海の園   作:フンバルト屁デル

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新任提督着任

空は気分が晴れ晴れする程の

天晴れだ。

 

防波堤には波が打ち付けられ、

飛び散る飛沫がダイヤモンドの輝きを放つ。

 

潮風が鼻を擽り、

左手には大海原。

右手には赤煉瓦造りの

建物が並んでいる。

 

私の新しい職場だ。

 

こんな広大な大自然と共に

今後生活していけると思うと、

次第に気分は高揚していく。

 

左胸ポケットから

懐中時計を取り出す。

 

この純金であしらわれた

洒落た時計は、

祖父が生前使用していた物で、

祖父と共に第二次世界対戦という過酷な環境を生き抜いてきた。

 

その証拠に秒針が全く動かない。

祖父は「名誉の負傷だ」と

笑って私にこの時計を譲ってくれた。

 

その祖父は、半年前の

あの日まで、

元気に暮らしていたんだ。

 

あの日、深海悽艦に

日本が襲撃された日までは。

 

ーーーー

その日は曇天が空を覆い、

ぽつぽつと半端な雨が降る、

鬱陶しい天気だった。

 

当時私は祖父の家に一人で遊びに来ていた。

 

父親曰く、

「可愛い子には旅をさせにゃならんだろ?」らしい。

 

父とは対照的に、

母は気乗りではなかった。

 

最近、海辺を歩いている人の

行方不明事件が

相次いで起こっており、

母はそれが気がかりだったのだ。

 

小学6年生になった私は

ある程度遠出出来るぐらい、

世間を知っていたつもりだった。

 

その事件についても

ネットでおおかた調べている。

 

"怪奇!食人魚あらわる!!"

"海での行方不明はUMAの仕業!"

 

など、呆れた推測しか

飛び交っていない。

 

私は臆すること無く、

祖父の待つ広島へ旅立った。

 

道中はこれといった

トラブルも無く、

祖父の家には直ぐに到着した。

 

私はおじいちゃんっ子で、

よく戦争を体験した

祖父の武勇伝を聞いていたものだ。

 

旧海軍に所属していた祖父は、

私に時には入れ歯を

吐き出すぐらい、

熱心に自分の体験談を語った。

 

第二次ソロモン海戦、

レイテ沖海戦、

ガ島救援作戦・・・

 

多くの作戦の話を聞いていたが、

一番の興味を引いたのは、

 

兵器と人間の融合、

"艦娘"の人体実験の話だ。

 

なんでも、"艦娘"とは、

生身の人間が何tもある艦装を

背負い、戦艦相手に

たった一人で

立ち向かっていく。

と、いったものだ。

 

人体実験。

それは外道の手段。

 

そんなことを

祖父は見て見ぬふりをしていたのかのかと、

幼い私は祖父に憤りを感じた。

 

だが、祖父は付け加えた。

先の対戦では、使われることが無かったと。

 

被験者はあくまで立候補であり、

両親の許可、家柄の調査等、

膨大な査定の末、

抜擢されるのだ。

 

そして、その訓練で知り合ったのが、

他でもない祖母だと言う。

 

今日は二人の訓練時の写真を

見せてもらえると聞いて、

私は遙々大坂から渋る

母を説得してやって来たのだ。

 

ガラガラと音が鳴る

昔ながらの磨りガラスの

引き戸を開けると、

玄関で私の到着を心待ちにしていたのか、

祖母が満面の笑みで私を歓迎した。

 

「まぁー!啓坊、よう来たなぁ!

長旅で疲れとるじゃろう?

雨も降っとったけんな!

ささ、はようお上がんなさい。」

 

急かすように私を

居間に案内する祖母の姿は、

余程私に会いたかったのだと、

少し照れくさい気持ちになる。

 

「雄三(ゆうぞう)さん!

啓坊が来てくれましたよ!」

 

少し大きい割烹着の裾を摘まみながら足早に

摺り足で移動する祖母は、

まだあと20年は

この世に居続けるのではないか

と思わせるぐらい、

元気だった。

 

祖母の声に二階から

 

「おーう。」

 

と元気なしゃがれた返事が

返ってくる。

 

祖父も元気そうでよかった。

 

まあ、病気とは無縁な人だから

当然か。

 

居間に通された私は

その部屋の広さに感嘆の声をあげる。

 

「うわぁ、広ーい!」

 

今の広さは40畳を越え、

部屋全体からは

い草の心地よい香りが漂う。

 

部屋の真ん中には艶のある

テーブルが縦断し、

半開きの襖からは枯山水の

中庭が顔を覗かせる。

 

その広大な居間は

祖父と母が戦争で

どれだけ苦労し、

成功を納めたのかを

物語っていた。

 

「西瓜切ってくるから、

ゆっくり休んどったらええよ」

 

祖母は座布団を私に渡すと、

足早に部屋を後にした。

 

なるべく行儀よくして、

居間に腰を降ろす。

 

もちろん正座だ。

 

祖父は何時も私を礼儀正しいと

誉めてくれる。

 

祖父はそれが自慢だった。

 

なら私はその祖父の期待に

応えるのは当然だろう。

 

数分もしないうちに、

祖父がゆっくりとした

歩調で部屋に入ってきた。

 

元軍人と言うだけあって、

祖父は齢80とは思わせないぐらい、

背筋が伸びており、

さながら定規を背中に

刺して歩いているようだった。

 

「啓坊。よぅ一人でこれたな。

えらいぞー」

 

私の前に腰を下ろした祖父は、

私の頭をくしゃくしゃに撫でた。

ちょっとガサツな撫で方だが、

私は祖父に頭を

撫でてもらうのが大好きだ。

 

「おじいちゃん!

僕もう6年生だよ?

それぐらい当然だよ!」

 

ちょっと不安だったが、

いくらか虚勢を張ってみる。

 

祖父は私のそんな言葉を聞いて、

一瞬、驚いた表情をみせたが、

また顔をしわくちゃにして笑った。

 

「そうかそうか!

啓坊にとっちゃ広島ぐらいは

朝飯前か!」

 

祖父は上機嫌だった。

 

「お二人さん、西瓜切れたけん。

一緒に食べようや」

 

大きなお盆を両手に抱え、

祖母がゆっくりと歩いてくる。

 

どうやら西瓜丸々

一玉切ってくれたらしい。

 

テーブルの上に「よいしょ」と

掛け声を掛け、

祖母は私達の前に盆を置く。

 

私は早速一番大きい西瓜を

確保し、顎が外れるぐらい

口を開け、一気に頬張った。

 

キンキンに冷えた西瓜は

みずみずしい音をあげ、

甘い果汁を口一杯に広げる。

 

「~~!」

 

思わず量頬を両手でおさえる。

頬が落ちるとは

この状況がぴったりだろう。

 

私が西瓜に

舌鼓している様子を見て、

二人は満足そうに微笑んでいた。

 

「さて、今日は何から話してやろうかのぅ。」

 

祖父は西瓜には手をつけず、

氷が一杯入った湯飲みを啜る。

 

「お婆ちゃんとお爺ちゃんの

出会った頃の写真が見たい!」

 

そうだ、今日はその為に来たと言っても過言ではない。

 

「おお、そうじゃった!

浪速(なにわ)、あの時の写真を持ってきてくれ。」

 

祖父の言葉を聞いて、

祖母は首をかしげた。

 

「あの時の、ですか?」

 

「そうそう、ほら、ワシらが

初めて会った、波止場の。」

 

「ああ、あの写真やね!

ちぃと、待っときやー」

 

祖母は何かを思い出したように、

足早に部屋を後にする。

 

程無くして、

祖母は一冊のアルバムを持ってきた。

 

「これはねぇ、

私と雄三さんの思い出が

いっぱいつまっとるんよ。

 

この中の私達も、

啓坊に見てもらいたいって、

言っとるんじゃないかねぇ」

 

私は逸る気持ちを抑え、

ゆっくりとページを捲った。

 

 

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