ギャルとブレンパワード   作:vespa MDRN

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物語も佳境に突入します


私として会うのは久しぶりね

 クインシィ・グランチャーに半ば強制的にオルファンに連れられた英理佳。コクピットから見る姿でも、雄大なその姿は圧巻だった。

 

「一人でも帰れるんだったら、ウチがいる必要なかったじゃん」

 

 愚痴りながらも、内心ではここに来られたことは思いがけない好機だと思っていた。しかし、自分ひとりで何か出来るとは彼女は思っていない。それでも、またとない敵を知るいい機会を逃すわけにはいかなかった。

 

「どこかに入り口があるんだよね。そこに行きなよ、帰りたいんでしょ?」

 

 勝手に動くのが当たり前だと言うように、英理佳は操縦桿も握らずに寛いで座っていた。ただコクピットに映るオルファンの姿を眺めながら、この先に起こるであろう事を憂いもせずに。

 クインシィ・グランは巡回するアーミー・グランチャーを巧妙に避けつつ、リクレイマーの使う格納庫の入り口へと辿り着いた。すると、何も無いと思われたオルファンのスリット・ウェハーが動き出して道を作り出す。

 

「オルファンもスリット・ウェハーがあって、自由に動くんだ〜。アンチボディと変わらないんだね」

 

 そうして英理佳はグランチャーと共にオルファンの内部へと消えていく。オルファンの中は暖房が効いているように暖かく、その薄暗い空間を小さな光が走っていた。英理佳はそれを大きなアンチボディのコクピットのようだと感じる。

 

「もしかしてオルファンはグランチャーの家……と言うより親なのかな?」

 

 彼女が色々と思考を巡らせているうちに、クインシィ・グランは格納庫へと到着していた。外ではクインシィ・イッサーが戻ったとリクレイマー達が大騒ぎ。

 

「ヤッバ……どうしよう」

「クインシィ・イッサーが戻ったぞ!」

「彼女なら帰ってくるって分かってた!」

 

 クインシィ・グランの周りに人だかりができ、ハッチが開くのを今か今かと待ち侘びている。が、扉はいつまで経っても微動だにしない。

 

「何だ? 様子がおかしいぞ」

 

 異変にいち早く気付いたのはジョナサン・グレーン。彼は自身のアンチボディ、バロン・ズゥを使い、クインシィ・グランのコクピットまで近寄った。その時に真紅のグランチャーの指がボロボロになっているのを目にした。

 

「クインシィ・グランチャー、ハッチを開けろ。クインシィを外に出してやれ」

 

 ジョナサンの指示に従ったのかハッチはゆっくりと開かれる。中ではシートのごく狭い空間に隠れている英理佳が外に漏れそうなほどに鼓動を高鳴らせていた。

 

「なに?」

 

 一見してコクピットに誰もいないのでジョナサンは顔をしかめる。だが、すぐにシートの裏からはみ出た金髪や服を見つけ出す。

 

「お前! 何をしている! クインシィは!?」

「ちょ、ちょっとタンマ!」

 

 破竹の如く飛びかかるジョナサンを英理佳は上手く躱した。同時にお互いが、以前に顔を合わせた者同士であることに気がつく。

 

「お前はノヴィスの! スパイでもしに来たか!」

「違うっての!」

「じゃあ、お前がクインシィ・イッサーの代わりだとでも?」

「んなわけ!」

 

 コクピット内でのやり取りは当然、周りの者たちにも聞こえていたが、アンチボディのコクピットという場所だけに止めることも制することもできない。このままではヒートアップするだけだろう。そんな時にやって来たのは仮面の巨体、バロン・マクシミリアンだ。

 

「落ち着けジョナサン! ノヴィスの者ならば、情報を得ることもできれば人質にもできよう!」

「バロン!? くっ……」

 

 変声器でくぐもった声に制されたジョナサンを前にして英理佳はキョトンとした。あの男がこうも簡単に言いなりになる人物がいるのが意外だったのだ。

 

「ついて来い」

 

 金髪褐色の男に連れられるまま、英理佳はコクピットを後にする。彼女はバロンと呼ばれた人物が気になり、外に出るとすぐに集まったリクレイマーへと目をやった。

 群衆の中、たった一人だけ奇怪な格好の者がいた。やはり仮面を被り、マントを羽織っている。それを目にした英理佳は「うわっ……」と声が出てしまった。

 

「その顔は似たようなものを見たことがあると言う顔だ」

「そりゃあ、そんなカッコするのはごく一部っしょ」

「クルーエル・ブレイズ……だな。あの女には近寄るな」

「アドバイスどーも。そのつもり」

 

 初対面だというのに自然と会話をする二人にジョナサンは内心、驚いていた。上水流英理佳と言う少女の対応力や飲み込みの早さに。

 

「それでバロン・マクシミリアン。こいつをどうするつもりで?」

「彼女の身柄はリクレイマー側で預かるべきだ。アメリカ軍に引き渡せば、厄介なことになる」

「──それは当然だろうな」

 

 突如として別の仮面の声が響く。それを聞いたバロンは「クルーエル・ブレイズ……」と呟きながら口元を歪ませ、英理佳は威嚇する犬が如く牙を剥いた。

 

「あんた! よくものこのことオルファンに乗り込んで!」

「久しぶりだな、英理佳君。あれ以来、君のブレンは息災かな?」

 

 デスマスクのような仮面の表情は一つと変わらないのに、軽く笑うその様は不気味であった。

 

「よくそんな腑抜けた事を言えんじゃん! ウチの母さんとオウカに何をしたのかを忘れたとは言わせない!」

「積もる話もある事だ、場所を移そうか」

 

 クルーエル・ブレイズはマントを靡かせ、他の入る隙を作らずに英理佳をさらって行く。

 

「バロン、いいのですか?」

「あれでも権力はある身だ。手出しは出来まい」

 

 どうやらバロンにはブレイズとの間に何か因縁があるように見える。ジョナサンがそれを聞き出そうとしても、詳細を答えてくれることはなかった。

 

 

 オルファンの薄暗い通路を少女と仮面が闊歩する。その異質な組み合わせにリクレイマーやアメリカ軍人達は目を丸くするばかりだ。

 

「色々と聞きたいことはあるけど、一番はオウカと母さんのこと。あんたと母さんに何があったの?」

「上水流……刻子博士かな? いや彼女とは大した縁は無くてね」

「嘘。だってウチは一度もあんたには名前を言ってない。それなのにまるで前から知っているみたいに“英理佳”って呼ぶじゃん」

 

 ギャルの見た目から放たれる鋭い言葉に、ブレイズは冷や汗をかく羽目となった。以外も頭が切れる子だと油断も隙もないと、仮面の下でニタリと笑う。

 

「そうだな……君のことは博士から聞いていた……。彼女とは昔の研究仲間でね……」

「やっぱり! 母さんの研究を盗むとか、嫉妬とかで殺したんだ! ついでにオウカも奪うために!」

 

 ブレイズの胸ぐらを掴み、ものすごい剣幕で迫る英理佳。その仮面の裏ではどんな顔をらしているのか、彼女は想像する。ヘラヘラと笑っているのか。それとも、意外な一面を垣間見て呆気に取られているのか。

 無理矢理、その仮面を剥ぎ取ってやりたい気分でいっぱいだった。だが、その白いマスクに空いた、二つの黒い空洞から、視線のようなものが全く感じられないのが怖くて出来なかった。ひょっとしたら、仮面の下は顔の無い、ブラックホールのような深淵かもしれないと思うと、少女の全身に悪寒が走るのだ。

 

「まぁ、どう考えようが君の勝手だが。少なくとも、こうやって弾劾したいのならば、こちらの言い分も聞いてほしいものだな」

「チッ……」

 

 もっともな反論を受けた舌打ちをしつつも英理佳は一旦、気持ちを沈めることにする。

 シワのできた襟をブレイズは何事も無かったかのように正して、口を開く。

 

「順序を立てて話そうか。まずは知りたがっているお母さんについてだ」

 

 そうしてブレイズは英理佳の母親について語り出す。同じオーガニック・エナジーの研究者であることや、そこそこ親交があったこと。そして、その命を断ったことも。

 

「彼女はああするしかなかったのだよ。アンチボディ・オウカを使ってアメリカ軍に反旗を翻し、軍の所有するブレンパワードやグランチャーを逃したのだ」

「そんなことで……?」

「国の反逆者など、そうなって当然だろう」

 

 冷たい声で真実を告げられる。それが嘘だと突っぱねることも英理佳には容易だったが、擁護する気にはなれなかった。自分の子供よりもアンチボディを優先した女など……。

 

「じゃあ次だけど、日本でやってた宗教? みたいなのは一体なんなの?」

「それは君の考えるとおりだ。あれは私が設立した、いわばオルファン教とでも言うべきものだよ」

 

 おかしな単語が耳に飛び込んできて、英理佳は「オルファン教?」とおうむ返しをしてしまう。

 

「こんな時代だ、荒んだ人の心にも拠り所は必要なのだよ。……荒神オルファンやその眷属のアンチボディを崇めれば、救われる……という感じでね」

「それでオウカをあんな所に閉じ込めてたってワケね……」

 

 だとしても、あの扱いは酷いと英理佳は同時を思い返した。

 暗く狭い部屋に閉じ込めて、許可も得ずに祀りあげる。それも人の亡骸を抱えさせたままだ。そうなれば、目に映るものを全て破壊したくもなるだろう。あの時のオウカが怒り狂っていた理由に英理佳は納得がいった。

 

「それで最後だけど、ハッキリ聞くよ。クルーエル・ブレイズ、あんたの目的は?」

「……フフフ、それを聞くか……」

 

 ブレイズは仮面に手を回して軽く漏れるような笑いを出した。そうして、その手をゆっくりと後頭部へ回す。素顔を露わにしようとしてることに気づいた英理佳は息を呑んだ。

 ずっと、頑なに取ろうとしなかった不気味なデスマスクを剥がされるという現実に、身体に悪寒が走る。そんな時……。

 

「ブレンパワードが潜入したって!?」

「本当だそうだぞ!」

 

 慌ただしく走るリクレイマー達が彼女らを横切った。それによりブレイズは仮面を付け直し、それを元の位置に正す。

 

 「行ってみようか。オルファンが受け入れたブレンパワードがどういうものかを知る必要がある」

 

 と、足早にリクレイマーの後を追った。

 おしい、と英理佳は顰めっ面のままで仮面の軌跡を辿る。

 オルファンの広いスペース、巨大な螺旋階段の様なエリアに出ると、多くの者が狼狽えていた。だが彼ら彼女らはブレンパワードの侵入に対してでは無く、見えない何かに怯えている様だった。口々に恨み辛みを垂れ流す者や、家族の名を叫ぶ者、痛みに悶え苦しむ者……。とても正常とは言えない様子だった。

 

「これは何なの?」

「ブレンパワードと共鳴したオルファンが何か作用を起こしているのか?」

 

 ブレイズは周りの人間を観察して、憶測を立てるが、彼女自身も納得はいっていないのだろう。柄にも無くうろうろと周囲を行ったり来たりしている。まるでフィールドワークをする研究者のように。

 

「あ! あれはヒメ・ブレン!」

 

 英理佳は見知った姿を目にして、思わずその方向へと指を刺した。飴色をしたブレンパワードはオルファンの内部をくるくると縦横無尽に踊り狂っている。こんなにはしゃいでいるのも、オルファンの影響なのかと英理佳は考えた。

 するとヒメ・ブレンも英理佳がいることを認識したのか、すぐに近寄ってくる。

 

「ヒメ・ブレーン! 比瑪はどうしたの……って近い!!」

 

 急接近したブレンに驚いた英理佳は尻餅をついてしまう。その衝撃で瞼を閉じてしまっていた。

 次に彼女が目を開けた時、驚くべき光景が飛び込んでくる事となる。なんと、もう居ないはずの母の姿があったのだ。

 

「え? 母さん……?」

『おいで、英理佳……』

 

 そう言って母──刻子は両腕を広げて柔和に笑う。それは少女の遠い記憶……奥深くに眠っていた情景なのか。英理佳が立ち上がる時、手足の長さがいつもより短いから、そう思えた。自身もまた、昔の幼い頃の姿になっていると。

 彼女の足は自然と前に動いた。ずっと求めていたものが、幻覚とは言え目の前にあるから。だが、英理佳の脳裏には常にエリカ・ブレンパワードの姿が稲妻の様に明滅していた。

 運命を共にすると決めた存在を捨て置いて過去に浸ることを彼女は否定する。何故なら英理佳にとっての過去は消え去ったものなのだから。

 

「お前となんて、いられるか!」

 

 幻覚を両手で振り払い霧散させる。それと同時に彼女も現在の姿に戻る。

 

「あれ? ヒメ・ブレンは?」

 

 先程まですぐそばにいたはずの巨体が、今は影も形もない。代わりにその場で何かに怯え、頭を抱えるブレイズの姿があった。

 

「すまないすまないすまないすまない……だから、近寄るなぁ!」

 

 珍しく声を張り上げているブレイズ。その様を横目で見ていた英理佳は鼻を鳴らした。

 

「自業自得。きっとオウカの悪夢を見ているんだね」

「あぁ……そうだとも」

「喋れんの!?」

 

 悪夢に苛まれながらも、ブレイズは対話が出来るようだ。

 

「だからこそ罪は罪と認め、受け入れる必要がある! その上で、その覚悟で、成し遂げなくてはいけない事をやるのが大人の責任だ!」

「ブレイズあんた、何が見えてるの……?」

 

 おかしな状態のブレイズに困惑する英理佳。その目の前を一発の弾丸が空を裂きながら横切った。

 

「クルーエル・ブレイズ! 俺を助けると言いながら、そんな女と連んでいる!」

 

 怒鳴り声と共に現れたのは因縁の敵、テッド・ウィーリスだ。彼はその手にピストルを構え、ただ一点を睨みつけている。

 

「またあんた〜?」

「この際だ、ここでケリをつけてもいいんだぜ」

「丸腰の相手にケリをつけるって?」

 

 乾いた笑いと共に英理佳はそう言った。それをトリガーにテッドは頭に血が昇ったのか、ギリギリと歯軋りをした後に叫ぶ。

 圧倒的に不利な状況に置かれているのに、何故笑える? そんな余裕はどこから生まれる? 理解不能が折り重なったテッドは思い切り、引き金を引いた。轟音と共に、音の速さで鉛が飛ぶ。

 

「お前は俺の邪魔をする! それが悪いんだ!」

 

 しかし銃弾は少女の頬を掠めたのみだった。狙いが外れたテッドは「そんなはずは!?」とピストルを乱射するが、悉くを外す。

 

「何が起こっている!? 俺はちゃんと狙っているぞ! ……何だっ!?」

 

 激昂するテッドの前に、突如として霞がゆらめく。その中には彼の幼い日の記憶が映画のように映し出されていた。

 

「これは俺なのか!?」

「あいつも幻覚を?」

 

 テッドには幼少期の母親との時間が見えていた。

 軍務に勤しむ父親に愛想を尽かして出て行った母親。テッドは共に行くはずだったのに、裁判で勝った父親にひきとられてしまい、引き離された。それ以来、一目として姿を映すことはなかったのだ。彼の瞳には涙が浮かんでいた。

 

「お母様! 俺を置いていかないでくれっ! ……やめろ、俺を止めるな。このクソ親父が!」

 

 テッドは虚無に向かって更に銃を発砲する。ゴムボームの様に弾丸が辺り一帯を跳ね回っているのに、辺りの人々は恐れもしない。彼ら彼女らは更に恐ろしいものを目の当たりにしているからだ。

 

「うぅ……何の騒ぎだ……?」

 

 正気を取り戻したブレイズは頭を抱えながら、周囲を観察した。人々が皆、見えざる何かに恐怖したり、悲しんだりしている。

 記憶の奥深くに眠ったものを、掘り起こされているのだろう。かくいうブレイズや英理佳もそうだった。

 

「この現象は、第一期オルファン調査隊が目にしたものと類似しているのか?」

「オルファンってそういうのが見える所なの?」

 

 英理佳は目の前の阿鼻叫喚といった様を瞳に焼き付ける。オルファンにいる人は皆、そういう悲しい記憶を宿していたのだと知った。

 それまで彼女はリクレイマー等は選民思想が強いだけの集団だと思っていた。しかし、今、この状況を目の当たりにして、その考えは変わろうとしている。

 

「ちくしょう! どこだ!? グラント・ウィーリス!」

「あいつも家族関係で悩んでいるんだ……」

 

 テッドの荒れ様に英理佳は同情のようなものを覚えていた。理由は何であれ、親を憎んでいたという事実は同じだったのだ。

 それなのに彼は以前、巻き起こった英理佳とアルバートの戦いに割り込み、こんな言葉を残した。

 

「子どもに殺される親なんて──」

 

 言葉の続きは遮られたが、少なくとも彼は親子同士の殺し合いには反対していたのだ。そんなテッドが今は父親の名を叫び、激昂している。もはや正気の沙汰ではない。

 

「ちょっとあんた、落ち着きないって!」

 

 英理佳は男の持っている、怒りに震えるピストルを両手で押さえた。無論、彼女はこんなことで相手を抑えられるとは思ってはいない。だからこそ、言葉を途切れさせずに放った。

 

「あんた! 自分の親父よりも倒すべき相手がいんじゃないの!?」

「ぐぬぅっ! 親父は……お母様は……俺を!!」

「ほら、こっちを見なよ!」

 

 もがき苦しむテッドの視界に、強引に割り込む英理佳。しかし、相手は顔を背けるばかりで、見向きもしようとしない。

 痺れを切らした英理佳は、テッドの顔面にめがけて拳を打ち付けようと手を振り上げた、その瞬間──。

 

「邪魔だ!」

 

 テッドに握られたピストルが英理佳へと向けられた。銃口と少女が線で結ばれ、死への方程式が完成される。

 

「止せぇ!!!」

 

 結ばれた死線に割って入ったのは意外にもクルーエル・ブレイズだった。その動きは閃光が如く、即座に英理佳を庇う位置に立つ。

 それと同時に凶弾は、鳴り響く雷と違わない音ともに射出された。それは真っ直ぐ、ブレイズの顔へと吸い寄せられ……。

 ガキン! 白いデスマスクの仮面に食い込んだ。

 ブレイズは衝撃で後ろに倒れ、床に伸びている。が、そんな状態でも彼女は起きあがろうとしているのか、モゾモゾと手足を動かしていた。

 

「クルーエル・ブレイズ!? あれで生きてんの?」

 

 弾丸は確かに仮面に命中し、致命傷を避けた。しかし、その際に発生した衝撃は打ち消せてはいない。首、脊椎を損傷していてもおかしくは無いのだ。

 

「……くっ……結構響くじゃない……」

 

 ブレイズが放った声はいつもの様な低い声ではなかった。少しだけハイトーン、だが耳によく通る声。英理佳はそれに聞き覚えがあった。

 

「ブレイズ?」

「こんな形で、バレてしまうとはね……。やっぱり“あなた”のこととなると、つい判断が鈍るわね」

 

 そう言ってブレイズは顔を押さえながらゆっくりと立ち上がる。その時、常に身につけていた仮面が左右で二つに割れて、その素顔が顕になった。

 それが英理佳の青い瞳に映し出されると、彼女の胸が人生で最も、という強さで締め付けられる。驚きで表情すら変えられず、真顔のまま目を見開いた。

 

「うそ……。そんな、何で……!!」

 

 目の前に現れた真実を受け入れられず、英理佳は瞬きを繰り返す。それでも現実に映るものは変わらない。

 

「私として会うのは久しぶりね……英理佳」

 

 クルーエル・ブレイズ──上水流刻子は微笑んだ。英理佳の記憶にある、それと何一つ変わらない顔で。

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