バイタル・ジャンプで英理佳達は日本の田舎町にやって来た。一見何の変哲もない町なのだが、そこに住まう人々が見せる光景はどこか異様だった。
「なに……これ……」
何と町民全員が空を飛ぶブレンパワードに対して土下座の姿勢を向けているではないか。しかし許しを請うようではなく、神のように信仰しているように見えるのだ。
「気にするな、これはここの人間が望んでいる事だ。それに宗教と言うのはこういうのが普通だよ」
「宗教?」
日本にはアンチボディを信仰する宗教があるなんて、ノヴィス・ノアでは聞かされていなかった英理佳。少数派と思えばいいのだが、町全体となると怪しさは加速する。ナッキィの言葉は真実だったかもしれない、今更になって英理佳はそう思うのだった。
「ここだ」
そう言ってブレイズは洋館に降り立った。一見丁寧に管理されているように見えるが、所々に築年数があるように見えるひびや汚れがある。庭にエリカ・ブレンを着地させて、英理佳は地面に足をつけた。久々の地面と自然の空気がおいしいはずなのに、先程覚えた違和感が邪魔をする。
「じゃあ待っててね、君の傷を治す方法を教えてもらいに行ってくるよ」
軽く手を振って英理佳はブレイズと共に洋館の入り口に消えていく。それを遠目に確認したエリカ・ブレンは、すぐ傍の直立姿勢のブレイズ・ブレンに目をやる。まるでよそ事には何の興味も湧かないといった虚ろな瞳と、微動だにしない体。リバイバルしてからもう長く、大人びていると言えば聞こえはいい。だがエリカ・ブレンにはそうは思えなかった。グランチャーとも違う、オーガニック的でない雰囲気に恐怖すらも覚えていたのだ。
一方で英理佳は洋館の最奥へと向かわされていた。道中で異様な白装束を纏った老人達を目にして、宗教があるというブレイズの言葉の真実味がより一層増していく。少しするとひときわ大きな扉の前に二人は辿り着いた。ここにも白装束を纏った二人の老人が衛兵のように立っている。
「クルーエル・ブレイズ様、よくぞおいでくださいました」
「ご苦労だ。して"面会"は可能か?」
「ええ、あなた様のご要望とあれば」
ブレイズは二人の老人に会釈をすると扉を開くために手をかける。その最中、一人の老人がわなわなとした表情でいるのを英理佳が気づいた。
「どったの爺さん?」
「い、いや……何でもないよ」
なんて返すが明らかにそんなことはないように見える。対してもう一人は目くばせと厳しい表情を向けていた。扉の先に何があるのか、英理佳はそれも気になったが老人が何を悶々としているのかも同時に気になっていたのだ。
「あのブレイズ? あの人が何か言いたいようだけど……」
そう言うとブレイズが一人の老人へと顔を向けると「あぁ、そうか」と呟く。
「謁見だろう? いいさ許可しよう」
「あぁ……なんともありがたき幸せ! ありがとうお嬢ちゃん」
老人は外で見た町民達のように土下座で感謝を述べた。別に大したことはしてないのに、ここまでされて英理佳は返す言葉を失う。やはりこの町は何かおかしい、その疑いが確信に変わった瞬間だった。
「やはりお嬢ちゃんが、救世主なのか!?」
「はぁ? んなわけ」
がっつく老人に英理佳は引きつつも否定をする。そんなやり取りがあろうともブレイズは気にせず扉を開けて大広間へと入っていく。鬱陶しく思った英理佳は老人を振り払って大広間へと入室した。部屋は学校の体育館程の広さで、明かりは古びた電灯が片手で数えられる程度。暗闇ばかりでここに何があるのか、英理佳には見当もつかなかった。
「さぁ謁見だ! 目覚めよ、アンチボディ"オウカ"よ」
ブレイズが大声を上げると二人の老人がまた土下座の姿勢をとった。その瞬間、奥でアンチボディの獣のような唸り声がする。赤い瞳が妖しく輝き、闇の中でジャラジャラと音を立てて何かが蠢く。英理佳は声も上げられず、その様を前にして立ち尽くしているだけだった。
「我らに授けよ、再リバイバルの神託を!」
尊大な台詞に対するアンチボディ・オウカの返答は拳を床へと打ち付けることだった。床の破片が飛び、ブレイズのマントの一部が破ける。だがそんなことでは彼女は物怖じせず、更に一歩前に出て同じ台詞を繰り返した。するとオウカは何のためらいもなく、目の前の人間を巨大な手のひらで叩き潰そうとする──のだが、既の所で手が止まる。ブレイズは「今日はまたひときわ荒々しい」と小さく笑った。
「もしかして……」
英理佳は恐る恐るオウカに近寄った。僅かな明かりが何かに反射して銀色に光っているのを見つけたからだ。それは巨大な鎖だった。ここにはアンチボディが狂犬のように鎖で縛りつけられ、神として祭り上げられているのだ。それに対して英理佳は大広間に響く程に怒鳴る。
「あんたら何てコトしてんの!」
「あれが望んだことだ、関係はない」
「だからって……」
「君には関係ないだろう? 余計なことは考えなくていい」
実りの無い会話を続けていると、老人らが英理佳に向ける視線が羨望から疑惑へと変わっていく。それもそのはず、自分達が信仰するものを否定しているのだ。若者にはまだ早いか、と二人は呆れてため息をついていた。
そんな中で英理佳は振り返ってオウカを見上げた瞬間、彼女に向かって巨大な鋭い刃が向かってきていた。それは命中はせずとも、ちっぽけな人間を威圧するには十分すぎる。だが英理佳は一歩も引き下がらない。むしろオウカに向かって前に歩き出したのだ。
「英理佳君!」
ブレイズの呼び止める声に聞く耳も持たずに少女は真っ直ぐオウカを見据えた。姿形こそわからないが、光を放つ瞳だけははっきりと見える。鋭く憎しみを持ったものだが、それでも英理佳には本来の優しい瞳があると確信が持てた。
「これはホントに君が望んだことなの……こんな所に独りで閉じ込められて、偶像にされることが?」
話しかけながら、ゆっくりとオウカとの距離を縮める英理佳。彼女の向かう先はコクピットハッチだ。長期間、人が乗らなかったアンチボディがどうなるかを彼女は知っていた。基本的には体が徐々に硬化して動かなくなるのだが、記録によっては凶暴化したというものもあったそうだ。故に英理佳はオウカに乗ってあげれば気分も落ち着かせる、ないしは何か理解できるかもしれないと考えていた。
「……」
言葉に耳を傾けたのかオウカは先程のように威嚇することは止めて、近づいてくる少女に目を向けているようだ。だが傍で見ているブレイズはいつ目の前で少女がミンチにされるのか気が気でなかった。
「ほら、君はどうしたい? 君のしたいコト、ウチなら手伝ってあげるよ」
鎖に繋がれ座り込むアンチボディへ向かって少女は手を差し伸べる。それを見たオウカも同じようにして大きくて、黒くごつごつとした手を差し出した。その両者の姿を目にしたブレイズは歓喜のあまり言葉を失った。
(やはり、彼女こそが私の望んだ……)
白く細い指と大きな指が触れ合いそうになるその瞬間、部屋中に怒声が響き渡った。そして間もなく英理佳は老人の一人に突き飛ばされてオウカから離された。
「いったぁ~! ちょっと急にどうしたん?」
「救世主でもないお前が御方に触れようなど!!!」
そう言って激昂していたのは入り口でわなわなとしていた老人だった。瞼をカッと開いた物凄い形相で英理佳を睨みつけているのだ。
「ちょっと落ち着くんだ! それは御方が決める事だろう!」
もう一人の老人が諫めようとしていると、突如としてオウカが大声で吼えだした。瞳には真っ赤な炎が宿っており、繋がれた鎖を力づくで引きちぎる。
「な、何? どうしたの君!?」
英理佳が巻き込まれることなどお構いなしにオウカは両手に残された鎖をぶんぶんと振り回した。恐れおののいた老人達はそそくさと大広間を後にして、英理佳とブレイズは取り残される。
「鎮まれ! 鎮まるんだオウカ! ぐわっ!」
飛び散る破片が体に当たったブレイズはその場に横たわって動かない。伸びている怪人に駆け寄ろうとする英理佳。だがオウカはそれを許さずに彼女を鷲掴みにする。
「急にどうしたの? あの爺さんがウチにしたことが気に入らない?」
その問いかけにオウカは一声だけ唸ると、空いた片腕で大広間の天井をチャクラ光で破壊する。光が差し込んでアンチボディの姿が明るみになった。顔はブレンパワードに似ていたが、体の所々にはグランチャー的な鋭利さが散りばめられている。その最たる箇所が両腕前腕にある、一対の大きな刃だった。
「ブレンにもグランチャーにも見える……君はどっちなの?」
オウカは何も言わずに空へと飛び上がった後、腕に備え付けられた刃を町へと向けた。
「ちょっと。アレを撃つとかしないでよね、マジで」
遠くに見える家々を指さす英理佳だったが、無情にも刃からはチャクラ光が飛び出して町の一部が炎に包まれる。最悪な方向へ事が進んで英理佳は頭を抱えて喚き声を上げた。それでもオウカの射撃は留まることを知らずに町を炎で焼き尽くさんとするのだった。
「こんなことがやりたかったの!?」
怒鳴りつつ振り向いた英理佳にオウカは何か声を出して返した。だが彼女には目の前のアンチボディが何を言っているのか分からなかった。今まで英理佳はブレンパワードの声が何を言いたいのか、何となくで理解できていた。だが今回はそうはいかない。
「グランチャーだから声が分からないっていうの!?」
そうこうしている内に町には赤い揺らぎと天に昇る黒煙が広がっていく。何とかしなければ、そう思った英理佳は助っ人の名を大声で叫ぶ。
「ブレーン!! ウチのエリカ・ブレンッ!!」
主の声に引き寄せられたエリカ・ブレンはすぐさま駆けつけてオウカへと体当たりをお見舞いする。その衝撃で拘束から逃れた英理佳はブレンに拾ってもらい、コクピットへと潜り込んだ。
「センキュー、ブレン」
軽くお礼を言って彼女はモニター越しに漆黒のアンチボディを見据える。誰も乗せてないであろうアンチボディが放つ禍々しいチャクラに二人は気圧された。これほどまでにオウカはこの町の人々を憎んでいる。それを示すかのように燃える町の様子は阿鼻叫喚といったところ。
「これが復讐が生み出すもの……来るの!?」
下の景色に意識を削がれていたためにオウカの反撃への対応が遅れる。エリカ・ブレンは組み付かれてしまい、身動きを封じられてしまった。
「痛っ! パワーお化けかよ!」
振りほどくこうとするたびにオウカから込められる力は強くなる。その度にエリカ・ブレンの体がミシミシと音を立てひび割れていった。そんな中で辛うじて繰り出した蹴りがオウカのコクピットに命中する。しかし誰も乗っていないコクピットには有効打にならない、はずだった。
「──!!!」
蹴りを入れられたオウカは激しくどよめき、エリカ・ブレンを大地へ叩きつけるように投げ飛ばす。その凄まじい衝撃はコクピットにも響いており、英理佳の叫びが木霊していた。そうしてクッションとなるものもない場所へエリカ・ブレンは墜落する。その際にコクピットのうけるダメージを最小限にするために、ブレンは片足を犠牲にして衝撃を緩和した。お陰で英理佳は無事だったが、エリカ・ブレンの右足はひしゃげて使い物にならなくなる。
「じわじわと伝わるこの痛み……ブレン、あんたってやつは……」
コクピットを通して伝わる痛みで英理佳は自身のブレンが何をしたのかを理解する。こんな至れり尽くせりだというのに、このブレンパワードに対して何もしてあげられない事が彼女は唇をかんだ。そうした心情に支配されそうになりながらも、英理佳は目の前の敵への意識を逸らさない。そのアンチボディはゆっくりと下降してきて、腕の武装を突き付けた。
「避けて!」
掛け声と同時にチャクラ光が飛び出すが、エリカ・ブレンは指示通りにして射撃を回避する。ここでいつもの戦法では接近して白刃戦を仕掛けるところ。だがオウカとの力の差やブレンの怪我の状態を考慮した英理佳は、射撃戦に持ち込むことを考えた。
「距離を置いて! そのまま森へ誘導するの!」
言われた通りにしてエリカ・ブレンは飛びながら退き撃ちを繰り返して相手の気を引いた。対してオウカはお冠のようで素直に追いかけてくる。完全に標的が自分たちに変わったことで、英理佳は安堵しつつも冷や汗を流した。いままで町へと向けられた憤怒や憎悪が一身に向けられているからだ。エリカ・ブレンもそれは感じており、体が小刻みに震えていた。
「怖い? だいじょーぶ、アイツだって話の分からないヤツじゃないから」
あの大広間では自分の声は確かに届いていた、だからこそ英理佳は相手との対話で説得を試みようとしていた。例えオウカがグランチャーだったとしても、グランチャーの全てが悪い子ではないという事を確信していたのだ。
暫く木々の間を進むと、後方からの射撃が止んだことに二人は気づく。振り返ると追いかけてくる影はどこにもなく、静けさだけがそこにあるだけだ。だがエリカ・ブレンは辺りに漂うオーガニック的な気迫を感知していた。
「まさか町の方へ?」
英理佳が一瞬だけ気を逸らした時の事だった。ブゥンという独特な音と共にオウカはバイタル・ジャンプでエリカ・ブレンの眼前に現れたのだ。しかし、すぐさま攻撃を仕掛けることはせずに棒立ちで様子を伺っているようにも見えた。だが脅威を察知したエリカ・ブレンはすかさずブレンバーで応戦。
「ダメ! 待って!」
英理佳の制止も聞かずブレンは敵へと刃を振り下ろした。その束の間、オウカは向かってくるブレンバーを素手で受け止めて握り潰したのだった。驚異的な力に恐れおののいたエリカ・ブレンは体が思うように動かず、その場で尻餅をついてしまう。
「大丈夫!?」
英理佳は飛行を命じながらもブレンをなだめる。しかし迫りくる漆黒のアンチボディをひどく恐れてブレンは力が入らないようだ。飛ぶことも走ることもできなければ逃げることは不可能だろう。かと言って強力なアンチボディを相手に戦いを仕掛けるのも酷だった。英理佳はイチかバチかの説得の為にコクピットから外に出ていく。
「アンタ、オウカって言ったよね? 何がそんなに不満なのか教えてよ!」
精一杯の声で英理佳が語り掛けるがオウカには届いていない。歩みを止めることなく、またしても英理佳をその手に掴もうとする。迫る巨大な手が少女を握る寸前、エリカ・ブレンが割って入り、それを阻止した。
「ブレン!!」
やがて二人のアンチボディは取っ組み合いになるが体格で勝るオウカにブレンは押されていく。だがしぶとく戦い続ける相手に痺れを切らしたのはオウカだ。腕の刃を変形させてエリカ・ブレンを切りつけた。刃は蛇のように自由自在にしなり、ブレンを周囲の木々ごと切り裂く。近くにいた英理佳もその斬撃に巻き込まれそうになるが、エリカ・ブレンが必死になって盾になった。そうして気力を失ったブレンはその場に倒れ込んでしまう。
「ちょっとアンタ!! ウチが目的ならブレンを傷つけることないっしょ!」
もはや虫の息のブレンの傍にいてやりながら、英理佳は自分より何倍も大きい相手に突っかかる。それでもオウカは執拗に少女を捕まえようと腕を伸ばすばかり。それに英理佳は疑問を抱いた。町の人間やブレンは容赦なく攻撃するのに、自分には捕まえようとするばかりで何か意図があるように見えるからだ。
「ほら来なってば!」
大声で英理佳は両手を振って対峙する漆黒の注意を引いた。この行動がどういう結末を呼ぶかは想像に難くない。オウカの伸ばした手にいとも容易く捕まった少女は勝ち取られたトロフィーの如く掲げられる。ここまでは英理佳の予想通りだった。だが瀕死のエリカ・ブレンは何としても彼女を守ろうと立ち上がり、果敢に攻撃を仕掛けようとするのだ。
「もういいよブレン! 戦わなくていいよ!」
それでも尚ブレンは強大な敵に食らいつく。その甲斐あってか折れたブレンバーで相手の手首を引き裂いた。片手を落とされたオウカは苦悶の雄たけびを上げながら、その場で膝をつく。どうやら痛みで戦意を失った様だ。
一方で英理佳は巨大な手の裏から這い出て、ブレンの元へ駆け寄った。ここまでよく健闘したことを労うために。
「ブレン!」
深手を負っているエリカ・ブレンは大木にもたれかかって主人を見つめていた。だがその姿は目も当てられない程に痛々しい。体の至る所が欠損しており、戦うことはおろか歩くことすらできない状態だった。
「こんなになるまで戦って……私はパイロット失格だよ」
傷だらけの肌を英理佳は泣きながら撫でてやる。こんなことが傷の回復に繋がることなど無いと分かっていても、彼女にはそうせずにはいられなかった。
しかし、エリカ・ブレンはその肌で染み渡る人間の涙を感じ取り、精神を癒していた。それ故に未だ意識を保っていられている。それを伝えたくてもブレンパワードは人のように言葉を発せられないため、口惜しく思い小さく唸った。
「そうだ、オウカなら傷を癒す方法を……」
ここに来た目的を思い出した英理佳はうずくまる漆黒のアンチボディへと目を向けた。動き出す様子は無いようで、その証拠にコクピットハッチは全開だ。
「誰か乗ってるの?」
恐る恐るといった足取りで英理佳はオウカのハッチへと歩み寄る。だがコクピットが近づくにつれて、鼻が曲がるようなツンとした異臭が襲う。思わず足を止めた英理佳は袖で鼻を塞いだ。
「うっ……なにこれ!?」
強烈な悪臭に足は前へ進むことを拒んでいた。だがオウカのことを知り、自らのブレンの傷を癒すには進むしかないと意を決した英理佳はコクピットの中を覗く。
「これって……」
彼女が目にした景色はとても酷いものだった。コクピットの中では白骨化しかかっている死体が居座っていたのだ。しかも長く放置されていたのか蛆が湧き出ており、それは男性か女性かも判別不可能であった。
「これどうにかした方がいいよ……弔ってやらないと」
悪臭に耐えながら英理佳はコクピット内の"それ"を引きずり出そうとするが、オウカは拒んで暴れ出す。その所激はコクピットにも伝わり、脆くなっていた"それ"はいとも容易くバラバラになってしまった。
「ちょっと!」
英理佳が注意してやっとオウカはそのことに気が付いたようだ。自らの体内で砕け散ったモノを片手で拾い上げるが、更に形は崩れていく。これだけはずっと守ってきたというのに壊れるのは一瞬だった。オウカは以前の面影もなくなったモノがこの世から消えていくことに慟哭する。
その様子を見た英理佳は少し前の事を思い出した。慕っていた人の死──それを受け入れられずに何もできずにいた自分。目の前のアンチボディの姿と、少し前の自分の姿が重なって見えたのだ。彼女は崩れた欠片を拾いながら、寄り添って一言放つ。
「君に何があったのか分からない……けど人間は大地から生まれた生物なんだから還してあげなきゃ。いつまでだって肉体に頼ってられないんだよ」
泣き喚くアンチボディを少女は抱きしめる。その小さな体ではアンチボディを包み込むことは出来ないが、与えられる温もりは十分だった。久しぶりの人の温かさを感じたオウカは鎮まり、すぐ傍の少女の言葉に耳を傾けることにした。
「もう大丈夫そ?」
英理佳に撫でられて気分が落ち着いたオウカは小さく声を発し、瞳を輝かせる。そこにはもう憎しみの色は無かった。
「じゃあさ、この人を埋めてあげよ。いつまでもこんな風じゃ可哀想でしょ? ほら手で地面を掘ってさ」
オウカは言われた通りに手で地面を抉り、人ひとり分が入られる程度の凹みを作る。そこに二人は"その人"の欠片を入れ、土をかけた。しかしオウカは別れが寂しいのか、埋められた場所に顔を近づけたまま離そうとしない。
(人もアンチボディも一緒なんだ)
英理佳はもう一度うずくまるオウカを撫でた。寂しかった時に自分がされたかった事を相手にしてやれば、少しは慰めになるだろうと彼女なりに考えたからの行動だった。
「ウチはこの人を何も知らないけど、きっと君のことを大事にしてたんだよね……。でもさ、目に見えるものに縛られるより、君がこの人と共にした記憶を大事にしなよ。君が忘れさえしなければ、この人は君の中で生き続けるんだから。そう思えれば寂しくないよね?」
その言葉を受け入れたオウカは立ち上がり、別れの挨拶の唸り声を上げた。もう過去に拘ることも、誰かを恨むことも止めて前に進むことを選んだのだ。その直後にオウカはおもむろにエリカ・ブレンの元へと向かった。少しの不安を感じながらも英理佳はその後を追う。
大木に持たれかかって休むブレンへとオウカや手を伸ばす。それを目にした英理佳は声が喉まで出かかったが、アンチボディを信じることにして言葉を飲み込む。
少しすると二人のアンチボディの覆うようにして、リバイバルのカーテンが輝きを放ちながら現れた。光の粒が舞い、アンチボディを包み込んでいく。
「これってまさか……再リバイバルってヤツ!?」
カーテンの中ではエリカ・ブレンの失った四肢がみるみるうちに再生していき、傷だらけの肌は輝きを取り戻す。だがそれと同時にオウカの体は徐々に細やかに分解されている。そしてカーテンが止むころには姿が消えており、現れたのはエリカ・ブレンのみだった。
「ブレン!! 傷が治ったんだね! でもオウカは……?」
消えていったオウカ──その答えはエリカ・ブレンが知っていた。再リバイバルでは二人のアンチボディが足りない部分を補って一つになる事だった。その結果でエリカ・ブレンはオウカの持っていた一対の刃とその魂を受け継ぐことになったのだ。だがその事実を英理佳が知ることは無く、彼女は夜が更けるまで漆黒のアンチボディの名前を呼び続けた。
***
英理佳は新生エリカ・ブレンと共にノヴィス・ノアへの帰路を辿っていた。腑に落ちないことづくしであったが、ブレンが元気になったことで英理佳の精神状態は良い方向へ向かっていた。
「結局ブレイズやあの町の人間が何をしたかったのか、なーんも分からなかったなぁ」
英理佳はあの町の様子を思い返した。異様な雰囲気とその筆頭である怪人のクルーエル・ブレイズ。アンチボディの伝道師を自称して英理佳を助けることはあったが、その腹の内は自分達の事しか考えていない奴であった。今回の一件で英理佳はそう認識を改めた。あの場所に連れて行ったのも再リバイバルの神託を受けるなんてただの建前で、救世主となる人間の選定を行っていたのかもしれない。その答えを問いただそうと英理佳は再リバイバルの後でクルーエル・ブレイズを探しに町に戻っても、その姿は煙のように消えていた。
「カッコだけ変なだけで普通の大人だって思ってたのに、騙されて気分悪いわー……ん?」
毒づく英理佳の目の前に映像が映し出される。ブレンが何か見せたいものがあるのだろうと、それに目をやる。それはリバイバルのカーテンとプレートが映し出されていることから、リバイバル直後のものだと思われた。だが端々に見切れる体はエリカ・ブレンの体色とは似ても似つかない黒色であったのだ。
「これは君の……じゃないよね? もしかしてオウカ?」
そう訊くがエリカ・ブレンは答えない。映像には続きがあるようで、次に映ったのは一人の女性だったのだが、英理佳にはその女性に見覚えがあった。
「え? これって……母さん?」
ブレンの見せたものに居たのは英理佳の母親こと上水流刻子だった。驚きのあまり言葉を失い、英理佳は映像に釘付けだ。何やら話しかけているようだったが音声までは聞き取れなかった。しかし笑顔で話しかけている様子からアンチボディを大切にしていることが見て取れる。
「ウチのコトほっぽり出して何やってんの……」
英理佳は怒りを覚えながらも続く映像に見入る。次に飛び込んできたのは意外にもブレイズ・ブレンだった。ブレイズ・ブレンは映像の主を襲い、最後には刻子を捕まえてを握り潰したのだ。
「ちょ待って? 噓っしょ??」
余りにも衝撃的な事に英理佳は引き攣った笑いを見せる。まさかこんな出来事が起こっていたのかと、彼女は頭の中がごちゃごちゃになってしまう。しかし次に見せられたもので彼女は大まかに映像の状況を把握することになる。今度のものは音声も入っていたのだ。
『オウカ……と言ったかな。私はクルーエル・ブレイズ、君の主人である上水流刻子は今悪い病気にかかっている』
映像の場所はオウカが囚われていた大広間。このことからエリカ・ブレンが見せている映像はオウカのものであることが分かったのだ。
『君の主人を直すにはある人間が必要だ──それは救世主と呼ばれる人間でね。どんな人かは分からないが、その人は君のことを助けようとする。……その時に君の主人を直してくれるはずだ』
ブレイズはオウカの主人である上水流刻子を殺め、そのうえでオウカを御神体にして騙していた。エリカ・ブレンと融合したオウカはその事実を英理佳に伝えたかったのだ。
「とゆーことは全ての元凶はブレイズってワケね……」
母親が知らぬ間に亡くなっていた事も衝撃だったが、刻子が自分の娘を放置してその末に潰された事は英理佳は因果応報であると考えていたからだ。それよりも彼女はオウカを弄んでいたブレイズに対して怒りを募らせていた。
「マジで今度会ったら問い詰めてやるんだから!」
英理佳は拳を鳴らしながら、次の再会に心を躍らせた。問い詰めると同時に今までの鬱憤晴らしも同時に出来るからだ。それはエリカ・ブレンに宿るオウカも同じだった。そんな血気盛んな二人をエリカ・ブレンは呆れながらもついていくことにしたのだった。
「ノヴィス・ノアの影!」
英理佳は大海原を航行する巨大な艦船を指さした。新たなエリカ・ブレンを見たノヴィスのクルー達の反応を想像して英理佳は胸を膨らませる。こうして一人の人間と二人のアンチボディの旅は続くのであった……。