初めて見たのは……そういえば”前”は見たことがない。
はじめて見たのは今回。 両親は子供の教育には熱心な方で私をあちこちの博物館や美術館に連れていってくれたものだ。
——濡れてる
初めてみた実物のモナリザはまるで薄い水の膜の下に本物の女性を閉じ込めたみたいに見えた。
それに、その女性はどこか祖母に似ている気がした。
どこが似ているのか……手?
手が似ている。 気がする。
不思議だ。 手の違いなんて普段気にしないのに、それでも似ていると思った。
あめ玉やお菓子をくれた時、私にトランプの柄のワンピースを縫ってくれた時、頭を撫でてくれた時に見たあの手だ。
年老いて筋張った祖母の手とモナリザの手が似ている。 なぜだろう。
そんな風に思ったのをおぼえている。
それから一ヶ月したくらいだろうか。
私の家族は殺された。 父と母、姉とそれから祖母。 皆殺しだ。
私は祖母にクローゼットの中に隠してもらってなんとか生き延びた。
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「それはいい」
隣を歩いていた山岸由花子が怪訝そうにこちらを一瞥するのを見てようやく我に返った。
今朝方肩に出来てた出来てた変な傷口がちょっとかゆい。
「三津留。 あなたまた独り言言ってる」
「またあ?」
再び前を向いて歩き出した由花子の少し後ろを追いながら聞き返す。 私ってそんなに独り言を言うだろうか?
「あなた何か考え事をしている時よく言ってるもの」
「そうだっけ? 自分じゃよくわかんないけど」
すこし恥ずかしい気もするけどまあいっか。
手提げから今月新しく出たピンクダークの少年の単行本を取り出して歩きながら読む。
背が高い由花子を目印にしていれば本を読んでいてもぶつかったり車に轢かれる心配もない。
持つべき物は友ってわけ。
それにお互いあんまり群れるタイプじゃないからこうして突然本を読み出しても気にしないし。
「私思うのだけど」
「何が?」
立ち止まった由花子に合わせて私も脚を止める。 目線は漫画本に向けたままだ。
今すごく良いシーンなのだ。
「あなたはきっとおかしくなってるんだと思うわ。 あの日ご家族があんな風になってからね」
「ええ? 私おかしくなってんの?」
突拍子もない事を言われて思わず漫画から顔を上げると、由花子のアメジスト色の輝きと目があった。
うわっ相変わらず目が覚める様な美人。 由花子に会うまでは私も結構自信あったんだけどなあ。
「三津留。 私ね真面目に言ってるのよ。 確かに前からちょっと変だったけど、あの日からもっとおかしくなってる」
真剣そのものの表情で由花子が一歩こちらに迫る。
「うるさいなあ。 由花子の方が絶対変だと思うけど」
元からちょっと迫力ある顔してるけど、その顔がなんとなく怖くなってわざと漫画本に目を戻して歩き始めた。
「あのねえ、三津留。 あなたの読んでる漫画本逆さまなのよ」
「え? ……あ、ほんとだ。 気が付かなかった」
なんか読みにくいと思った。
由花子は頭が痛そうに眉間を揉みながらまた歩き出すと、すぐに私を追い越した。
身長はそんなに私と変わらないけど由花子は歩く速度が速い。 脚が長いからかな?
「でもさあ、考えてみてよ。 ほら、由花子だってあるでしょ朝の一番忙しい時にさあ、なんでか今日絶対付けてくぞ〜って決めてたイヤリングがなくなってたりさ。 あ、あの人かっこいい!」
話してる途中だったけど、不意に横切った人に目を奪われる。
高級そうな、たぶんブランド物のスーツに金時計。 神経質そうな痩せぎすな顔。 でも全然不健康そうじゃない。
それにちょっと変わったドクロのネクタイも外してていいかんじ!
「ちょっと恥ずかしいでしょ。 大声でそんな事言わないでよ!」
「え、あごめん」
由花子が器用に小さな声で叫んで止めてようやく自分が叫んでる事に気が付いた。
由花子が珍しくげんなりした顔をする。 わるいなあ。
「やっぱ私ってちょっとおっちょこちょい? かも? あん?」
おもむろに私と由花子に影が落ちる。
「やあ、入学式? 今日はちょうどそうだもんな」
さっきのイケメンが側に立ってる。
こうしてまっすぐ目を見てみると瞳がグルグルで真っ黒でドロドロしてる。
暗闇を閉じ込めたみたいでやっぱ……きれい。
「ええ、ごめんなさい。 この子ちょっと……その悪気はないんです」
「いや、別にいいよ。 それより君……」
イケメンが私を見てる。 この人私を見てる。
由花子と話してる時からずっと私を見てる。
ヘンだ。 私に気があるのか? ちょっとほんのちょっとだけど息があがって、興奮してる?
なんでだろう体温も高い気がする。
「君はなんて言うんだい? ピンクのマニキュアの君だよ」
どこを見てる? わたしの手?
なめ回すみたいに私の手を見てる。
それにものすごく近い。
「虫鹿……三津留」
「虫鹿さんかあ。 ありがとう。君が褒めてくれたお陰で今日は良い気分で仕事ができそうだよ。 君たちも入学おめでとう」
なんか、この人を見てると変な気分になる。
どうしよう。 なにか抑えられないような。
手が震える。
「ありがとうございます。 がんばってください」
「ああ、じゃあ……また」
男が歩いて行く。 仕事に行くんだろう。
「不気味ね。 女子高生に話しかけたりして何考えてるのかしら」
「ま、まあ私がなんか言っちゃったみたいだし笑って許してくれてラッキーかな?」
「あなたね、もうちょっと警戒心を持ったらどうなの? あら?」
由花子が何かに気づいて視線を下げた。
なんだ? 何みてんだろ。
「あなた何持ってるの?」
あれ? 私手に何か持ってる。 縫い針だ。
ボタンとかホックとか付ける時の為にいつも持ってる私の縫い針だ。
なんでだろう。 何かしたたってる。
いい匂いがする。
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私の名前は吉良 吉影。
ごく普通の平凡なサラリーマンだ。
今日の私は気分がいい。
目の覚める様な快晴だし、数日続いていた腹痛も今朝突然解消された。
そして何より
とんでもなく美しい女性に出会えた。
奇妙だがなんだか懐かしい感じのするひとだ。
理想と言っていいかもしれない。
私はてっきり自分は美しければ、琴線に触れる物さえあればなんでもいいのだと思っていた。 だが、違ったのだ。
そうじゃあなかった。 これは運命だ。 二度と現実には見る事のないと思っていた運命がここにあったのだ。
どうすればいい? どうすればあの女性を完璧な存在にできる?
喋らず、汚れず、身軽で、そして腐らない。
そんな存在にしてやりたい。
「はは……」
「お、おい」
背後から声を掛けられる。 たまに話しかけてくる同僚だろう。
いけないいけない。 思わず声が出てしまった。 気をつけないとな。
だが今日ばかりはそれも仕方ない事だろう。 こんなにいい日なのだから。
「なにかな? すまない。 今朝のテレビを思い出してしまって」
「そうじゃなくてさ。 吉良。 お前腕をどうしたんだ」
なんだ? 腕? 私の腕がどうかしたのか?
「これは!?」
「お前腕からとんでもない量の血がでてるぞ!」
な、なんだと!? 腕を伝って袖口までバケツに付けたばかりの雑巾みたいにびしょ濡れになっている。
全く痛みを感じなかったぞ!? いや、それどころか今も一切痛みを感じない。
なのに血が蛇口を捻ったみたいに流れ出ている!?
一般的に成人男性では1L以上の出血で生命の危機に瀕すると言われる。
見たところ既に500mLは出ていた。 これは少々まずい。
ジャケットを脱ぎ、慌てて傷口をハンカチで圧迫する。
「大丈夫か? どっかで切ったのか?」
「いや、そんな事は……全く気が付かなかった」
血は既に止まりはじめていた。
「まあ俺もあるぜ。 昔キッチンに置きっぱなしにしたナイフで手を切ったまま気づかずに電車に乗った時に俺もこのくらい血がでたよ。 あの時はびびったね」
そんな事なのか? これは、ナイフくらいでこんな量の血が出るものなのか?
これはこの異常さはまるであの能力のような。
考えすぎなのか?
わからない。 だが、彼女の事もある。 用心しなければ。
目立つ事は避けなければならない。
用心しなければ、私の平穏の為に。
最近ジョジョの小説が増えてきてうれしい……うれしい……
僕もそれで我慢出来なくなっちゃって。 なんかジョジョっぽい良い感じの生々しさが出せてたらいいんですけど。
4部好きなんですよね。 あの日常感がなんとも。
好評だったら完結まで頑張りたい。