ノヴィス・ノアは『オルファン対策会議』の開催地である佐世保港の付近に停泊していた。アノーアの捜索は他の部隊が引き続き行っているそうだが、今のところ何の情報も上がってきていない。そんな中でクルー一同は広い格納庫へと集められた。ノヴィス・ノアの艦長を新たに新任したからだ。英理佳はヒギンズと共に新しい艦長の発表を待っていた。
「新しい艦長って副長さんじゃないの?」
「そうなのか?」
喧噪あふれる格納庫でもはっきりと聞こえる英理佳の声にラッセが顔を向けて反応する。彼の目に入ったのはヒギンズと英理佳の二人が話している姿だった。
「彼はあくまでも"副"長であるらしいわ。レイト艦長も潜水艦から乗り換える気は無いって」
ヒギンズが周りのブレンパワードパイロットに向けて現状の真実を告げる。その中にはサングラスをかけた大男の姿もあった。彼の姿を見るなりラッセは、あっ、と口を開けて「ナンガ! いいのか?」と笑みを浮かべながら声をかける。
「ナンガさん!」
ラッセや英理佳達が彼の復帰を喜んでいると「オグンのご加護のお陰だね」と返すので、誰が献身的に看病をしたのかが丸わかりだった。そんなこんなで新艦長の発表を今か今かと待ち望むノヴィス・ノアのクルー達。誰もがその正体に思いを巡らせていた。暫くすると格納庫の大型輸送エレベーターが昇り出し、そこに立つゲイブリッジがマイクを握り口を開く。
「待たせて申し訳なかった。アノーア艦長の捜索は続けなければならないが、我々の任務は急を要している。ここで緊急の対策として、新任の艦長を認めていただきたい」
誰もがゲイブリッジの次の言葉を待ちつつも、頭に浮かべた言葉をつい口にしてしまう。それにより辺りはさらにざわつきが増す。だが英理佳は黙って新しい艦長の登場を見届けることにした。誰であろうと、中途半端な指揮をするようであれば噛みつくつもりでいたからだ。
ゲイブリッジが自らの背後へと顔を向ける。どうやら彼の後ろにその新任の艦長がいるようだ。その人物は影の中からゆっくりと前へと歩き出し、その姿荷が差すことで正体が露わになる。ツインテールに結った黒髪のドレッドヘアに、ネイティブアメリカン風の服装を纏った女性。この特徴に当てはまるのは船医のアイリーンのみ。新たなる艦長は彼女のことだった。クルー達は驚きの声を上げる。それを副長が一言放つだけで静寂を取り戻す。
「静かに! アイリーン・キャリアーは士官学校でも優秀だった。そのうえ医師と針の免許を持ち、我々は彼女にケツの穴まで見られている現実がある」
副長の最後の台詞にクルーの男性陣は笑い声を零しだす。だが英理佳は少し引き気味らしく、引き攣った顔で「そんな現実あるわけねーっしょ……」とため息をつくのであった。その直後、アイリーンの艦長就任を認め、喜ぶ声が次々と沸き上がる。拍手が格納庫内を包みこみ、新たな風がノヴィス・ノアに吹き始めた。
「満場一致ということで君に艦長をやってもらう」
ゲイブリッジは新艦長の肩をポンと叩き、一言いただこうとマイクを手渡す。それを受け取ったアイリーンは一息入れてから話始めた。
「では只今より、アイリーン・キャリアーがノヴィス・ノアの艦長を代行させていただきます。本艦はオルファン対策会議の間、機関整備と補給を警戒態勢のまま行います。各員部署へ戻ってください!」
早速、艦長命令を下すとクルー達はせっせと仕事を始め出した。その雰囲気は以前とは全く違ったもので、とても和やかだ。そんないい空気を英理佳は心地よく思い、自然と笑みを零す。アイリーンもその流れに身を任せているのか、クルー達とも今まで通りに接している。そんな中で一人、新艦長の抜擢に何か思いを巡らせている人物、伊佐未勇が彼女に一言。
「あんた、それでいいのかよ?」
「こんな時でしょう? やります」
軽く言葉を返すと勇はアイリーンを一瞥しながら踵を返し去っていく。向かう先はユウ・ブレンの居る方向だ。
「勇?」
比瑪がすぐに呼び止めるが相手は聞く耳を持たないようだ。そんな様子を見てアイリーンは「勇は優しいわ」と青年の後ろ姿に目をやりながら話す。
「私が重荷を背負わされたと思っているのよ」
「あいつ、そういうとこ敏感なんです」
「有り難いわ」
口ではそう言いつつもアイリーンは勇の敏感さを気にかけていた。医者として色んな患者と関わってきた彼女だからこそ、経験で心身の健康が危うい人物がわかるようになってきたのだ。勇もその中の一人だった。そんな彼に医者として出来ることは少なくは無いが、限界はある。だからこそ、身近な人々とのコミュニケーションが必要であった。アイリーンはそれを比瑪に頼むことにした。
「慰めてあげられない?」
「私が?」
「彼との関わりが多いのでしょう? 近くに花畑のある公園があるの、連れて行ってあげて。クマゾー君達も居ると思うわ」
比瑪は了承するとすぐに勇の背を追いかける。近くで話を聞いていた英理佳は花畑というワードが気になっていた。ヒギンズとブレンについて話していた時に"ブレンパワードは花を愛する"という言葉を耳にしていたからだ。
傷を負ったエリカ・ブレンも花を見つめていれば、その痛みも苦しみも少しは和らぐのではないかと考えていた。
「比瑪、ウチも行くよ」
「そうなの? じゃあ、ついてらっしゃい」
二人はそれぞれのブレンがいる方へと駆けて行った。
勇、比瑪、英理佳の三人はブレンに乗って公園へと向かった。道中でオルファン対策会議に参加するとみられる研究員や政府高官らと遭遇する。だがブレンが大勢の人間の視線を浴びること嫌がったため、さっと彼らの頭上を通り抜けた。
「あの人達って何なの?」
「オルファン対策会議とやらだろ」
「えらーい人達が集まって仲良くお茶するやつっしょ」
そんなことを話しているとすぐに公園へ辿り着いた。アイリーンの言う通り、クマゾー、アカリ、ユキオが既に居て、珍しい花を観察している最中のよう。英理佳達はブレンを着陸させてコクピットから降りると、普段浴びる海風とはまた違う風をその身に受けた。それは土や草、花の香りを運んでくる。辺りは一面が花で埋め尽くされているわけではないが、それぞれが規則的に連なって咲いていた。
「わぁ! 花が並んでる! ほら、ブレン。人が手入れしたものでも、こんなに綺麗なんだよ」
英理佳はそう言ってブレンに花の景色を見せてあげる。この公園では蘭の花を筆頭に多くの種類の花があったが、エリカ・ブレンはあるものに興味を示す。蘭から少し離れた位置に咲いている、桃色の花を幾つも付けた低木だった。
「これが気になるの? 何の花だろ、これ」
英理佳が低木の周りをぐるぐる回っていると「それはジャノメエリカですよ」とどこからか声がする。その方向へと英理佳が顔を向けると、透き通るような金髪を持つ中性的な少年がカルトン*1を背負って立っていた。
「ジャノメエリカ?」
「ええ。ベルのような形と"エリカ"って女性みたいな名前でかわいらしいでしょう」
「偶然! ウチもエリカって名前なの。この子もね」
ブレンと英理佳はお互いに顔を見合わせて笑う。それを見た少年は少し考えるそぶりをして、決心したかのように一人で頷いた。
「もしかしたらあなたの名前の由来かもしれませんね。あ、申し遅れました、僕はカント・ケストナーといいます」
カントと名乗る少年はエリカ・ブレンを見上げて感慨深いものを感じたのか、小さな子供らしい笑みを浮かべる。対してブレンも彼に見つめられるのは恥ずかしくないようで、お互いに目線を交差させた。そんな時間を割くかのようにしてカントの腕時計が小さくアラーム音を鳴らす。
「あ、すみません。行かなくっちゃ」
そう言ってカントは足早に公園を立ち去っていく。遠ざかる背を二人は見送っていると、その向かう先が佐世保港だと気づく。
「この辺に住んでる子かな? ブレンはどうだった?」
質問に対してブレンは"賢くて大人びている"というニュアンスで答えた。受け取った英理佳は確かにそうだと腕を組んで頷くのであった。
***
海底。そこは一切の光を遮断し、尋常ではない圧力で生物の殆どが侵入を拒まれた環境。そんな場所でも命の循環は行われている。比較的浅瀬で死んだ生き物を食べる分解者。更にそれを食べる大型の深海魚など。
だが、そんな深海でも幾つもの光が明滅を繰り返す場所……存在がある。オルファンと名付けられた遺跡は全長150キロメートルもあり、その内部ではリクレイマーと呼ばれる集団が居座っている。彼ら彼女らはオルファンを浮上させ、地球を捨てて銀河へと旅立つことを目標に日々活動している。勇やカナンが以前やっていたような、グランチャーを使ってのプレート回収もその一環だ。
しかしリクレイマーがオルファンを牛耳っているとはいえ、最初にやってきたのはアメリカ軍の調査隊。その姿が今となっては影も形も無いのは異様ではあった。だからと言ってアメリカ軍の関係者が一人も居ないことは無い。
つい先週にグランチャー部隊を増強するという名目で三人のアメリカ人がオルファンにやってきた。彼らは皆、アメリカ軍に所属していたアーミーグランチャーのパイロット。リクレイマーのパイロット達よりかはアンチボディの理解は少ないが、三次元空間戦闘面での経験・知識は確実に上であった。
これもリクレイマーのリーダーであるガバナーが決めたことで、幹部である伊佐未夫妻もこれには口出しはしなかった。だがその娘である伊佐未依衣子──クインシィ・イッサーはその事実を受け止めきれずにいる。彼女はこの後に出撃を控えており、フリュイドスーツへと着替えるために更衣室へと向かっていた。
(ガバナーは私達の実力を見くびっているのか? それとも……)
リクレイマーを統べる存在、ガバナー。その正体はリクレイマーの中でも一握りの者にしか知らされていない。クインシィですらその詳細は知らないのだ。故にその存在への不信感は多少はある。だがグランチャー部隊の指揮は一任されているから、やるべき事はやると覚悟していた。例えガバナーがどんな思惑でアメリカ軍の人間を寄越そうが、クインシィの意志は揺らぐことは無い。ただオルファンの為に尽くすだけだった。
フリュイドスーツを着込んだクインシィはヘルメットを片手に格納庫への道を早足で進む。
「発進準備、出来ているな? 指名された者は揃っているな?」
格納庫へ辿り着くと既にグランチャー部隊のパイロット達が揃っていた。だが、そこには見慣れない顔もあることに、クインシィは軽く舌打ちをする。例のアメリカ軍パイロット達だった。彼らはクインシィの姿を見るなり、軽く鼻で笑って見せている。送る視線はまるで近所の子供達でも見ているようなものだった。
「待ちなさい! 貴方の考えている出撃は軽率です」
クインシィがグランチャーのコクピットへと潜ろうとすると母親の伊佐未翠に呼び止められる。それでもクインシィは既に決めたことだと、まともに取り合わない。
「ドクター達の独断的行動のお陰でオルファンに危機を呼ぶかもしれないのだ」
「ブレンパワードの性能は、私達が思っている以上だった。あの人はそれを確かめに行ったのです」
「何も自分が行くことはない」
食い下がる翠にクインシィは呆れながらも相手と顔も会わせず応対を続けるが、これ以上議論の余地は無いことを確信していた。
「心配しなくても、お父様は……」
「心配なのは、あの人の頭脳がノヴィス・ノア側に利用されることだ」
苛立った声でそう言い放ったクインシィは、その後すぐにコクピットへと入り込む。それでもしつこく出撃を取りやめようと翠は「そんなことはあり得ません!」と反発するが、クインシィ・グランチャーが動き出したことでもう手遅れだと気づくのであった。
「お前達はオルファンの循環機の整備をすればいい」
四人のグランチャーを引き連れて、それぞれが隊列を組んで歩き出す。そんな姿を見て翠は「まるで軍隊気取り」と娘を心配して頭を抱え出した。
「自分もご一緒させてもらおうか」
そうハスキーな声で言いだしたのは戦力補充でやってきたアメリカ軍人、テッド・ウィーリスだった。彼はアメリカで"あるブレンパワード"に撃墜されてから、その存在を憎み、嫌悪するようになった。それだけならまだよかった。だがオルファンにやってきてからはリクレイマーのようにオルファンをひどく崇拝するようになり、抗体化が一気に進んでしまったのだ。
「貴様は?」
クインシィは一応、味方になる人物として話だけは聞こうとグランチャーの足を止めさせた。テッドは既に持ち込んだアーミーグランチャーに乗り込んでおり、そこから用件を話始めた。
「初の挨拶がこんな形になってしまうことをお詫び申し上げる。テッド・ウィーリスだ。リクレイマーの活躍は軍にいる時から耳にしていたが、その戦術・立ち回りには興味があった。一度、リアルタイムで観戦させてくれないか? 邪魔はしないし口出しもしない、それでいいだろ」
元アメリカ軍人とはいえガバナーが寄越した人材であり、お墨付きという訳だ。クインシィとしては認めたくなくとも彼らの方が軍事行動には精通している。故にテッドを連れていくことで帰投後に揚げ足取りをされるかもしれない。数秒悩んだ末にクインシィは同行を許可した。ガバナー……ひいてはオルファンのため、グランチャー部隊の質が上がるなら少しの小言も薬になると考えたからだ。
「まぁいい。ただし利敵行為になることは控えてもらうぞ」
「許可を頂き感謝する。あなたの指揮下にいる間は大人しくすることを約束しよう」
テッドの"指揮下にいる間は"という言葉が癇に障ったが、今は出撃が優先だと流しておくことにした。こうして出撃するグランチャーの数が一人増え、それらは海中でも陣形を組んで浮上を開始する。その際に海底から輝くオルファンの光はまるで宇宙に瞬く星の様であった……。
***
英理佳達が公園に休んで一時間程度が経過した。エリカ・ブレンは気持ちが安らいだのか、普段よりも落ち着いているように見える。だからと言ってその体に刻まれている傷が癒えることは無い……。
「やっぱり効果あるんだね。ウチらがかわいい動物を見ると心が落ち着くように、ブレンも花を眺めると色々と安らぐんだね」
ゆったりと草原に腰かける姿を英理佳はじっと見つめた。思えば初めてブレンパワードに出会ってから、こんなことになるとは思いもしなかった。最初に会った時、エリカ・ブレンは何かに怯えている様子だった。何でもない少女相手にも攻撃を加えようとする始末。よっぽど日本からアメリカへと強制的に輸送されたことが堪えたのだろう。そんなアンチボディが今は人を信頼してコクピットへと乗せている。自分のリバイバルに立ち会った訳でもなく、ただ偶然出会っただけの少女をだ。何か運命的なつながりがあるのかもしれない……そうエリカ・ブレンは思っていた。
「あれ? 勇は?」
クマゾー達がいる方へ戻ってきた英理佳はユウ・ブレンがいないことに気づいて比瑪に問いかける。
「わからない。国際会議場の方へ向かっていったから、多分"対策会議"が気になったのかも」
「対策会議……それってウチらでも入れるの?」
首をかしげながら尋ねるが比瑪も詳しいことは分からないので肩をすくめることしかできない。オルファン対策会議は太平洋側で浮上しているとみられるオルファンにどう対処するかを研究者が発表するものだ。政治家は勿論のこと、ノヴィス・ノアの出資者やオーガニック・エナジーに詳しい科学者もやってくる。
英理佳は前回の呉で開催された会議のことが頭に過った。あの時、仮面の女──クルーエル・ブレイズが呼ばれていたと言っていたが、今回も呼ばれているのではないかと。アンチボディの伝道師などと自称するくらいだ。オーガニック・エナジーについての知識も目を見張るものがあるのだろう。だからあんな風貌でも会議には呼ばれる。今回も呼ばれていないなんてことは無いだろう、そう英理佳は考えていた。
(クルーエル・ブレイズにならブレンの傷を治す方法を知っているかもしれない……)
そう思った英理佳はすぐにエリカ・ブレンのコクピットへと駆ける。会議場へ行けばクルーエル・ブレイズと遭遇し、何かブレンの傷を癒す方法を教えてくれるかもしれないと思い、飛んでいくのであった。
会場が公園から近いことも会って数分で国際会議場へと到着。英理佳はコクピットから顔を出して、上空から怪しい人物を探すがそれらしき影は見当たらない。
「流石に二度も寝坊してないよなぁ~」
暫く駐車場をブレンと共にうろうろしていると「そこのアンチボディ!」と警備員にどすの利いた声で呼び止められる。
「そんなもので会議場をうろつくな!」
警備員の男は警棒を取り出して無意味に振っている。会議場には多くの権力者が集まっているのだ、何かあればただじゃすまない。それ故に男は気が立っていたのだ。
「じゃーどうすればいいの?」
「関係者じゃないなら、黙って立ち去ればいい」
「関係者なら?」
予想外の返しに警備員は表情を固まらせて、少しばかり考える。その末に「空いてる駐車場にでも止めてろ!」とスペースのある場所を指さして言うのだった。英理佳は軽く礼を言うと指定された場所にブレンを待たせておくことにして、国際会議場へと入ろうとすると先ほどの警備員が入り口で仁王立ちの姿勢をしている。
「うげっ……」
「最低限のボディチェックは受けてもらうぞ」
渋々とボディチェックを受けて、英理佳は会議場の門をくぐる。以外にも中の作りはシンプルで彼女が迷うことは無かった。案内板に導かれるままに『オルファン対策会議』が行われるホールに辿り着く。その扉の前には英理佳の知る青年が立っていた。
「勇?」
背後から呼びかけると彼は振り返らずに「英理佳か? なんでこんな所に来た?」と会場内に視線を送りながら応えた。
「ウチだって少しは気になるし。オルファンとかアンチボディとか……」
何をそんなに見つめているのかと、英理佳も勇と一緒に扉の隙間から中の様子を伺う。そこではオーガニック・エナジーの研究者、桑原武史博士が多くの国の政治家や研究者にオルファン浮上の際に起こりうる事象について説明していた。それはオルファンが非常する時に地球から膨大な量のオーガニック・エナジーが吸い取られるという事だった。それについて色々と野次を飛ばす政治家達だったが桑原は気にせずに、ノヴィス・ノアを用いた対策を述べるのであった。しかし、それはまだ予測の段階。桑原は別の視点からの意見を求めるため、正規の手段でやってきたリクレイマーの伊佐未研作を壇上に上がらせようとする。
そんな様子を見た勇は父親の姿があることに、居ても立っても居られずにホールへと突入を開始した。
「ちょっと勇! 何するつもり?」
後ろから英理佳が小声で呼び止めるが彼は聞く耳を持たない。壇上に上がり、桑原と握手をする父親に一言ぶつけなくては気が済まない勇は会議への乱入を試みるが、既の所で複数人の警備員に止められる。
「奴はリクレイマーだぞ! 俺は直接関係者なんだ!」
必死の抵抗虚しく勇は警備員らに取り押さえられてホールの外へ連行される。両腕を掴まれて壁に押し付けられる勇の姿を見て、英理佳はすぐさま助太刀に入るのだった。
「ちょっと離しなよ! 痛がってんじゃん!」
「お前もブタ箱に入れられたいのか!?」
流石に訓練を受けた警備員相手では民間人一人での力では対処ができない。かといって警備員も勇の相手で手一杯で英理佳への対応が出来ないでいる。そんな膠着状態を終わらせるかのような声が廊下へと響く。
「離してくれないか!」
「彼はノヴィス・ノアのクルーで、ブレンパワードに乗っている少年です」
ゲイブリッジ、アイリーンの言葉で警備員は勇の拘束を緩めて、彼から離れるとホールへと消えていった。晴れて自由を獲得した勇は「なんで親父に話させる!」と敵の幹部がのうのうとこんな所に存在していることに腹を立てる。
「彼は研究員として正規のルートでこの会議に出席しているのよ」
アイリーンがそういうが勇は納得していない様子で服の整える。英理佳も初めは同じ意見であったが、手順を踏めばアヤシイ仮面の女も会議に出られることを知っていたのでフォローの言葉も出てこなかった。
「現実を認めるんだな。ノヴィス・ノアの建造費を出している者の中にもリクレイマーに支援をしている者もいるのだ」
ゲイブリッジが無慈悲な現実を告げると勇は不貞腐れるようにしてロビーのソファーに腰かける。彼の姿をアイリーンは憂いの瞳で見つめながら同じようにして横に座ると、すぐ傍のモニターのスイッチを入れた。
「自分達だけが助かりたくて、オルファンに乗せてもらいたがってる連中のことか」
「そういう人を怒らせれば、ノヴィス・ノアは動かなくなるわ」
(ってことは結局、ウチらは権力者の手のひらで踊らされているだけなの!?)
衝撃の事実を知った英理佳の瞳の中で静かな怒りの炎が宿る。世の中の理不尽を目の当たりにし、胸が詰まるような息苦しさに声にして言葉を発することが出来なかった。水の中に沈められたような気分に英理佳はモニターに映される会議の内容に集中できずにいた。
実はこの小説を書くきっかけとなったのが、今回描かれている話の原作の回「姉と弟」なんです。
アイデア自体はあったのですが、なかなか主人公をどう絡ませるか悩んでいました。ですがこの回で会議に割り込んでくる勇をだれも止めないのが面白くて、一人くらいは止めようとしてもいいだろ! と考えた結果、この小説を書くに至りました。