ギャルとブレンパワード   作:vespa MDRN

16 / 25
生きていたってコト、忘れないように

 大陸に上陸したオルファンは大地を引き裂きながら、空へと上がろうとする。その被害は凄まじく特に中国山間部はひどい有様だった。そんな混沌とした状況下、三人のブレンパワードがバイタル・ジャンプでやって来る。ノヴィス・ノアのヒメ、ナッキィ、エリカ・ブレンだった。彼女らはノヴィスのオーガニック・レーダーが捉えたアンチボディの反応を追ってここまでやって来たのだ。そのアンチボディというのがユウのものかもしれないという希望を抱きながら。

 

「アンチボディの反応があったのはこの辺りよね。ここに出られたってことは、そうなんでしょブレン?」

 

 比瑪はコクピットから身を乗り出して周囲を確認した。見慣れない風景に彼女見入りながらも、アンチボディの捜索は怠らない。

 

「こいつらが嫌がってないってことは、グランチャーではないってことだけどなぁ」

「そーだよねぇ。相手もウチらには気づいてるだろうし……」

 

 そう言って英理佳は空を見上げると視界の端に遠くにいるオルファンの姿が映った。あんな巨大なものを敵にしているのかと、彼女はそれを見るたびに思う。今のところノヴィス・ノアでは有効打となりうる策は持ち合わせていない。そんな状況で本当に勝てるのか……英理佳の不安は日に日に増すばかりであった。

 

「あれこれ考えてもしょーがないんだけどね。どーしても過っちゃうよな~」

 

 独り言を呟くとエリカ・ブレンが反応して小刻みに小さく唸る。英理佳を元気づけようとしているのか。

 

「……だよね。悩むのはウチらしくないか!」

 

 ナッキィと比瑪が口論しているのも露知らず、少女はブレンとともに空を駆ける。二人で飛んでいる、この瞬間だけ英理佳は過去の苦痛を忘れられた。今まで様々な方法で苦痛を和らげようとしていたが、こんなにも清々しい気分になったことは無い。ブレンパワードと出会って彼女の心は少しずつ安らぎを取り戻しているのだ。

 

「英理佳! こっち!」

 

 はつらつとした呼び声のする方へ英理佳は向かった。その先で彼女は水色の見たことの無いアンチボディがぺたりと座り込んでいるのを目にする。

 

「図体は大きいけど、ブレンパワードだ」

 

 ナッキィはそのアンチボディを"ブレンパワード"と認識したようだ。確かに所々のシルエットはそれと言っても過言ではない。謎のブレンパワードの前で比瑪がじっと観察しているので、英理佳も真似てみる。活気のある瞳にしなやかな体は戦いを知らないかのようだ。生まれて間もない子なのだと英理佳は考える。

 

「この子も優しい顔してる」

「比瑪もそー思う?」

「こうしてみると初めてあの子と会った時を思い出すの」

 

 そう言って彼女はヒメ・ブレンへと顔を向けた。ヒメ・ブレンは小さく声を出して返す。それを聞いた英理佳は再リバイバルの時を思い返す。あの後のエリカ・ブレンは今までにないほど強く、綺麗に見えた。目の前のブレンパワードもそれと同じような雰囲気だった。

 

「デリケートな瞳をしているな……あっ! 宇都宮、いいのか!?」

 

 ナッキィはブレンのコクピットによじ登る比瑪を目にして一歩前に出る。だが比瑪は「大丈夫だよ」と自分のブレンを扱うような身のこなしで、その中へと体を突っ込んだ。実際、そのブレンも嫌がっている様子はない。英理佳も後からついていき、比瑪の脇から顔を覗かせる。

 

「あれ……」

「フリュイドスーツ……勇のじゃない!」

 

 英理佳の指さす方には青いフリュイドスーツが脱ぎっぱなしにされてあった。それを見た比瑪が一目散に駆け寄るが、すぐに彼女は冷静になる。

 

「なんだ? ブレスレットみたい……」

 

 金に光るブレスレットを比瑪は手に取って見せた。とても彼が使っているとは思えない美しい作りのそれは、女性である二人の目を引く。

 

「このブレスレット、ホントに勇の~?」

「違うかもしれないけど……でもこれ勇のスーツだけどな~」

 

 後からやって来たナッキィも不審そうな視線をブレスレットに送る。このままでは埒が明かないので比瑪は水色のブレンへと直接聞いてみた。

 

「ねぇ君、このブレスレットは君と一緒に働いている人のもの?」

 

 するとブレンはいっそう瞳を輝かせ、ブレスレットへと熱い視線を送った。その様子からパイロットのものであるとわかる。勇にもそういう趣味があるのかと英理佳は意外に思った。

 

「そうなんだ……けどコクピットにある服は私の知っている人のものなんだよ」

「もしかして誰か他の人を……」

「おい二人とも! コクピットの壁!」

 

 ナッキィの手振りで二人の少女は視線をコクピットの壁へと移した。そこには勇と思しき青年が複数の男に囲まれている映像が映っている。しかも更に物騒なのが勇は銃を突きつけられており、アメリカ軍に売るなんてことを言っているではないか。

 

「畑からこっちに逃げ込んできた……」

「勇よ……勇が!」

 

 映像が進むと勇が数人の男らに捕まえられた場面で途切れた。行方不明だった彼を見つけ出せたいいものの、囚われの身だとは予想外の展開。

 

「こいつが見ていた事なのか……?」

「この前の景色だったわ」

「じゃあ、勇はまだ助け出せるかもしれないじゃん!」

「オルファンに進駐しているアメリカ軍に引き渡されたら、助け出すのに苦労するぞ」

 

 そう言ってナッキィはコクピットからさっと飛び降りて、すぐさま行動に移した。その背を追うように比瑪も地面に足をつける。

 

「ブレンはどうするの?」

「比瑪は英理佳とブレンとで、ここに待っていろ」

 

 納得がいかないという表情のまま比瑪はナッキィの後を追う。しかし、少し畑を進んだところで二人は落とし穴に引っ掛かって地上から姿を消してしまう。二人の叫び声を聞いた英理佳が顔を出したころには時すでに遅し。どこからともなく現れた複数人が落とし穴を囲っていた。

 

「ヤバっ……」

 

 見つからないように英理佳は水色ブレンのコクピットへと身を隠す。今、エリカ・ブレンに乗りこんだとしても、相手は人質を取っていて無暗に手は出せない。英理佳は捕まえられていく比瑪達に心の中で何度も謝りながら、その場を切り抜けた。

 

「どーしよー……ウチだけでどうやって三人を助ければいいの~」

 

 情けない声を出しながら英理佳はコクピットの中でゴロゴロと転がり回った。ブレンがあるとはいえ、下手に相手を刺激して人質に銃を突き付けられでもすれば成すすべはない。かと言って相手を皆殺しにする勇気も英理佳は持ち合わせていない。

 

「あの人たちだって生きるのに必死なだけなんだよね。誰も傷つかずに終われば、いいんだけどな~」

 

 すると水色ブレンが英理佳へと声を掛けてきた。黄金に輝いた瞳は"信じてくれ"と訴えかけているよう。

 

「君、出来るんだね!」

 

 いつもの如く、考えるより行動だと思った英理佳は動き出す。自身のブレンパワードに乗り換えると水色ブレンへと指示を出した。

 

「いい? みんなの居場所が解ったら合図を出すよ。そしたらちゃんとその場所に来るんだよ」

 

 そう言うと水色ブレンは小さく唸ってゆっくりと立ち上がった。利口で勇敢なところはユウ・ブレンの面影がある。もしかしたら本当にユウ・ブレンなのではないかと英理佳は思い始めていた。実際、彼女のブレンは二人のアンチボディが融合して、今の姿になったのだ。ユウ・ブレンにも同じことが起こっていても不思議ではない。合図を待つ水色ブレンを尻目に英理佳はブレンを飛び立たせた。

 

「再リバイバル……なのかな?」

 

 そうして英理佳が捜索を開始して数分、福建土楼に似た円形の集合住居を見つける。上空から様子を伺うと、中央の広場に人だかりができていた。

 

「多分あれだよね……」

 

 モニターで人だかりを拡大すると先程、比瑪らを捕らえていた人間と似た風体をしており、その手には銃火器が握られている。あれで間違いないと思った英理佳はハッチを開けてフレアガン空へと向けた。引き金を引くと眩い光球が飛び出していく。昼間では夜ほど目立たないが、相手に気取られにくいというのは利点だ。

 

「ちゃんと見えてれば、いーんだけどね」

 

 遠く星のように明滅する光を見ながら英理佳は呟いていると、風が彼女の前髪をめくった。水色ブレンがバイタル・ジャンプで移動してきたのだ。

 

「ちゃんと来れたんだ!」

 

 お利口さん、と誉めてやろうとしたのも束の間、凄まじく音と共にやって来た飛翔体が彼女らの近くで爆発した。どうやら村人達に見つかってしまった様だ。空高くで静止していたとは言え、流石にブレン程の大きさのものがあれば一人ぐらいは気づいてしまう。

 

「君は比瑪達を! ウチが気を引く!!」

 

 英理佳のそう言われた水色ブレンは一目散に納屋へと向かっていった。アンチボディは何となくで人の居場所がわかるのだろうか……そんなことを英理佳が考えている間にも銃撃は止みはしない。責務を全うすべくエリカ・ブレンへと威嚇射撃を行わせた。

 一方で村人達は襲撃者を迎撃すべく弾幕を張るのだが、彼らの持つ重火器ではブレンに傷をつける事すら敵わない。それなのに新たなカモがやって来たと嬉々として引き金を絞るのだ。

 

「落とせ!落とせえ!」

「これさえやれば、この村は十年安泰よ!」

「だけど……弾は効いてるのか!?」

 

 徐々に村人達は攻撃が通用していない事に気づいて不信感を覚えた。それを打ち砕くべく長老が鼓舞する為の掛け声を上げつつ、無反動砲を担ぎ出した。

 

「あれぐらい!!」

 

 筒から放たれた弾頭はエリカ・ブレンに命中はしなかったが、信管が発動して爆風を巻き起こす。その衝撃でコクピット内で英理佳の体が僅かに揺れた。

 

「ヤバすぎ~。あっちアメリカでもあんなランチャー持った人は見たことないよ~」

「英理佳!」

「この声は勇?」

 

 そうこうしている内に水色ブレンは救出を完了していた。その右手にはナッキィが居り、コクピットハッチには比瑪と勇だ。

 

「撤退だ、エリカ・ブレンは殿を頼めるか? ネリー・ブレンの後ろにつくんだ」

 

 勇の指示を聞いたエリカ・ブレンは水色ブレン──ネリー・ブレンの背後について威嚇射撃を続ける。その甲斐あって追手から逃れることが出来た。遠くで立ち尽くす村人達を見て比瑪が「なんだかかわいそうじゃない?」と呟く。

 

「ああいう逞しい人達は、生き残るよ」

 

 勇はフリュイドスーツをもぞもぞと漁りながらで答えた。すると珍しくナッキィが身の上話を口にする。世話になった大家族のこと、モハマドのことだった。彼は大家族に縁があるようで、ノヴィス・ノアも似たようなものなのだと。その自然な流れで比瑪が「ナッキィのお父さんとお母さんは?」と尋ねると、ナッキィ顔を背けてしまう。

 

「そういうのはいない」

 

 まさかの返答に比瑪は口に手を当てて悲しげな表情を浮かべた。普段はキザで悩みなんて何もないと言った雰囲気のナッキィにも事情があるのだと英理佳も心を痛める。暫し沈黙が続いたが、それを打ち破ったのはやはり英理佳だった。

 

「……ヒメ・ブレンとナッキィ・ブレンを迎えにいこ! あの子ら退屈して寝てんじゃない?」

「そうだな、待ちくたびれている筈だ」

 

 ナッキィはいつものキザな笑みを浮かべながら言った。彼は強い人なんだ、多くの壁を乗り越えてきたんだと英理佳は思いつつ、ナッキィの背を見つめた。そうしていると、グオン、グオンと音を立てながら二人のブレンが千金してくる。ヒメ・ブレンとナッキィ・ブレンだった。

 

「いいぞ、そのまま警戒しつつ前に回り込め」

 

 ナッキィの指示で橙色のブレンがネリー・ブレンの前へと移動する。その様子を見て勇と比瑪は感嘆の言葉を送った。

 

「へぇ~、ナッキィのブレンはすごいんだな」

「私のもよ。このブレンと会って気が利くようになったのよね」

「そーいえばさ、あのブレスレットって勇のなの?」

 

 その質問でハッとした勇はまたフリュイドスーツをガサゴソとまさぐった。しかし例のブレスレットは見つからない。

 

「ごめん、私が持ってたんだった」

 

 比瑪がポケットの中から金に光る輪を取り出した。それを目にした勇は一目散にそれを奪い取る。

 

「いつ取った!?」

「あの村の人に捕まる前」

「そうか……そうだよね」

 

 ムスッとしたままで比瑪は「それ女物よね」とずっと尋ねたかった事を口にする。英理佳もそれは同じようでコクピットから身を乗り出した。ネリー・ブレンという名前のブレンもその一つだ。

 

「ネリー・キムさんの形見なんだ」

「形見? 亡くなったの、その方……」

「ネリー・ブレンが、俺のブレンとリバイバルする時にね……情け容赦ないんだ」

 

 勇はその時の光景を思い出しているのかブレスレットをじっと見つめながら話した。形見──その言葉を聞いた英理佳はマリアンヌや母親の事を思い返す。どちらとも良い別れ方を出来ず終わってしまった。形見なんて呼べるものは何もなく、あるのは煙のようなうっすらとした記憶。それも日々の激流で押し流されそうで、もしかしたら忘れてしまうのではないかという恐怖もあった。

 

「オルファンが浮上する時にネットが歪んだりすれば、ああなるかもな」

「そんなに怖いことがあったんだ……でも再リバイバルした時、ネリーと勇のブレンが一緒になったって。そう言ったよね勇?」

「そうか! 地球やオルファンの問題は全てが絶望的なことじゃないかもしれないんだな!」

 

 比瑪の言葉で元気づけられた勇はパッと明るい顔になり、なにも全てが悲観的な事ではないのだと二人して抱き合った。それを離れて見ていた英理佳とナッキィは顔を見合わせて笑うのであった。

 

(そっか……何事も悪いように考えるのって疲れちゃうだけだもんね)

 

 

 

***

 

 

 

 オルファンは相も変わらず地を這っていた。まだ飛び立つには力がいるのだろうか、なんて事をテッドは考えていた。しかし、そんなことはアメリカ軍人の彼には正直どうでもよかった。アメリカからすれば所詮オルファンなど生き残るために必要なモノに過ぎない。

 

「オルファンもだいぶ変わったな」

 

 哨戒任務中の彼はオルファンの装甲に書かれた"出来の悪いラクガキ"を遠目に呟く。意外にもそれがリクレイマー達からの反感を買うことは無かった。ガバナーが決めた事とは言え、自分たちが苦労して生かしていたオルファンにこんなものが書かれれば反対運動の一つくらい起こるだろうとテッドは思っていたのだ。

 

「ガバナーってのはどんだけの奴なんだ? アメリカと繋がりが深いってのは確かだが……あれは!?」

 

 彼がモニター越しに見つけたのは複数のアーミー・グランチャーに囲まれた純白のアンチボディだ。見たことのないタイプだが、オルファンへの拒絶反応が無いのを見るにグランチャータイプだとテッドは考える。

 

「入国審査をすっ飛ばしてやって来たんだな……何だ!」

 

 驚くのも無理はない。純白のグランチャーが肩のフィンを自在に操り、アーミー・グランチャーを一機撃墜したのだ。こうなればアメリカ軍との全面対決が待っている。この狂気ともいえる行動にテッドはある一人の青年を思い出した。

 

「まさか……お前、ジョナサン・グレーンか?」

 

 彼がそう呼びかけると双方に散る火花は一旦、消えることとなった。

 

「テッドか? こいつらにいい聞かせろ、俺は──」

「ジョナサン、ご苦労様」

 

 ジョナサンの言葉を遮るようにして一人の少女の声がした。これはオルファンの中央コントロールルームから発せられる全体通信だ。発信者はクインシィ──そうなればアーミー・グランチャーも手は出せない。これにて諍いは幕を閉じることに。しかし、これでジョナサンのアーミーに対するわだかまりが収まったとは、テッドには思えなかった。

 

「バロン・マクシミリアンという男が見える。何者だ?」

 

 そう訊かれてジョナサンは事の顛末を話した。バイタル・グロウブで飛ばされて途方に暮れていたところを救ってくれた事、バロン・ズゥというアンチボディを与えてくれた事……。ジョナサンは良き師を得たようだった。

 

「バロン・マクシミリアン……どういう奴なんだ?」

 

 テッドは最大望遠で拡大したモニター画面をまじまじと見つめる。仮面を被ったマントの男……明らかに信用していいタイプの人間ではない。そんな時にふと、日本でも奇怪な仮面の人間を見た事をテッドは思い出した。だがちらりと見た程度。それがバロン・マクシミリアンだったかどうかまでは憶えていない。

 バロン・ズゥがシャッターへ消えていくのを一瞥しつつ、テッドは哨戒を続けた。するとレーダーが機影を捉える。

 

「また来客か……今度は?」

『こちらは合衆国輸送ヘリ、着陸の誘導を求む』

「ウィーリス中尉、了解した」

 

 テッド・グランチャーは一機の輸送ヘリを着陸甲板まで誘導する。着陸したヘリはローターを止めて、搬入用ハッチを開いた。すると始めに現れたのは物資ではなく、テッドの見知った顔だった。

 

「うっ!? おまえ……あなたは!!」

「ウィーリス中尉か……先程は誘導ご苦労」

 

 しゃがれた声でそう言うのは彼の父親であるグラント・ウィーリスだ。制服の胸元は決して多くは無いが勲章で飾られている。しわの刻まれた顔、狐のような目つき、堂々とした立ち振る舞いはまごうことなきベテラン軍人そのものだった。

 

「オルファンにお越しになるとは伺っておりませんでした」

「ガバナー閣下がお見えになるまでは、私がアーミー・グランチャー部隊を指揮する。その為だ」

 

 普段通り、抑揚も無駄もない父の言葉にテッドは呆れた。お互い軍人という立場上、仕方が無いのは分かっている。だが親子の会話としては欠けているものを彼は感じざるを得なかった。テッドが怪訝な顔で父が横を通り過ぎるのを横目に確認する。すると遠くからアルバートが「ようこそウィーリス大佐」と駆け寄ってきた。

 

「クロフシュタイン大尉、此度の件ではよく働いてくれた」

「滅相もない、ご子息あってこその今回の結果です」

「……そうだな」

 

 そうは言いつつもグラントは振り返りもせずに中央コントロールルームへの道を進んでいった。まるでテッドがそこに居なかったかのように。ダメな父親二人が消えていったのを確認したテッドはグランチャーへと戻っていった。

 

「せいぜい父親同士で仲良くやってろ。俺は好き勝手にやらせてもらうぜ」

 

 愚痴りながら彼が操縦桿を握った瞬間、頭に針が刺すような感覚が襲う。このような事は今までに何度かあったが、ここ最近は頻度が多く悩まされていた。

 

「ぐわっ……また抗体反応か……。オルファンの飛翔が近いことを意味しているのか」

 

 頭痛に耐えつつもテッドはグランチャーで大空へと駆ける。どんな任務だとしても途中で投げ出すことは出来ない。信頼は小さなことの積み重ねだと彼は考えているからだ。そのためには何でも利用するつもりでいた。テッドは哨戒ルートを回りつつ策を練る。伊佐未ファミリーに取り入るのが手っ取り早いのだが、あの家族は一癖あるのが問題だった。伊佐未研作は研究に没頭しすぎ。その妻の翠も同様だが、最近はジョナサンにお熱のよう。その娘である依衣子──クインシィは余り他人を信用しないし、しかもその弟である伊佐未勇は脱走して敵に寝返ったときた。

 

「こんな有様でよくオルファンは続いたもんだ……」

 

 そんな時、レーダーが不審な影が迫るのを探知し、唸り声を上げた。テッド・グランもそれを見つけたようで振り返る。彼らが目にしたのはマントを羽織った、一人のブレンパワード。その異様な風貌にテッド・グランは気圧された。

 

「グランチャーが怯えているのか!?」

 

 コクピットを計器で敷き詰めてもアンチボディの感情がテッドには伝わってきた。しかし、所詮はオーガニック・マシンと呼ばれているモノに過ぎない。彼はグランチャーに武器を構えさせた。

 

「そこのブレンパワード! 何の目的でこの空域に現れた!」

『これは、これは。失礼した』

 

 ブレンパワードから低い女性の声が響く。するとハッチが開いてスーツ姿のマントの女が現れた。その顔は純白のデスマスク風の仮面で覆われている。奇怪な姿を目にしたテッドは「マトリョーシカだとでも!?」と思わず口から言葉が出てしまった。

 

「オルファンへの入国審査を受けたいのだが」

「そのブレンパワードを抱えてか? ノヴィス・ノアの方がお似合いだと思うぜ」

「どうも、このブレンはノヴィスの雰囲気を好まないようでね。バイタル・ネットの導きで流れ着いたのがここという訳さ」

 

 恰好も変なら口にする言葉もなのかとテッドは唖然とした。だというのに目の前の仮面はどれも本気で言っているかのよう。その自信はどこから湧き出ているのかと彼は不思議に思った。

 

「私はオルファンに必要な情報を持ってきたのだよ」

「そんな話、誰が信じるんだよ」

「たとえブレンパワードタイプの乗り手であろうとも、彼女に尽くしたいというの気持ちは、君らと何ら変わりはない」

「彼女だと?」

 

 仮面の女が発した"彼女"という言葉にテッドは眉をひそめた。彼女というのはクインシィ・イッサーことを言っているのか。それともガバナーが女性であり、その正体を知っているのか……。どちらにせよ、話を聞くだけはタダだ。一縷の望みに賭けようと、テッドは「いいだろう、案内するぜ」と目の前のブレンパワードを誘導した。

 

「感謝しよう……。私はクルーエル・ブレイズだ」

 

 やはり名前も変だったとテッドは内心、呆れつつもブレンパワードをオルファンのシャッターへ誘導した。これには他のアメリカ軍人やリクレイマー達は仰天して身構えている。一人の軍人が腰のホルスターに手をかけながら「誰の許可で上がった!!」と怒鳴り散らした。

 

「テッド・ウィーリス中尉だ。奴は入国審査を希望している」

 

 グランチャーのコクピットから彼は顔を出しながら言った。それを目にした軍人は顔を真っ青にし、ピンと伸びた右手をホルスターから頭へと持っていく。他の軍人らも急いでクルーエル・ブレイズの入国審査の手続きを行っている場所へと案内した。

 暫くして、審査を通ったブレイズは感謝を述べるために不貞腐れている男の元へやって来た。グランチャーに寄りかかりタバコの煙をふかすテッドの周りには誰もよりついていない。

 

「親の七光りは不満かい?」

 

 初対面の相手にもわかる程かとテッドはため息を零した。周りの露骨な態度の変化には慣れていたが、その度に父親の顔が頭に過るのが気に食わない。だからこそ、そんなしがらみを知らないリクレイマーという組織は新鮮で、居心地がよかった。しかし、今はオルファンはアメリカの州に登録されてしまった。こうなることは自分が派遣される頃から分かっていても、辛いものがあったのだ。

 

「ああ、不満だね」

「何だって使いようさ。現に今、そのおかげで私はオルファンへ入国出来たのだから」

 

 変人に自分の苦しみ何てわかる訳ないか、とテッドは嘲笑した。それにしてもよくこの風貌で入国が許されたもんだと、そのつま先から頭までを一見する。白いデスマスクのような仮面、地面につきそうなマントにパンツスタイルのスーツ姿はサーカス団の奇術師にしか見えない。

 

「お前、さっきオルファンの情報がどうとか言っていたよな?」

「おや、出会って間もないこの私を君は信用するのかい?」

「話半分だ。少しでも情報が多ければ、オルファンに不測の事があっても対応できる」

「いい心がけだ……」

 

 オルファンを掌握するためなら何だってする。そう決めたのなら、目の前の奇術師だってハサミのように使えるはずだ。テッドは息を吞み、クルーエル・ブレイズの話を聞くのであった……。

 

 

 

***

 

 

 

 英理佳らはブレンが道ぶくままにある場所へとやって来た。そこは大きな池であったが、広がる異様な光景に一同は目を見張る。

 

「あれ、みんなアンチボディじゃないか」

 

 そう言った勇の視線の先には硬化したアンチボディがいくつも横たわっていた。乱雑に作られた池の水は酷く澱んでおり、そこに彼らは浸かっている。

 

「来る途中、ブレンはここに来たがったのよ」

 

 ブレン達はこの惨状を目にして吼えだした。怒り、恐怖、悲しみ……それらを声に出さずにはいられなかったのだ。

 

「震えるな。見たいっていったから、連れてきてやったんだろ! しっかりしろ!」

 

 余りにも酷いものを目にしたナッキィ・ブレンは体がガタガタと震わせて慟哭した。そんなブレンをナッキィは るのだが、彼自身もこんな有様に腹を立てているのか、表情が強張っている。

 

「こんな数……誰がこんなコトを!」

 

 ゴミのように捨てられているアンチボディを見て、英理佳は苛立ちを抑えられなかった。それと同時にテッドの"アンチボディは兵器"という言葉を思い出してしまう。そんなことを言うような人間が、世の中には沢山いることを思い知った。

 

「アメリカ軍だろうな、いくつかのグランチャーにマークがあるだろ。それにあいつら、ちょっと性能が悪いとすぐに捨てちまうんだぜ」

「でもアメリカから持ってきても、こんな数にはならないよねナッキィさん?」

「オルファンのものだよ」

 

 比瑪の質問には勇が答える。元リクレイマーの彼ならば大体の予想がついていたようだ。ナッキィはそれに同意し、半年で大陸のはぐれアンチボディを救っていた事を明かす。しかし、それでも四人しか集められなかったのを彼は悔いているようだ。

 

「でも何でブレンもグランも一緒に? 捨てられたって、ちょっとは動けるはずっしょ……?」

「アンチボディなら同じような場所で墓を作りたいと思うんだよな? 何故なんだ? 教えてくれ、ネリー・ブレン」

 

 勇の問いに答えるかのようにネリー・ブレンは瞳を金色に輝かせる。するとゆっくりと池の周りに着陸して、その水面をじっと見つめた。同じように勇達も目を凝らしてみるが、濁り切った水底は何も見えない。

 

「この中に何かあるワケ?」

「そうらしいな……俺が見てくる」

「見てくるって……ちょっと!?」

 

 いきなり服を脱ぎだしたナッキィに驚き、英理佳は顔を赤くしながら目を塞いだ。次に彼女が目を開けた時にはナッキィの姿は池の中にあり、目の前にはなかった。

 

「あ……あれ?」

「何を想像してたの?」

「いや別に……な、何でもないし!」

 

 頬を膨らませる英理佳を見て比瑪が笑う。そんなことをしている間にナッキィは色んなアンチボディに触れて、その感情を読み取ろうとした。

 

「そうか……わかったぞ。比瑪、勇、英理佳! こいつらはオルファンに行きたくなかったんだ。それで人を乗せるのを拒否して、ここに集まったんだ」

「どうしてそんなことがわかる?」

「こいつらのハッチもシャッターも固く閉じている……人間を乗せることを拒んだアンチボディは、いずれ硬化する」

 

 ナッキィが池から上がると焚き火の前で暖を取りながら「アメリカ軍の扱いも乱暴だったようだ……」と小さく呟く。いつもの彼らしくない寂しげな顔は、ナッキィがより深くアンチボディを理解していることを示していた。

 

「俺のブレンは乗り手を失くしてフラフラしている時もハッチは開いていた。オルファンに行くことを予想していないブレンはそういうものなんだ」

「それに引き換え彼らは、オルファンが上陸してから逃げ出さなければならなかった」

「そうなんだよ……もう少し早く来ていれば、こいつらを助けられたのに。それが出来なかったんだ、俺には……」

 

 涙ぐみながらナッキィは硬化したアンチボディ達を見つめる。アンチボディも生きている……それが分かる人達に出会えてよかったと英理佳も涙を零した。

 

「ウチらで弔ってあげよう……この子たちが生きていたってコト、忘れないように」

「そうだよね……私、花を持ってくる」

 

 暫くして比瑪が戻ると池の傍に白い花を植えた。いつかこの辺りが草花で埋め尽くされ、アンチボディにも宿るように。

 

「カントが言ってたものね、ブレン達は花が好きだって。摘むとかわいそうだけど、これなら根付くよね」

「ネリーさんの形見を埋めるの?」

 

 勇は金のブレスレットを片手に小さな穴を掘った。だがそれを見ていたネリー・ブレンが彼を小突いてやめさせようとする。ネリーを失った悲しみをブレスレットで癒そうとしているのだろうか。金色の輪から目を離そうとしない。

 

「ネリー・ブレン!」

「気持ちはわかるけど、ネリー・ブレン。……ブレスレット一つの記憶より、お前と俺の中にしみ込んだ、ネリー・キムの思い出を大切にしたいな。いっぱいあるだろ」

 

 そう言われてネリー・ブレンはしくしくと泣くような声をあげた。リバイバルしてからずっと苦楽を共にしてきたのだろう。だが今はもう同じ時間を歩めない──それ故にブレスレットに拘っていたのだ。だが、それは勇も同じであった。だから今、ここでネリー・キムという人を心に刻むために彼はブレスレットを埋めることにしたのだ。

 

「一つの記憶を封印するかい?」

「そうする」

 

 そう言って勇はブレスレットを池へ向かって投げた。それは池の中に消える前にキラキラとした金色の欠片になって霧散する。まるで硬化したアンチボディ達を包むかのように。

 

「母さんとの記憶……今思えば悪いものばかりじゃなかった」

 

 英理佳は記憶に残った母との思い出を辿る。幼い頃はずっといてくれて毎日が楽しかった。だがいつからか彼女の母親は仕事一辺倒になってしまい、共にする時間が少なくなった。昔の記憶も年を重ねる旅に色あせていく。最後はクルーエル・ブレイズに謀られて亡くなったが、それを知っても英理佳は涙を流すことすらできなかった。

 

「もうすでに母さんとの記憶は封印されてたのかもね」

 

 英理佳は踵を返してブレンへと乗った。母親に会ったら文句の一つでも言いたかったのに、もうそれは出来ない。やるせない気持ちに襲われ、ムズムズとした英理佳はコクピットから顔だけ出して大きく叫んだ。

 

「バカヤローー!!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。