ギャルとブレンパワード   作:vespa MDRN

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大変お待たせしました


戦う為に生まれたんじゃないんだな

「クルーエル・ブレイズ!」

「まだ君にはやってもらいたい事がある。ここで返すわけにはいかないな」

 

 追手のアーミー・グランチャーは足を止めて、全員が射撃のポーズを取る。しかしブレイズが手を上げて“待て”の合図を送ることで、ソード・エクステンションの銃口は下へと下がった。

 

「どいて! あんたと喋ることなんて、もう無い!」

「死にかけのグランチャーを蘇らせたのか……。流石だ、やはり君は──」

「どいてって言ってんの! 今更あんたに何言われたって何も嬉しくない!」

 

 声を荒げる英理佳を目にした、エリカ・グランは驚きで萎縮してしまった。どうしてこんなにも怒っているのか理解が出来なかったのだ。

 その隙をアーミー達は逃さず、一気に距離を詰めて畳み掛ける。エリカ・グランはあっという間に拘束されてしまった。

 

「あんたら! この子は弱ってんだよ!?」

「知るかよ! 合衆国の領土で好き勝手するから!」

「ウチだって合衆国の……ぐあっ!」

 

 アーミー・グランチャーの一人が持つ電撃スタンバーで英理佳達は鋭い痛みに襲われた。身を焼くような苦痛が彼女らの全身を駆け巡り、エリカ・グランは地にひざをついてしまう。

 

「痺れて反撃ができない……!? 何!?」

「アンチボディひとりに多大なるオーガニック的な力を使ったのだ。反撃はおろか、こうしてまともに話しているのも辛かろう」

 

 そう言われて英理佳はやっとグランチャーのもたらす抗体化反応を自覚した。視界に靄がかかり、意識は朦朧としてくる。レンパワードと違って力を吸い取るだけのグランチャーに消耗し切っていたのだ。

 

「アンチボディというものを君はまだ完全に理解していない。だからこんなことになる。ブレンパワードもさぞ苦労しているのだろうな」

「あんたに何が!」

「そういう強気なところは私に似たな!」

 

 高笑いをする仮面の女を鬼の形相で見つめる。射殺すほどの視線を送ったとしても、それがブレイズに届くことはなかった。されど英理佳には関係がない。今は目の前の敵に対する憎しみを育てられればよかったのだ。

 

「あんたを全力で否定してやる、クルーエル・ブレイズッ!!」

「それが自己否定に繋がるとしてもか?」

 

 減らず口にしびれを切らした英理佳は意を決して、自身の心に仕舞い込んだ爆弾を投下せんとする。今までに恨み辛み、全てを剛速球で。

 

「この世界から消えたくなるほど、自分が親と同じであることに絶望してるんだよ! あんたらさえ出会わなければ、行き場を失くした苦しみなんて……!!」

 

 生きようとする力──オーガニック的な力を否定する英理佳にグランチャーは更に弱体化をする。希死念慮を含んだ負のオーラは辺りのオーガニック・エナジーを枯らしていった。オルファンのスリットウェハーは光を失い、徐々に灰色の壁へと変化していく。

 

「コンソールが死んでいるぞ!」

「あの小娘は何をした!?」

「一帯のオーガニック・エナジー総量が急激に低下してます!」

 

 アーミー・グランチャーのパイロット達は乗機の急速的な動作不良に慄く。ガタガタと体を震わせるアーミー・グランチャー。コクピット内の計器に視線は右往左往して、エリカ・グランの拘束という任務を放棄せざるを得なくなった。

 

「オルファンがオーガニック・エナジーを吸い取るように、あの子はオーガニック・エナジーを枯らすことが出来るというのか。これほどの芸道が許されるまでオルファンは地球を潰したいのか?」

 

 ブレイズが呑気に状況を深く観察し、考えをまとめている。その隙を英理佳は逃さず、グランチャーに命じた。目の前の女を叩き潰せと。

 

「思い出も何も……全部、消えちまえぇ!!」

 

 怒鳴り声と共にエリカ・グランが飛び掛かる。狙いはクルーエル・ブレイズただひとり。その巨大な拳が、煩わしい虫けらを排除しようとしたその瞬間──小さな閃光が瞬く!

 

「邪魔を!」

「あれは英理佳のブレンパワード! 巡回機は何をしている!?」

 

 発進デッキからブレンバーを構えながら顔を覗かせるエリカ・ブレン。強く瞳を輝かせて、主人の帰りを待つように低く唸り、手を差し伸べる。

 

「英理佳、来るんだ!」

 

 コクピットから声を荒げたのは彼女の父親、アルバートだった。姿を消した娘を迎えに行くため、拒否反応やグランチャーの迎撃をものともせずにやって来たのだ。

 

「父さん!?」

「もう英理佳を独りにしない」

 

 正直、英理佳はブレンが一人でやって来たのだと思っていた。だがコクピットには父親が座している。エリカ・ブレンがそこに座ることを許したのだ。

 

 どうして今更。その言葉が英理佳の頭の中に何度も書き殴られ、事実を否定したくなる。しかし、少し嬉しくもあった。目の前の母親と違って、まだやり直そうとする気概を見せてくれるだけマシに見えたから。

 

「数奇なものだな、こんなところで家族が揃うとは……。だからこそ、私達はまた会うさ」

 

 ブレイズは仮面の下でクスリと笑い、飛び去ってアンチボディを見送った。

 

 

 

※※※

 

 

 

 アルバートの機転により窮地を脱した英理佳。二人はそれぞれのアンチボディを駆り、ノヴィス・ノアへの帰路を辿る。

 無言の時間は親子の心の距離を表していた。まだ複雑な心境の英理佳は喉から出かかっていた感謝の言葉を飲み込む。まだ、その言葉を素直に伝えるには勇気がたりなかった。

 

「……迎えに来てくれて助かった」

「いいんだ……当たり前だからな」

 

 変わらない父の声は不思議と英理佳の心を落ち着かせた。まだ一緒に居ることが出来た頃、自分が眠るまで御伽話を聞かせてくれた声。瞳を閉じた後の暗闇でも、それさえあれば怖くなかった。

 

「……怖かったんだ」

「え?」

 

 意外な一言に英理佳は拍子抜けする。軍人の父ならは強がりや意地を張った言葉が出てくるのだろう、そう考えていたからだ。

 

「父さんな、小さい頃に母親と一緒に死のうって言われたんだ。それで結局、俺だけが生き残った」

「……」

 

 初めて耳にする父親の話。まさかそんな過去があるとは英理佳は夢に思わず、言葉を失う。

 

「だから家族を失うのが何よりも怖かった……。けれども刻子さんが亡くなったって、次には英理佳がいなくなっと聞いてから、居ても立っても居られなかった……」

「あ……」

「頼む、もう英理佳をひとりにしないから……俺もひとりにしないでほしい」

 

 鼻をすする音混じりの弱々しい言葉はよく知る父親のものにはとても思えない。だからこそ心の底から発せられたものだと英理佳は理解できた。

 

「あの……」

「ずっとひとりぼっちにして、悪かった」

「あの母さんのことなんだけど……」

 

 こんな時に話すべきかと迷いはしたが、伝えておくべきだろうと英理佳は真実を口にすることにした。クルーエル・ブレイズの正体とその目的を。

 それを耳にしたアルバートは溢れていた涙が引っ込んでしまった。

 

「それは……本当なのか?」

「この目で見たから多分……」

 

 真実を知ったアルバートは頭を抱える。オルファンに二人いる仮面の奇人のうち一人が自分の妻だと知れば、誰もがそうなるだろう。あの日、向けてくれた温かい笑顔も言葉も、仮面を通せば容易く氷に等しいものとなる。それをアルバートは痛感してしまった。

 

「あの人はもうウチらの知る人じゃなかった。だから止めないといけない」

「止める? 何を?」

「あいつはオルファンを使って、何かをしでかそうとしてるんだよ」

 

 娘の抽象的な表現にアルバートは思わず「何か?」と聞き返す。が、その答えは返ってくることはなかった。

 きっと自分を見捨てられたことに対する一方的な敵視なのかもしれない。彼はその可能性を考慮しながらも、娘に寄り添うことした。オルファンでの仮面を、妻の姿と重ねながら。

 

「彼女がオルファンで何かしているようには見えなかったが……」

「地球とオルファンの共存だとか対話だとか言ってたけど、絶対にそれだけじゃない。変な宗教だって作ってた!」

 

 英理佳は日本で目の当たりにした光景を事細かく伝えた。一つの田舎町をブレイズという仮面が、たった一人で牛耳っていたこと。アンチボディを捕らえて御神体に祭り上げていたこと。何より相手が娘だと知りながらも向き合おうとせず、アンチボディを扱う道具にしようとしたこと。

 

 現実を受け止めたアルバートは言葉を紡ぐことが出来なかった。上水流刻子の性格を鑑みれば、そういう事をやるかやらないかで言えば“やる”だろう。彼の予測ではそうだった。

 だが研究者という正当な立場を捨て、奇人を演じ、あまつさえ正体を隠して娘までも利用する。利他的だった母親とは程遠いエゴの塊に成り下がっている。

 

「もうマトモに会話なんて出来ないくらいにはなってたし……」

「そこまでなのか?」

「あの人を止められるのはウチらだけだよ。最後に楽にしてあげられるのも……」

「そんな縁起でもないこと、考えるんじゃない!」

「でもっ……あれっ、グランチャー?」

 

 突如、エリカ・グランのコクピットがガクンと揺れ出した。

 英理佳には緊張が走り、冷や汗が滲み出る。敵の追手か将又、恐れていたグランチャーの消耗だ。

 

「まずい、グランチャーの硬化が始まっている」

「そんな! さっきまでは大丈夫だったのに!」

 

 英理佳はグランの顔色を確認するため、コクピットから顔を出した。

 アルバートの言う通り、体色は灰に染まり切っており、瞳の光はとても薄らとしている。その様は以前、勇や比瑪、ナッキィと共に見たアンチボディの墓場にいた、それと大差ない。

 

「エリカ・ブレンで支えよう。こっちへ」

 

 アルバートの指示に従ったブレンはグランへと手を差し出した。しかし、ペースを合わせて飛んでいるのにエリカ・グランはみるみると速度と高度を落としていく。

 

「……降ろしてあげよう」

「いいのか、英理佳……」

「せめて静かな場所で眠らせてあげたいから」

 

 もう、どうにもならない。悟った英理佳は近場の山頂へとグランを着地させる。

 ぐったりと俯くアンチボディを英理佳は見つめ「グラン、ごめんね。無理させちゃって」と声を掛けた。それにエリカ・グランは答えるのだが、声はぶつ切りのテープと相違ないぐらいに歪になっている。

 

「もういいよ。ゆっくりお休み」

 

 力なく俯き、低くなっていく声。

 そこへ徐ろにエリカ・ブレンが寄ってきた。

 

「敵であるグランチャーを悼むのか……。優しいブレンパワードだな」

 

 グランチャーを眼前に捉えたブレンは開いた両手をかざし、何かをしようとしている。

 何が起こるのかと息を呑む親子。エリカ・ブレンの瞳から、攻撃ではないのは理解できたから、見守ることに徹する。

 一面に茂る草花が微かに揺れ始めた。青白い光の粒が旋風が噴き上がる。リバイバルの光だった。

 

「何の光だ?」

「また再リバイバルが起こるの?」

「再リバイバル?」

 

 アルバートが聞き返す頃には、エリカ・ブレンが片手を上げて再リバイバルを開始していた。

 同じようにしてエリカ・グランも手を差し伸べる。その体は光る紙吹雪と化して、もう一人のアンチボディへと舞っていった。

 

 再構築が完了したエリカ・ブレンは膝をつき、眼下で立ち尽くす二人へ手を差し伸べる。その大きな掌へ英理佳は身体を、顔をぴたりと密着させた。

 瞳を閉じると仄かな温もりと、溢れ出す記憶。共に経験した苦楽、様々な感情、人々達……。決して色褪せたものではない、昨日のような感覚を持っていた。

 

「そうなんだ……エリカ・グランもここにいるんだね」

 

 三人のアンチボディが融合して、エリカ・ブレンパワードは更に力を増す。その証拠に体は艶を増し、瞳は今までで一番輝いた。

 

「異なるアンチボディ同士が共生している……。そんな奇跡をこの子は起こせるのか?」

 

 光の粒が霧散して、再リバイバルが完了する。近くにいたアルバートは開いた口が閉まらずにいた。軍人としてアンチボディを兵器としか扱っていれば、決して目にかかることの出来ない事象。

 

 アンチボディはリバイバルと同時に、その武器も生まれてくる。戦う事が宿命づけられているのだ。アルバートはそれを軍人である自分自身と共通点があると考えていた。

 故に戦闘機からグランチャーへの乗り換えに好意的であり、現場のアンチボディへの信頼性を疑う声とは真逆だった。兵器としての評価でしかなかった。

 

「そうか、アンチボディは戦う為に生まれたんじゃないんだな」

「そうだよ父さん、この子達は心を持ってるの。ウチらと一緒の心」

「心……俺達と一緒……」

 

 そう口にした瞬間、アルバートの脳裏に核攻撃の記憶がフラッシュバックする。

 英理佳と戦闘になった際、彼のグランチャーはとどめを刺される前に硬化した。それはアルバートの罪を受け入れ死を選ぶという思考を理解したからなのでは。彼は今、そう考えるようになった。

 

「戻ろう、ノヴィス・ノアへ」

 

 英理佳はブレンの掌へ、ぴょんと飛び乗る。その背中をアルバートは見つめた。幼き日の娘の影と重なり、成長を実感する。それと共に一緒に居られなかった後悔の波が押し寄せた。目頭が熱くなり、彼は思わず顔を伏せる。

 

「ちょっと、何泣いてんの? さっさと行こう」

 

 英理佳は苦笑いしながら、アルバートへと手を差し伸べる。こんなふうに弱る父の姿は初めて目にしたが、驚きはなかった。同じ血筋の自分にも強がりという名の弱さを持っていたから。

 

「……ああ、そうだな」

 

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