対策会議が終わって勇やアイリーン達はノヴィス・ノアへと戻ったが、英理佳は国際会議場に一人で残った。多くの人物が会場を出入りするが、意外にも目的の人物はすぐに見つかる。周りの人間はその姿に困惑している様だったが、当然でしょうと英理佳もその人物に近寄る。
「おや、また会ったね。まさか君から会いに来てくれるとは」
駆け寄ってくる少女にクルーエル・ブレイズは真っ白の仮面を向けた。英理佳としては自分からコンタクトを取りに来たと思われるのは癪だった。だが痛々しい傷を負い続けるブレンの姿はどうしても放ってはおけない。
「勘違いしないでよね。ウチはブレンのために、あんたに話を聞くために来たんだから」
「ほう、ブレンの為……」
興味深いと言った声色の仮面は英理佳の瞳へと視線を移した。曇りのない眼、それは真っすぐ自分へと向けられていることをブレイズは自覚する。その瞬間、彼女は仮面の下で微笑む。
「いいだろう。君の知りたい事を教えよう。場所を変えようか」
ブレイズに連れられるままに英理佳は会議場付近のカフェにやってきた。店員はヘンテコな姿の同行者に驚きながらも彼女らを席へと通す。こんな人と知り合いだなんて思われる事が英理佳には苦しかったが、幸いにもここは異郷の地。仲の良い友人らにこんな姿を見られることがないのが救いだった。
「それで何を聞きたい? リクレイマーの情報? それともオルファンかな?」
「どちらでもない、ブレンパワードについて。あの子たちの怪我って治せるものなの?」
「成程、ブレンの傷の事か。確かにあの傷は痛々しい」
言葉にしながらブレイズはエリカ・ブレンの傷を思い返す。肌の艶こそは問題は無いものの、その体に残る戦いの印は痛ましいものだった。片目のスリットは割れて瞳がむき出しになっているし、前腕や膝には切り裂かれたかのような跡がある。しかもこれらは英理佳が出会った頃からあったものだと言う。どういう経緯でこんな有様になったのかはブレンのみしか知らない。英理佳にも話さないという事はよっぽどつらい記憶なのだろう。
「質問に答えて」
何時に増して険しい表情の英理佳。こんな顔も出来る子供なのだとブレイズは彼女を少し見くびっていた事を恥じた。自分の思っているよりも強い人間なのだと。
敬意を表す為、ブレイズは質問に答える。
「イエスともノーとも言える」
予想していた回答とは違う曖昧な言葉に英理佳は「どっちなのさ!」と両手でテーブルを叩いた。
「人間と同様で多少の傷なら自己再生が可能だ。だが部位の欠損や急所への傷はどうにもならない」
「じゃあ痛みを和らげてあげるとかは?」
少しの希望を抱きながら訊くが相手は首を横に振る。英理佳は道が閉ざされたことで一気に体の力が抜けて椅子にもたれかかる。溜息とともに全てが抜け落ちていく気がした。自分ではどうしてもあげられない無力感に打ちひしがれる。
いつも元気だった少女のらしくもない姿を目の前にブレイズは少しばかり胸を痛めた。だからこそ少しでも英理佳の背負っている重荷を軽くしてあげられないかと記憶の中を巡る。そんな時に自身のブレンパワードが教えてくれたある"概念"を思い出して口にした。
「……方法が何もない訳ではない。ある仮説があるのだよ」
はっとした英理佳は体を前のめりにしながら耳を傾けた。
「異なるアンチボディ同士での融合……魂レベルの合体とも言えよう。人はそれを再リバイバルと呼んでいる」
聞きなれない単語に英理佳は「再リバイバル?」とオウム返しにして聞いた。ブレイズはそれに対して頷いて返す。彼女自身もブレイズ・ブレンに少し教えられただけで詳細は知らない。ただその概念が存在するかもしれないという事だけ。
「どのような条件で起こるかは未だに謎だが、このようなことが現実に起こっているのだよ」
「でもさ、それで傷が治るにしても片方のアンチボディはその……合体して体を無くしちゃうんでしょ?」
英理佳は注文したカフェ・オレを喉に流し込む。基本的この手の飲み物をホットで嗜む彼女だが、今回は日本の暑さ故にアイスで頼んだ。そのお陰かグラスの中身はすぐに氷だけになる。
「詳しくは分からない」
グラスに残った氷を口にしながら「じゃあ何で?」と尋ねる英理佳。
「そういう選択肢もあるという事を伝えたまでさ。……それとその氷は食べるものじゃないぞ」
そう言われても止めないのでブレイズは諦めて困った子だと、ため息をこぼした。二人の間で交わされる言葉が途絶え始める。辺りでは途切れることのない人々の会話が店内を覆っているというのに、仮面と少女の座る席は別世界のように静寂を保っていた。
気まずさに耐えられなくなった英理佳が何か言葉を紡ごうとした途端、店内に怒号が飛び込んできた。
「近くでグランチャーが戦闘を始めてる! ここもいつ爆撃されるか分からないから早く避難所へ!」
女性の言葉を耳にした客達はパニックになり、我先にとカフェから飛び出した。出口は人で溢れ返って非難がスムーズに進まない。
英理佳はすぐにでもノヴィス・ノアに駆けつけたかったのだが、この有様では思うようにいかない。
「みんなが戦ってるのに、これじゃあ……」
「店員の姿が少ないな。裏口があるのかもしれない」
ブレイズは辺りを見回した後に厨房へと足を踏み入れる。彼女の想像通り、そこには店員用出入口があった。慌てていたのか施錠もされていないようだ。英理佳へと呼びかける。
「君、ここから外に」
「センキュ」
英理佳が裏口から外へと出ると真っすぐにブレンの元へと走る。既に腰を落としてハッチも開き、いつでも乗れるようにしていた。ここまで搭乗者とアンチボディが以心伝心の状態であることにブレイズは驚愕するのであった。
「ブレン!」
「狙い撃ちにされるぞ!」
「ウチらなら!」
そう言うなり英理佳はコクピットに飛び込んだ。緑色の光輪がエリカ・ブレンの頭部からつま先までを通り抜けると、その体がふわりと浮いて飛翔する。
またまた飛んで行ってしまった姿をブレイズは一瞥してその場を後にする。英理佳とは不思議な縁があるから、こうして何度も出会えた。また近いうちに再会する、そう信じて彼女は小さく笑うのであった。
英理佳が海上へ出るとアンチボディ戦は既に始まっていて、ノヴィス・ノアの援護射撃による軌跡が目立った。その先でブレンパワードとグランチャーが飛び交っている。
「遅れてメンゴ! エリカ・ブレン戦闘に参加しまーす!」
『させるかぁ!』
突如として上空から一人のグランチャーがソード・エクステンションを振りかぶりながら飛び掛かってくる。斬撃による襲撃はエリカ・ブレンのチャクラ・シールドで防がれて事なきを得た。襲い掛かってきたグランチャーはゆっくりとエリカ・ブレンの前まで上昇してくる。
「お久しぶりだな! 傷アリ!」
「あんた誰?」
久しぶりだと言われても英理佳には相手の声もグランチャーも記憶に残っていなかった。それもそのはず、相手の声を聴いたのはこれが初めて。尚且つ目の前のグランチャーも青を基調とした迷彩風ペイントで一度見たら忘れないであろう風貌。少しでも覚えていたら、あんた誰、なんて言葉が一瞬で出てくることはない。
「憶えておけ、俺はテッド・ウィーリス。お前がアメリカで倒した相手で、これからお前を裁く者の名だ!」
彼こそがアメリカで英理佳達に敗北して乗機を失った男だった。あの日の敗北からずっとリベンジマッチを望んでいたが、なかなか実現せずにいて悶々とした日々を送っていたテッド。アメリカではエリカ・ブレンの目撃情報はあの日以来、一件もなかった。軍の調査機関の監視からも逃れ続けられる事は出来ないと悟った彼はリクレイマーの力ならばどうにか出来るのではないかと、コネを使ってオルファンにやってきたのだ。
そして彼の思惑通りこうして宿敵と再会が果たされた。自身の考えは正しかったという事実が彼のオーガニック・エナジーを高めていく。
「星条旗のもとに散れ!」
テッド・グランチャーはソード・エクステンションで斬撃を繰り出した。以前とは比べ物にならない速さと正確さに英理佳は苦戦を強いられる。
「前とは違う!」
シールドやブレンバーで攻撃を受け流すが斬撃は絶え間なくやってくる。その度に火花が散り、エリカ・ブレンはノヴィス・ノアから引き離されていく。しまいにはテッド・グランチャーの頭突きを食らって海面に叩きつけられてしまう。水柱が上がり、エリカ・ブレンは水中を漂う。
「マジヤバいかも……」
「これにて終幕だなぁ!」
テッドは海中の敵へとグランチャーを真っすぐ突っ込ませる。是が非でも白刃で仕留めたいようだ。それを悟った英理佳は反撃の狼煙を上げる策を思いついた。
「ブレン、シールドを上手く調整して! ちょっと痛いかもだけど、ウチも一緒に痛みを受けるから!」
「覚悟!」
構えられたソード・エクステンションがコクピットめがけて一直線にやってくる。だがエリカ・ブレンはそれを避けようともしない。切っ先はチャクラ・シールドに命中した後、貫いた。その瞬間、テッドは勝ちを確信した……だが攻撃はコクピットには達していなかった。攻撃はエリカ・ブレンが咄嗟に前に出した膝で受け止められているのだ。しかも刃はその破けた膝の切れ込みに食い込んでいるではないか。
「なにぃ!? ぶ、武器が抜けないぞ!」
「ウチらの実力を見誤ったね!」
刃を引き抜こうとテッド・グランチャーはモゾモゾ動くが、その隙にブレンバーによる至近距離での射撃をもろに食らいチャクラ・シールドに穴が空く。だが反撃はこれだけでは終わらず、二度目のチャクラ光が放たれて、右腕の肘から下を持って行かれた。テッドは自分の置かれている状況を理解し、滝のような汗を全身から流す。
「ま、まずい!」
水中でチャクラ・シールドに穴が空くことの重大さはアンチボディに乗る者の誰もが分かっていた。水が入り込むのもそうだが一番の問題は水圧に耐えられなくなることだ。それはオルファンへの帰投を送らせてしまう要因になる。
テッド・グランチャーは武装と千切れた腕をそのままにして海面へと飛び去って行った。
(ここは一度退くしかないのか……。一度ならず二度も武器を奪われ、そのうえ腕も!)
エリカ・ブレンはその後を追うもバイタル・ネットへ入ったのか、その姿を捉える事は出来なかった。刺さったソード・エクステンションを引き抜いて、そのまま空いた左手で構えなおす。
「もういらないんだけどなぁ……。ブレン、足は大丈夫だよね?」
それに対してエリカ・ブレンは"大丈夫"と返してくれた。彼女らが本隊と合流する頃にはグランチャー達は退却を始めていた。彼女らがノヴィス・ノアへと着艦すると見慣れない人々が甲板にいることに気づく。彼らは艦へと招かれた会議に参加した権力者や研究員達だった。
「おお! 英雄らの帰還だ!」
「君たちには期待しているよ」
権力者達は口々に帰投したブレンパワードのパイロット達を褒めちぎる。だが英理佳にはその言葉は気持ちのいいものではなかった。勇の言っていたように自分たちが助かりたいと思っているような連中のねぎらい。彼らにとってパイロット達は都合のいいボディガードとなんら変わりがない。
そんな熱い歓声を尻目に英理佳はブレンから降りるとすぐ傍にいた研究員に声をかけられた。
「君は上水流博士の子供の英理佳君か?」
「だったら何?」
少しの苛立ちの中の返事で英理佳の語気が強くなる。しかし目の前の逆立っている髪や髭が特徴的な男は動じていない様子。
「私はオーガニック・エナジーの研究者の伊佐未研作と言うものだ」
英理佳はこの名前を聞いて男の姿を思い出す。会議場のロビーで画面越しに話していた。彼こそが勇の父親であり、リクレイマーの幹部である。
「君のお母様のアンチボディ研究は我々の活動に大いに役立っているからな。そんな人の娘がノヴィス・ノアにいるのが不思議なのだよ」
「ウチは親とは無関係ですから」
「そうは思えんな。今日も上水流博士と話したが、君に自らの研究について知って欲しそうにしていたが……。英理佳君は──」
「あそこで母さんと話したの!?」
研作の言葉を遮るようにして英理佳は声を張り上げた。そんな少女の様子を見た研作は自分の息子も似たようなものかと思い、一言おいて「そうだが」と答える。
すると英理佳はブレンのコクピットに舞い戻り、国際会議場にとんぼ返りするのであった。飛び去っていくブレンパワードのオーガニック・エナジーの風を受けながら研作は静かに見送る。子供というものはこれくらい直情的でいいのだと、勇との違いを感じるのであった。
英理佳は国際会議場へと戻るがこんな場所に親がずっと居座る筈はないと辺りを探す。しかし現状では何の手がかりも無い。更に追い打ちをかけるように、この辺り一帯の人々はグランチャーとの戦闘があったせいで非難をしている。特に研究員となればVIP扱いなので最優先で逃げさせられているだろう。
「結局、母さんも自分が助かればいいと思ってるんだ……」
言いたいことが山ほどあるのだが、それらが日の目を浴びるのはもっと先になることを英理佳は理解せざるを得なかった。それでも彼女のくすぶっている言葉の数々はその出口を探している。気づいたときにはブレンから降り、その場で叫び声をあげていた。
「ウチらはあんたらみたいな偉い人間のためには戦わない! 地球に住む全ての生き物のために、この命を燃やすんだ! けれどこれだけは憶えときな。私はいつまでもあんたの娘なんかじゃない! 今度会う時は……!」
喉から出かかっていた言葉を英理佳は抑え込み、その場で膝をつく。たとえブレンパワードに選ばれた身であろうとも、出来ることは多くは無いことを知った。どうしようもない無力感に苛まれ、彼女はただ地面に拳を打ち付けることしかできなかった。
テッドは新たなグランチャーを手に入れたようですね。しかも前よりも上手く扱えている様子。
そしてクルーエル・ブレイズは再リバイバルについて知っているようです。何者なんですかねぇ……。