TS魔法少女は魔法少女を救いたい〜虚構の魔法少女アリス 作:廃棄工場長
「――『虚構の国の女王・ハートの女王』」
感情をできるだけ排したアリスの声が、静かに響く。彼女の奥の手が解禁されると、この異空間の主であったクレアの手を離れていく。
クレアやアリスに、黒兎。そして彼女達が呼び出していた魔獣と使い魔を除いて、一面闇に包まれていた空間は、術者の正気を疑うような狂った色彩に染められていく。
しかし変化はそれだけに留まらない。
「――『虚構の国の女王・ハンプティ・ダンプティ』『ジャバウォック』」
アリスに付き従うように、気色の悪い笑みを貼り付けた異形の卵人間が。紫色の肌を異形の竜が。その姿を現した。
「――おやおや。久しぶりの召集ですねぇ」
「■■■■!」
アリスは呼び出した彼らに素早く指示を出す。
「ハンプティ・ダンプティ。君はいつも通りに『自己増殖』で増やした卵人間達の指揮を取って、トランプ兵達と一緒に敵の魔獣の殲滅を。ジャバウォックは僕を背に乗せて、縦横無尽に暴れて」
「ははは、了解でございます」
「■■■■!」
理解できる言語の有無を問わず、両者は短く賛同の意を示した。
ハンプティ・ダンプティは大袈裟なお辞儀のを。ジャバウォックは鳴き声を。
ハンプティ・ダンプティは早速己の魔法を発動させる。彼の普段巫山戯た態度からは想像できない程の、淀みない動作であった。
辺り一面を覆い尽くすぐらいの魔法陣が出現した。そこから現れたのは、皆一様にハンプティ・ダンプティと姿がそっくりの異形であった。
「――お前達。女王様の御威光に仇なす者達を速やかに殲滅なさい」
ハンプティ・ダンプティの真面目ぶった一声により、『自己増殖』によってコピーされた卵人間と、ハートの女王の魔法によって強化されたトランプ兵達は、隊列を乱すことなく魔獣の群れに攻撃を仕掛けた。
「あはは……何よ、その数……。ありえないよ!?」
次々と出現するアリスの使い魔達に、それまで余裕の態度を浮かべていたクレアが焦り始める。
慌てて彼女は『封印術』を解除して、数えるのが馬鹿らしくなる程の魔獣が溢れ出すが、使い魔の軍勢がそれを迅速に処理していく。
そんな自らが不利になっていく状況に、クレアは苦々しい表情を浮かべる。
それは当然だろう。自分の手足の延長線や、命の残機として扱っていた魔獣の数が減っていくからだ。
補充する手段はなく、ただ徒に消耗されていく魔獣達に対して罵倒を飛ばすクレアには、かつての面影は微塵もない。
「■■■■!」
「Nyaaaa!」
アリスはジャバウォックの背に跨り、混戦になっている戦場を駆けていた。
ジャバウォックの巨体に踏み潰される虫型の魔獣。チェシャ猫の鋭利な爪に、無惨にも切り裂かれていく狼型の魔獣。
ハートの女王による能力強化、不死に近い再生能力の付与。それらが機能している今は、戦況は圧倒的にアリスの有利に傾いていた。
■
――『虚構の国の女王』が最大出力で展開されてから、約八分間が経過した。物量と物量のぶつけ合いは、再生能力を一時的にとはいえ有していたアリスの方に分があった。
無限にいたと思われたクレアが保有していた魔獣の数は、既に百を切っている。その現実を受け入れられず、クレアは両手で頭を抱え酷く狼狽していた。
後一分もかからずに、この戦闘はアリスの勝利で幕を閉じるだろう。しかし彼女にはもっと早期に決着をつけることも可能でだった。
それは魔獣の相手をトランプ兵と卵人間達に任せて、チェシャ猫とジャバウォックでクレアを直接殺傷し続けることである。
本来クレアの魔法『封印術』の効力は、どのような相手であっても問答無用で封印するという、凄まじいものであった。
けれど正気を失ってしまった彼女では十二分な効果を発揮することはできず、精々過去に取り込んだ魔獣を解き放つ程度のことしかできなかった。
つまり今のクレアは直接的な攻撃手段を持っていない。
身体能力が異常強化されたチェシャ猫とジャバウォックであれば、加速度的に彼女の残機を減らすことが可能だったのだ。
「そんなことができる訳がないじゃないか……!」
アリスの心の苦しみが溢れる。以前敵対していたビルの魔法による再現体とはいえ、クレアと一緒に過ごしたアリスには、彼女の体を傷つけるような真似を極力したくはなかった。
その為、迂遠であっても、残機を減らすという手段を選択したのだ。
「Gaaaa……」
そして最後の魔獣が、その首をトランプ兵の槍によって貫かれ、絶命して消滅した。
クレアがその事実に気づいているかどうかは、一見分からない。アリスが視線を向けてみれば、彼女は地面に蹲り意識を失っていた。
長年感じていなかった死の恐怖に負けてしまったのだろうか。
アリスは全ての使い魔を影に還元させて、ゆっくりとクレアの元に近づいていく。
「……アリス。大丈夫だったんだな?」
戦闘が終わったこと理解した黒兎が、アリスの傍に現れた。アリスは黒兎の方に顔を向ける。
「……うん。何とか」
「なら良かったんだな」
絞り出すような感じで、アリスは黒兎に返事をした。
――堕ちた『聖女』はここに敗れ、虚構の魔法少女の物語は最後の頁に至ろうとしていた。