ベーコンが二枚香ばしい煙を上げてきた。卵は三つだ。 いつも通り。
そして、それらをテーブルに並べ彼女と一緒に席に付けばいつも通りの幸せな朝食が完成する。
だが、だいぶ臭って来た。
もう限界だな。
後で処理をする為に一度彼女をビニール袋に入れると、口を縛っておく。
非常に残念だが、この臭いとともに朝食を取るよりはマシだ。
今度の彼女は完璧な存在にしなければならない。 美しくツヤとハリがあって、喋らず、従順で、そして何より腐らない。
そんな存在でなくてはならない。
そんな事は不可能だろう。 普通なら。
そう
やはり運命は私に味方している。 リスクはあるが、私ならば必ず乗り越えられる筈だ。
弓と矢を使う。 そして見つけ出すのだ。
そうして彼女を手に入れた時、私に真の平穏が訪れる!
「三津留、あなた知ってる?」
「なにが〜?」
さっき雨が上がったばかりの澄んだ空気の中。 雀たち小さい水たまりで水浴びをしている横を通ってようやく見慣れてきたぶどうが丘高校からの帰路を行く。
由花子とは同じクラスだったし、これではーいじゃあ二人組になってーとか先生が言い出してもげんなりした気分にならずにすむ。
なんでかわかんないけど、だいたいみんな私の事さけるんだよね。 だから由花子と同じクラスになってちょーラッキーって感じ。
「私達のクラスの男の子が一人1週間前から家に帰ってないんですって。 それに学校にも来てない。 あなたは気が付いてないでしょうけど」
由花子がいつも通り、でもいつもよりちょっと神妙そうな顔で私にそう伝える。
行方不明ってわけだ。 確かに全く気が付かなかった。 なにしろクラスメイトの顔と名前なんてまだ一人も憶えてないからね。 一人くらいいなくなってもわかる訳がない。
「……へー、家出って奴? 中学の時の友達の家にでもいるんじゃない?」
「ご両親があちこち連絡して探したけどどこにもいないそうよ」
由花子が歩みを止めてこちらに向き直る。
でもそれがなんだって言うんだろうか?
ふーん、そうなんだ。 こわーい。
「ふーん。 で今日はその子を探して探偵ごっこでもしようってわけ? まあまあ面白いかもね。 でも、私今日は駅裏の本屋さんに行きたいのよね」
「三津留。 私だってただのクラスメイトの事なら警察に任せるだけだと思う。 それでもこんな話をするのはね、なんでかってあなたに関係ある事だからなの」
由花子が私の手首を掴んで少し引き寄せる。 目がするどめの逆かまぼこ型になってる。 由花子が真面目な話をする時の顔だ。
あれ? これもしかして真面目な話?
私と行方不明の男の子に関係がある? どういうこと?
「あっ! そいつもしかして私の生き別れの双子の兄貴だったとか!?」
私がそう言った瞬間、由花子の左がピクッと大きく動く。
「このっお馬鹿! なんであんたって子はそんな貧弱な発想しかできないのよお! このあたしがこんなに心配してやってんのにいいいい!」
「いったああ! いててでででで! まぶたっ! 取れる! 取れちゃう! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
瞼! 瞼思いっきり引っ張られた! 睫毛抜ける! 私のかわいい睫毛が抜けちゃうって!
…………きっちり十秒も瞼を引っ張られた。
コンパクトで確認すると瞼も取れてないし、睫毛も抜けてない。 抜けてないよね。
1,2,3、4…………
由花子が睫毛を数える私からコンパクトをひったくると、私の鞄に突っ込む。
「クラスの女の子が私に教えてくれたの。 学校の帰り道歩いている時男に声をかけられたそうよ。 『虫鹿 三津留ってのはどいつだ?』ってね」
「? そいつ私を名指しで探してるっての?」
「そう。 だから今日からしばらくはわたし家までついて行くからね」
私を探してるって? たしかに不気味かも。 しかも男子生徒が一人行方不明になったこのタイミングで?
確かに変っていうか。 明確にやばそうっていうかそんな感じね。
私の面倒見てくれてるおじさんならわざわざ私を探す筈ない。
他に私を探す様な親戚も残っていない筈だし。
「それはありがたいけど……いいの? 由花子だって自分の予定とかあるんじゃない?」
「あのねえ、あなたがさらわれたりなんだったら殺されちゃうかも知れないのよ? それに比べたら他の予定なんてどうでもいいわ」
なにこれ由花子がこんなに言うなんて珍しい事もあるもんだなあ。 いつもだったら絶対自分の予定を曲げたりしないのに。
ここまで言い出したらもう由花子の中ではきっとこれは決定事項。 私が今から地球の裏側に行くって言っても家に帰るまでは付いてくるんだろうなあ。
ま、心配してくれてるみたいだし悪い気はしないけどね。
「えへへ、まじ? うれしー。 あ、由花子そういえば駅裏の本屋さんに行っていい? 近くにクレープ屋さんも出来たらしくてさあ。 あ、クレープって知ってる?」
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暖色系の明かりに彩られた小さめの店内に壁一面はもちろん、ところ狭しと本棚が置かれており今となっては値段の付けようがない程の古書から最新の漫画まで幅広く、そして種類ごとにきっちりと整理されている。
ガラス張りの正面扉からは車通りの少ない細い道路と二つだけ清潔感のある白の丸テーブルが置かれ、ここを訪れる客が購入した本を読みながらくつろげる様にという気遣いを感じられた。
そして扉のすぐ隣には落ち着きのある黒檀製のカウンターがある。
しかし、本が一冊置いてあるだけで、いつもならばそこにいる筈の店主の姿は今は見当たらない。
ただ、カウンターの奥から聞き取れない程の微かな声の様な物が聞こえるだけだ。
——だ……け………く…
ドアベルが鳴る。
誰も居ない店内に新しい客が二人訪れた。
二人背の高い少女だ。
桃色の髪を肩口で切り揃え、襟と短めのスカートに大きな十字架とニンニクの飾りをあしらった改造制服の少女とモデル顔負け美しい目鼻立ちと膝まで伸びた美しい黒髪の印象的な少女。
二人が入るとその後ろで音もなく独りでに扉の看板がクローズにひっくり返った。