TS魔法少女は魔法少女を救いたい〜虚構の魔法少女アリス 作:廃棄工場長
「――ここが彼女がいる場所か」
「そうなんだな」
アリスと黒兎が転移魔法によって侵入したのは、地球の座標上に存在する異空間の一つ。異世界から来訪した魔獣を生み出す元凶が潜伏する場所でもあった。
ここには妖精の転移魔法でしかたどり着くことができず、魔法少女や『魔女』であってもその存在が秘された空間でもある。
アリスと黒兎がこの空間に着いた瞬間に、墨汁をぶち撒けたような真っ黒の背景に異変が起きる。
「――久しぶりねぇ。この領域に誰かがやって来るのは」
アリス達の目の前に現れたのは、一人の少女であった。ゆったりと黒色の服装に身を包んだ彼女は、くすんだ金髪に死んだ魚のような淀んだ瞳。
かつては優しげな表情を浮かべていた少女からは、考えられない程の歪んだ笑みに染まっていた。
アリスや黒兎はその少女に見覚えがあった。
――そう、遥か昔。地球とは異なる世界で、多くの人間を救う為にその身を捧げた、『聖女』と呼ばれた少女。クレアであった。
クレアはアリス達に視線を向けると、その視線は黒兎に固定された。
「んー? どこかで見たことがあるような気がするけど、誰だったかな?」
「クレア……」
一日前に食べた夕食を思い出そうとする軽さで、クレアはひとりごちる。黒兎が自分にとって、どのような存在であったのか記憶にないようだ。
そんな彼女の様子を見て、黒兎は寂しそうに小声で呟く。
「まあ……思い出せないし、もういいや。特に大切なことじゃないんでしょ。多分。それよりそっちの貴女」
「え? 僕?」
クレアの興味の対象は黒兎からその隣にいたアリスに移る。
「――いらっしゃい。久々の客人だから、しっかりともてなして上げるね。さあ、皆出ておいで」
クレアはアリスを甚振る為に、未だに自分の肉体の内側で蠢く魔獣を無造作に数体解き放つ。
一体一体が纏う魔力も多く、アリスの経験ではどの個体も『討伐難易度』B以上に感じられた。
「――黒兎。あの子は君が知っているクレアじゃない。君も言っていただろう。彼女はとっくに正気を失っているって」
「……そうなんだな。吾輩のことすら覚えていない。早く楽にしてあげてほしいんだな」
「任されたよ。――『虚構の国の女王・トランプ兵』『チェシャ猫』」
いつもの如くアリスの足元の影が波打ち、大量のトランプ兵が召喚された。それに続くように、巨大な猫のぬいぐるみに似た何か――チェシャ猫が姿を現した。
「あはは! 面白いね、貴女の魔法って。小手調べだね。――行け、お前達」
「Gaaaa!」
「Guuuu……!」
クレアの声に答えるかのように、呼び出された魔獣達は唸り声を上げてアリスに向かって突撃を繰り出してくる。
「――チェシャ猫。トランプ兵。迎え撃って」
「Nyaaaaa!」
アリスの指示に従い、チェシャ猫を先頭にトランプ兵達が魔獣の群れに飛び込む。
そこから始まったのは、いつぞやの『魔女』メフィストによる襲撃事件の焼き直しのように。
敵方の魔獣とアリスの使い魔が衝突をした。戦況としてはアリスの方が優勢のようだ。
しかしクレアは自分が呼び出した魔獣の四肢がどれだけもげようとも、数を減らそうとも、ニヤニヤとした表情を崩そうとしない。
それだけではない。クレアは「もっと追加してみようかな?」と言うと、『封印術』を緩める。
彼女の肉体に封じられていた魔獣が、更に数十体出現した。
「あはは……ここ最近魔獣をいっぱい倒してきたし、今まで他の魔法少女が倒した分も加算すると、魔獣のストックが尽きてもおかしくないはずなのに……」
「この様子だと、吾輩でもクレアがどれだけ魔獣を溜め込んでいるかは皆目見当がつかないんだな……」
「もしもしー。相談事は終わった? まだまだ在庫はたくさんあるから、飽きさせないよ?」
アリスと黒兎の会話に、クレアは大声で割り込んできた。
その言葉から、長期戦になることを嫌ったアリスは、魔獣の群れという肉壁に守られたクレアの背後にトランプ兵が一体忍び寄っていた。
そのトランプ兵が所持していた短剣が、彼女の喉笛を切り裂いた。