勇とラッセの決死の一撃はオルファンの浮上を遅らせた。完全に沈めるとはまではいかなかったが、痛みに悶えさせるぐらいはしただろう。
そんな中で英理佳は大切な人を失い、心に大きな傷を抱える事になる。だが、それでも周囲の状況は目まぐるしく変わっていくのだ。立ち止まって感傷に浸る時間さえ許されない。
「足踏みしたってしょうがないよね……必ずウチが、マリアンヌさんの望んだ世界にしてみせる」
甲板で髪をなびかせていた英理佳は遠くの島を一瞥して格納庫へ向かう。彼女はもう、ふさぎ込む事はしない。真っすぐ前だけを見据える彼女の瞳がその覚悟を物語っていた。
一方、ノヴィス・ノアでは暴風雨の中で多くの避難民を受け入れていた。とはいえ避難民というのも彼らの建前であり、その本音はオルファンへの受け入れを期待して、あえなく失敗したから助けて欲しいというもの。オルファンが纏う嵐は、生半可な意志では通り抜けられはしないのだ。
しかし、そんな避難民の中に紛れて報道機関の者達が、国連の管轄を離れたノヴィス・ノアに対してインタビューを強行してきていた。
「うっそ、難民てこんなに!?」
ブレンがいる格納庫とは別に存在する、左右の甲板にはヘリコプターやVTOL機と言った航空機がすし詰めになっていた。それらの搭乗員が格納庫に集まってきて、治療や食料などの援助を受けていたのだ。
「ちょっといいかな? 君はノヴィス・ノアのクルーかい?」
突然として英理佳はマイクやカメラを持った男らに話しかけられる。その風体からして、すぐにマスコミ関係者だと英理佳は理解する。
「あんたら誰なの?」
「申し遅れました、私達はCNBという報道機関の者でして──」
男が名刺を渡す前に、英理佳は踵を返してその場を去ろうとする。だが男らにとって、彼女の行動は日常茶飯事の反応だ。すぐにその背を追いかけて先回りをする。
「もー! しつこいんだけど!」
「ちょっとだけでもお話を聞かせて頂けないでしょうか!」
逃げ回る少女を相手に男らは寄ってたかって付きまとう。その執念に愛想をつかして英理佳は実力行使に拳を握りしめたその途端。
「やめなよ、男数人で女の子一人をいじめるの」
透き通りつつも芯のある青年の声がした。一同が振り返るとそこには長い赤毛の前髪を持つ青年がトランクケース片手に立っている。
「じゃあ君が代わりにインタビューを……」
「悪いがそれは無理だ。俺はその子に用事がある、お前らは掃けてくれないか」
「え? ウチ?」
青年の覇気に気圧されたインタビュアー達はそそくさと立ち去っていく。そのくたびれた背を尻目に青年は軽く鼻を鳴らした。
「あの、助けてくれてありがと……」
「別に大したことじゃない。それよりも案内してよ、行きたい場所があるんだ」
「いいよ、どこ?」
「アンチボディの格納庫」
青年の放つ言葉に英理佳は衝撃を受けつつも、関係者以外は立ち入れない事を説明する事にした。
「あ~、ごめ~ん。あそこに入るのって許可が居るんだよね~。ちょっと覗くくらいなら、いいのかな?」
「許可はあるから、早くしな」
彼はそう言ってポケットから一枚の紙を取り出して見せる。差し出されたそれを英理佳が覗き込むと、乗船許可並びに彼をノヴィス・ノアのクルーとして認める……という内容が記されていた。
「マジかぁ……じゃあついて来て。こっち」
状況を把握した英理佳は新しい仲間を迎え入れるため、早速格納庫へと歩みを進めようとする。だが青年は「待て、連れを呼んでくる」と、雷雨が降りしきる甲板へと踵を返した。英理佳が深く考えずに、派手な黄色の背中を追いかけると、甲板には三人のブレンパワードが視界に飛び込んできたのだ。
「あと二人も!?」
「いいや、全部俺のだ。お前達」
主人の呼び声にブレン達は前に出てきて、ブレンがいる格納庫への昇降リフトへと乗った。その最中に、英理佳はブレンに紛れているもう一人のアンチボディを目にする。
「グランチャー……あれも?」
「勿論だ、何か問題でも?」
青年は全く弁明の意志を見せようとしない。まるでグランチャーもいることが当たり前かのようだった。その姿勢が英理佳にグランチャーとも、分かり合えるのかもしれないという考えを抱かせた。
「あんた、なにもん?」
「俺はナッキィ・ガイズ。ノヴィス・ノアのアンチボディ部隊を補強する者だ」
まさかとは思っていたが、いざこうして本人の口から事実を伝えられて英理佳は驚きを隠せずに肩がはねる。新たな戦力にパイロット一人とアンチボディ四人。しかしそれではアンチボディが手持ち無沙汰だ。ナッキィの許可を得て、新たにパイロットを指名するのだろうか、そう英理佳は思い巡らせていた。
リフトが最下層のアンチボディ格納庫へと降り立った。ナッキィはトランクケースに片足を乗せて、ニヒルな笑みを浮かべている。その視線の先はプレート台に座るブレンパワード達とそのパイロット達だ。
「グランチャーだぞ」
「何で……?」
リフトから一番近いユウ・ブレンの面倒をみていた勇と比瑪は、グランチャーの姿を目にして戸惑う。
対してナッキィは小手調べだと言わんばかりに、自分のブレンパワード達を吼えさせて相手の出方を伺った。彼の思惑通り、ノヴィス・ノアのブレン達は新たにやって来たブレンパワードを警戒して唸り声を上げる。
「吼えるのやめなさい!」
すぐ傍のユウ・ブレンを比瑪が叱っていると、床が小刻みに揺れている。それは次第に大きくなり、騒がしいずしずしとした足音も近くなってくる。気になった勇と比瑪が音の方へと顔を向けると、ブレンバーを構えたエリカ・ブレンが向かってきているではないか。
「どうしたの君!?」
エリカ・ブレンは侵入者と一緒にいる英理佳の身を案じてやって来たのだ。ナッキィ・ブレン達はにじり寄るブレンパワードを警戒して吼える。だが相手は臆することも無く、どんどんと距離を詰めるのだ。
「ちょっと! ウチは大丈夫だから、武器はしまって! あんたも何でブレンにあんなことさせたの?」
「これから一緒に戦うんだ。どういうブレンがいるかは知っておかなきゃ、でしょう?」
呆れた英理佳はふんっ、とそっぽを向いてエリカ・ブレンと共に去っていく。女の子は気難しいな、とナッキィは含み笑いを浮かべながら遠ざかる背を見送った。
暫くしてナッキィ・ブレン達がそれぞれのプレート台へと運ばれて身体検査が始まった。しかしナッキィ・グランチャーはスペースの問題やブレン達のこともあって、隣の倉庫に入ることとなる。
普段戦っている敵のアンチボディが身近にいる事を反対するクルーが多かったが、ナッキィが味方になる以上、グランチャーを置いておかない訳にはいかなかった。そんな中、ナッキィ・グランチャーが気になったクマゾー、アカリ、ユキオ達は倉庫に忍び込んで様子を伺いに来ていた。
「ねんねしてるも?」
「そうみたいね」
「ヘルパーたちは病気じゃないかって言ってるけど……」
子供たちが普段、見聞きするような荒々しい様子とは打って変わって、ナッキィ・グランチャーは静かに横たわっているだけだ。ノヴィス・ノアに漂うブレンパワード的な空気で消耗しているだけかもしれないが、子供達にはナッキィ・グランチャーが不思議と悪いものには見えなかったのだ。
「あっ!」
クマゾーがグランチャーの傍で人影を見つけて声を上げた。その視線の先にはブラシを抱えた比瑪がいるではないか。しかも目の前のアンチボディにいつもしてやっているように、ブラシで丁寧にマッサージしてやっているのだ。
「グランチャーでも気持ちいのかな?」
「同じアンチボディなんだから当たり前でしょ」
「そーなの?」
アカリとユキオは半信半疑と言った様子だ。だがクマゾーには比瑪の言うことが本当だとすぐに分かった。ナッキィ・グランチャーは昔、彼が出会ったグランチャーのように優しげな雰囲気を醸し出していたからだ。
「わかったら、さっさと手伝いなさい」
「ぼくも!!」
こうして四人がかりでナッキィ・グランチャーをマッサージしてやることになる。暫くすると、自身のアンチボディの様子を見に来たナッキィがその不思議な様子を目にした。
「ブレン的なものに包まれているノヴィス・ノアでは消耗する一方だと思っていたが」
「ケアですよ、ケアの仕方」
比瑪の柔軟な考え方にナッキィは感嘆して「さすがゲイシャガール!」と彼女を抱きかかえる。その様子を子供達は刺すような視線で見つめていた。
「宇都宮比瑪です!」
視線を送っていたのは子供だけでなく、偵察をしていた勇も嫉妬にも似たような感情で倉庫内の様子を見ていた。
「何やってんの?」
扉から顔だけ出している勇に、背後から英理佳が迫る。突然、話しかけられた勇は驚きつつも「何やってんだ、こんな所で?」と平静さを演じて見せた。前にも似たようなことがあったな、と彼は過去を振り返るが今は比瑪とナッキィを注視しなければと向き直る。
「ナッキィと比瑪?」
英理佳も同じようにして顔だけ出して倉庫内を覗いてみる。一番目を引いたのはグランチャーでもなく、とても近い距離で話している男女だった。
「いいの勇? あんなにさせて?」
「いい訳ないだろ!」
咄嗟に勇は振り返りながら答えた。だが満足な回答が得られたのか、英理佳は「ふーん」とニヤニヤとしている。その見透かしたかのような態度に勇は、怒りと恥じらいで顔から火を吹きそうになってしまった。
「と、とにかく、アイツはいけ好かないんだ。比瑪に何か悪い影響があったら……」
「じゃあ間に割り込めばいいじゃん」
「それが簡単に出来れば……ん?」
コツコツと近づく足音に勇は身を潜めた。こんな風にコソコソ隠れて、相手と面と向かわない事を恥じていたからだ。とはいえ既に目撃者は一人いるのだが。
「二人ともそこで何やってるの?」
英理佳達の背後から優しげな声が貫いた。何度も耳に入った声を二人が忘れるはずもなく、振り返って「アイリーンさん!」とその女性の名を呼んだ。
「あ! いや、グランチャーの様子が気になって」
「んなわけ、勇は比瑪が──んむっ!?」
勇は今にも滑りそうな口を塞いで「何でもないですよ」としわくちゃな作り笑みを浮かべる。捕まったカブトムシのように英理佳は手足をバタバタと振り回すが、拘束する手は緩むことを知らない。そんな奇妙な様子を目にしたアイリーンは大方の状況を予測しつつも、それは口にせずに「あら? そう」と倉庫へと消えていく。
「ホントのことを言えばアイリーンさんも手伝ってくれるかもしれないのに」
ようやく発言を許された英理佳は地団駄を踏みながら眉を吊り上げる。だがそんなことはお構いなしに勇は倉庫内の様子を伺ってばかり。それでも彼は器用なのか英理佳の言葉はちゃんと耳に入っていた。
「別に誰かの助けなんて」
「そーやって、また一人で何とかしようする」
勇は身を翻して倉庫を後にしようとした。意気地なし、そう罵ってやろうかと英理佳が口を尖らせていると、突如けたたましい艦内警報が響き渡る。
「何だ?」
「遭難船のSOSだ!」
クルーの男性が怒鳴り声で伝えにやって来る。その報告を耳にした英理佳と勇は、またか、と言った顔で出迎えた。後からやって来た比瑪も二人の様子を見て察したようだが、彼女は助けを求めている人を見捨てるような真似はしない。すぐに発進の準備を進めようとするが、ナッキィはそれを冷めた目で見つめていた。
「自分の事しか考えない奴らなど救う必要はない……。だが……」
ナッキィはマッサージで活力を取り戻したグランチャーへと視線を移す。ナッキィ・グランチャーの瞳はやる気に満ち溢れており、煌びやかな緑色に光っていた。
「俺達でも、やれるって証明してやろうぜ」
呼びかけに答えるようにしてナッキィ・グランチャーは声を上げて目を輝かせる。
***
難破船の救助には勇と比瑪がタッグを組んで向かっていった。他のパイロット達はノヴィス・ノアの護衛を任されており英理佳もそのうちの一人だ。いつもの彼女ならコクピットでむすっと座っているだろうが今回は打って変わって神妙な面持ちだ。今の英理佳は出撃を恐れているからだった。エリカ・ブレンが怪我を追っているのもそうだが、ラッセ・ブレンの特攻が上手くいったのをブレンが変に捉えてしまい自爆を敢行しようとするのを防ぎたいというのが一番だ。
「よくもまぁこんな有様でオルファンに拾ってもらおうと思ったもんだ」
揺れ動くコクピットの中、ナンガが雷雨を尻目に渋い声で呟いた。ノヴィス・ノアの揺れをブレンが軽減していてもオルファンが巻き起こした雷雨と荒波の中では心もとない。そんな対オルファンを想定したノヴィスですらこれなのだ、並大抵の船舶ではいつ転覆してもおかしくは無いのだ。
「二人だけでホントに大丈夫なの?」
「ブレンがついているのよ、大丈夫に決まってるでしょう」
上ずって声の英理佳をたしなめるようにしてカナンが言う。それでも不安がぬぐい切れない英理佳は様子を確認しようと、無断の出撃を思いつきブレンに一歩前に出させた。その途端、彼女の乗るコクピットがガタンと揺れる。何者かに掴まれているようだった。
「誰!?」
「お前が行く必要はない、俺が代わりに行ってやる」
英理佳を引き留めたのはグランチャーを駆るナッキィだった。彼が乗っているからか、将又外に出られたからかグランチャーは倉庫にいた時よりも生き生きとした瞳をしている。そんな姿を目の当たりにした英理佳は、グランチャーでもこういう顔が出来るのかと感心した。
「グランチャーで!?」
この出撃を他のクルー達は認めているのか、コクピットから身を乗り出した英理佳は目くばせで確認を取る。カナン、ヒギンズ、ナンガは異論無いようで、ナッキィ・グランチャーに向かって敬礼を返している。格納庫のクルー達も不満気な視線を飛ばす英理佳へ向かって軽く頷いていた。
「まぁ、グランチャーは元気そうだし……」
「そういうこった。ナッキィ・ガイズ、発進するぞ!」
ナッキィの出撃を渋々承諾した英理佳はナンガたちがやっているように敬礼をして見せる。オーガニック・エナジーの輪を形成して飛び立つナッキィ・グランチャーを英理佳は見送るが、対してエリカ・ブレンは不満気に唸っていた。そんな気持ちを感じとった英理佳は遠ざかるアンチボディの影を見つめながら同意して頷く。
「やっぱ気になるよね~あのグランチャー……」
彼女らしくなく腕を組んだポーズで思考を巡らす……のだがいつも結論は"考えるより行動"になり、すぐに体が動いてしまうのだ。手慣れた手つきでモニターを操作し、オーガニック・レーダーを立ち上げると操縦桿を握りこむ。そんな彼女のやる気に呼応してエリカ・ブレンもオーガニック・エナジーの光輪を生成して飛行準備に移った。
「敵の動きが気になります。エリカ・ブレン、偵察にいきまーす!」
『偵察だけよ』
適当な理由でアイリーンから出撃の許可を得た英理佳達は、漆黒の雲間へと消えていった。分厚い雲を抜けると二人の目には青空が飛び込んでくる。下の海の様子からは打って変わって、空は吸い込まれてしまう程に澄んでいた。だがその景色の中にひと際目を引くものが一つ。雲から突き出たオルファンの頭頂だった。黄金の外殻にはオーガニック・エナジーの膜なのか、微かに虹色の輝きを滑らせていた。
「あれが……オルファン……」
倒すべき敵が目の前にいると言うのに、英理佳はその姿に不思議な魅力を感じていた。以前、勇からオルファンの情報を聞かされた時に、あれの姿は母性的なものだと言っていたのを思い出す。確かにオルファンの中核には女性の形をしたフィギュアと呼ばれるものがあり、それが放つ光は全てを包み込むような温かさを持っている。そんな温かさを英理佳が求めているのか、彼女自身でもわからずにいた。
少しするとエリカ・ブレンは二つの影を捕捉した。一つはふらふらと蛇行するナッキィ・グランチャー、もう一つは空と同じく澄んだ青色のユウ・ブレンだった。近づいてエリカ・ブレンは二人のアンチボディの肩を掴む。
「勇はここで何してんの? 比瑪は? 難破船は?」
「英理佳こそ。ノヴィスで待機じゃなかったのか?」
「あんまり喚くな! 頭に響く!」
勇と英理佳、二人の問答にしびれを切らしたナッキィは頭を抱えながら言った。だが彼は二人の声だけに悩まされている訳では無いようだ。眉間にしわを寄せ、冷たい汗をにじませていた。
「さっきからグランチャーがイラついてるんだけど、ナッキィ?」
「そうだぞナッキィ! 今は退くべきだ!」
勇の制止も振り切ってナッキィ・グランチャーはオルファンへと弾丸の如く飛んでいく。それを追いかけるようにユウ・ブレンも前に出るが、バイタル・グロウブのネットに引っかかってしまう。
「バイタル・グロウブのネットが! 干渉しているのか!?」
チカチカと閃光を散らしながらユウ・ブレンがもがくのを見たエリカ・ブレンは直ぐに助けに入るが、エネルギーの感電で金縛りに遭って同じくジタバタする。
「なーにやってんのさ! もー!」
独断で動いたブレンを英理佳は叱っていると、ナッキィ・グランチャーが遠ざかるのをモニター越しに目にする。彼女が後退を促そうと言葉を喉まで引っ張るが、こんな一声で引き下がらない事は目に見えていて、止めた。そんな時……。
「クインシィ? 姉さんのグランチャーか!」
勇の視線の先には真紅のグランチャーが胡坐をかいた姿勢で滞空していた。それは左足に義足を装備しており、並々ならぬオーラを纏いながら徐々に接近してくる。
『勇でしょ?』
いつもの鋭さを持った声ではなく、勇の知る姉としての声色を出すクインシィ。それに対して勇は警戒しつつも言葉を返す。もしかしたら目の前にいるのが、オルファンにいた時のクインシィ・イッサーではなく伊佐未依衣子なのかもしれない……そんな小さな希望を抱いていたからだ。
「姉さんか!?」
『やっぱり……来ると思っていたよ勇……』
姉弟の不穏なやり取りは続く。
「どうしたんだ……いつもと様子が違う」
「女がこーゆー時って大抵、機嫌が悪いコトが多いんだよねぇ~」
英理佳は地元の不良グループの女番長を頭の中で思い浮かべた。いつもは厳しくも頼れるリーダーとしてふるまっているものの、機嫌が悪いとテンションの上がり下がりが激しくなり、たった一人の言動一つで活火山にも波の立たない海原にもなるのだ。
『勇、私殺される……ガバナーに私、殺されるのよ……』
クインシィは縋るような声で話す。それだけで聞く者に彼女が恐怖を抱いていることを理解させるほどに。勇には姉のそれが痛い程理解できた。それは、かつて彼も同じような辛さを覚えていたからだ。
「何があったんだ姉さん! 辛いならオルファンを出ればいい!」
『オルファンから出たら生き残れない、体のエネルギーを吸われてみんな死んでしまうんだよ』
あまりに切羽詰まったクインシィの言葉に寄り添うようにして勇はコクピットから出てクインシィ・グランチャーへとブレンを近づかせる。お互いの顔を見て話せば、姉も自分の考えを理解できるかもしれないと思っていた。
「そんなことさせるもんか! 上の村に一緒に帰って、あそこの空気を吸えば!」
『今更、故郷に帰れるものか、そんなことできる訳がない……お前にできても、私にはできない……お前のせいなんだ』
「姉さん?」
最後に放たれた言葉は先程までの、迷いのある声とは違い、はっきりとした声であった。クインシィはどうやら勇に対して家族の情を持ちつつも、目の敵にもしていたようだ。クインシィ・グランチャーがオーガニック・エナジーを高めて苛烈なオーラを形成し始める。
『勇、私を姉と思うなら……この世から消えてなくなれっ!!』
クインシィ・グランチャーは戦闘態勢に入り、ソード・エクステンションを構え出す。狙いが自分であると気づいた勇は即座にブレンのコクピットに潜り込んだ。結局、姉はオルファンの抗体になってしまい、もはや言葉で対話することは不可能であることを知る。
「勇の何が不満だって言うの!?」
『あいつのような弟がいるのは、私の名折れなんだ! それに、お前らブレンパワードも!!』
激昂したクインシィはたった一人でブレン二人を相手取る。英理佳達は数で勝っていても、恐ろしい程の剣幕で仕掛けてくるクインシィ・グランチャーに防戦一方を強いられるばかりだ。
「勇も! お姉さんに何か悪い事された? 戦うんじゃなくて、もっとさ、ほら!?」
「あいつはもうオルファンの抗体になりきっている! 会話など出来やしない!」
勇とクインシィの仲を何とか出来ないかと英理佳は精一杯考えるが、激しさを増すクインシィの攻撃にその憎しみの大きさに気圧される。ジョナサンもクインシィも、身内への恨みつらみが爆発しすぎてここまで出来るのかと、人間の恐ろしさを理解した。
(ここまでくれば、ウチも父さんと母さんを殺そうとする事が出来るっての!?)
英理佳がそう考えた一瞬、隙が生まれてクインシィに付け込まれる。グランチャーはソード・エクステンションを振りかざして、今にもエリカ・ブレンを両断しようとせんとする。
「勇に与する存在がぁっ!!」
「どんな存在!?」
刃が命中する直前でユウ・ブレンのブレンバーがエリカ・ブレンを守る。閃光が瞬き、敵が怯んだ隙にブレンらは距離を置いた。
「英理佳は関係ないだろ! 狙うなら俺を狙え!」
「勇……」
かくして姉と弟の過酷な鍔迫り合いが再開される。双方とも一歩も退く気が無いようで、どちらが勝利を収めても不思議ではない。そんな時に雲の中から、戻ってきたナッキィ・グランチャーが戦いに加勢する。
「兄弟同士の戦いなどで、決着が付く訳ないだろ!!」
突然の援軍に動揺した勇はブレンを退かせて英理佳と合流する。
「勇、さっきはありがとう」
「別にいい、今は姉さんをやらないと」
「それ本気?」
英理佳の言葉には聞く耳も持たず、勇はクインシィを狙撃する態勢へと移った。ユウ・ブレンのコクピットのモニターではクインシィ・グランチャーがロックオンされている。もし姉の言う通りに自分に非があるのであれば、落とし前はつけなければならない。その一心で勇は攻撃を決意する。
そんな勇に対して英理佳な何の言葉もかけられなかった。肉親を憎む気持ちを一ミリでも理解してしまった彼女が、他人に説教をするなんておこがましいなんて考えていたのだ。
「どけ! ナッキィ!」
「止めろ! 姉さんなんだろ!」
ナッキィは華麗な手さばきでクインシィの攻撃をいなしながら言う。
「今は違う! グランチャーに毒されて変わっちまったんだ」
「それでも姉さんだろ、やっちまったら一生後悔するぞ」
それでも姉さん、と言われて勇は狙撃を躊躇った。その時に上の村での姉との記憶が蘇り、こんな現状とのギャップに悲しみを覚えたのだ。
同時に英理佳も驚かされた。ナッキィ・ガイズという男がこんなにも情に厚いとは全く想像していなかったからだ。数多くのブレンパワードに好かれるだけあるのだろうと英理佳は感心した。
「兄弟同士で殺し合う辛さからは、俺が救ってやる!」
ナッキィ・グランチャーはあのクインシィ・グランチャーに対して強気に攻め出て、しかも圧倒しているのだ。後はとどめの一撃のみで、ブレンバーと敵とを一直線に結ぶ。これで勝敗が決まるかと思われたが、チャクラ光はいつまで経っても発射されない。
「どうした? しっかりしろ、おい!?」
グランチャーとブレンバーの相性が悪いのか、ナッキィ・グランチャーがそうしたくないのか、どちらかは不明だが、この好機を見逃すクインシィでは無い。ソード・エクステンションは容赦なくナッキィへと向けられる。
「ガキは消えろ!」
「避けて!」
チャクラ光が放たれ、もはや避ける事は許されない。咄嗟にエリカ・ブレンが放ったチャクラ光の射撃で弾の軌道を逸らしたが、直撃を避けるには心もとなかった。射出された敵の光弾はナッキィ・グランチャーの左腕から肩までを貫いて破砕させる。同時に衝撃でコクピットハッチが開き、ナッキィは空中に放り出されてしまった。
「ちょっ! ナッキィ!」
投げ出されたナッキィをエリカ・ブレンが手で掬い上げる。幸いにも怪我は無いようだが、ダメージを負ったナッキィ・グランチャーは重力に引かれて真っ逆さまに落ちていく。
「あいつはまだ生きている! 助けてやってくれ!」
「言われなくとも!」
コクピットにナッキィを収容し、エリカ・ブレンはバイタル・ジャンプでグランチャーの落下地点へ先回りする。そこは雲の下、雷雨の中だった。
「来た!」
雲を突き破ってナッキィ・グランチャーが落ちてくる。それをエリカ・ブレンが速度を合わせ、残された腕を掴もうとするが滑って上手く掴めない。
「頑張ってウチのブレン!」
「グラン! こいつに掴まれ! 俺はここだ!」
ナッキィの声に反応したグランチャーは残された力を振り絞り、エリカ・ブレンへとしがみついた。二人のアンチボディは海面すれすれで停止して、ゆっくりと上昇を始める。コクピットでは英理佳とナッキィが、ふぅと一息ついていた。
「俺のグランを救ってくれて、ありがとうな」
「お安い御用……ってね。でもマジで危なかった~」
「こんなザマじゃ勇の援護に行けなさそうだな。ノヴィスに連絡しようぜ」
「レーダー見てみ、ヒメ・ブレンが向かってるから大丈夫。早くグランチャーの具合を見せてあげないと」
***
英理佳とナッキィがノヴィス・ノアに戻ると何やら格納庫で騒ぎが起こっているようで、人々の声が入り混じっていた。だがそんなことは露知らず、二人は会話を続けていた。
「お前のブレンも相当傷ついているようだが……」
「あ~、これは名誉のフショー? って奴?」
「じゃあ長い事戦ってるんだな」
「いやぁ、そうでもなくてさ──」
『英理佳が戻ってきたぞ!!』
艦内放送ででかでかと自分の名前が呼ばれた英理佳はドキッとして体が跳ねる。さては何かやらかしたな、そう思ったナッキィはにやけた。そんな彼に英理佳はムッとした表情で自分は悪くない事を訴えかけるが効果は期待できないようだ。
「ウチは何もしてな……げっ!?」
コクピットから降りて英理佳が目にしたもの、それは見知った不可思議なブレンパワードの後ろ姿だった。マントを羽織ったブレンなど、世界中のどこを探してもこの一人だけだろう。それは格納庫のプレート台に偉そうに胡坐をかいていた。そして周りには困り顔のクルー達と、同じくマントを羽織った仮面の人間がひとり。
「ようやく帰って来たね、英理佳クン?」
そう言って鉄仮面を向けてきたのはクルーエル・ブレイズと呼ばれる怪人だ。英理佳とは何度も顔を合わせているが、その正体や素性は全くの謎。敵か味方かすらも分からないのだ。
「お前の知り合いか? あれが?」
「顔見知り──いや顔は知れないけど……」
クルーエル・ブレイズの姿に目を丸くするナッキィ。その反応に英理佳はそうなるよな、と頭を抱えた。今までブレイズと共にいる姿を知り合いには誰も見られておらず、存在すらも怪しまれる程度で済んでいた。だが今、こうして奇怪な姿で皆の前に現れて、自分の名前を呼んでしまえば親しい仲だと思われてしまう。英理佳はそれが嫌だったのだ。
『英理佳、早くこのクルーエルなんとかを追っ払ってくれ』
『君が来るまでここを動かないって聞かないんだ』
メカニックや副長の疲弊した声からして相当ブレイズに悩まされたことが伺えた。そういう副長は多大なストレスで目頭を押さえている。その光景が他のクルー達も容易に想像がついていた。
「……でー、何の用?」
英理佳はグランチャーとブレンをヘルパーたちに任せ、ブレイズの元へ歩み寄った。刺すような視線にブレイズは痛そうなリアクションを取るが、周囲の雰囲気からそれがスベったことを悟り、すぐに本題へと移る。
「前回、君に言った"再リバイバル"について情報を得られるかもしれない」
再リバイバル、その言葉に英理佳は眉をひそめる、神妙な面持ちをした。概念でしか存在しないかもしれない、アンチボディの傷を治せるかもしれない方法……その手掛かりをブレイズは見つけたというのだ。
「それは誰から?」
「私が"保管"していたアンチボディからだ。今まで口を利いてくれなかったが、ようやく話してくれる気になったようでね……来るかい?」
「当たり前っしょ」
即決する英理佳に満足したのか、ブレイズは仮面の下で小さく笑う。だがそれを止めようとする者がいた。ナッキィは面持ちが急に変わった少女の肩を掴み説得を試みる。
「おい待てよ、こんな奴の話を鵜呑みにするのか? 大体再リバイバルってなんだよ」
「詳しい話は後で……ってかナッキィも来なよ、その再リバイバルってのでアンチボディの傷が治るんだよ」
「どう考えてもアイツは怪しいだろ。信用しちゃいけないタイプの人間だ!」
「誰が信用できないって?」
二人の間に仮面が割り込む。声色も表情も変わらないというのに、ブレイズの放つプレッシャーはその場にいる誰もが感じられた。気圧されたナッキィは表情を歪ませながら一歩後ろに身を引く。同時に彼は仮面にある、くりぬかれた目の部分を直視してしまっていた。それは奈落のような黒で、本当に人間の瞳がそこにあるとは思えない程に虚ろだったのだ。
「とにかくだ、今はノヴィスに居たほうがいいぜ。オルファンの動きも、まだわからないんだろ」
「ごめんナッキィ。あの子の傷を癒すのがウチの一番の目的なの」
そう言って英理佳は踵を返して仮面の女と共に歩き始めた。ブレイズが手で合図を送ると、プレート台に鎮座していたブレイズ・ブレンが立ち上がり、甲板へと向かっていく。ようやく邪魔者が消えたとクルー達は安堵しつつも、英理佳が怪しい大人に騙されていないか心配な気持ちもあった。
「艦長さんの許可はあるのかよ!」
駆け寄ったナッキィが叫ぶが、英理佳は既にブレンに搭乗しようとしており「すぐに戻るから」と返してハッチを閉める。そして先に飛び立ったブレイズ・ブレンの後を追っていった。
親鳥の後をついていく小鳥のような英理佳に、ブレイズは仮面の下で満足そうな笑みを浮かべた。
「第三フェーズはこれで完了だ。後はあの子次第か……」
『なんか言った?』
「いや、何でもない」
二人のブレンは荒れる大海原を突き進む。仰々しいマントをはためかせブレイズ・ブレンが目指す方角は日本列島だった……。