黒木鉄平……担々麺、麻婆豆腐、キムチ鍋
和真「辛いもんばっか……」
蒼介「好物まで暑苦しいな」
宗方千莉……玄米、味噌汁、蕎麦
蒼介「ふむ、武士を自称するだけのことはあるな」
和真「何もそこまで徹底せんでも……」
志村泰山……鴨肉のロースト、ペスト・ジェノヴェーゼ、カッペリーニ
和真「こいつはこいつで小洒落たもんばっかだな!?何だよジェノヴェーゼって!?いちいちググらなきゃ読者わかんねぇだろ!」
蒼介「おおよそ15~16歳の好物には抜擢されないであろうラインナップだ」
和真(いや、志村も鮟鱇鍋が好物の奴にだけは言われたくねぇと思うけどな……)
綾倉詩織(鳳紫苑)……だし巻き卵、大根の千枚浸、初鰹のたたき
和真「こいつもだし巻き卵かよ……お前ん家のだし巻き卵そんなうめぇの?」
蒼介「まぁ、そうだな。……思い返せば、私がだし巻き卵を好きになったきっかけは、幼少期に姉様の作ってくれた-」
和真「はいストップストップ!そういう重要なエピソードをこんな前書きで浪費するんじゃねぇ!」
和真「さてと、この一週間で俺が身に付けた新しい力……その身を持って体感させてやる」
蒼介「ほう、それは面白い。見せてみろ……木下の怒りを買ってまで身に付けた力-」
和真「お前もか!?お前までそこ掘り下げるのか!?やめろよもう勘弁しろよ頼むから!俺のメンタル意外とデリケートなんだよ最近気づいたけど!」
蒼介「す、すまん……」
和真の割とガチめな抗議に流石の蒼介も思わず気圧される。弱肉強食を地で行くような和真にとって惚れた弱みとはいえ女の子一人に頭が上がらないことは、自尊心をバッキバキに砕かれてロードローラーで押し潰されるようなものなんだとか。
和真「ったく、それじゃあ改めて披露してやる。感情を鎮めるお前の“明鏡止水の境地”とは真逆……
言わば感情の爆発、“気炎万丈の境地”をなぁっ!」ゴォォォオオオオオッ!!!
蒼介「っ……!」
まるで万物全てを焼き尽くすかのような威圧感を浴び、蒼介は僅かに気圧されるが持ち前の精神力ですぐさま持ち直した。
蒼介(これは……生まれ持った破壊衝動を抑止していた理性を……外したのか!?)
卓越した洞察力と読心術を持つ蒼介には、和真がしたことを即座に看過した。己の内に眠る修羅の解放……すなわち、幾重にも厳重に抑えつけていた理性を捨て、生まれつき和真に備わっている破壊と闘争を求める本能を解き放ったのだ。
原理は不明だが、爆発的に高まった感情は未知のエネルギーへと昇華される。柊守那が編み出した“気炎万丈の境地”はこの現象に基づく。瞬間的に闘争心を極限まで高め生み出した膨大なエネルギーで自らを活性化させ、人知を越えた力を振るうことを可能にする……言わば火事場の馬鹿力を意図的に引き出す技だ。
当然エネルギー化するほどに自らの感情を意識して高めることは、生半可な覚悟では到底成し遂げられることではない。現に“気炎万丈”を編み出した守那ですら完全に習得するまでに長い年月を必要とし、現在でも“気炎万丈”に至るには相当の……それこそ“明鏡止水”と同等の集中力を擁する。
しかし心の内に修羅が潜む和真は理性による枷を外すだけで、蛇口を捻るくらいの軽い感覚で闘争心を高めることができる。守那とは違い一度引き出し方がわかれば二度目からは容易くこの境地に至れるようになり、そして数日で完全習得することができたのだ。
和真「安心しな、本能に任せて暴れ狂う……なんて間抜けな真似はしねぇよ。俺の闘争心は全て今対峙している敵……つまりお前に向くからな。さてと、お前も早く“明鏡止水”に至りな。今の俺を相手に出し惜しみしてる余裕があると思うなよ」ゴォォォオオオオオッ!!!
蒼介(……この感じには覚えがある。忘れもしない、私がカズマと初めてぶつかり合ったあの日……カズマはこの状態で閏年高校の不良達を殲滅した。あのときカズマは溢れ出る力に振り回され、本能のまま暴れていたが……今は使いこなしたせいか、この状態でいるにもかかわらず冷静さを保ったまま……ふむ、どうやらカズマの言う通り心してかからねば……
勝機は無さそうだな!)ヒィィィイイイイイン…
和真「ハッ、そうこなくっちゃな」ゴォォォオオオオオッ!!!
そして蒼介も“明鏡止水”へと至る。海底に引きずり込むが如き圧迫感をまともに浴び、しかし一切動じることなく凶悪な笑みを浮かべる和真。
相対する明鏡止水と気炎万丈。
片や果てしなく静かで波紋のひとつもない、水面のような澄み切った心。
片やどこまでも激しく燃え上がり、全てを蹂躙する炎のような荒ぶる心。
両者に宿った力は性質こそ対極だが、力の絶対値は完全に互角である。故にほとんどの観客がこれから繰り広げられる戦闘は拮抗することを確信させた。拮抗……点数で劣る和真にとっては、それは敗北を意味することと同義である。
が、和真は焦燥に駆られるどころかより凶悪な笑みを浮かべて蒼介を見据える。
和真「…と、言いてぇところだが」ゴォォォオオオオオッ!!!
蒼介「……?なんだ?」ヒィィィイイイイイン…
蒼介の“明鏡止水”が未だ未完成なのに対し、先程も述べた通り和真は“気炎万丈”を完全習得している。それはつまり…
和真「悪ぃなソウスケ……
これが俺の全力だ!」
ゴォォォオオオオオ!!!
蒼介(っ……!?な、なんだこの熱は……!?それにこの、今までとは別次元の殺気……!まずい、このままでは“明鏡止水”が解けてしまう……
我が心水面の如く……!)ヒィィ……ィィイイイン…
先程までとは比べ物にならない、皮膚に焼きごてを押し付けられるかのような激烈な『何か』が和真から放たれる。その正体は和真の中に潜む修羅の殺気と、和真の体から漏れ出た感情のエネルギーの複合物。
近距離でまともに浴びた蒼介は“明鏡止水”が解けかけながら、それでもどうにか心を鎮め平静を保った。しかし“気炎万丈”の余波は向かい合う蒼介だけでなく、やがてコロッセオ全体に飛び火した。
『熱っ!?なんで金属製の手すりが急に……』
『痛っ!唇が切れた……!』
『なんか喉乾いたな、飲み物買ってこよ……』
……フィールドから結構な距離があるため比較的地味な被害で済んだようだが、もし彼らが蒼介の位置にいたらただではすまなかっただろう。
和真「……さて、そろそろ再開しようじゃねぇか……俺達の闘いの続きをよぉ!」
蒼介「………その前にカズマ、一つだけ聞いても良いか」ヒィィィイイイイイン…
和真「あ”ぁ?んだよ?この状態の俺は理性飛んでて気が短ぇんだ、くだらねぇことほざいたらその小綺麗なツラ引き剥がすぞコラ」
蒼介「確かに平常時より随分と口が悪いな……では聞かせてもらうが、その“気炎万丈”とやらは、おそらくお前自身の身体能力を底上げするものだろう。それでは召喚獣を介して闘う試召戦争においては、あまり役に立たないのではないか?」ヒィィィイイイイイン…
和真「…………ハッ、何を言い出すかと思えば……くく、ククククククク…
発想が脆弱なんだよ雑魚がァァァッ!」
蒼介「なっ、速い!?」ヒィィィイイイイイン…
急に和真のテンションがハイになると同時に、〈和真〉がロンギヌスを振りかぶりつつ〈蒼介〉に向かって突進する。一見するとただ考え無しに突っ込んでいっているようにしか見えないが、驚くべきことに〈和真〉の動きは先程までの攻防とは比べ物にならないスピードであった。
一瞬虚をつかれるも〈蒼介〉はすぐさま“夕凪”で受け流す体勢に入る。“明鏡止水”状態であるため立ち直りも型に入る早さも、そして技の切れや別の型へ移行する早さも通常時とは比べ物にならない。何故〈和真〉が急激に素早くなったのかは不明だが、どちらにせよこのままでは容易く受け流され、そして死角からのカウンターの餌食にされるだろう。先ほどのような“夕凪”破りをしてこようが、どうにか痛み分けに持ち込むことができる。そうなればどのみち点数で勝っている蒼介がより有利になるだろう。
しかし今の和真は悠然とその先を行った。
〈蒼介〉が攻撃を受け流す寸前、突如〈和真〉が姿を消したのだ。
蒼介「っ…消え-」ヒィィィイイイイイン…
和真「どこ見てやがる!」
蒼介「これは……!?」
攻撃を受け流せずそれどころか隙を生じさせた〈蒼介〉を、〈和真〉は右斜め後ろからロンギヌスで殴りかかる。隙…とは言っても“明鏡止水”状態の蒼介にとっては問題なく対応できるレベルであるので、〈蒼介〉はすかさず片足を軸に半回転しながら向き直りつつ“大渦”で迎撃した。が…
和真「オラァァアアアァァアッ!」
蒼介(なっ、パワーも格段に上昇している!?)ヒィィィイイイイイン…
そんなもの関係ないと言わんばかりに、〈和真〉は力づくで遠心力が加算された草薙の剣を弾き飛ばし、〈蒼介〉の腹にロンギヌスをぶち当てた。
〈蒼介〉ゴルフボールのように吹っ飛ばされるが、飛ばされながらも草薙の剣で地面をブレーキ代わりに強打し、衝撃を殺しつつ一回転してから着地した。
《総合科目》
『二年Fクラス 柊和真 5026点
VS
二年Aクラス 鳳蒼介 6341点』
しかし受けた被害は甚大なものであった。“大渦”の迎撃で大幅に威力を削いだにもかかわらずこのダメージ。今の攻撃は〈和真〉が攻撃特化の召喚獣というだけでは説明のできない程の威力だった。
蒼介(…………なるほど、そういうことか。俄には信じ難いが、そうでなければ辻褄が合わん)ヒィィィイイイイイン…
和真「見たか、これが俺の全力……“気炎万丈の極致”だ」
蒼介「極致……まさしく“気炎万丈”の到達点というわけか。おおよその仕組みは理解できたが、まさかここまで非常識なものだとはな……それに、どうしてお前が“蜃気楼”を使える?」ヒィィィイイイイイン…
和真「さっきの準決勝見ててなんか面白そうな技だからパクった。つっても見よう見まねで似せただけで、技の原理は全く違うだろうがな。そうだな……“陽炎”とでも名付けようかね。まあ安心しな、いつでも使えるような技じゃねぇからよ」
蒼介「……やはりお前を打ち倒すには一筋縄ではいかないか……面白い……“気炎万丈の極致”、この目で見極めてやろう!」ヒィィィイイイイイン…
和真「ほう真っ向勝負ってわけか……上等じゃねぇか!」
二体の召喚獣が武器を構えて睨み合った次の瞬間、ロンギヌスと草薙の剣が激しくぶつかり合う衝撃音が、拡張されたフィールドのあちこちから轟いた。
ほんとは不完全な“明鏡止水”と“気炎万丈”のぶつかり合いの後で完全バージョンに移行という形だったのですが、長くなりそうなのでバッサリカットしました。
いや、しかしまさか不完全版の“気炎万丈の境地”が一度も活躍することなく完全版の“気炎万丈の極致”に移行するとは。
押し寄せるインフレの波は決して止まらない……。