ギャルとブレンパワード   作:vespa MDRN

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クリスマスプレゼントだよ!!


これでいいんだよね

 ノヴィス・ノアのクルー達には緊張が走っていた。オルファンやリクレイマーの動きもそうだったが、一番気にかけていた事はブレンパワードのパイロットが二人も行方不明なことだった。一人目の英理佳は謎の怪人と共に船を出てしまい、二人目の勇は姉と共にバイタル・グロウブに乗って消えて行ってしまったのだ。

 そんな中で海上へ浮上したオルファンは大陸の方へと進路を取り、上陸を始めようとしている。ノヴィス・ノアはそれを追跡するのだが、国連の管轄から離れて独立行動を取っているのが現状。大陸への干渉は慎重でならなくてはならない。

 

「ブレンパワードのパイロット達には後でミーティングに参加してもらうぞ」

 

 ヒメ・ブレンのマッサージをしていた比瑪の元へ、ナンガがやってきてそう言った。

 

「もしかして勇や英理佳が!?」

「……そうじゃあないが、あいつらを見つける術を天才少年のカントが提案したいそうだ」

 

 放たれた言葉を聞いた比瑪はシュンとしておもむろに俯いた。彼らが消えてから三日近くが経過している。たった二人がいないだけで、ノヴィス・ノアは静かになったように比瑪は感じていた。まだ出会って半年もしていないのに、こんなにも自分の中で大きな存在になっていたことに彼女は初めて気づいたのだ。

 

「十五時だからな」

 

 心情を察したナンガはそう言い残して格納庫を後にする。人の目が無くなり比瑪は性に合わないため息をついた。こんなに落ち込んでいる事もそうだったが、それを周りの人達に隠し通せず、気を使わせてしまっている事にもだったからだ。こんな弱った姿をクマゾーらが見たらもっと心配するだろう、そう思った比瑪は頬をパシッと叩いて気合を入れた。その時のこと。

 

「ブレンパワードが着艦するぞ!!」

 

 クルーの掛け声が辺りに響いた。格納庫は慌ただしくなり、すぐ傍の甲板に人が集まる。もしやと思った比瑪は辺りのクルー達の後を追うように駆け出していった。彼女が甲板に辿り着いた頃には例のブレンパワードは既に着艦しており、パイロットがコクピットから姿を見せていた。

 

「エリカ・ブレン!? でもちょっと違う様に見えるけど……」

「比瑪~! ただいま~」

 

 英理佳が大きく手を振って挨拶をしている姿を目にした比瑪は、目の前のブレンパワードがエリカ・ブレンであることを理解する。大きさや色合いこそそのままだったが目立った怪我や傷が全て完治しており、更には両腕に鋭い刃が伸びていた。

 

「英理佳が戻ってきたの?」

「また騒がしくなるわね」

 

 遠目で様子を伺っていたカナンとヒギンズが呟く。だが二人とも心配していたのは事実で、その証拠に表情に少しの安心の色が見えていた。

 向こうでは英理佳がクルー達に今まで何があったのかを質問攻めにされている。主にどこに行っていたのか、クルーエル・ブレイズやエリカ・ブレンについてだった。そんな群衆をかき分けてきた比瑪は開口一番に勇のことを尋ねる。

 

「英理佳、日本に行ってたんでしょ? 勇を見たりしなかった?」

「勇? 勇も日本に?」

「それは……分からないけど」

 

 途端に表情が曇る比瑪の様子を目にした英理佳はたじろいだ。すると近くにいた一人の整備士が「行方不明なんだ」と軽く状況を説明してくれた。事を知った英理佳は「じゃあ探しに行こうよ!」と提案する。だがすぐさまクルー達に「そんな簡単にいかんでしょう」と諭されて彼女は軽く歯ぎしりをした。

 

「じゃあ待ってるコトしかできないの?」

「そうなるわな……」

 

 それを聞いた後に英理佳は比瑪の方へと向いた。らしくない萎れた花のような顔を見て、どうしようもない現実なのだと英理佳は知る。

 

 

 

 暫くしてブレンパワードのパイロット達はミーティングルームに集まった。暗転した部屋のスクリーンにプロジェクターでカントがまとめた資料が映されている。英理佳は少々遅れての参加で話を途中から聞くとになった。

 

「もう始まってた?」

「はい、ですが後から聞いても分かるようにしますよ。どうぞ」

 

 遅れた英理佳にカントは気にしていない様子で話を続けようとする。促されて部屋に入った英理佳はナッキィの姿がない事に気づいた。同時に比瑪が他のパイロット達から離れ、足を抱えて縮こまっているのも目にするのだが、かける言葉も思いつかない英理佳はそっとしておくことにする。

 備え付けの椅子に腰を掛けた英理佳は一生懸命にカントの演説を耳にするが、彼女にはまるっきり理解が出来ずにいた。それで逐一捕捉を求めるのだが、カントは彼女でもわかるように丁寧に教えてくれるのだ。天才少年の名は伊達ではない。

 

「じゃあ勇のブレンパワードはバイタル・グロウブに乗って強制的に飛ばされたって訳か」

 

 サングラスの下で神妙な眼差しをしているナンガが確認の為に聞いてみる。

 

「それ意外考えられませんし、そうなら撃墜はされてないと思います。オルファンから逆流した膨大なオーガニック・エナジーを受け止めるにはブレンパワード一体では荷が重いんですよ」

「じゃあ前にグランチャーを吹き飛ばしたのも同じ現象なんだな?」

 

 ナンガは先の戦いで遥か彼方へ飛ばされていたジョナサン・グランチャーの事を例に出す。対してカントは小さく頷いて更に資料のページを送り、その時に確認されたオーガニック・エナジーの流れの図面を見せた。

 

「でも、何処に飛ばされたのかは分からないんでしょ? オーガニック・レーダーだって」

「あれはカバーが狭いもんな」

 

 コモドが続けて喋ると、すぐ傍のナンガが同意した。人工衛星もオルファンによって撃墜された今、頼れるものはそれくらいなのだ。かといってオーガニック・レーダーの探知範囲は広くなく、アンチボディの識別も精度が高くない。

 

「そうなんですよね、バイタル・グロウブのネットの分布ってまだよく分かってないし」

「でもカント・ケストナー! バイタル・ネットを使って帰ってくることだって出来るんでしょう?」

 

 カナンが突っかかるも冷静なカントは「そりゃ出来ます、理論的にはね」と答える。それらの会話を聞いていた比瑪の顔色は少しばかり明るさを取り戻しだした。勇がまだ生きているかもしれない、帰って来る手段があるかもしれない。そんな一縷の望みでも彼女は縋りたかったのだ。

 

「オルファンの移動によって地球上のバイタル・グロウブが乱れ始めています。そのせいで彼の位置を掴みずらくなっているという問題もあります」

 

 オルファンの起こす現象がここでも影響をもたらしている。これほどにまで強大なものを相手取っているのだと英理佳は再認識し、自信が抱える問題なんてちっぽけなのだと心の中で自嘲した。

 

「しかし勇が生きている可能性は皆無ではない」

「そりゃそうですよ、ブレンがいるんですから」

 

 腕を組んで険しい面持ちのナンガだったが、コモドが「オドンの神に祈るしかないわね」と呟くので「なら俺の分も祈ってくれ」といつもの柔らかな表情に戻った。その直後、ミーティングルームの自動ドアが開き、光が漏れだした。

 

「あは、全員ここにいるじゃないですか」

 

 声のする方へとパイロット達は顔を向ける。皆の目に入ったのはキザな笑みを浮かべるナッキィだった。

 

「いないと思ったら遅刻~? ウチより不真面目じゃん」

「何の用です?」

 

 勇が居なくてピリピリしているカナンはまたしても噛みついた。普段の彼女なら、こんなふうになる事はない。彼一人がいないだけでノヴィス・ノアの雰囲気はこうも変わっている。

 

「ご挨拶ですね。僕だってグランだけでなく、ブレンもいるんです。仲間に入れて欲しいな」

 

 だがナッキィは例外のようで勇がいなかろうと普段のままである。それが気に食わないのかヒギンズやコモドは不機嫌そうに眉をつり上げた。

 

「今は警戒態勢中だ、持ち場に戻るぞ!」

 

 リーダーのナンガの掛け声でパイロット達は各々ミーティングルームを後にする。しかしナンガはナッキィの横を通り過ぎる際に"仲間意識を大事にしろ"と強い眼力で目くばせを送った。だがそんなことで怯むナッキィ・ガイズではない。

 

「比瑪、行こう」

 

 しゃがみ込む比瑪に英理佳は声をかけた。それで虚ろな瞳だった比瑪は意識を取り戻したのか、立ち上がって部屋を後にしようとする。彼女が扉を通り過ぎる直前で、横にいたナッキィが細腕を強引に掴んだ。

 

「何するの!?」

「同情するよ、恋人のユウ・イサミの生死が心配だろ?」

 

 吐息がかかるほどの距離でナッキィは囁く。だが例え弱っていても比瑪は抵抗の意志をみせる。先程までの表情とは打って変わった強気な瞳。比瑪という少女が思っていた以上に強い女性であるとナッキィは驚いた。同時に比瑪をここまで思い詰めさせる、伊佐未勇という男は自分が思っているような奴ではないかもしれないと疑い始める。

 

「短絡的な表現しか出来ない人ね」

「すまない」

 

 そう言ってナッキィは掴んでいた細腕から手を離す。だがそんなに弱っていても、それをあまり表に見せようとしない比瑪にナッキィは少しの不安も覚えていた。人の心と言うのは脆く、時にはガラスのように小さな力で傷がつく。だから壊れる前に誰かが手を差し伸べてあげなければならない。だというのに比瑪を気遣って声もかけようとしない人々をナッキィは不思議に思っていた。

 

「だけどあなたはノヴィス・ノアに馴染んでくれて、一緒に戦ってくれると思ってる……」

「それはそうしたいけど……分からないな」

 

 彼は含みのある言い方をするので比瑪は「何が?」と咄嗟に聞き返す。

 

「好きでもない奴のために、思い詰められる女の子ってさ……」

 

 そう言われて比瑪はハッとした表情をする。人に言われて初めて自分がひどく思い詰めている事に気が付いたのだ。四六時中、伊佐未勇という少年一人だけを憂いていた、比瑪自身にはそれを自覚できていなかった。故に"好きでもない奴"という表現が彼女に深く刺さる。好きではないのか? わからない。答えの出せない比瑪の心情は、適当に混ぜ合わされた絵の具のように混沌としていた。気づけば彼女は走り出しており、その場を後にしていた。

 

「どーしてあんなこと言ったの?」

「盗み聞きしていたことを悪いとは思わないのか?」

 

 少し離れた場所で事の顛末を見ていた英理佳がやって来る。刺すような視線と同時にやって来る質問にナッキィは逆に質問で返した。痛いところを突かれた英理佳は黙って口を尖らせる。

 

「彼女自身も気付いていないことを気づかせただけだ……ともあれ、戻ってきてくれて嬉しいよ」

 

 意外な人に"戻ってきて嬉しい"と言われ、そっぽを向いていた英理佳は「なんでさ?」と振り向きながら訊いた。そうストレートに尋ねられてもナッキィは動揺もせず、むしろ訊かれるのを待っていたと自信ありげに答える。

 

「話し相手ぐらい必要だろ。ここの奴ら、俺のことをユウ失踪の間接的な原因だと思っているらしいからな。世間話すらしてくれない」

「最初のうちはそんなもんっしょ。これからみんなと仲良くなればいいんだよ」

 

 そう言って英理佳は踵を返して去っていく。どうやら彼女と世間話をするにはまだ好感度が足りないようだ。先の長さに途方に暮れそうになったナッキィは残された部屋で小さく笑った。

 

 

 

***

 

 

 

 英理佳が帰還してから一夜明けたノヴィス・ノアは朝から慌ただしかった。艦の司令であるゲイブリッジが国連から招集を受けたのである。彼はノヴィス・ノアの独断行動や成果について各国に問われるだろう。そうなれば国連の判断次第でノヴィス・ノアの今後が決まってくる。引き続きオルファンの動きを追うか、艦や組織そのものが凍結するか。行く先は誰にも分らない。そんな緊迫した状況の水面下である計画が進められていた。

 

「難民の子供や孤児をノヴィスに収容?」

「ええ、ミスター・モハマドの提案よ。子供たちのオーガニック・エナジーの全てを、オルファンが吸い取るとは思えないって二人で」

 

 アイリーンの月に一度のメンタルチェックを受けていた英理佳は目を丸くした。そんな突飛な事を大人達がやるとは彼女は思っていもいなかった。しかし同時に、救いを求める子供達に手を差し伸べられている事が嬉しくもあった。英理佳がアメリカに居た頃そんな大人はごく少数だったからだ。

 

「かわいそうな子供が一人でも減るなら、ウチは何だって手伝います!」

「そう言ってくれて嬉しいわ。それじゃあ早速だけど手伝ってもらえるかしら?」

 

 そう言われ英理佳は二つ返事で引き受ける。そうして連れてかれたのは空いている居住区。何でも受け入れた子供達の部屋にするそうだ。

 

「多分備え付けのベッドだけじゃ足りないから、クルーと協力して簡易ベッドを運んで欲しいの」

「運搬っすね! 任せてください!」

 

 大袈裟に敬礼までもして見せた英理佳のやる気は十分だ。仕事を任せたアイリーンはブリッジへと向かっていく。その背を尻目に英理佳は腕まくりをして早速作業に取り掛かった。

 そうして暫く運搬作業を続けていると、数人のクルー達が慌ただしく格納庫へ駆けていくのを英理佳は目にする。共に作業をしていたクルー達も目を丸くしていた。

 

「何の騒ぎ?」

「今日なんかあったか?」

「何もなかったと思いますけどねぇ」

 

 気になった英理佳達はまたやって来た後続をつかまえて事情を尋ねる。彼ら曰く、難民の子供達を乗せた船が予定より早く到着したそうだ。

 

「まだ部屋は用意できてないんだけどー?」

「ペースアップだ、急ぐぞ!」

 

 発破をかけられた英理佳達が作業を続けて数時間、ようやく片が付いて一息つけることになった。だが英理佳の日課はこれで終わらない。ブレンのケアがまだ残っており、これもパイロットの仕事の一つだ。疲れ切った体に鞭を打ち、英理佳はブレンパワード格納庫へと駆けた。だが格納庫へと辿り着いた彼女は驚くべき光景を目にすることになる。

 

「ちょっと、これどーゆーコト!?」

 

 英理佳は格納庫ではしゃぐ子供達を指さして大声を上げた。しかし格納庫の誰一人として、その事態に頭を悩ませている様子はない。どういうことだと英理佳がポカンとしていると彼女の元に数人の子供が駆け寄ってくる。

 

「おねぇさんもブレンパワードのパイロットなの?」

「ねえねぇ、ぼくにも乗せてよ~」

 

 その勢いと溢れ出る活気に英理佳はたじろいだ。たしかこの子供達は難民だという事なのだが、今の彼ら彼女らはそんな事実を感じさせない程。群がる子供らに気圧された英理佳はぎこちない愛想笑いをしつつ助けを求める視線をクルーらに向けた。そんな彼女に蜘蛛の糸を垂らしたのはカントだった。

 

「あんまり一度に集まるとお姉さんが困りますよ」

「カントくん! マジ助かった~」

 

 大抵の子供は大人の言うことに従うことは稀なのだが、相手が同じ子供だからだろうか。カントの言葉に子供達は素直に従った。中には注目がカントの方に向く子もいるようで、既に彼は子供達からの支持を得ているようだ。

 

「実はやって来たのは彼らを移送した船は二隻だったんですよ。恐らく子供達が予想よりも多かったんでしょうね」

「そーなんだ。じゃあまた部屋を用意してあげなきゃね」

 

 英理佳が得意げな顔で両手を腰に当てていると、プレート台の影から覗き込むような視線を感じた。彼女が目をやるとそれは野生動物の如くサッと身を隠す。まだここに来て数時間、慣れていない子供もいるのだと考えていた。しかし英理佳がブレンのマッサージをしている最中も視線を浴びせられ続けているのだ。ここまでくれば只事ではない。真相を突き止めるべく彼女は視線を送る者の元へと向かうことにした。

 

「やっほー!」

 

 プレート台から不意打ちで飛び出した英理佳。視線の主は叫びこそしていないが、あっけに取られたのかあんぐりと口を開けている。

 

「驚いた? ごめんね、君がずーっとウチのコト見てるから話したいのかなーって思って」

 

 相手はアカリと同じくらいの子供だった。やけに落ち着いていて辺りを観察するような瞳は大人びた印象をおびている。だが年相応に好奇心は持ち合わせているようで他人やブレンパワードへの興味はあるようだ。

 

「ウチは英理佳っていうの。君は?」

 

 子供は口を開き、ぱくぱくとするが声が出ていない。もしやそういう子なのかと英理佳は申し訳なさげにしていると近づく足音に気が付いた。彼女が振り返るとそこには物凄い形相の少年が腕を組んで仁王立ち。こっちの子はユキオよりも少し年上の十二、三歳といった年齢に見える。

 

「フェオドラ! こんなとこで何やってる! 部屋に戻るぞ!」

 

 少年はフェオドラと呼ばれた子の細腕を握って、その場を去ろうとする。その振る舞いは一見すると乱雑だったが意外にも抵抗はない。フェオドラは少し寂しげな瞳で英理佳を見つめながら手を引かれていく。確かにあの子は何かを伝えようとしていた……英理佳はそれが気になってしょうがなかった。かと言って今から後をつけていくほど彼女は不躾ではない。

 

(ノヴィスに難民としてきたなら、また会えるよね)

 

 その日は諦めて英理佳はブレンのマッサージに徹することにする。だがその最中も彼女の頭からは、あの瞳が焼き付いて離れない。似たようなものをどこかで見たような気がしたからだった。

 数時間後、英理佳は偶然を装って接触を図った。夕食時ならば食堂に姿を現すだろうという魂胆だ。彼女が少し待っていると少年だけが姿を見せたが、そこにフェオドラの姿は無かった。この様子では英理佳以外の人間も警戒していると見える。少年はトレーに必要なだけの食事を乗せるとそそくさと去っていった。

 

「今日はもうダメかぁ~」

 

 呟きつつため息をもらした英理佳はふらふらとした、だらしない足取りで格納庫への道を辿る。エリカ・ブレンに慰めてもらうために。そうして彼女が格納庫へと着くと真っ先にエリカ・ブレンへ飛びつこうとした、その時。ナッキィが一人で倉庫の方へと歩くのを目にする。

 

「あの倉庫ってグランがいる……」

 

 彼の行先は他のブレン達と隔離されたナッキィ・グランがいる倉庫だった。怪我をして以来、外に出ることが無くなったグランチャーをナッキィは気にかけているのだ。ふと様子が気になった英理佳はその後ろをついていく。

 ナッキィが倉庫の戸を開けると「調子はどうだ、お前達」とグランに話しかける。すぐにアンチボディ特有の低い鳴き声がするが、それに交じって人の声もしていた。ついにナッキィもクルーと打ち解けたのかと思った英理佳が倉庫へ入る。しかし彼女の瞳に飛び込んだ景色は予想とは違ったものだった。何と二人の子供がグランチャーの手のひらの上で食事を摂っていたのだ。

 

「子供がグランと!?」

「い、いつから居た!?」

 

 英理佳とナッキィは同時に声を上げてお互い顔を見合わせて目を見開いた。二人とも予想外に鉢合わせて鼓動が早まり、互いの回答を待つがなかなか静寂は破られない。沈黙を破ったのは「またお前か!」という少年──ミハイルの声だった。

 

「君はお昼の子!」

 

 またしても思いがけない出来事に英理佳は言葉に詰まる。こういう奇跡に出会った時に人は神がいると思うのだろうと。

 

「おれたちを尾行してたのか!? なんの目的で!」

 

 唾が飛ぶほど怒鳴るミハイルの気迫は凄まじいもので流石の英理佳もこれには返す言葉もなかった。探ろうとしていたのは事実だからだ。

 

「そんなことしていたのか?」

「……こ、これは違くて!」

「嘘に決まってる! ナッキィさん、こいつをつまみ出して」

 

 ヒートアップするミハイルはグランチャーから飛び降りようとするが、すぐに服の裾を掴まれて足が止まる。彼が振り向くとフェオドラが潤んだ瞳で見つめ返していた。

 

「フェオドラ!?」

「とにかく、まずは事情を訊きたいな」

 

 呆れたナッキィはいつものようにキザに振舞うことを忘れている、それほどに状況は混沌としていた。はじめに英理佳が午前中にフェオドラからの視線について話し、次にミハイルの番が回ってくる。だが彼の威勢のよさはどこに消えたのか、口を噤んでなかなか話そうとしない。自分が有利になる言い分が思いつかないのだ。

 

「別に無理に言わなくていいよ。家族の問題なんてウチはカンケー無いのに勝手に首を突っ込んだのがいけないんだし」

 

 ミハイルの心情を察した英理佳は大人しく引き下がる。そして「邪魔してゴメンね」と言い残して軽く手を振って倉庫を去っていった。その背を追いかけたいのかフェオドラが立ち上がるが、ミハイルの刺すような目線を気にして断念する。

 

 

 

 日が沈み切りノヴィス・ノアに静けさがやって来る。今日のように晴れていれば月明かりで格納庫も少しは見通しが良い。そうなればブレンパワードの顔立ちもよく見える。

 

「ねえねえ、コックピット開いてくれたっていいじゃない。ヒギンズ・ブレン?」

 

 ヒギンズ・ブレンを説得していたのは、桑原博士と同じタイミングでノヴィス・ノアに同乗していた癖毛が特徴の源野三尾だった。彼女は以前からオルファンの起こす現象に興味があり、研究の隙があれば強硬策ですら実行に移す豪胆の持ち主だ。その延長線上でアンチボディにも同様の反応を示している。今回もその"強硬策"を行っていた。しかし目論見は小さな天才の一言で阻止される。

 

「ダメですよ三尾さん」

「カント君?」

 

 突如として声を掛けられた三尾は高鳴る鼓動を抑えつつも顔には出さないようにする。だが表情の微妙な変化をカントが見逃すわけもない。

 

「ここのブレン達はあなたを乗せてくれませんよ」

「私を好きになってくれるブレンだっているんじゃないの?」

 

 そう言って三尾は他のブレン達を見回した。彼女の視線は特にエリカ・ブレンへと行ったところで止まる。母親が研究者である英理佳のブレンなら、この抑えられない探求心を理解してくれるかもしれない……そんな推測があったのだ。

 

「無理ですね。あなたの行先がオルファンなら尚更です」

「流石、天才少年……何もかもお見通しね」

「彼らはこのノヴィス・ノアが好きなんですよ」

「天才少年だってオーガニック・エナジーの研究してるんだから、行きたいんでしょう?」

 

 三尾は次の作戦に打って出る。しかしカントは年相応の笑い声を上げながら踵を返し「遠慮しときます」とバッサリ切り捨てる。またしても失敗したが彼女はまだ折れない。さっさとエリカ・ブレンの元へ向かって説得を開始する。

 

「ほーらエリカ・ブレン。傷も治って絶好調なんだから、たまにはお散歩でもどう?」

 

 手を振ってブレンの気を引くと意外にもコクピットを簡単に開けてくれた。やはり自分の推測に間違いはなかった、そう確信した三尾はささっとコクピットに潜り込んだ──のだが既に先客がいた。けれどもシートに座っていたのは明るい金髪の少女ではなく、小さな栗毛の子供、フェオドラだった。

 

「あれぇ? 英理佳ちゃんじゃないの?」

「誰かウチのコト呼んだ?」

 

 白衣の遠く後ろからエリカ・ブレンの主が声を放つ。またしても背後から誰かに声を掛けられるこの場面にデジャヴを覚えた三尾は嫌な予感がしつつも応対した。

 

「英理佳ちゃん、この子は……」

「どの子?」

 

 小走りで近づいてきた英理佳は、三尾の後ろから顔を覗かせてコクピットの中を確認する。見たことのある、出会うのを望んでいた顔に英理佳はハッと驚く。

 

「また君ね! たしか~フェ……」

「……フェオ……」

「そうそうフェオ!」

 

 フェオドラが初めて声を発したがそれは今にも消えそうな蝋燭ろうそくのようにか弱い。

 

「それで英理佳ちゃん、ちょ~っとお願いなんだけど。私、オルファンに行きたくて~……」

「オルファン? なんでさ?」

 

 強く反対されることを承知で三尾が申し出るが、彼女の想像する反応とは違うものが返ってきてキョトンとする。英理佳はオルファンを強く敵対視していないのか、そう思った三尾は"しめた"と話を続けた。

 

「こんな私も研究者だからね、オルファンのオーガニック・エナジーについても知りたくなっちゃって。あなたのお母さんだってオルファンに行きたがってると思うし……」

「あ~……母さんとね……」

「そう! お母さんとは上手くいってないだろうけど、また一緒に暮らせば関係も良くなるんじゃないかなって」

 

 三尾は上水流刻子の連絡先は知らないが、依然に開催されたオルファン対策会議に出席していたその友人とは繋がっている。そのコネクションで接触は図れるという自信もあった。だから後は英理佳を説得できれば計画は完璧に遂行される……はずだった。

 

「母さんは死んだよ」

「え?」

 

 まさかの言葉に三尾は凍り付く。普段の英理佳が冗談を言うことはあるが、こんな不謹慎な事は言わないのは関わりが薄くても三尾は知っていた。たった数日の間にそんなことがあったなんて夢にも思うはずもない。気まずくなった三尾は「それはお気の毒に……」と顔を伏せることしか出来なかった。

 こうなれば説得どころじゃないと三尾は小さくため息をついて、最終手段を決行することにする。サファリジャケットを着こみ、モーター付きのゴムボートを用意した彼女はそれで大海原へと駆り出していった。最後に彼女と接触した英理佳達は小さくなっていくボートを見送る。

 

「それでフェオ……ちゃん? どうしてウチのブレンに乗っていたの?」

 

 英理佳が話を本題に移すが、フェオドラは潤んだ瞳をしながら俯いた。そうされて初めて問い詰めていると思わせてしまったことを英理佳は慌てて謝る。

 

「ご、ごめんね! 別に怒ってるんじゃないよ。どうしてそうしたかったのかなーって……」

「あ……あい……た……かった」

 

 ぎこちなく動く唇から漏れた音を英理佳は慎重に拾って繋げる。親と離れ離れ、もしくは死別した子供が何を伝えたいのかを必死に理解しようとした。

 

「ウチに会いたかったの?」

 

 質問にフェオドラはこくりと首を縦に振ると、英理佳のジャケットを小さな手のひらで掴んだ。まだ何もしていないのに懐かれて動揺する英理佳。しかし何故、彼女だったのかはまだわからない。最初に視線に気づき話しかけたからか。それとも何か別の理由があるのか。それを探るには一緒にいるミハイルの協力を得るのが一番だと英理佳は考えた。

 

「君といたあの子はお兄ちゃん?」

「ん……」

 

 あの過保護な言動はやはりそうだったかと英理佳は納得する。ノヴィスに拾われる前はさぞ辛い体験をしてきたのだろう。過去を詮索するつもりは英理佳には無かったが、ずっとこのままという訳にもいかない。こんな姿をミハイルが見たら激昂するはずだ。早いうちに誤解を解くなり何なりしなくてはならない。

 

「それじゃお兄ちゃんのとこ、連れてってくれる?」

 

 対してフェオドラはまた小さく頷き、ナッキィ・グランのいる倉庫を指差した。やはり二人は何らかの理由でナッキィに匿われているようだと英理佳は推察する。

 英理佳達はゆっくりとした足取りで倉庫へと向かう。扉を開けると辺りは暗く、ナッキィ・グランが眠っているようだ。そこから少し離れた場所で、ミハイルが眠っている筈なのだが彼の姿は影も形もない。

 

「やっぱりこいつか……フェオドラ、いい加減に他人と関わろうとするのはやめろ」

 

 暗闇の中でミハイルの声がこだました。抜け出したことも、英理佳に会っていたこともお見通しだった訳だ。

 

「どーしてフェオが人と関わるのを怒ってるの? 何か問題でもある?」

「おまえには関係ない。人の問題に首を突っ込むな!」

「じゃあ、ちゃんと理由を説明しなよ。ウチじゃなくてフェオに。それがわかってればこんなに抜け出したりしないっしょ」

「……くっ!」

 

 痛いところをつかれたミハイルは歯を食いしばり黙る。彼は少し悩むそぶりを見せ、その後に特大のため息を吐いた。

 

「わかった、話すよ。よく考えればそもそも、お前は巻き込まれただけだもんな」

 

 観念したミハイルは地面にぺたりと座り込んで自己紹介を済ました後、話し始めた。

 

「俺たちがこんなことになったのは他人を信じすぎたからなんだ。親をなくし、行くあてがなくなって、行く先々で多くの人に助けてもらった……」

 

 ミハイル達は近年立て続けに起こった自然災害によって身寄りのない子供となってしまった。そんな彼らを不憫に思った人々は救いの手を差し伸べたのだ。

 

「でもこの世界のみんながいい人なんて訳ない。中には助けてあげるって言ってひどいことさせようとする奴もいたんだ。だから安易に人を信じないようにしようって決めたんだ」

「そうだったんだ……」

「フェオドラはまだ小さいから人を疑うことを知らない。だから俺がずっと見てあげないといけないんだ」

「でも、何でこの子はウチにこだわるの?」

「それは……お前が、よく面倒を見てくれた近所の姉ちゃんに似てるからだと……思う」

 

 そんなことかと英理佳は拍子抜けした。もっとスピリチュアルとかオーガニック的な理由だとしたら、どうしようかと考えていたが杞憂だったようだ。

 

「そんな姉ちゃんも人間に裏切られて、どっか連れ去られたんだ! そう簡単に人は信じられない」

「そっか……。じゃあナッキィは? あいつだってあのグランチャーで何し出すかわからないよ」

「俺たち、ナッキィさんとは前から知り合いだったんだ。少し前から助けてもらってて」

 

 あのナッキィでも人を助けることがあるんだな、と英理佳は感心する。普段はキザに振る舞っているのとはギャップがあり、本人の口から同じことを聞いたら絶対に彼女は信じなかった。

 これで謎は解けたのだがフェオドラはまだジャケットの裾を強く握って離さない。困った英理佳は地面に座る少年へと目をやった。

 

「いいよ別に。おまえは悪い奴じゃないだろうし……」

 

 兄の許しを得たフェオドラは目の前にある体に抱きついた。ここまでされるとは思わなかった英理佳はどきっとした。

 

「ブ……ブレン……エリカ……いい……人……いった」

「ブレンと話したの? だからコックピットに居たんだね」

 

 そう訊くとフェオドラが頷いた。それにしても初対面の相手にコクピットハッチを開けてるのは、この子供と同じく疑うことを知らないと英理佳は苦笑い。

 

「……いっしょ……ねた……い」

 

 甘える声に負けた英理佳はふふっと柔らかな笑いが込み上げた。まだ部屋が揃ってないため、簡単な床材と掛け布団のみの寝具だった。だが人同士がくっつけばそれでも寒さは感じない。

 英理佳が小さな体に布団をかけてあげていると、ふと視線を感じた。兄のミハイルだ。

 

「君も寝る?」

「お、俺はいい!」

「もー強がらないの。寒いっしょ?」

 

 手招きされたミハイルは顔を赤つつも寄ってくる。子供は素直で可愛いと英理佳は微笑んだ。

 子供の寝かしつけなんてやったことはないが母親が自分にしてくれたのを思い出し、見様見真似でやってみる。効果はあったみたいで、フェオドラはすぐに眠りについた。しかしミハイルはそうはいかない。先程の言葉どおり妹を守ろうと気が抜けないようだ。

 

「眠れない?」

「俺が寝たら、行っちゃうんだろ?」

 

 少し潤んだ瞳は強がっていた兄が見せた本心。彼もまだ小さな子供である証拠だった。

 

「だいじょーぶ、朝までいてあげるから。ゆっくり寝な。もう無理しなくていいんだよ」

 

 ここは年上としていいところを見せなくてはと英理佳は柄にもないことを言ってみた。こんなことでミハイルの心が休まるからわからない、少なくとも英理佳は誰かにそう言って欲しかった言葉だった。

 ミハイルは布団に顔を埋めて「ありがとう」とくぐもった声で答える。

 

(これでいいんだよね、マリアンヌさん……)

 

 

 

***

 

 

 

 ここはオルファン内部の居住区画。薄暗くスリットウェハーの光が妖しく輝く廊下、二人の男が光を避けるようにして立ち話をしていた。

 

「それじゃあ軍はいつでも合流出来るという訳だな」

「……親父からはそう聞いている」

 

 これから待ち望んだ時がやって来るというのにテッドの表情には不服の色が混じっていた。それもそのはず、今回の作戦のアメリカ軍との仲介を行っているのが、不仲である彼の父親だったからだ。だが話し相手のアルバート・クロフシュタインは気づいていない様子。

 

「不満でもあるのか?」

「いや何でもないですよ。だが少し早すぎないかと思って……」

「早すぎるも何も、オルファンは飛び立とうとしているんだぞ」

 

 様子がおかしいテッドに対してアルバートは苦笑交じりで答えた。長きにわたるリクレイマーとの交渉、交流がやっと実を結ぶのに何を今更テッドは怖気づいているのか。アルバートには理解できずに、ただの冗談だと思っていた。

 だがテッドはどうしても作戦の決行を遅らせたかったのだ。ジョナサンやクインシィといったリクレイマーの主要パイロットがいない今、テッド達はオルファンの盾を担う存在に選ばれている。そんな今ならリクレイマー達を手中に収めることは容易いと考えていた。そうすれば父親を見返し、姿をくらました母親にも受け入れてもらえる……。その野望を叶えるためには、まだ時間が足りなかった。

 

「物事にはタイミングというものがあります。もしかしたらオルファンが上陸に失敗してしまえば……」

「憶測で作戦の遅延が許されるものか。いいから中尉は作戦決行の日時を大佐に伝えるんだ、いいな?」

 

 突飛な発言に付き合ってられなくなったアルバートはそう言い残して自室へと消えていった。

 彼の支持が得られない以上、テッドの野望は実現にまで、まだ道のりが遠いようだ。彼は舌打ち交じりに「軍人の父親ってのはどいつもこいつも同じなんだな」と悪態をついて踵を返す。

 

(英理佳というブレンパワードパイロットも立場が違うだけで、俺とそう変わらないのかもな……)

 

 数か月前の漂流船での一件を彼は思い返していた。アルバートにオルファンへ行くことを誘われていた英理佳がそれをきっぱりと断ったこと。いくら立場があったにしても、実の父親をあれほど苛烈に否定したのは意外だった。アルバートも大した父親ではないという事がテッドに露見した瞬間でもあった。

 

「俺もあれくらいハッキリと物を言える根性があればな……」

 

 自室に戻ったテッドは、いつもの自信家らしからぬ曇りきった顔で洗面所へ向かう。鏡には十歳も老け込んだようなひどい顔の男が映った。それは彼の期待を裏切り続けた父親のそれに余りにも似ている。あの日、母親から親権を奪い取り、彼を束縛し続けた存在と。

 

「何が、期待している……だ。一度も俺の期待には応えなかった癖に……!」

 

 テッドは強く握った拳を目の前の男へと勢いよく叩きつけた。鋭い音が響き、破片が散る。流れ出した血が鏡を汚し、男の姿は見えなくなっていた。もう手段など選んでいられない。繋がれた首輪はどこかで切らねば、死ぬまでそのまま。自分の人生を手に入れるなら、苛烈な選択も必要であるとテッドは宿敵に学んだ。

 

「上等だ……応えてやるよ、その期待ってやつに」

 

 不敵な笑みを浮かべたテッドは蛇口から流れる冷水を掬って被る。濡れて輝いた髪をオールバックにかき上げた彼はもう既に自信を取り戻していた。

 

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