い顔の彼女は何度も「ごめんね」とうわ言のように呟いている。そうしていれば非情な現実が飛び込んでくることは無い。
両親と離れ離れになった時も同じようにして、孤独を紛らわしていたのを彼女は思い出す。こうやって目の前の現実と向き合わず、逃げていれば心の傷は浅く済んだ。都合の悪い事は逃げてしまえばいいと学んだのだ。
しかし、今回はそうはいかない。彼女はブレンパワードと向き合うことから逃げることはしたくない。だが自分がブレンを怪我させてしまった事実からは逃げたい。そんな相反する気持ちが英理佳の中でせめぎ合っていた。
「検査、終わったそうだぞ」
ブレンパワードの身体検査が終了したことをナンガが知らせにやってきた。英理佳は顔も上げずに「わかった」と小さく返事をする。そのか弱い声にナンガは目の前の少女がひどく憔悴していることを憂いた。やはり齢十六の子供には、まだ早い経験であったと心を痛める。
だが英理佳としては自分の心配等どうでも良かった。彼女はおもむろに立ち上がり、重い足取りで自室へと向かっていく。部屋へと辿り着くとすぐに扉をロックして、フリュイドスーツを脱ぎ捨てた。その勢いのままベッドへと倒れ込むと、彼女は意識を遠のかせる。今は何もかもの現実から逃れたい、その一心だった。暫くすると扉の向こう側から声がする。その主はマリアンヌだった。
「英理佳ちゃん? ドアを開けてくれないかい?」
何かを伝えにやってきたのだろうか、彼女は面と向かっての会話を望んでいる。しかし当の英理佳は今、誰とも話す気が起きなかった。故に何の反応も示さない。たとえ相手がマリアンヌだろうとも、この姿勢は揺らぐことはないのだ。
「顔も見せたくないなら、いいさ。勝手に喋るから」
扉一枚、隔たりの向こうでマリアンヌは喉でつっかえている言葉を口にした。
「アタシは数年前の災害で子供達を失ったんだ……。避難警報が出る頃には高波はもう港にまで迫っていて、逃げる暇もなかったって聞いたよ。幸いアタシだけは内陸の仕事に行っていて免れることができた」
こんな気丈にふるまう女性が、暗い過去を追っているとは英理佳は思いもしなかった。オルファンの浮上前から急な自然災害は世界各地で頻発しており、マリアンヌもその被害者の一人だったのだ。
「幸い、なんて言ったけど昔はそうは思えなかったさ。子供だけ残して仕事に行ってさ、自分だけが生き残るって、どう思う?」
急に回答の困る質問に英理佳の視線は泳ぎ出す。一般的に考えれば命が救われた事を喜ぶべきなのかもしれない。だが英理佳には残された側の負うであろう苦痛と悲しみをなまじ理解できてしまったせいでそうは思えなかった。
彼女はエリカ・ブレンが傷つき、今にも息絶えそうな時に何もできない事に苛立っていた事を思い返す。傍にいるのに救えないもどかしさ、無力感が全身を這いまわる虫のようにも思えたのだ。もし本当にブレンを失ってしまったらショックで立ち直れる気がしない、そう思えた。
「アタシはひどい親だったよ。子供は一緒に行きたいって言ってたのに、それを無視したんだから。……もしかしたら、親という責任から逃げていたのかもね」
「そんなことは……!」
感情に駆られた英理佳は扉を開けて言い返す。マリアンヌもまさか出てくるとは思ってもおらず目を見開いた。お互いに目が合い、急に気まずくなって逸らす。暫し静寂に二人は包まれるがマリアンヌが咳払いしつつ「まぁ、あれだ……」と視線を横に逸らしつつも、まとまらない言葉を紡いだ。
「どうしようもないこともあって、自分だけ生き残ってもさ。それには意味があるのかもしれないって事を言いたかったんだよ。アタシは子供を喪ってからは直ぐにノヴィス・ノアへと辿り着いたしさ」
かけられた言葉を前にして英理佳は何も口にすることはできなかった。大切な人を喪ってもなお歩き続けている人も前で、軽々しく"喪う痛みに耐えられない"なんて言う勇気が無かったのだ。
「後悔する前に覚悟は決めな」
そう言い残してマリアンヌ去っていく。そのゆっくりとした重い足取りは背負っているものの量が違うのだと、改めて思い知らされる英理佳。同時に大人になれば自分もそうなれるのだろうか、という不安も感じていた。だが、そんな幕然としたことに思いを巡らせるよりも、今はブレンと一秒でも長くいたほうがいいと感じて、彼女は部屋を飛び出した。考えるよりも行動する方が英理佳の性に合っていたからだ。
「頑張りな、英理佳なら乗り越えられるよ」
通路を駆けていく少女を尻目にマリアンヌは呟く。きっとあの子なら、この先に待ち受ける壁を乗り越えられる強い子に成長できる、そう信じて、その場を立ち去って行った。
英理佳が格納庫へ駆け戻る頃には空は茜色に染まっていた。いつもエリカ・ブレンが座るプレート台へと彼女は向かうが、そこに出迎えてくれる者の姿は無い。気になって格納庫を見回すと、すぐ傍の甲板に大きな影があるのを見つけた。英理佳が甲板へと体を出すと、沈みゆく太陽が放つ光の中に、逆光で暗く映るブレンパワードのシルエットが目に入る。ブレンはそこで身体検査を受けてから、ずっと彼女が戻るのを座って待っていたのだ。クルーに何を言われようとも、微動だにせずに。ただ英理佳が戻ることを信じて。
エリカ・ブレンが顔を上げて主人と目が合うと、いつものように強く瞳を輝かせて声を上げる。待っていた、と。
「ごめんね、私、君のこと見捨てちゃって……」
涙を零しながら英理佳はブレンの大きな手へと駆け寄った。傷だらけの指へと抱き着いて、しきりに撫でてやることしか出来ない無力さを嘆く。ずっと自分では何でもできる、どうにかなる、なんて考えで生きてきた彼女。しかし、世界にはどうにもならない理不尽が存在していることを思い知るのだった。
「もう寝かせてあげましょう……。英理佳が来るまでずっとここにいたのよ」
二人を案じた比瑪が言葉を掛けながら、ゆっくりとした足取りでやってくる。その傍らにはクマゾーやアカリ、ユキオが居た。彼らもエリカ・ブレンを心配する表情を浮かべていた。
「そうだね……疲れたよね。ほら、行こう」
その言葉に促され、エリカ・ブレンは自らのプレート台へと向かう。そんな様子を見ていた比瑪達にはブレン以上に、英理佳が傷を負っているように見えた。重い足取りに半開きの瞳は、いつもの英理佳を知る者からすれば別人のように見えるだろう。
「もう戦わなくていいよ……もう、傷つかなくても……」
プレート台へと座るエリカ・ブレンへと、もたれかかり言葉を掛ける英理佳。だがそれに反応を示すものが二人いる。ラッセ・ブレンとユウ・ブレンだった。二人は"戦わなくていい"という言葉に強い関心を示しており、それを否定したがるような目つきで唸っている。
「君らは、戦いたいの?」
意外なブレンの反応に英理佳は困惑する。ブレンパワード達はオルファンやグランチャーを嫌い、敵視するものだと聞いてはいたがここまでとは彼女は思いもしなかった。まさかと顔を上げると、エリカ・ブレンも同じような瞳をしている。
「君は駄目だよ! それにラッセ・ブレンも! こんな傷で戦ったら、次こそ本当に死んじゃうかもしれないのに!」
ブレンパワード達と何度も心を通わせた英理佳が初めて、ブレン達の気持ちを理解できなかった。傷ついても尚、戦いに身を投じようとするのは勇ましいといえば美しいのかもしれない。しかし勇気と無謀は違うのだ。それをブレン達に理解してほしいと英理佳は思っていた。
「でもオルファンが浮上したら、地球の生命は枯れて、君達の面倒をみる人もいなくなる……そう考えたら……でも!」
答えが出せずにやきもきしていると、マリアンヌがまたやってきた。こんなふうに、困っている人を見つけては率先して声をかけるのが彼女という人物だ。英理佳もこれに救われてノヴィス・ノアにすぐに馴染むことが出来たのだ。この良さは取り入れて行きたいと英理佳は思っていても、なかなか行動に移すのは難しい。言葉一つかけるのがこんなにも勇気のいるものだと彼女は思い知らされていた。
「この子らもアタシらのために、やれることはやろうとしてるのさ」
「ウチらのため?」
「そう。人類が犬や猫と歴史を歩んだように、ブレンパワードも共生をしようとしてくれているのかもね」
ブレンパワードが人類に歩み寄っている。そう言われて英理佳は少し気が楽になった。ブレンの力だけを都合よく利用しているだけだと考えていた矢先だったからだ。
「でもグランチャーはどうなんだろ? 同じアンチボディでも共生しようとはしないのかな?」
「勇がよく言ってただろ? グランチャーはパイロットに強制するって。あいつらにとってはブレンパワードとは違う、共に生きる、って考えなのかもね」
「マリアンヌさんってば物知り」
「長く生きてりゃ、人間誰でもそうなるのさ。ま、科学者と違ってアタシは憶測でしか物事を考えられないけどね」
彼女は謙遜しているが英理佳にはその理由が分からない。知的な人間は上を見れば星の数ほどいるが、英理佳にとってはその誰よりもマリアンヌがひときわ輝いて見えていた。母親や研作博士、クルーエル・ブレイズのような賢い人間よりもだ。
「マリアンヌさんはウチにとって、最高の先生だよ」
「そ、そんな……もう! 冗談はよしなさいな!」
口ではそういうが顔を赤らめて満更でもない様子。こういうストレートな褒め言葉には慣れていないのだろう。
そんな様子を目にして英理佳はにっ、と笑てみせる。同調してあたりのブレン達も小さく声を漏らした。
「みんなしてアタシを笑うのかい」
ブレンの方を見てマリアンヌは軽く笑う。そのツッコミで更に笑った英理佳がプレート台から転げ落ちそうになるのを、エリカ・ブレンが素早くキャッチする。
「あ、ありがと」
「もう寝なさい。今日は散々だったでしょ」
「そーする」
ブレンに軽く挨拶をしてから英理佳は格納庫を後にする。静けさがその場を支配する中、エリカ・ブレンはすぐさま眠りにつき、その傷を癒すことに専念する。これ以上、少女に重荷を背負わさないために……。
荒れる海から顔を出したオルファンは依然として動きを見せることはなかった。
***
オルファンのアンチボディ格納庫では一人の男が自慢げに、今日の戦果を仲間に語り掛けていた。その自信と活力に満ちた様を目にした多くの者は、彼に羨望と憧れの眼差しを向ける。
「機能不全のアンチボディを相手に、この程度は当然だ」
語っているのは満足げな表情のジョナサンだった。英理佳、ラッセ、勇の三人を相手にして、その全員を蹴散らしたことで思い上がっているのだ。
「そういうジョナサンをあたしらは待ってったんだよ!」
「いいぞぉ! ジョナサン!」
「ノヴィス・ノアのアンチボディなんて敵じゃねぇな!」
シラーを筆頭にして称賛の嵐が格納庫に響き渡る。オルファンの抗体として更に成長を遂げるジョナサンに、パイロットのみならず、整備士や研究者までもが彼を褒めたたえた。これには伊佐未翠の働きも多少ながらあった。
パイロット達が熱気が滾るのを他所に、クインシィはテッドとやり取りを行っていた。
「グランチャー部隊の動きは日に日に良くなってはいます。しかし先の戦闘で、物量で優るこちらがノヴィスに取り付くまでの時間がかかりすぎているのが現状です」
「そんなことは分かりきっている。問題なのはお前のアドバイスを受けてこのザマだということだ!」
「俺のせい、とでも?」
「邪推をするんじゃない。私は情けない部下たちに腹を立てているのだ」
相変わらずの言い草にテッドは「左様ですか」と一瞬だけにやっとする。目の前の女が、確実に自分の思想に染まりつつあることに興奮を隠しきれていないのだ。後に計画されている事が実現するのもそう遠くはないと、彼はその日を夢に見ていた。
「お前達! こうしている間にもノヴィス・ノアの連中は再度の攻撃に備えてるのだぞ!」
すっかりお祭り騒ぎといったパイロットらにクインシィの鋭い一声が響く。熱気立った彼らにも、彼女の指令を無視するほどの体たらくは許されない。言葉の意味を汲み取ったパイロット達はすぐさま動き出す。
「しかし、流石のノヴィス・ノアとて、消耗はしているでしょう。次の攻撃は早くても明日、明後日……」
「以前も申した通り、ブレンパワードの単機潜入も考えられる。警戒するに越した事はない」
テッドの言葉を遮って、ジョナサンが声を張り上げる。
「要らぬ杞憂でこちらが消耗することはないが!」
発言を邪魔されたテッドは眉を吊り上げながら、上書きするかのように誇張した声で話す。
この二人は同じ上昇志向で気が合うように見えていた。実際に彼らだけで話し込むこともあったのだ。しかし、時に似た者同士は反発する事もある。
このまま激化する二人の論争が始まるのかと、周囲はヒヤヒヤした面持ちで見守る。そんな中……。
「ジョナサンの意見も一理あります。消耗の少ないグランチャーを配置しましょう」
そう言い放ったのは伊佐未翠博士だった。彼女の命令とあればテッドも口答えは出来ず、おとなしく引き下がる。
静かに勝ち誇った表情を浮かべるジョナサンは翠と共に格納庫を去っていく。それを面白くないと言った様子で見つめるクインシィ。
(ジョナサンにあんな趣味が?)
彼や母親にどんな思惑があろうと、クインシィにとってあの二人に場を乱されたり、調子を狂わされたりするのは気に入らなかった。ガバナーによる米軍人の派遣といい、彼女の立場を揺るがそうとする要素が多く、精神への負担は比例するように重くなる。それはクインシィの顔つきによく現れていた。瞳から放たれる視線はナイフのように鋭く、食いしばる歯は全てを噛み砕く勢いだ。
そんな様子に怖気もせずにテッドは、グランチャー部隊もまだこれからか、と正規軍人の余裕を見せる。
(友と呼べる存在もなく、孤高に立ち回るか……まぁ、やれるとこまでやってみせるといい。どの道オルファンは我々のものになるからな)
いずれやってくる未来にテッドは心の中で高笑いをする。グランチャー部隊の練度は確実に上がっていても、それを指揮する中枢が揺らいでいれば、その真の実力も発揮できないことを彼はよく知っていた。あの日のアメリカでの敗北は彼をより高みへと導いている。
そこへ至れたのも、宿敵の英理佳があってのこと。倒すべき敵でありながら教訓を身に刻むきっかけになった運命の相手。テッドは彼女との戦いに終止符を打つつもりでいた。これまでの戦いはほんのお遊びで、これからが正真正銘の殺し合いのつもりでいるのだ。
***
戦いから一夜明け、ノヴィス・ノアは国連から、オルファンを封じ込める作戦の中止を言い渡されて行動を起こせずにいた。しかし、それで黙っているノヴィスのクルーは少ない。密かにオルファンへの攻撃作戦が主要クルーの間で練られていた。これには勇がリクレイマーやオルファンの情報を提供したことが大きく関わっていた。
ノヴィス・ノアの格納庫ではブレンパワードのみならず、イランドといった航空機の発進準備も進められていた。二度目になる総力戦である。
しかし、ラッセ・ブレンとエリカ・ブレンは先の戦闘で大けがを負っていたのだ。それを承知での出撃。これにはブレンを思いやる少女の比瑪には納得いかない決定だった。
「ラッセも英理佳も! その子たち死んじゃうかもしれないんだよ!」
出撃寸前でも比瑪は英理佳達に抗議を続けていた。ブレン達が甲板へ上がる直前で、もう止められない事は明白なのに彼女は諦めない。
「ブレンが行きたがってるんだ、止めないでやってくれ」
「そーゆーこと。後ろは任せたよ!」
必死の説得にラッセは応じず、英理佳もそれに同意する。勇も何か言ってよ、といった眼差しで比瑪は彼を見つめるが……。
「ラッセ・ブレンもエリカ・ブレンも行きたがってるんだから。助けてやらなくちゃいけないだろ」
ブレンが出撃したがってるの一点張りだ。これにはもうお手上げだと比瑪は諦め、先に飛び立ったユウ・ブレンの後を追わせた。ヒメ・ブレンも彼女のように他のブレンを心配しているようで、その視線はユウ・ブレンから逸らされることは無い。
「人にはそれぞれの役割があるって聞いたけど、こんな大きなことに巻き込まれるなんて思ってなかったなぁ」
消えそうな声で英理佳が小さく呟く。しかしエリカ・ブレンにはちゃんと聞こえており、怖い、と聞いてくる。
「ううん、もう怖くない。君を守るためにウチは何だってするから……」
『英理佳、ヒギンズ、ナンガ! 編隊組んで出撃でしょ!』
カナンに催促されたエリカ・ブレンは舞い上がる。空にかかる分厚い雲を抜けて、ブレンパワード達は青空へと顔を出した。そのタイミングと同時にオルファンが纏う積乱雲からグランチャーらが飛び出してくる。先陣を切るのは一番勢いの乗っているジョナサンだ。
「はっははははっ!! 伊佐未ファミリーはもはや我が手の内! お前達も一挙に殲滅するっ!!」
彼の言葉を号令にしてグランチャー部隊は攻撃を仕掛けてくる。その勢いは迫りくる荒波と違わない。
「なんて勢い! これで勇とラッセを援護しきれるの!?」
「二人を信じるしかないっしょ! 前はウチが!」
戦闘のグランチャーに向かってエリカ・ブレンがチャクラ光を放つ。もろに直撃を受けた敵が態勢を崩したところを、後続のブレンが墜とした。このチームプレイが無ければ、アンチボディの頭数で不利なノヴィス・ノアはとっくに負けている。
「先頭はどうなってるの……?」
オルファンへと接近する勇と比瑪が気になって、英理佳は前方へと出る。その間に黒い影が行く手を阻んだ。
「あんた、まさか!」
「そらそうだ! このテッド・ウィーリス様の登場だからな!」
現れたのはやはりテッドで、挨拶と言わんばかりに機関砲とチャクラ光の射撃をばら撒く。エリカ・ブレンはバイタル・ジャンプで攻撃を躱しつつグランチャーに組み付いた。ヒートクローを恐れて射撃戦になる事をテッドは予想していたが、その斜め上をいく相手の行動に怯んでしまい反応が遅れる。
「この! 放せ!」
「あんたを倒すまではっ!」
エリカ・ブレンは膝蹴りや頭突きを繰り返して相手にダメージを与える。真打のヒートクローも掴まれているので、テッド・グランチャーは成すすべがない。しかも打撃の振動がコクピットにいるテッドにまで届いており、上手くアンチボディを操作できないのだ。
「ぐっあああ!」
激しい揺れの中で何とか誘導ミサイル発射スイッチを押し、エリカ・ブレンを怯ませる。だが、揺れが頭まで響いており、すぐに攻勢には入ることが出来ない。
「まだまだぁ!!」
エリカ・ブレンが拳を作り、グランチャーの頬へと打ち込む。相手が仰け反るのも構わずにすかさず次の一撃をお見舞いするが、義手に拳を掴まれた。
「いい加減にしろ!」
テッド・グランチャーは掴んだ敵を放り投げて、義手の機関砲やソード・エクステンションの光弾を浴びせた。すぐさま英理佳はブレンにチャクラ・シールドを展開させる。しかし、怪我で弱っているブレンではチャクラ光の弾丸を防ぐので精一杯。通り抜けた大口径の実弾はエリカ・ブレンの肌を少しずつ抉る。
二人がこうして戦闘を繰り広げている間にも、勇は高威力ミサイルによる、チャクラ・エナジー攻撃を仕掛けていた。ミサイルが生み出した爆炎が一筋の線となり、オルファンへと吸い込まれていく。
その爆発の付近にいたエリカ・ブレンとテッド・グランチャーは爆風で遠くへと吹き飛ばされていった。
「なんだこの爆発は!?」
「勇がやったんだ!!」
風に流されるままに二人は地図にも載っていないような無人島にまで飛ばされる。オルファンの海域であるのは間違いないが、地図のデータが無く、お互い孤立無援の状態へと陥る。
「何てことだ……」
グランチャーを起き上がらせたテッドは木々の中へ姿を消す。対して英理佳は墜落の衝撃で視界がぼやけ、意識も朦朧としていた。
「からだが……うごかない……?」
頭も回らないようで何かを考えようとすると、頭の中に靄がかかったようになる。だが彼女にとって、不思議とその感覚は心地がよかった。このまま眠りにつけば、気持ちのいい目覚めが待っている気がした。
その時、英理佳の脳裏に両親の顔が過る。反射的に彼女が手を伸ばすが、二人は頭にかかった靄の中に消えていく。行かないで、と風に消えそうな声を出すが無情にも両親は煙と共に消えていく。
瞼から涙がポツリと落ちた瞬間、ブレンのハッチが開き、新鮮な風が送られてくる。波が呼び起こす潮風の匂いに英理佳の意識ははっきりとしだした。
「ここは……?」
コクピットから顔だけを出して辺りを見渡す。ちらほらと輝きを放つ白い砂、荒々しくも耳障りではないさざ波……。
「爆風でこんな所に飛ばされたの……はっ! あいつは!?」
上空へ視線をやるが、あるのは青空とオルファンが巻き起こした灰色の雲だけだ。待ち伏せをされていない事に、ほっと一息つくが戦いが終わった訳ではない。今でも他のブレン達は戦っているのだ。すぐに戦闘空域に戻ろうと、エリカ・ブレンはあチャクラ光を纏い飛び上がる。だがブレンは動きが重く、思うように飛ぶことが出来ないようだ。
「怪我のせい? 無理しなくていいよ……うわっ!!」
突如としてエリカ・ブレンは地面へと落ちていく。飛べずに落ちたというより、何らかの力で落とされたという方が正しい。衝撃時に英理佳は頭をぶつけて、傷口から赤色が覗く。そうしていると逆光で黒くなったグランチャーがモニター全体を覆った。
「ようやくお目覚めか」
「テッド……」
テッド・グランチャーはブレンの脚に絡まったアンカーを撒き戻しながら、じりじりと迫りくる。流石に分が悪いと確信した英理佳は通信機でノヴィス・ノアと連絡を試みるが、耳障りなノイズが響くだけだ。
「一人で何とかしろってコト? 流石に冗談っしょ……」
ソード・エクステンションから放たれる光弾を避けながら木々に身を隠した。だがエリカ・ブレンの鮮やかな茜色は林の中で良く目立ってしまう。追撃はなおも続く。
「逃げろ、逃げろ!」
射撃を繰り返しながらテッド・グランチャーはゆっくりと英理佳達を追いかける。勝利までは確信していないが、アンチボディの性能で相手を圧倒できるが故の慢心であった。
この一方的な攻撃を英理佳が許すのは、島に飛ばされた時にブレンバーを失くしてしまったからだ。攻撃方法はブレンブレードと格闘攻撃のみ。
「どうすれば……」
何か打開策をと思いめぐらしていると、グランチャーの攻撃が止んでいる事に英理佳は気づく。テッド・グランチャーは青色の迷彩とは言え、生い茂る木々の中では見つけにくい色だ。少し身を潜めれば簡単に周囲の風景に溶け込める。
「どっから来るの……? 来るなら来なよ!」
360度の全方位を警戒するためにモニターを代わる代わる見つめるが、依然として敵の攻撃の兆候は見られない。ばくばくと唸る心臓の鼓動が全身を駆け巡り、フリュイドスーツの下で汗が際限なく流れていくのを英理佳は感じた。まるで周囲のもの全てが敵になった感覚に孤独と震えが襲い掛かる。
がさり、と物音がする。エリカ・ブレンが振り返るとミサイルが飛んでくる。咄嗟の事に反応できず、英理佳は被弾を覚悟するが飛翔体はブレンを掠めていった。ミサイルが飛んできた方向を英理佳は見ると、そこには敵ではなく一機のウェッジがホバリングしているではないか。
「ウェッジ!? 援軍がきたの?」
『こんな所で油を売ってるなんて、大人をあまり困らせるんじゃないよ』
航空機のパイロットはマリアンヌだった。英理佳が戦闘空域から離れているのを知って、援護にやって来たのだ。
「マリアンヌさん、グランチャーが一人いるんです」
「わかってる、ちゃっちゃと片づけて船に戻るよ!」
隊列を組んでブレンとウェッジは飛行する。その姿を目にしたテッドは軽く舌打ちをしつつも、攻撃を仕掛けにかかった。最初に防御力の低いウェッジが狙われる。ミサイル接近の警報がマリアンヌの耳を引っ搔いた。
「英理佳! 来るよ!」
ウェッジはフレアを撒きながらミサイルを軽くいなした。その間に英理佳はテッド・グランチャーへ接近して、ブレンブレードで白刃戦に持ち込もうとする。アンチボディの鍔迫り合いが繰り広げられる中、マリアンヌはグランチャーめがけて、ありったけのミサイルと弾丸を撃ちこんだ。
「ちょこざいな!」
チャクラ・シールドこそ破れなかったが、グランチャーは大きく態勢を崩してしまい、膝をつくことになる。このチャンスを英理佳は逃さずに、ブレンに攻撃を命じた。
「これで!」
ブレンブレードで敵を貫こうとエリカ・ブレンが前に出る。だがテッド・グランチャーは装備されていたスモークディスチャージャーで煙幕を張った。立ち込める煙に動揺したのかブレンは足が止まる。
「止まっちゃダメ! 逃げられちゃうよ!」
英理佳の言われた通りにブレンは煙の中に突入するが、展開される煙幕の中では何の動きも無いようだ。既に逃げ去っていったのかとエリカ・ブレンが何気なく踵を返したその途端。
「迂闊だな」
煙幕の中からテッド・グランチャーが現れて、エリカ・ブレンを掴んで叩きつける。突然の事に英理佳は対応できず、声も上げられない。赤熱したヒートクローがブレンへと向けられた、その時……。
「もう二度と子供を失うものかぁぁぁ!!」
勇ましい声と共に突っ込んできたのはマリアンヌのウェッジだった。しかし武装の尽きた彼女の機には出来ることがほとんどない。せめて英理佳だけでも守ろうと、彼女はグランチャーへと特攻を仕掛けてきたのだ。
「ダメ! マリアンヌさん!」
飛び込んできたウェッジはヒートクローに衝突して前後真っ二つに裂けた。そのおかげで英理佳とブレンは無事だったが、ウェッジの機首はスピンを起こしながら地面へと吸い込まれていく。
「ノヴィス・ノア連中は気が狂ってやがる!」
テッド・グランチャーの右腕はウェッジから溢れ出た燃料が隙間に入り込み、動作不良を起こして機能しなくなっていた。こんな状況でまた援軍が来れば、負けることを確信したテッドはオルファンの方向へと今度こそバイタル・ジャンプで退いていく。
***
エリカ・ブレンはウェッジの残骸から傷だらけのマリアンヌを降ろした。ピクリとも動かない体へと英理佳はコクピットから飛び出した。
「マリアンヌさん、ちゃんと意識を持って! すぐにアイリーンさんを呼んでくるから!」
「……いいよ、なんとなくわかるんだ」
「そんなの駄目だよ! まだ話してないこと、いっぱいあって……それにあなたはウチにとってのお母さんみたいで、尊敬してるんだから!」
「ごほっ……! よくもまあそんな言葉が出てくるねぇ。アタシもそうだったら……子供たちに……」
マリアンヌが装備していた無線機に向かって英理佳はしきりに声を上げる。だが返ってくるのは耳障りなノイズだけ。他にも何か役立つものはないのかと、辺りを見回しても英理佳には何も思いつかない。応急処置の方法さえ知らない彼女には、マリアンヌの手をぎゅっと握ることしかできないのだ。
「思っていても、言葉にするのは難しいさ……。でも、英理佳ならそれが出来るよ……」
「もう喋らないで! アイリーンさんのところにすぐに連れて行くから!」
横たわる大きな体を持ち上げようと英理佳は踏ん張るが、それは石のように重たくびくともしない。その様を見ていたエリカ・ブレンもどうしていいか分からずに狼狽えているだけだった。
「いいや、これだけは言わせて……。良いお母さんなんて……呼んでくれて……あり、が……」
開かれた口は動かなくなり、瞳から光が消えて虚ろになる。ダメだ、死なないで、そう何度も少女が呼びかけても目の前の"それ"は何の反応も示さない。その時、目の前の人間が本当に死んでしまったことを理解して、ひとしきり泣き叫んだ。
死は突然で、悼む時間さえも与えてくれない理不尽な存在です。しかし生物は死ぬからこそ、生きている間に輝きを放てるのです。